83 / 100
第283章『霹靂』
しおりを挟む
第283章『霹靂』
全国紙は事件の二日後に、アジビラは九州を起点として一週間程で全国へ、そしてそれを後追いする様に下世話な情報を扱う週刊誌迄もが写真とそれに添えられた煽動文を掲載し、軍部とそれに対しての指揮権を持つ政府は激しい批判に晒される事となった。
島津達が戻って来てから少し後に別室で会議をしていた陸幕の面々と統幕副長も出て来て今後の対応を協議したが、全く身に覚えが無い事と主張するも中央と九州では温度差も有る上に普段の意志疎通も十二分とは言い難く、特に陸幕の面々からは本当に身に覚えが無いのかと激しく詰問もされた。これについては海兵隊総司令の自分よりは陸軍西方旅団総監の任に在る黒川の方がきつく当たられ、内心同情はするものの手助けする事も出来ず歯痒い思いもしたが、副長の方は苛立ちを隠しきれないとは言えそれでも冷静だった事が救いだったろう。
それでも、彼等も言ってしまえば中間管理職、彼等もまた上官から激しく叱責され詰問されたであろう事は想像に難くない。新聞に記事が載った日の夕方には軍部政府併せて関係各所から事実無根であるという声明は発表したものの、小此木が言っていた様に民衆は見たい様にしか物事を見る気は無いらしく、広報の電話は抗議や罵声で常に全ての回線が塞がっている状態だ。
こうなれば軍の街博多とは言えども民間との間に不穏な空気は流れるもので、これ以上余計な軋轢を生む様な騒動が有ってはと全海兵に対して外出の自粛令を出す羽目にもなった。今のところは未だ博多以外でも暴徒化した民衆と軍の衝突は起きていない様子だが、この空気であれば遠からず何処かで発生し、それは恐らく野火の様に瞬く間に全国へと広がるだろう。鎮圧は陸軍と警察の仕事だが、規模が規模であれば海兵隊も出ざるを得なくなる、その準備も進めておかなければ。
夜の海兵隊総司令執務室、そんな事を考えつつ部屋の主である高根が机上の書類から顔を上げれば、応接セットのソファに身を埋め、ゆらゆらと舟を漕いでいるタカコの姿が目に入った。副長と陸幕の面々は基本的には太宰府の西方旅団総監部にいるから、その間はそちらの方面に気を配る必要も無く、今はタカコに今後どう手を打つべきかを色々と相談し立案をしてもらっているところだ。退院した敦賀達と戻って来てからこちら、お偉方が状況の確認の為にとやって来た以外は全てここに詰めてもらい、黒川や小此木や横山と共にあれやこれやと意見を交わしているが、睡眠時間も碌に取らせてやれない状況が続いていて、さぞかし疲れているのだろうと申し訳無さで一杯になる。
「タカコ」
呼び掛けても返事は無く目を覚ます事も無く、舟を漕ぎ続けるタカコを見て大きく溜息を吐いて立ち上がり、彼女へと歩み寄り小さな体をそっとソファへと横たえさせ、上着を脱いで身体へと掛けてやった。
「……悪ぃなぁ、面倒見てもらってばっかりでよ」
自分達に知識と技術が有れば彼女一人にこんな負担を掛けずに済むのだが、現実はそうもいかず、活骸の脅威を除けば国内は概ね平和な時代が長く続いた事も有り、こんな非正規戦に活かせるものは何も持っていない。急拵えでタカコから与えられる知識と技術を吸収している自分達も大変には違い無いが、自分達の国の事なのだからそれも任務の内だろう。しかし彼女は本来であれば無関係な筈の外国人、ここ迄一方的に負担を負わせるのは本当に心苦しい。
「真吾――、って、寝てるのか、タカコ」
「ああ……これだけ酷使してりゃ疲れるのも当然だ」
突然響いた扉を叩く音、この叩き方は敦賀だなと思いつつ入室を許可すれば、想像通りの人物が扉を開いて室内へと入って来る。その敦賀は入って直ぐにソファで眠るタカコに気が付いて、声量を落としながら高根の脇迄歩いて来て並んで立ち、タカコの寝顔を見下ろした。
「……どうにか負担を減らしてやりてぇんだがな」
「あー……それは俺も思ってるんだけどな、この状況じゃどうにも、なぁ……」
「まだまだ続くんだ、今日はもう休ませてやれ」
「……だな。おい、タカコ、起き――」
「いい、俺が部屋に連れて行く」
まだまだ先は長い、そう思った高根がタカコへと声を掛けようとすれば、敦賀がそれを制しタカコを抱き起し、高根の上着をソファへと置いた後にどうにか彼女を背負って歩き出す。
「……タカコの部屋に泊まったりすんなよ?」
「…………」
返事は無い、恐らくは図星なのだろう。本来であれば叱責しなければならないのだろうが、最近はお互いに大変な思いをさせてしまっているし、今晩位は見逃してやるか、高根はそんな事を考えつつ上着を拾い上げ、踵を返して執務机へと向かう。
「他の部屋の連中が起き出して来る前に部屋に戻れよ。見つかるんじゃねぇぞ、示しがつかねぇからな」
「……有難う、御座います」
「さっさと行けっつーの、俺も今日はもう帰る」
新妻である凛の顔をもう随分見ていない、新聞を見た日から帰宅していないから、いい加減帰りたくなって来た。敦賀がタカコと宜しく同じ布団で眠るなら、自分も今日こそは帰宅して凛と共に眠ろう。その前に残り数枚の書類を片付けて、そんな事を考えつつ椅子へと身を埋めて机上の書類に手を伸ばした。
全国紙は事件の二日後に、アジビラは九州を起点として一週間程で全国へ、そしてそれを後追いする様に下世話な情報を扱う週刊誌迄もが写真とそれに添えられた煽動文を掲載し、軍部とそれに対しての指揮権を持つ政府は激しい批判に晒される事となった。
島津達が戻って来てから少し後に別室で会議をしていた陸幕の面々と統幕副長も出て来て今後の対応を協議したが、全く身に覚えが無い事と主張するも中央と九州では温度差も有る上に普段の意志疎通も十二分とは言い難く、特に陸幕の面々からは本当に身に覚えが無いのかと激しく詰問もされた。これについては海兵隊総司令の自分よりは陸軍西方旅団総監の任に在る黒川の方がきつく当たられ、内心同情はするものの手助けする事も出来ず歯痒い思いもしたが、副長の方は苛立ちを隠しきれないとは言えそれでも冷静だった事が救いだったろう。
それでも、彼等も言ってしまえば中間管理職、彼等もまた上官から激しく叱責され詰問されたであろう事は想像に難くない。新聞に記事が載った日の夕方には軍部政府併せて関係各所から事実無根であるという声明は発表したものの、小此木が言っていた様に民衆は見たい様にしか物事を見る気は無いらしく、広報の電話は抗議や罵声で常に全ての回線が塞がっている状態だ。
こうなれば軍の街博多とは言えども民間との間に不穏な空気は流れるもので、これ以上余計な軋轢を生む様な騒動が有ってはと全海兵に対して外出の自粛令を出す羽目にもなった。今のところは未だ博多以外でも暴徒化した民衆と軍の衝突は起きていない様子だが、この空気であれば遠からず何処かで発生し、それは恐らく野火の様に瞬く間に全国へと広がるだろう。鎮圧は陸軍と警察の仕事だが、規模が規模であれば海兵隊も出ざるを得なくなる、その準備も進めておかなければ。
夜の海兵隊総司令執務室、そんな事を考えつつ部屋の主である高根が机上の書類から顔を上げれば、応接セットのソファに身を埋め、ゆらゆらと舟を漕いでいるタカコの姿が目に入った。副長と陸幕の面々は基本的には太宰府の西方旅団総監部にいるから、その間はそちらの方面に気を配る必要も無く、今はタカコに今後どう手を打つべきかを色々と相談し立案をしてもらっているところだ。退院した敦賀達と戻って来てからこちら、お偉方が状況の確認の為にとやって来た以外は全てここに詰めてもらい、黒川や小此木や横山と共にあれやこれやと意見を交わしているが、睡眠時間も碌に取らせてやれない状況が続いていて、さぞかし疲れているのだろうと申し訳無さで一杯になる。
「タカコ」
呼び掛けても返事は無く目を覚ます事も無く、舟を漕ぎ続けるタカコを見て大きく溜息を吐いて立ち上がり、彼女へと歩み寄り小さな体をそっとソファへと横たえさせ、上着を脱いで身体へと掛けてやった。
「……悪ぃなぁ、面倒見てもらってばっかりでよ」
自分達に知識と技術が有れば彼女一人にこんな負担を掛けずに済むのだが、現実はそうもいかず、活骸の脅威を除けば国内は概ね平和な時代が長く続いた事も有り、こんな非正規戦に活かせるものは何も持っていない。急拵えでタカコから与えられる知識と技術を吸収している自分達も大変には違い無いが、自分達の国の事なのだからそれも任務の内だろう。しかし彼女は本来であれば無関係な筈の外国人、ここ迄一方的に負担を負わせるのは本当に心苦しい。
「真吾――、って、寝てるのか、タカコ」
「ああ……これだけ酷使してりゃ疲れるのも当然だ」
突然響いた扉を叩く音、この叩き方は敦賀だなと思いつつ入室を許可すれば、想像通りの人物が扉を開いて室内へと入って来る。その敦賀は入って直ぐにソファで眠るタカコに気が付いて、声量を落としながら高根の脇迄歩いて来て並んで立ち、タカコの寝顔を見下ろした。
「……どうにか負担を減らしてやりてぇんだがな」
「あー……それは俺も思ってるんだけどな、この状況じゃどうにも、なぁ……」
「まだまだ続くんだ、今日はもう休ませてやれ」
「……だな。おい、タカコ、起き――」
「いい、俺が部屋に連れて行く」
まだまだ先は長い、そう思った高根がタカコへと声を掛けようとすれば、敦賀がそれを制しタカコを抱き起し、高根の上着をソファへと置いた後にどうにか彼女を背負って歩き出す。
「……タカコの部屋に泊まったりすんなよ?」
「…………」
返事は無い、恐らくは図星なのだろう。本来であれば叱責しなければならないのだろうが、最近はお互いに大変な思いをさせてしまっているし、今晩位は見逃してやるか、高根はそんな事を考えつつ上着を拾い上げ、踵を返して執務机へと向かう。
「他の部屋の連中が起き出して来る前に部屋に戻れよ。見つかるんじゃねぇぞ、示しがつかねぇからな」
「……有難う、御座います」
「さっさと行けっつーの、俺も今日はもう帰る」
新妻である凛の顔をもう随分見ていない、新聞を見た日から帰宅していないから、いい加減帰りたくなって来た。敦賀がタカコと宜しく同じ布団で眠るなら、自分も今日こそは帰宅して凛と共に眠ろう。その前に残り数枚の書類を片付けて、そんな事を考えつつ椅子へと身を埋めて机上の書類に手を伸ばした。
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
【短編】記憶を失っていても
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。
そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。
これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。
※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる