大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第293章『蟠り』

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第293章『蟠り』

 足元に転がる一人の男、喉を掻き切られ既に事切れたそれに一瞥をくれ、マクギャレットは被った鬘を整え直して歩みを再開する。あのナイフ捌きはキムのものだろう、まだ近くにいるのだろうか、そう思って気配を探るも周囲に人間がいる感触は無く、狭い範囲に複数人がいるという効率の悪い事にはならずに済みそうだ、そんな事を考える。
 この島国に来てから、潜入生活を送っていた暫くの間は別として、久々の『現場』、現場に出るタカコの身代わりを務める影武者の役目以外の仕事に若干ではあるが心が逸る。実力最優先且つ適材適所で配置をするタカコ、その彼女の采配の下で自分に与えられる役割は彼女の身代わりを務める事ばかり。『女だから』という事ではなく、男女の区別無しに技量を比較した上で個々の特質を考慮しての配置である事は十二分に理解しているから、境遇に不満を覚えた事は無いし、自らの外見が自分にしか出来ない役割を生んでいるという事も分かっている。
 それは良い、良いのだが、と、少し前の出来事を思い出し、マクギャレットは不快感を紛らわせようと一つ舌を打つ。彼女の現在の不機嫌の理由は、タカコと再会後暫くしてから現在迄、結構な時間を共に過ごす様になった黒川の事。秘書官としてかタカコの影武者を務めるかのどちらかの姿しか見ていない彼にとっては、マクギャレットが一個の直接的戦力として演習場内に入る事が意外だったのか、その事実を知らされた時には目を見開き随分と驚いていた様子だった。
 それだけなら今迄の関わり方も有るし特段不愉快に思う事でもなかったのだが、彼が放った
「え?君も出るのかい?いや、悪くはないんだけど……あいつは、タカコは何考えてるんだろうな」
 という言葉に、普段は動きの少ない表情を僅かに変えて黒川へと問い掛けた。
「……どういう、意味ですか?」
「あ、いや、別に馬鹿にしてるとかじゃなく、あいつ自身は規格外としても、女の子を――」
「ご心配無く。ボスは徹底した実力主義です、水準に達していないのであれば何が有っても使ってはもらえませんし、使ってもらえるという事はそれだけの技量が有るという事です」
 自分の事を何も知らない、知り合ったばかりの上に濃い付き合いをしているわけでもない男に何故そんな事を思われ、そして言われなければならないのか、その不快感を隠そうともしないマクギャレットの様子に、黒川も自らの失言に気が付いたのか
「ああ、ごめんな、悪かった。俺が判断する事じゃないよな」
 と、そんな謝罪の言葉を向けて来た。しかしそれでもマクギャレットの気持ちは収まるものではなく、それはタカコにも伝わったのだろう、
「……リーサ?お前、凄い顔してるけど……何か有ったのか?」
 そう言われた事が更に彼女を苛立たせた。
『凄い顔も何も、貴方と同じ顔ですよ』
 その言葉だけは何とか飲み込んで配置に就き、こうして演習場へと出て来たもののふとした事で思い出すのは黒川のあの言葉。女だから何だと言うのか、安全圏でタカコの身代わりを務めるしか能が無いと、そう言いたいのかと吐き捨てて小銃を構え直し歩き始める。
 女、そしてタカコの影武者、そんな己が立場に一番拘泥しているのは、そしてそれに引け目を感じているのは、当の自分自身だという事は分かっている、黒川が悪いわけではないし、タカコが悪いわけでもない。自分をよく知らない黒川が疑問に思うのは或る意味当然の事だろうし、タカコに関しては人生をやり直す切っ掛けを与えてくれた上、部下として信頼もしてくれているのだ、感謝はしても恨みに思う事等有り得ない。
 それでも、と、いらつきを感じる自分自身を不愉快に思いつつまた一つ舌打ちをして、ぎゅ、と、小銃の柄を握り締めた。
 今迄事有る毎に向かい合って来た自分の中の蟠り、毎回こうして自分も含めて全ての存在に対して不快感を持ち憤りそして最後には決まって自己嫌悪に陥り、答えは未だ出る事は無い。幼稚だという自覚は有る、そろそろ乗り越えないと駄目だという事も分かってはいるのだが、どうにも消化しきれず、それがまた更に自分を苛立たせた。
『いたぞ!最優先対象だ!』
 突然聞こえて来た言葉、それとほぼ同時に近くの壁が小さく弾け、マクギャレットはそれに舌打ちをして物陰へと身を躍らせる。最優先対象――、それはタカコの事に他ならず、それを無力化しようとする敵を引き付ける役割も今回の自分には有る。そうして自分が動き回っている間にタカコは本来の狙いを達成する為の時間を得る事が出来る、これは、他の誰でもない、自分にしか出来ない役目。
 弾倉を抜いた小銃を路地裏のごみ箱の中に放り込み、代わりに腰からナイフを抜いて空いた手でずれた鬘を直す。規格外のタカコ、それを無力化するつもりで敵は来るのだから一瞬たりとも気は抜けない。下手をすれば集中砲火を受けて死ぬかも知れない役目を
「今回はこれがお前の仕事な、しっかりこなせよ」
 と、そう言ってあっさりと投げて寄越したタカコ、彼女のあの言葉と力強い笑顔、あれが絶大且つ全幅の信頼でなくて何なのか。黒川はそんな事も分かっていないのだ、そんな男が自分達の間の事に嘴を突っ込むな、そんな風に吐き捨てつつ静かに屋根へと登り、自分を、それが扮したタカコを探し路地裏を進む敵の背後へと一気に、そして静かに飛び降りる。
『……!!』
『遅い』
 着地と同時に間合いを詰め、漸く気が付いた相手が振り返る前にその頸へとナイフの刃を当てて一息に横へと滑らせた。刃が皮膚と肉と血管を切り裂く感触が伝わって来て、喉の骨に引っ掛かったところでナイフから手を離し、両手で頭部を掴み、顎を上へ、頭頂部を下へと向けて一気に捻る。ごきん、という鈍い音がして同時に崩れ落ちる男の身体、鮮血を撒き散らしながらびくんびくんと痙攣するそれがやがて力を失って行くのを静かに眺めながら、マクギャレットは地面に落ちたナイフへと手を伸ばし拾い上げ、そして、絶命を確認すると静かにその場から立ち去った。
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