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第304章『投降』
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第304章『投降』
埃塗れになりあちこちに小さな傷を作って血を滲ませる極近しい存在、そんな彼女を見て生きている事に安堵したのはほんの一瞬の事。
『……動くな、殺すぞ』
タカコを抱き抱え細い頸にナイフの刃を押し付ける男の言葉は敦賀には理解出来ず、それでも状況から相手の要求は窺えて、床を蹴って間合いを詰めようとした身体に急制動を掛けてその場へと踏み止まる。
「……おい、馬鹿女、何やってんだてめぇは」
「あー、悪ぃ悪ぃ。こいつ昔馴染みなんだけどさ、殺そうとしたら私も最低でも入院位はする羽目になりそうだし、何とか拘束して捕虜にしたいんだけど、駄目?」
背後から胴体に左腕を回され両脚で拘束され、とどめには喉元にナイフを突き付けられた剣呑な状況にも関わらず、タカコの声音にも表情にも緊迫感は全く見られない。対して男はと言えば殺気立った様子で鋭い眼差しでこちらを睨み付け、敦賀の身体の何処かが僅かでも揺れる度にナイフの刃をタカコの頸へと更に強く押し当てた。
金色の髪に青い瞳に白い肌に理解出来ない言葉、大和人種でない事は見れば明らかで、身に付けた装備や動きの一つ一つからは、相当に訓練された兵士なのであろうという事がありありと見て取れる。この場で無力化するという事は決して不可能ではないだろうが、それでもタカコの言う通りに無傷でとはいかない事は確実に思え、さてどうしたものかと敦賀は大きく舌を打った。
タカコ達迄の距離は約二十m、手には武蔵が握られているとは言え鞘の中。距離が近ければ、武蔵が抜き身だったのであれば、それでも相当の手練れと思われる人間が密着し刃を押し当てている状況では、と、可能性と危険性に静かに考えを巡らす敦賀の目の前で、ドレイクがタカコへと向かって口を開く。
『……お前、マジで大和軍と仲良しやってんのかよ、裏切りって話は嘘じゃなかったのか』
『馬鹿言え、二年半前に輸送機が墜落して私以外全員死んで、その時に保護してもらったから協力してただけだ。大和軍への潜入は元々の計画に含まれてたから丁度良かったんだよ。でも、協力はしてたが私は軍に対して裏切りを働いた事なんざ一度も無ぇぞ、軍が大和に対してこうしてお前等を使って軍事侵攻をしてたなんて知らなかったしな。そもそも、侵攻するか同盟締結か、どっちを選択すべきなのかその判断の為に私達の部隊が送り込まれたんだから』
『JCSの権力争いの駒にされたって事か、俺等は』
『まぁ、少なくともお前はそうだな。急進派のマクマーンの屑らしい事を考えついたもんだよ、その為に『奴』と手を組むとはな……最悪の選択をしたもんだ』
『奴』、その言葉にぴくりとドレイクの手が動き、ナイフを持った手が僅かに緩む。背中から覆い被さる様にして拘束している所為でドレイクからはタカコの表情は窺えず、それでもその言葉の向こうに在る因縁の重さ、それを知らないわけではない立場では多少なりとも思うところは有り、何とも奇妙な再会の仕方をしたとは言え、お互いをよく知る昔馴染みの心中へと僅かの時間思いを馳せた。
『……で、だ、俺としてはここからトンズラして部隊に戻りたいんだが、お前のあの『お友達』はそれをさせちゃくれないもんかね?』
『あー、その期待はしない方が良いよ、あれ、大和海兵隊の最先任上級曹長。我が国の最先任と違って管理職でありつつもバリバリ現場の人間。任官後十年の下士官の生存率が五%切る様な凄まじい損耗率の大和海兵隊の中で任官からもう直ぐ二十年になるって化け物、当然無茶苦茶強い。その上お前は私にナイフ突き付けて今あいつをとんでもなく怒らせてる。無理、諦めろ』
『……あいつ、お前の何なんだよ……』
『……お目付け役兼飲み友達、他にも少々』
『……その間は何なんだ、少々って何なんだ一体』
何とも具合の悪い事になった、ドレイクはそう考えつつ小さく舌を打つ。技術的にはワシントンに大きく劣ると聞かされていた大和軍、実際に対人戦闘には不慣れなのであろう事は窺えたし、数を頼りに反撃されても何とか制圧出来るだろうと思っていたが、実際の兵士をこうして目の当たりにすると、その判断は少々甘かった様だと痛感する。
大和がタカコを保護下に置きその知識と技術を求めている事を考えれば、肩から下げられた小銃がこちらへと向けられる事は恐らく無い。しかし、左手に握られた一振りの太刀、そして無言で、しかし激しい怒りと殺気を迸らせる佇まいからは、僅かの隙でも見せれば、確実に手にしたあの得物を抜いて突っ込んで来るだろう事がひしひしと感じ取れた。
生きて虜囚の辱めを受けずなどという、実にくだらない馬鹿馬鹿しい事を言っていた民族が旧時代にはいたらしいが、生憎と自分はそんな事を考える様な人間ではない。この場は大人しく拘束されておいて機会を窺い脱出すれば、ドレイクはそんな事を考えつつ今自分がどう動くべきなのか答えを出し、ゆっくりとタカコを拘束から解放する。
『……分かった、大人しく投降する、繋ぎをつけてくれ』
『うん、私もそれが一番良いと思うぞ』
と、そこでタカコはワシントン語での会話を打ち切って立ち上がり、ドレイクの両手を背中に回させポケットから取り出した手錠を掛け、敦賀へと向き直り口を開いた。
「投降するそうだ。私も全容は見えてないが、こいつはワシントンの正規軍人だ、捕虜として人道的な扱いを」
「ワシントンの?どういう事だ?」
「だから、私にも分からんよ。基地に連れ帰って、ゆっくり話を聞こうじゃないか」
今迄の経緯でワシントン人が大きく関わっているであろうという認識は大和側にも有ったものの、それでも正規軍が出て来るとは、しかも同じく正規軍から派兵されたタカコ達の部隊と敵対する様な行動を何故、と、敦賀は分からない事だらけだと苛立ちを滲ませ、それでもこの場はもう移動した方が良さそうだと、タカコ達へと向かってゆっくりと歩き出した。
埃塗れになりあちこちに小さな傷を作って血を滲ませる極近しい存在、そんな彼女を見て生きている事に安堵したのはほんの一瞬の事。
『……動くな、殺すぞ』
タカコを抱き抱え細い頸にナイフの刃を押し付ける男の言葉は敦賀には理解出来ず、それでも状況から相手の要求は窺えて、床を蹴って間合いを詰めようとした身体に急制動を掛けてその場へと踏み止まる。
「……おい、馬鹿女、何やってんだてめぇは」
「あー、悪ぃ悪ぃ。こいつ昔馴染みなんだけどさ、殺そうとしたら私も最低でも入院位はする羽目になりそうだし、何とか拘束して捕虜にしたいんだけど、駄目?」
背後から胴体に左腕を回され両脚で拘束され、とどめには喉元にナイフを突き付けられた剣呑な状況にも関わらず、タカコの声音にも表情にも緊迫感は全く見られない。対して男はと言えば殺気立った様子で鋭い眼差しでこちらを睨み付け、敦賀の身体の何処かが僅かでも揺れる度にナイフの刃をタカコの頸へと更に強く押し当てた。
金色の髪に青い瞳に白い肌に理解出来ない言葉、大和人種でない事は見れば明らかで、身に付けた装備や動きの一つ一つからは、相当に訓練された兵士なのであろうという事がありありと見て取れる。この場で無力化するという事は決して不可能ではないだろうが、それでもタカコの言う通りに無傷でとはいかない事は確実に思え、さてどうしたものかと敦賀は大きく舌を打った。
タカコ達迄の距離は約二十m、手には武蔵が握られているとは言え鞘の中。距離が近ければ、武蔵が抜き身だったのであれば、それでも相当の手練れと思われる人間が密着し刃を押し当てている状況では、と、可能性と危険性に静かに考えを巡らす敦賀の目の前で、ドレイクがタカコへと向かって口を開く。
『……お前、マジで大和軍と仲良しやってんのかよ、裏切りって話は嘘じゃなかったのか』
『馬鹿言え、二年半前に輸送機が墜落して私以外全員死んで、その時に保護してもらったから協力してただけだ。大和軍への潜入は元々の計画に含まれてたから丁度良かったんだよ。でも、協力はしてたが私は軍に対して裏切りを働いた事なんざ一度も無ぇぞ、軍が大和に対してこうしてお前等を使って軍事侵攻をしてたなんて知らなかったしな。そもそも、侵攻するか同盟締結か、どっちを選択すべきなのかその判断の為に私達の部隊が送り込まれたんだから』
『JCSの権力争いの駒にされたって事か、俺等は』
『まぁ、少なくともお前はそうだな。急進派のマクマーンの屑らしい事を考えついたもんだよ、その為に『奴』と手を組むとはな……最悪の選択をしたもんだ』
『奴』、その言葉にぴくりとドレイクの手が動き、ナイフを持った手が僅かに緩む。背中から覆い被さる様にして拘束している所為でドレイクからはタカコの表情は窺えず、それでもその言葉の向こうに在る因縁の重さ、それを知らないわけではない立場では多少なりとも思うところは有り、何とも奇妙な再会の仕方をしたとは言え、お互いをよく知る昔馴染みの心中へと僅かの時間思いを馳せた。
『……で、だ、俺としてはここからトンズラして部隊に戻りたいんだが、お前のあの『お友達』はそれをさせちゃくれないもんかね?』
『あー、その期待はしない方が良いよ、あれ、大和海兵隊の最先任上級曹長。我が国の最先任と違って管理職でありつつもバリバリ現場の人間。任官後十年の下士官の生存率が五%切る様な凄まじい損耗率の大和海兵隊の中で任官からもう直ぐ二十年になるって化け物、当然無茶苦茶強い。その上お前は私にナイフ突き付けて今あいつをとんでもなく怒らせてる。無理、諦めろ』
『……あいつ、お前の何なんだよ……』
『……お目付け役兼飲み友達、他にも少々』
『……その間は何なんだ、少々って何なんだ一体』
何とも具合の悪い事になった、ドレイクはそう考えつつ小さく舌を打つ。技術的にはワシントンに大きく劣ると聞かされていた大和軍、実際に対人戦闘には不慣れなのであろう事は窺えたし、数を頼りに反撃されても何とか制圧出来るだろうと思っていたが、実際の兵士をこうして目の当たりにすると、その判断は少々甘かった様だと痛感する。
大和がタカコを保護下に置きその知識と技術を求めている事を考えれば、肩から下げられた小銃がこちらへと向けられる事は恐らく無い。しかし、左手に握られた一振りの太刀、そして無言で、しかし激しい怒りと殺気を迸らせる佇まいからは、僅かの隙でも見せれば、確実に手にしたあの得物を抜いて突っ込んで来るだろう事がひしひしと感じ取れた。
生きて虜囚の辱めを受けずなどという、実にくだらない馬鹿馬鹿しい事を言っていた民族が旧時代にはいたらしいが、生憎と自分はそんな事を考える様な人間ではない。この場は大人しく拘束されておいて機会を窺い脱出すれば、ドレイクはそんな事を考えつつ今自分がどう動くべきなのか答えを出し、ゆっくりとタカコを拘束から解放する。
『……分かった、大人しく投降する、繋ぎをつけてくれ』
『うん、私もそれが一番良いと思うぞ』
と、そこでタカコはワシントン語での会話を打ち切って立ち上がり、ドレイクの両手を背中に回させポケットから取り出した手錠を掛け、敦賀へと向き直り口を開いた。
「投降するそうだ。私も全容は見えてないが、こいつはワシントンの正規軍人だ、捕虜として人道的な扱いを」
「ワシントンの?どういう事だ?」
「だから、私にも分からんよ。基地に連れ帰って、ゆっくり話を聞こうじゃないか」
今迄の経緯でワシントン人が大きく関わっているであろうという認識は大和側にも有ったものの、それでも正規軍が出て来るとは、しかも同じく正規軍から派兵されたタカコ達の部隊と敵対する様な行動を何故、と、敦賀は分からない事だらけだと苛立ちを滲ませ、それでもこの場はもう移動した方が良さそうだと、タカコ達へと向かってゆっくりと歩き出した。
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