タカコさんと愉快な仲間達―YAMATO―

良治堂 馬琴

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『たった一つだけ残された希望』

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『たった一つだけ残された希望』

「……?」
 着替えをしようと引き出しを開けたタカユキの動きは、靴下を取り出したところで何かに気付いたのか停止した。手にしているのは今取り出したばかりの靴下と下着、その両方が何故か裏返しになり畳まれているのを見て、自分はこんなずぼらな事をしているつもりはないがと暫し考え込む。念の為にともう一度引き出しを開けて中身を確認してみれば、靴下、パンツ、アンダーシャツ、その全てが裏返しにされ畳み直されており、こんな悪戯をしたのは誰だと考えを巡らすが、皆目見当もつかない。
 部屋に勝手に出入りするのは同室の双子の兄ヨシユキか、一年程前から親族として同じ基地で暮らしているタカコ位のものだ。しかしその二人共こんな悪戯をする性格ではない筈で、それならば誰が――、と、そこ迄考えたところで、ベッドの下から小さなズボンの裾が覗いているのに気が付いた。
「……タカコ?」
 ベッドの脇に両膝を突き声を掛けてみれば、ズボンの裾は直ぐに引っ込み、それから暫くしてからゆっくりと小さな身体が這い出て来る。
「タカコ?俺のクローゼットの中身、裏返しにしたの、タカコ?」
 別段怒る事ではないから声を荒げる事も無く穏やかに問い掛ければ、立ち上がりタカユキより視線の高くなったタカコは普段通りに硬い表情のままタカユキを見下ろし、何か言いたい事が有るのか口元をひくひく動かしながらがしがしと頭を掻く。
「……どうするかなって……思った、から……」
「え?」
「悪戯したら、タカユキ、どうするかなって思って……見てみたかったから……やってみた」
 彼女のその言葉に、一瞬呼吸が止まった。
 出会った時のタカコは野生動物そのもの、有った筈の自分の名前すら忘れ、生きる為に食べ物を探し、その為に誰かを殺し、ただそれだけだった。自分の置かれた環境を不遇と思う概念すら持たず、ただ生き、食べていた、それだけ。それを哀れに思ったのは確かで、自分の名前から『タカコ』と名付けた気性の激しい山猫は初めて与えられた『名前』という『贈り物』を手にした時、僅かに目を見張り頬を染めはしたけれど、それ以来感情を昂らせる事は滅多に無く、所謂『人間臭さ』とは縁遠く生きている。
 それが今、悪戯を見つかり隠れていたのも見つかり、その状況に何とも居心地の悪そうな気まずそうな面持ちと佇まいで自分の目の前に立っている。
 その事も驚きではあるが、それ以上にタカユキを驚かせたのは
『どうするかなと思い見たかったからやってみた』
 という、何とも子供らしい、そして人間臭い発想だった。
「俺がどうするかなって思ったの?」
「……うん」
「それを見てみたいと思ったの?」
「……うん」
「だから……やってみたの?」
「……うん」
 タカユキの問い掛けに素直に答えるタカコ、返事をする度に俯く様子に、思わず腕を伸ばし小さな身体を抱き締めていた。
「そっか……そっかそっかそっか!この悪戯っ子め!」
 片手で頭を、もう片方で小さな背中を乱暴に撫で回し込み上げる喜びを全身で表現するタカユキ、タカコの方はと言えばどうすれば良いか分からいなのか硬直してしまっておりタカユキにされるがまま。その振る舞いすらタカユキにとっては待ち望んだものであり、暫くの間小さなタカコを抱き締めたままだった。
「それで良いんだよ、タカコ」
「……それで、良い?」
「そう。それで良いんだ。タカコがやりたいと思う事をやって良いんだよ。疑問に思った事は実際やってみて良いし、正しい事だけやらないといけない事だけしかやったら駄目なんて事は無いんだよ。何にでも興味を持って、実際にやってみて、面白いと思って、楽しいと思って、それでタカコが喜んでくれれば、俺はそれが一番嬉しいよ」
「……悪戯が……タカユキは、嬉しい?」
「うん、嬉しい。タカコが色んな事に興味を持って、楽しいとか嬉しいと思ってくれるのが、俺は一番嬉しい」
 そう言いながらタカコの身体を離し顔を見てみれば、そこに在ったのは何とも面映ゆそうな、そして、初めて目にしたタカコの可愛らしい小さな笑顔。
「……俺としては色々と誤解と語弊が有る気がするんだが……」
「あ、ヨシユキ」
 タカユキにとっては思わず込み上げるものが有る素晴らしい状況、そこに声を掛けて来たのは兄ヨシユキで、その姿を見つけたタカコはそちらへと歩き出し、遥か上空に在るヨシユキの顔を見上げながら
「ヨシユキも私が悪戯するの、嬉しい?」
 と、小首を傾げつつ問い掛ける。
「いや、俺は――」
 そこ迄言って言葉を区切るヨシユキ、自分を見上げる真っ直ぐな眼差しに苦笑し、
「……そうだな、俺もお前が色んな事に興味を持ってくれると、嬉しいよ。凄くな」
 と、そう答えながら床へと膝を突く。
 そして
「良い子だ、タカコ」
 そんな言葉と共に弟と同じ様にしてタカコを抱き締め、タカコもまたそれに応える様に細い腕をヨシユキの身体へと回し、きゅ、としがみついた。
「俺の方には何もやってないのか?」
 タカコを抱き締めた後に立ちあがるヨシユキ、その彼が引き出しへと手を掛けて引いてみれば、彼の目に映ったのは引き出しの底の板、それを視認するとほぼ同時に収納されていた下着や靴下が音を立ててブーツの上へと落ちて来る。

「……ヨシユキのはね……引き出しごと逆さまにして入れ直したの……ちょっと、大変だった」



――数年後――

「タカユキ!お前、タカコのアレ何なんだ!!」
「製造者責任って知ってるかこの馬鹿!!いい加減にあの物体をどうにかしねぇと殺すぞ!!」
 基地の敷地に響き渡る閃光と爆音、それに続いて上がる野太い悲鳴、直後、一つに纏めた長い黒髪を風に靡かせ
「ふははははばーーーーーか!!また引っ掛かってやんのやーいやーい!!」
 そんな事を実に楽しそうな様子で叫びながら割れた窓から飛び出して来たタカコが何処かへと全速力で逃げ去って行く。人種の違いと性別の違いも合わさり同年代の兵士達よりも随分と小柄な彼女は逃げ足も尋常ではなく速く、捕獲されるのが随分と後になるのはいつもの事。代わりに責任を追及され罵られるのはここ数年無制限にタカコを甘やかし『主に駄目な方向へ』才能を伸ばさせて来たタカユキであり、今日もまたそんな代わり映えのしない、そして退屈も安心も出来ない情景が繰り広げられている。
「今日の被害は……ベッドが四つにトイレの便器が五つ、か……」
「部屋のドア三枚も追加だ」
 同僚達に詰め寄られ罵られる事一時間、漸く解放されたタカユキが営舎内の惨状に何処か遠くを見詰める眼差しで呟き、その脇にいたヨシユキが冷ややかな眼差しを弟へと向けながら冷静に追加を告げる。
「なぁヨシユキ……」
「何だ」
「物事にはさ……限度って……有ると思うんだ……」
「それを教えなかったのはお前だろう、あいつが何をしてもニコニコニヘラヘラしてベタ褒めして。お前が悪い」
「お前も似た様なもんじゃんか……何で俺だけが……」
「あいつを拾って来たのはお前だからな、当然だな」
 きっとタカコは逃げながらまた仕掛けるだろう、そしてその全ての責任はタカユキとヨシユキに在るとして追及を受けるに違い無い。二人はその事に思いを馳せつつ、窓の向こうで倉庫の中に飛び込んで行った小さな背中を見詰めていた。

 その後もタカコは良くも悪くも順調に成長し続け、トラップや奇襲に於いては稀代の天才としての評価を早々に我が物とし、トラップマスター、リトルマジシャン等の称号を欲しいままにする事となる。
 そして、その被害を受け続けた周囲から、タカユキとヨシユキの二人は『パンドラ』という何とも有り難くない名で呼ばれる事となった。

 全ての災厄をこの世界へと放った匣――、その中に希望が残っているのかどうか、それは誰も知らない。
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