大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第301章『昔馴染み』

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第301章『昔馴染み』

 砲撃から二時間が経過し、旧庁舎内の掃討は一進一退の状態が続いていた。如何にタカコとその彼女の擁する部隊が優秀とは言え数での劣勢は明らか、しかも相手はそれなりの練度を持ち統制も取れている特殊部隊級が揃っているであろう状態。そんな中まだまだ不慣れな大和人を相棒とした面々の消耗はやはり普段よりも激しく、表情は少しずつ、しかし確実に険しくなっていった。
「……おい、平気か、少し休め」
 すぐ傍に居続ければ消耗には気が付かない道理は無く、敦賀がタカコを見てそう言いながら脇に置いた武蔵の鞘へと手を掛ける。本格的な対人戦闘に於いて太刀が役立つ場面がそうそう有る訳ではないが、それでも人生の半分以上の時間を頼りにして生き延びて来た得物を手放す事を大和人達は選択せず、心の支え護り代わりに敦賀以外の面々も『戦友』を携えてこの戦いへと身を投じている。
「……あー、まだ平気だ、まだ、な」
 返されるタカコの言葉は僅かに疲れの色は滲むものの力強さは未だ失せず、空になった小銃の弾倉を抜き新しいものを突っ込みながら、建物の階段室、その半開きになったままの扉の向こうに意識を向けて短くそう答えた。
 相手側の戦力は相当数削り取った感触は有る、その場にはおらず遠隔操作で吹き飛ばした者も多いから数は正確ではないが、爆破の音と震動以外に時折聞こえて来る銃声も含めて勘定すれば、兵員は当初の半分以下には出来ただろう。
 ここを囲む様にして配置されているであろう迫撃砲の方は侵入を確認する前に数度の爆破音が小さく聞こえ、部下達が無力化に動き出すには時機的にも早かったし揃い過ぎていたから、こちらが確保し流用する事を警戒した相手側が自ら破壊した事が窺えた。どちらの支配下に置かれたとしても、双方の兵員が一か所に集中している以上は砲口をこちらへと向ける事は出来ないだろうからそれはまぁ勘定から外しておいても良さそうだが、と、タカコはそこ迄考えて突然動きを止め、小さく舌打ちをする。
 そう、『普通』なら敵は別として味方を己の砲撃に晒す事等しない、どうしても外せない局面での劣勢を挽回しようというのでもない限りは。しかし、自分は知っているのだ、そこ迄の理由が無くとも、簡単に味方を見殺しに出来る最悪の屑の存在を。
「……まぁ、連中が放棄したとして、うちの手駒が始末してくれる、か……」
「……どうした、何か問題でも有るのか」
「いや、無いよ。問題無い」
 突然に苛立ちを見せたタカコの様子を訝しんだ敦賀が僅かに険を深くして話し掛けて来て、彼女はそれに短く言葉を返しながら作業を再開する。
「……お前がそう言うなら良いがよ……無理はするんじゃねぇぞ」
「はいはい、分かってるって」
「……で、これからどう動く?」
「……そうさな……相当削った感触は有るが、そうなったらなったで生き残ってるのはそれなりの技量持った連中ばっかりになってるだろう。ピンで動いてもそこそこの成果を出せる様なな……そうなると、今のお前等が接触戦で相手をして制圧するのはまだ無理だ、ここからは別行動だ、仕掛けた罠はまだ幾つか残ってるから、お前はそっちの起動に専念してくれるか」
「……お前はどうすんだ」
「私はお前にそっちを任せて接触戦も含めての戦闘に専念する、頼めるか?」
 砲撃から二時間、その間の時間のほぼ全てをお互い手の届く距離で過ごして来たがそろそろ局面が変わる、そうなれば必然的に夫々の役割も変わり、とるべき距離も変わって来る事は敦賀にも理解は出来ている。それでも消せない不安と不満を滲ませて問い掛ければ、
「基地曝露の時に言っただろ、物理的な距離は問題じゃないって」
 と、タカコがそう言って困った様に微笑みながら敦賀の二の腕を軽く数度叩いて来る。
「私達はバディ、相棒だ。お前を信じてるから離れて行動も出来る。お前も、私を信じろ」
「……分かった、無理はするんじゃねぇぞ」
「しつこいよお前。そう言うお前も躊躇うんじゃねぇぞ」
「誰にもの言ってやがる」
 軽く頭を叩く敦賀の様子にタカコが笑い、その後は打ち合わせを手短に終えて敦賀は荷物を担いで歩き出す。タカコはそんな彼の背中を黙って見送り、やがて面差しから笑みを消して視線を前へと戻した。
 廊下の反対側の階段室、その扉の向こうに先程から人の気配が一つ有る。声が届く距離ではないからこちらの遣り取りは伝わってはいないだろうが、敦賀の移動は気配で把握している筈だ、こちらが一人になったとなれば、遠からず向こうも動き出すだろう。
『さて……と、身軽になったところで本領発揮といきますか、ね』
 一人でいる時にはワシントン語で話す事が多くなったな、ふとそんな事を考えつつ、廊下の向こう側へと更に神経を研ぎ澄ます。階を移動して背後をとろうとすれば他の敵、しかも複数とも遭遇する危険が高くなる、双方共に物資や拠点の奪取がではなく兵員の無力化が目的なのであれば、相手が単独である事がほぼ確実である現状を避ける必然性は、無い。先ずは相手が動くのをぎりぎり迄待ち、手榴弾でその出鼻を挫くと同時に打って出る、頭の中でそう段取りを付けつつ腰に付けた袋の中から手榴弾を一つ取り出し、その針金に指を掛け息を殺しながら只管に相手の気配を窺った。
(……動いた……!!)
 微かな空気の揺れ、それを敏感に感じ取り眦を決し手榴弾から針金を引き抜いて半身を物陰から廊下へと出す。針金で固定されていた部品が外れて落下する様を横目で認めながら、一秒、廊下の反対側迄届く時間を差し引いてそれだけ待って全力で向こうへと向けて投げ付ければ、相手も全く同じ時機で同じ動きをしているのが視界へと飛び込んで来た。
『クソが!!被った!!』
 そう吐き捨てつつ起動してしまった以上はしょうがいなと物陰へと身を投げれば、やや有ってから襲い来る振動と細かな破片、死合いの始まりだと内心で吐きつつ小銃を手に廊下へと飛び出せば、また全く同じ時機で廊下へと飛び出して来た相手が爆煙の向こうに薄らと見て取れる。後戻りの出来ない状態だ、とにかくやるしかないと銃口をそちらへと向けたのと、相手が同じ様に銃口をこちらへと向けながら、見覚えの有る顔がこちらへと向けられているのを認識したのは、殆ど同時だった。
『ジャスティン!?』
『タカコか!?』
 もう長い事その顔を見ていなかった戦友、険しくも懐かしい眼差しが、お互いへと向けられていた。
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