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第285章『依存』
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第285章『依存』
太宰府駐屯地内の西方旅団総監執務室、部屋の主である黒川は応接セットのソファに身を投げ出し天井をぼんやりと眺めつつ、大きく溜息を吐いた。ビラが撒かれ新聞に記事が載ってからこちら、遠からず暴動に発展するだろうとは思っていたものの、思っていたよりもずっと早いそれへの対応に流石に疲れを隠せない。活骸との戦いが主任務である海兵隊とは違い陸軍の任務は本土の防衛と治安維持、九州の何処かで暴動が起きれば、そしてそれが警察の手に負えないとなればその対処に関わる全ての責任は九州全土を統括する西方旅団、その総監である黒川の双肩に重く圧し掛かって来る。
ここ数日、否、一週間程か、とにかく結構な期間自宅には帰っていない、そんな余裕は欠片も無い。総監としての通常の職務に加え教導隊計画の総責任者としての仕事も有り、未だ九州に留まっているお偉方への対応もしなければならない。とどめにそこへ暴動への対処も加わり、忙殺という単語も軽く可愛らしく聞こえる程の多忙振りだ。眠るのも営舎の客用の部屋に行く余裕も気力も無く、時間を見つけてはこうしてソファに寝転がり仮眠を摂る程度、髭だけは何とか毎日剃っているものの制服の方はシャツを洗いに出している内に数が足りなくなり、身形は放棄して戦闘服へと落ち着いた。下着の予備がそろそろ底を突きそうだ、マクギャレットに頼んで大量に買い込んで来てもらおうか、それとも一泊でも良いから家に帰ろうか。いや、そもそも自宅に帰るのに『泊』はおかしいだろう、ぼんやりとそんな事を考えつつ眠りに落ちそうなっていた時、扉を叩く音がして意識は現実へと引き戻される。
「入れ」
身体を起こしながら許可を口にすればそれに応えて扉が開かれ、向こう側からマクギャレットが姿を現す。
「お休み中でしたか、失礼しました」
「いや、良いよ。何か有ったのかい?」
「それが、海兵隊の高根総司令からこちらに電話が有りまして」
「は?真吾から?そっちに?」
総監執務室にも電話回線は引かれており、主だった人間とは交換台や秘書室を通さずに直接遣り取りが出来る様になっている。盟友であり共に九州の護りの任に就いている高根もまた同様で、今迄直通でない電話は受けた事が無い。その彼がまたどうして態々秘書室に、そう思ってマクギャレットへと問い掛ければ、いつもの淡々とした調子を崩さずに彼女は答えた。
「はい、『そっちも忙しくて総監も帰宅出来てないだろう、今は仮眠してるかも知れないから、起こすと悪いと思って』と。用件自体は昨日海兵隊基地で起きた暴動の件について、経験豊富な陸軍の助言が欲しいので、忙しいところ悪いがこちらで用事が有ればその序でで構わないので一度こちらに来てもらえないか、との事でした」
成る程、徹底的な攻めが信条の海兵隊ではこんな事態の経験は豊富でない事は確かで、彼等が擁するタカコも大和国内の事情に関しては明るいとは言い難い。そうなれば陸軍の自分達が一番詳しいわけで、それに頼って来たかと得心し立ち上がる。
「だいぶお疲れの様子ですが、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、まだ何とかね。しかし、今日は流石に帰ろうかな……博多駐屯地の様子も気になるし、向こうに行って博多に泊まるか直帰するよ、何か聞かれたらそう言っておいてくれ」
「分かりました、警護はどうしましょうか」
「あー、要らない要らないそんなの」
「……立場的にそれはどうかと思いますが……まぁ、分かりました、その様に」
「うん、悪いけど頼むね」
総監という立場柄、本来であれば移動は通勤も含めて運転手付きの陸軍の車両、職務中の場合は警護も付く。しかしどうもそういう扱いは苦手で、どうしてもという場合以外は通勤は自家用車で自力で、職務中の移動もその割合はかなり多い。一昨年に博多で爆破事件に巻き込まれた後暫くは警護でガチガチに固められ、随分と窮屈な思いをした。
今日も情勢は不安定だから出来れば警護を付けた方が良いのだろうが、博多に行った序でに墓参りをしたり向こうで宿をとって泊まったりという自由が利かなくなるのはどうにも嫌で、今日も博多で、出来ればタカコを伴って泊まる事に心が傾いている中、マクギャレットから出た『警護』という言葉に苦笑しつつ、黒川は高根と横山へと電話を掛けようと執務机へと向かって歩き出す。
軍の街である博多、そして佐世保、この二つは暴動が起きたとしてもかなり後になるのでは、軍需に大きく依存している実態を知っている関係者は誰もがそう思っていた。けれど実際は昨日博多の海兵隊基地が襲撃されその鎮圧の為に多数の負傷者を海兵隊に出す羽目になり、今日は今日で陸軍の駐屯地前で多数の民衆が気勢を上げ陸軍との睨み合いに発展したという報告を受けている。どうもおかしい、仮に軍が解体されるという事になれば自分達の生活は即干上がるという事位、佐世保や博多で暮らす人間ならば十二分に理解しているだろう、他に人を引っ張って来られる様な観光資源も物的資源も何も無いのだから。
特に博多は対馬区に直結している関係上、漁業資源も見込めない。対馬区の両側近辺の海域は南北からやって来た海流が対馬区へとぶつかり跳ね返され、その為に常に大荒れの様相で漁場としては甚だ不適格だからだ。対馬区の東西夫々の海岸線から数十kmも離れれば海域は幾分穏やかになり、対馬区に跳ね返った海流が海水と海底を掻き回してくれるお陰で良い漁場となっているものの、漁業を生業とする人間にとっては博多は生活の便は良くとも港には遠く、誰も博多には居を構えてはおらず漁港の近くに住んでいる。佐世保は対馬区からは距離も有る上に軍港として整備されているから、軍が解体になったとしても漁業へ転身すれば生き残る事も可能だろうが、博多はそんな道も無く廃れて滅ぶだけだろう。活骸からの本土防衛の為の組織、つまりは海兵隊だけは残せという主張が新聞やアジビラで為されていたが、沿岸警備隊と陸軍を合わせた博多に存在する兵員は海兵隊の総数を上回る、海兵隊を残したところで博多という街の滅亡が若干遠のくだけだろう。
そんな街で真っ先に何故、これは黒川だけではなく、恐らくは高根も横山も沿岸警備隊博多基地司令の浅田も、同じ様に疑問に思っている事だろう。何か、何か狙いが有る筈だ、その事も含めて一度話し合った方が良い、そんな事を考えつつ、黒川は電話へと手を伸ばした。
太宰府駐屯地内の西方旅団総監執務室、部屋の主である黒川は応接セットのソファに身を投げ出し天井をぼんやりと眺めつつ、大きく溜息を吐いた。ビラが撒かれ新聞に記事が載ってからこちら、遠からず暴動に発展するだろうとは思っていたものの、思っていたよりもずっと早いそれへの対応に流石に疲れを隠せない。活骸との戦いが主任務である海兵隊とは違い陸軍の任務は本土の防衛と治安維持、九州の何処かで暴動が起きれば、そしてそれが警察の手に負えないとなればその対処に関わる全ての責任は九州全土を統括する西方旅団、その総監である黒川の双肩に重く圧し掛かって来る。
ここ数日、否、一週間程か、とにかく結構な期間自宅には帰っていない、そんな余裕は欠片も無い。総監としての通常の職務に加え教導隊計画の総責任者としての仕事も有り、未だ九州に留まっているお偉方への対応もしなければならない。とどめにそこへ暴動への対処も加わり、忙殺という単語も軽く可愛らしく聞こえる程の多忙振りだ。眠るのも営舎の客用の部屋に行く余裕も気力も無く、時間を見つけてはこうしてソファに寝転がり仮眠を摂る程度、髭だけは何とか毎日剃っているものの制服の方はシャツを洗いに出している内に数が足りなくなり、身形は放棄して戦闘服へと落ち着いた。下着の予備がそろそろ底を突きそうだ、マクギャレットに頼んで大量に買い込んで来てもらおうか、それとも一泊でも良いから家に帰ろうか。いや、そもそも自宅に帰るのに『泊』はおかしいだろう、ぼんやりとそんな事を考えつつ眠りに落ちそうなっていた時、扉を叩く音がして意識は現実へと引き戻される。
「入れ」
身体を起こしながら許可を口にすればそれに応えて扉が開かれ、向こう側からマクギャレットが姿を現す。
「お休み中でしたか、失礼しました」
「いや、良いよ。何か有ったのかい?」
「それが、海兵隊の高根総司令からこちらに電話が有りまして」
「は?真吾から?そっちに?」
総監執務室にも電話回線は引かれており、主だった人間とは交換台や秘書室を通さずに直接遣り取りが出来る様になっている。盟友であり共に九州の護りの任に就いている高根もまた同様で、今迄直通でない電話は受けた事が無い。その彼がまたどうして態々秘書室に、そう思ってマクギャレットへと問い掛ければ、いつもの淡々とした調子を崩さずに彼女は答えた。
「はい、『そっちも忙しくて総監も帰宅出来てないだろう、今は仮眠してるかも知れないから、起こすと悪いと思って』と。用件自体は昨日海兵隊基地で起きた暴動の件について、経験豊富な陸軍の助言が欲しいので、忙しいところ悪いがこちらで用事が有ればその序でで構わないので一度こちらに来てもらえないか、との事でした」
成る程、徹底的な攻めが信条の海兵隊ではこんな事態の経験は豊富でない事は確かで、彼等が擁するタカコも大和国内の事情に関しては明るいとは言い難い。そうなれば陸軍の自分達が一番詳しいわけで、それに頼って来たかと得心し立ち上がる。
「だいぶお疲れの様子ですが、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、まだ何とかね。しかし、今日は流石に帰ろうかな……博多駐屯地の様子も気になるし、向こうに行って博多に泊まるか直帰するよ、何か聞かれたらそう言っておいてくれ」
「分かりました、警護はどうしましょうか」
「あー、要らない要らないそんなの」
「……立場的にそれはどうかと思いますが……まぁ、分かりました、その様に」
「うん、悪いけど頼むね」
総監という立場柄、本来であれば移動は通勤も含めて運転手付きの陸軍の車両、職務中の場合は警護も付く。しかしどうもそういう扱いは苦手で、どうしてもという場合以外は通勤は自家用車で自力で、職務中の移動もその割合はかなり多い。一昨年に博多で爆破事件に巻き込まれた後暫くは警護でガチガチに固められ、随分と窮屈な思いをした。
今日も情勢は不安定だから出来れば警護を付けた方が良いのだろうが、博多に行った序でに墓参りをしたり向こうで宿をとって泊まったりという自由が利かなくなるのはどうにも嫌で、今日も博多で、出来ればタカコを伴って泊まる事に心が傾いている中、マクギャレットから出た『警護』という言葉に苦笑しつつ、黒川は高根と横山へと電話を掛けようと執務机へと向かって歩き出す。
軍の街である博多、そして佐世保、この二つは暴動が起きたとしてもかなり後になるのでは、軍需に大きく依存している実態を知っている関係者は誰もがそう思っていた。けれど実際は昨日博多の海兵隊基地が襲撃されその鎮圧の為に多数の負傷者を海兵隊に出す羽目になり、今日は今日で陸軍の駐屯地前で多数の民衆が気勢を上げ陸軍との睨み合いに発展したという報告を受けている。どうもおかしい、仮に軍が解体されるという事になれば自分達の生活は即干上がるという事位、佐世保や博多で暮らす人間ならば十二分に理解しているだろう、他に人を引っ張って来られる様な観光資源も物的資源も何も無いのだから。
特に博多は対馬区に直結している関係上、漁業資源も見込めない。対馬区の両側近辺の海域は南北からやって来た海流が対馬区へとぶつかり跳ね返され、その為に常に大荒れの様相で漁場としては甚だ不適格だからだ。対馬区の東西夫々の海岸線から数十kmも離れれば海域は幾分穏やかになり、対馬区に跳ね返った海流が海水と海底を掻き回してくれるお陰で良い漁場となっているものの、漁業を生業とする人間にとっては博多は生活の便は良くとも港には遠く、誰も博多には居を構えてはおらず漁港の近くに住んでいる。佐世保は対馬区からは距離も有る上に軍港として整備されているから、軍が解体になったとしても漁業へ転身すれば生き残る事も可能だろうが、博多はそんな道も無く廃れて滅ぶだけだろう。活骸からの本土防衛の為の組織、つまりは海兵隊だけは残せという主張が新聞やアジビラで為されていたが、沿岸警備隊と陸軍を合わせた博多に存在する兵員は海兵隊の総数を上回る、海兵隊を残したところで博多という街の滅亡が若干遠のくだけだろう。
そんな街で真っ先に何故、これは黒川だけではなく、恐らくは高根も横山も沿岸警備隊博多基地司令の浅田も、同じ様に疑問に思っている事だろう。何か、何か狙いが有る筈だ、その事も含めて一度話し合った方が良い、そんな事を考えつつ、黒川は電話へと手を伸ばした。
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