大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第282章『煽動作戦』

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第282章『煽動作戦』

 書類程度の大きさの紙、それには印刷された数枚の写真。一枚目は地面に座る少女に銃口を向ける兵士達、二枚目は爆発の跡、三枚目は千切れた少女の腕、四枚目は、細かな破片を受け引き裂かれ、辛うじて人体の頭部だと分かる程度の肉塊。破れた瞼から大きくはみ出した、潰れた白い球体の中心に描かれた黒が、じっとこちらを見詰めている。
 写真の内容の凄惨さにそれを目にした第一分隊の面々が息を飲み、そしてその上下左右に印刷された文字の意味を認識した瞬間、一気に吹き上がった。
「これ……どういう事ですか!軍が少女を新型兵器の人体実験に使用したって!」
「この写真もおかしいですよ!自分達は確かに小銃は携行してましたが、子供になんて向けてません!だいたい、六分隊の奴が子供を抱き抱えた時、俺達は二列縦隊でもっと後方にいました!!」
「軍が子供を殺したって、人体実験って、どういう事ですか!何なんですかこれ!!」
「お前等落ち着け!落ち着かんか!!」
 口角泡を飛ばして言い募る面々、それを一喝したのは島津だった。敦賀と二人掛かりで高根へと詰め寄る身体を押さえ付け、落ち着いた頃合いを見計らって高根へと向き直り、静かに、努めて静かに口を開く。
「……司令、どういう事でしょうか。彼等の言う通り、子供を保護しようとした一人以外は二列縦隊を崩しませんでしたし当然銃口も向けていません。しかし、この写真からすると確かに鳥栖演習場のあの場所でありあの時だったように思います。子供も……これだけ損傷していると断言は出来ませんが、あの子供かと……どういう事でしょう」
 島津のその問いに、高根は直ぐには答えなかった。長い、長い間座ったまま口元に拳を当てて押し黙り、それがどれ程続いたのか、苦み走った様子で重々しく話し始める。
「……恐らくは……敵勢が演習場に侵入して撮影したんだろう……もっと言えば、恐らくは犠牲になった子供はその為に奴等がそこに置き去りにした……お前等に保護させ、爆殺し、その様子を写真に撮りこうして利用する為に……な」
「……そんな、まさか」
「……子供が地雷から伸びる縄に結び付けられていたというのはお前達から複数証言を得てる……当然我々はそんな事は計画はしていない……写真も現場から少し離れた位置から撮影してる、角度的に近くの民家の屋根の上からだろう。演習場は外周の監視はしているとは言っても正直隙が多い、監視を潜って入り込まれたんだろう」
「それと……これだ」
「新聞、ですか?」
 高根の後に口を開いたのは小此木、手にしていた新聞を島津へと渡し、見てみろ、とでも言う様に紙面を顎で指し示す。
「最初に渡したのはアジビラだが、同じ写真が主要各紙の紙面を飾ってる、同じ様に『軍は子供を人体実験に使い殺した』『軍は活骸からの本土防衛の最低限の組織だけを残し即時解体しろ』という文章と一緒にだ。狙い澄ました様なこの連動した動き……恐らくは、民衆の批判を軍に集める為の煽動策戦だろう、これから軍は厳しい状況になる」
「まさか……だって、ガセでしょう?こんなもの――」
「人間は事実や真実を信じるんじゃない、信じたいものを信じるんだ……ここ迄視覚的に分かり易い囮だと、なかなか厳しいだろう」
 信じられないといった風情の島津、いきなりこんな事を言われてもなかなか飲み込める事ではないだろう。実際のところ高根達も信じられなかったのだ、朝自宅の新聞受けから取り出した新聞を広げた際に目に飛び込んで来た写真、文言、何にせよ只事では無いと朝食もそこそこに玄関を飛び出し、戸締りは厳重に、何なら暫く自宅を離れて兄の家にでも、家を守る身重の妻にそう言って駆け出し自らの職場へと向かった。そしてその途中で見たものはあちこちに盛大に蒔かれ壁や電柱に張られたアジビラ、その内容も先程見た新聞と同じもので、大変な事になる、と、それだけを把握するのが精一杯だったのだから。
 基地へと入り執務室へと駈け込めば、部屋付きの士官が鳴り止まない電話の応対に必死になっているところで、そこで交代し直ぐに鳴り始めた電話をとってみれば、受話器の向こうから聞こえて来たのは盟友である黒川の硬い声。聞いてみれば春日の彼の自宅近辺も職場である太宰府も同じ様相らしく、出勤して来る部下達が次々にビラや新聞を報告として上げて来ている、九州全域の駐屯地からも同様の報告が、と、そう言っていた。
 その後も電話は鳴り続き、どうやら全国紙に情報が流れてしまった所為で騒動は大和全土に広がっているらしく、掛かって来る相手は軍部のみならず背広組と言われる三軍省の官僚や大臣、当然統幕からも何度も何度も連絡が入り、どういう事なのか、まさか本当なのかと何度も激しい詰問を受け続けた。
 それが少し落ち着いたところで今度は高根の方から黒川へと電話を掛け、一度基地司令駐屯地司令も含めて全員が一堂に会し、情報を確認しよう、と、そう話が纏まりこうして集まる事になった。しかし集まったところで誰にも身に覚えの無い言い掛かり、何をどう動けば良いのかの判断もつけ難い。陸幕のお偉方と統幕副長は今のところはまだ別に話をしているが、いずれこちらへと合流して来るに違い無いから、それ迄に何とか話を纏めておかなければ、それが今高根達幹部が考えている事だった。
 自分達上層部はこんな命令はしていないし計画自体存在しない、タカコにも死者を出す様な真似だけは絶対にするなと厳命している、部下達が独断でこんな事をしたというのも有り得ないだろう。そうなればやはり敵勢が攪乱や煽動の為にこんな手を使って来たと考えるのが妥当ではあるのだが、それを素直に他が信じてくれるのか、それが気掛かりだ。
 そこでタカコの方を見てみれば、爆発が有った時点で多少なりとも予想はしていたのか大きく動揺を見せる事は無く、それでも静かに激しく怒っているのが纏う空気から読み取れる。対応の助言を彼女から貰う事は出来るだろう、また負担を増やす事になって申し訳無いが、と、高根は胸中で小さく詫び、視線を前へと戻した。
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