大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第284章『白と赤』

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第284章『白と赤』

 背中に走る鋭く小さい痛みと腹から駆け上がる快感、それに全身をぶるりと震わせつつ一瞬息を詰めた後に大きく吐き出せば、腕の中の小さな身体が声を押し殺して細かく痙攣し、敦賀はその顎を緩く掴み唇を深く犯し舌を絡ませる。
 段々と引遠ざかる熱と勢い、やがて自らの膝の上でぐったりとしてしまったタカコの身体をもう一度きつく抱き締めた。その拍子に力を失った自らの雄がずるりと彼女の体内から吐き出され、その上に自らが放った白い熱が少しずつ零れ落ちて来る。それを床と空気の冷たさと合わせてぼんやりと感じながら寝台に背を預け、タカコの身体を緩く撫で摩りながら天井を眺めた。
 疲れて眠りこけているのに何をする気も無かったが、部屋に入って寝台の脇で目を覚ましたタカコを下ろしてやれば、下ろし方が良くなかったのか体勢を崩したタカコが胸の中に飛び込んで来て、それに巻き込まれる形で寝台の脇の床へと尻餅を突いた。まだ頭がはっきりとは回らないのか混乱した様子で顔を上げるタカコ、月と星の明かりにぼんやりと照らされるその表情を見て、数か月遠ざかっていた熱と甘さを求める様に口付けてしまい、その後は結局欲に流され床の上でお互いを求め合う事になった。
 少しずつタカコから流れ出て敦賀の身体を伝い床へと落ちて行く白濁、敦賀はそれを感じながら小さく舌を打って立ち上がり、寝入ってしまったタカコの身体を寝台へと横たえさせてやる。後始末の為に何か拭くものはと寝台脇の棚の上に乗ったちり紙の箱へと手を伸ばし、タカコと自らの身体、そして床へと落ちた残滓を拭き取り、そのまま彼女の隣へと潜り込み再度身体を抱き締める。
 身体を繋げる様になってから一年程、何度抱いたかはもう覚えていないが、全て中に吐き出して来た、それ以外の場所に出した事は一度も無い。己の子を孕ませてこの国に、自分の隣に縛り付けようと思っての傲慢極まり無い行為、それは理解しているもののそれしか方法は思い付かず、改める事はしなかった。しかしそれでも抱く時機が悪いのか何なのか、何度精を注ぎ込んでも今に至る迄狙い通りになった事は無く、彼女の言う千日目が刻々と迫る中、段々と焦りの感情が強くなっている。
 自分の種である事が一番だが、例え黒川の種だったとしても良い、タカコが孕む子ならば我が子として愛する事が出来る。心理的な距離が随分縮まったと思う今だからこそ、どちらの種でも良いから孕んで欲しい、そうすれば、自分の傍で生きる事を彼女は選択してれる、そう思いたい。
 久々の情交、吐き出す回数は抑えたもののその分しつこい抱き方をしてましった。それを受けたタカコは当然として自身もそれなりの疲労感を覚え、気怠い感覚の中、明日もまた忙しい、もう眠ろうと敦賀は目を閉じる。
 そうして眠りに落ちて数時間、風が窓を小さく鳴らす音に目を覚ませば外は既に明るく、急いでここを出なければ、そんな事を考えつつ寝台を出て脱ぎ散らかしていた戦闘服を拾い上げ手早く身に付ける。最後に未だ眠ったままのタカコの額と頬、それから唇へと口付けを落とし部屋を出て、爽やかさの漂うあさの空気を肺腑に吸い込みながら静かに自室へと戻った。
 それから間も無くまた全海兵が職務に忙殺される一日が始まり、敦賀もまた通常の最先任としての仕事と教導隊としての仕事、その両方に追い立てられ時間を過ごして行く。タカコもまた同じ様にして忙殺されつつも何とか与えられた仕事を片っ端から片付けていた中、正門の方で怒号が上がり始め、警衛所から海兵が一人曹長の大部屋へと飛び込んで来た。
「暴動です!手を貸して下さい!」
 その言葉に一瞬にして殺気立つ曹長達、椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり駆け出す中、タカコも同じ様に大部屋を出て正門へと向かう。
 先々この基地も暴動の対象になるだろうと見越した高根から、鎮圧には決して銃器を使用するなというお達しが出ている。後追いで出た三軍省や統幕や政府からの通達も同じ様なもので、金属製の盾で押し返し門扉を封鎖する事、と、出来る事はそれだけだと説明された。
 軍部に対して疑惑と憎悪が向けられる中、銃器を使用し万が一死者が出た場合には取り返しがつかなくなる、それだけは避けなければならないというのはタカコにもよく分かっている。取り漏らして基地内に侵入された場合のみ実力行使で取り押さえる事は認められてはいるものの、それ以外は何の手出しも出来ないとは随分と分の悪い喧嘩だ、そんな事を考えつつ警衛所の近くの倉庫に飛び込んだ曹長が投げて寄越した盾を受け取り、それを構えて正門へと向けて走る速度を上げる。
 到着してみれば現場は正に修羅場、正門へと殺到する暴徒を盾を構えて横一列になって押し返そうとする海兵達、暴徒の中からは大量に投石され、それを受けた幾人もが頭や顔から血を流しつつも怯まずにその場へと踏み止まっている。それを擦り抜けて中へと入り込む数人の暴徒、海兵が何人か盾を打ち捨ててそちらへと飛び付き地面へと引き倒し、既に何人かは片手片足を背中で手錠で拘束され、そのままの姿で地面へと転がされていた。
「行くぞ!一気に押し返せ!!せーのっ!!」
 隊列の中から聞こえて来る号令、それに合わせて盾を前にして全力で踏み込めば、暴徒の中から投げられる石が盾だけでなく頭にも腕にも当たり、身体のあちこちに痛みが走る。ぬるりとした生暖かい感触が額と頬を伝い、頭を切ったか、タカコはそんな事を考えつつ更に力を込めて踏み込んだ。
 騒動が終息を見たのは勃発から一時間程経ってから、何とか正門は封鎖し、敷地外の暴徒は情け無く思いつつも命令通りに警察に任せ、敷地内に侵入して拘束された者は警務へと引き渡した、こちらの方は警務の取り調べを経た後に警察へと引き渡されるのだろう。
 正門前には仕事を放り出して駆け付けて来た海兵で溢れ、暴徒の身柄を一か所に集めて整理したり、負傷した海兵の手当てをしたりと騒がしい。そんな中敦賀もまた駆け付けあちこちに指示を出し走り回り、まさかいきなり海兵隊基地が襲撃を受けるとは、と、そう吐き捨てながら歯を軋らせた彼の視界に、地面に座り込んでジュリアーニに手当てを受けるタカコの姿が飛び込んで来る。
「おい!タカコ!!」
「んぁ?あー、先任……いてて、もう少し優しくして」
「はいはい、動かないでねー」
 駆け寄って見れば頭部に投石を受けたのか流血していて、額やこめかみや頬を流れる血を手拭いで拭いつつ、大人しく手当てを受けている。ジュリアーニの様子も差し迫った気配は無く、どうやらそう大怪我ではない様子だ、と、肩の力を幾らか抜きつつ溜息を吐いた敦賀の意識は、或る物に急激に引き付けられた。
 タカコが手にした手拭い、本来真っ白なそれは流れ出た血を吸って赤く染まり、白と赤の対比が目に痛い程。
「先任?どうかしましたか?」
 周囲には事情を知らない新兵もいる、その為態度を取り繕ったタカコが問い掛けて来るが、敦賀はそれには直ぐには言葉を返せず、暫くの間黙したまま血に染まった手拭いを見詰めていた。
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