大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
4 / 100

第304章『投降』

しおりを挟む
第304章『投降』

 埃塗れになりあちこちに小さな傷を作って血を滲ませる極近しい存在、そんな彼女を見て生きている事に安堵したのはほんの一瞬の事。
『……動くな、殺すぞ』
 タカコを抱き抱え細い頸にナイフの刃を押し付ける男の言葉は敦賀には理解出来ず、それでも状況から相手の要求は窺えて、床を蹴って間合いを詰めようとした身体に急制動を掛けてその場へと踏み止まる。
「……おい、馬鹿女、何やってんだてめぇは」
「あー、悪ぃ悪ぃ。こいつ昔馴染みなんだけどさ、殺そうとしたら私も最低でも入院位はする羽目になりそうだし、何とか拘束して捕虜にしたいんだけど、駄目?」
 背後から胴体に左腕を回され両脚で拘束され、とどめには喉元にナイフを突き付けられた剣呑な状況にも関わらず、タカコの声音にも表情にも緊迫感は全く見られない。対して男はと言えば殺気立った様子で鋭い眼差しでこちらを睨み付け、敦賀の身体の何処かが僅かでも揺れる度にナイフの刃をタカコの頸へと更に強く押し当てた。
 金色の髪に青い瞳に白い肌に理解出来ない言葉、大和人種でない事は見れば明らかで、身に付けた装備や動きの一つ一つからは、相当に訓練された兵士なのであろうという事がありありと見て取れる。この場で無力化するという事は決して不可能ではないだろうが、それでもタカコの言う通りに無傷でとはいかない事は確実に思え、さてどうしたものかと敦賀は大きく舌を打った。
 タカコ達迄の距離は約二十m、手には武蔵が握られているとは言え鞘の中。距離が近ければ、武蔵が抜き身だったのであれば、それでも相当の手練れと思われる人間が密着し刃を押し当てている状況では、と、可能性と危険性に静かに考えを巡らす敦賀の目の前で、ドレイクがタカコへと向かって口を開く。
『……お前、マジで大和軍と仲良しやってんのかよ、裏切りって話は嘘じゃなかったのか』
『馬鹿言え、二年半前に輸送機が墜落して私以外全員死んで、その時に保護してもらったから協力してただけだ。大和軍への潜入は元々の計画に含まれてたから丁度良かったんだよ。でも、協力はしてたが私は軍に対して裏切りを働いた事なんざ一度も無ぇぞ、軍が大和に対してこうしてお前等を使って軍事侵攻をしてたなんて知らなかったしな。そもそも、侵攻するか同盟締結か、どっちを選択すべきなのかその判断の為に私達の部隊が送り込まれたんだから』
『JCSの権力争いの駒にされたって事か、俺等は』
『まぁ、少なくともお前はそうだな。急進派のマクマーンの屑らしい事を考えついたもんだよ、その為に『奴』と手を組むとはな……最悪の選択をしたもんだ』
 『奴』、その言葉にぴくりとドレイクの手が動き、ナイフを持った手が僅かに緩む。背中から覆い被さる様にして拘束している所為でドレイクからはタカコの表情は窺えず、それでもその言葉の向こうに在る因縁の重さ、それを知らないわけではない立場では多少なりとも思うところは有り、何とも奇妙な再会の仕方をしたとは言え、お互いをよく知る昔馴染みの心中へと僅かの時間思いを馳せた。
『……で、だ、俺としてはここからトンズラして部隊に戻りたいんだが、お前のあの『お友達』はそれをさせちゃくれないもんかね?』
『あー、その期待はしない方が良いよ、あれ、大和海兵隊の最先任上級曹長。我が国の最先任と違って管理職でありつつもバリバリ現場の人間。任官後十年の下士官の生存率が五%切る様な凄まじい損耗率の大和海兵隊の中で任官からもう直ぐ二十年になるって化け物、当然無茶苦茶強い。その上お前は私にナイフ突き付けて今あいつをとんでもなく怒らせてる。無理、諦めろ』
『……あいつ、お前の何なんだよ……』
『……お目付け役兼飲み友達、他にも少々』
『……その間は何なんだ、少々って何なんだ一体』
 何とも具合の悪い事になった、ドレイクはそう考えつつ小さく舌を打つ。技術的にはワシントンに大きく劣ると聞かされていた大和軍、実際に対人戦闘には不慣れなのであろう事は窺えたし、数を頼りに反撃されても何とか制圧出来るだろうと思っていたが、実際の兵士をこうして目の当たりにすると、その判断は少々甘かった様だと痛感する。
 大和がタカコを保護下に置きその知識と技術を求めている事を考えれば、肩から下げられた小銃がこちらへと向けられる事は恐らく無い。しかし、左手に握られた一振りの太刀、そして無言で、しかし激しい怒りと殺気を迸らせる佇まいからは、僅かの隙でも見せれば、確実に手にしたあの得物を抜いて突っ込んで来るだろう事がひしひしと感じ取れた。
 生きて虜囚の辱めを受けずなどという、実にくだらない馬鹿馬鹿しい事を言っていた民族が旧時代にはいたらしいが、生憎と自分はそんな事を考える様な人間ではない。この場は大人しく拘束されておいて機会を窺い脱出すれば、ドレイクはそんな事を考えつつ今自分がどう動くべきなのか答えを出し、ゆっくりとタカコを拘束から解放する。
『……分かった、大人しく投降する、繋ぎをつけてくれ』
『うん、私もそれが一番良いと思うぞ』
 と、そこでタカコはワシントン語での会話を打ち切って立ち上がり、ドレイクの両手を背中に回させポケットから取り出した手錠を掛け、敦賀へと向き直り口を開いた。
「投降するそうだ。私も全容は見えてないが、こいつはワシントンの正規軍人だ、捕虜として人道的な扱いを」
「ワシントンの?どういう事だ?」
「だから、私にも分からんよ。基地に連れ帰って、ゆっくり話を聞こうじゃないか」
 今迄の経緯でワシントン人が大きく関わっているであろうという認識は大和側にも有ったものの、それでも正規軍が出て来るとは、しかも同じく正規軍から派兵されたタカコ達の部隊と敵対する様な行動を何故、と、敦賀は分からない事だらけだと苛立ちを滲ませ、それでもこの場はもう移動した方が良さそうだと、タカコ達へと向かってゆっくりと歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...