大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第303章『人質』

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第303章『人質』

 大和軍を追跡して侵入した廃墟、その周辺や内部で散発的な戦闘が発生し、戦力を随分と削られた。共に戦い生き延びて来た、研鑽し合った仲間が銃弾に斃れ爆片に切り裂かれていく中、幾つかの分隊は遂に無線で撤退の許可を要請するに至ったが、返って来た答えは、無言と、そして、砲撃の雨。
 砲弾が飛来する鋭い風切りの音、まさか、と顔を見合わせた直後、彼等を襲ったのは凄まじい衝撃と永遠の意識の途絶、中には死にきれずに内臓をぶち撒けて苦しむ者もいたが、やがてその彼等にも死は平等に訪れた。
『大和軍からの攻撃を受けた模様、離脱します!!』
 押収した装備の中に有った迫撃砲、それを逆にこちらへと向けて使われたのか、誰しもがそう思い、仲間が立て籠もっているであろう建物に砲口をむけるとは正気の沙汰じゃない、そんな事を吐き捨てながら死に物狂いで退却を開始する。一度離脱して距離を取れば、その内に状況を確かめに砲撃をした部隊がやって来るだろう、それを背後から叩けば、そう判断した分隊長を先頭に建物を出る兵士達、その彼等を出迎えたのは建物の中に潜んでいる筈の大勢の大和軍の兵士達、そして、その彼等から向けられる沢山の銃口だった。
 ぶつけられる凄まじい殺気、それに反射的に携えていた小銃を構えればそれと同時に向けられた銃口の全てが火を噴き、そして、無数の銃弾に貫かれ切り裂かれ、彼等もまたこの世へと別れを告げ肉体は地面へと崩れ落ちた。
「何なんだ今の砲撃は!?」
「点呼とれ!!負傷者や死者が出てないか確かめろ!!」
 声を張り上げ指示を出す中には少し前迄副長達と一緒にいた島津もおり、現状が理解出来ないといった様子で傍にいたカタギリへと声量を落として話し掛ける。
「おい、ギリ、何なんださっきの砲撃は。中には司令も総監も他にも大勢いるってのに、タカコの命令なのか!?」
「いえ、あれは自分達の仕事じゃありませんよ、中にボスも他の連中もいるってのにあんな事やるわけ無いでしょう」
「だったら誰が……って、まさか」
「はい、恐らくは敵勢です。侵入した仲間諸共大和軍を始末しようとしたのかと」
 カタギリの険しい表情と硬い声音、島津はそれを見ながら、一体何がどうなっているか、そんな事を考えた。
 自爆覚悟の捨て駒達を拘束した後はその彼等をトラックの荷台へと放り込み、別のトラックの荷台や車両に乗せた御偉方と共に全速力で鳥栖演習場から離脱させた。途中からは待機させていた警護用の車両と合流し、今頃はもう太宰府駐屯地へと到着している頃合いだろう。全速で離脱する車両を見送った後で、当初の打ち合わせ通りに残った人間と共にこの廃墟へと急行し敵勢の背後をとる形で周辺の物陰へと身を潜め彼等が出て来るのを待ち構えていたが、予想外の背後からの砲撃に流石に動揺と苛立ちを隠せない。
 仲間がいる場所へ遠慮も配慮も糞も無い砲撃を食らわせるとは、見殺し、切り捨て、寒気すらする程のその言葉を誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。
「……とにかく、今片付けたのが全員とも限らん、警戒怠るな!!」
「了解しました!!」
 敵の事情は今考える事ではない、今はまだ状況中、下らない事に拘泥して反撃されるようでは本末転倒だ。そう考えた島津は部下に指示を出し、意識を再び敵勢へと向けて行った。

『……っつぅ……おい、ジャス、生きてるか?』
 取り敢えず睨み合っていても仕方が有るまい、拘束して連れ帰って尋問だ、そう思ったのはタカコだけではなくドレイクも同じだった様で、埃と砲撃の破片塗れの床を蹴って相手へと向けて駆け出したのはほぼ同時だった。もう少しで相手と拳か足かナイフの鋒を交える、そんな時に耳に届いたのは鋭い風切りの音、馴染み深いそれに一瞬意識をとられたのはドレイクもまた同じ、状況は理解出来ない迄もこの先に待ち受ける事態は容易に想像がついたのか、直ぐに意識を相手へと戻し、床を蹴って更に加速した、そこ迄はタカコもはっきりと覚えている。
 その直後に弾着して、それから――、と、タカコはガンガンと鳴る頭を緩く振り、ゆっくりと双眸を開いてみる。そして、そこで漸く『何だか随分と温かくて柔らかい瓦礫だ』と思っていた、自分を包み込むものがドレイクの腕と身体である事を理解し、苦痛に顔を歪めつつも同じ様に頭を振る彼の様子に、どうやらお互いに生死に直結する様な怪我は負っていない様だという事を把握した。
『……何なんだよ今の……お前の仕事か?』
『阿呆抜かせ……幾ら私でも迫撃砲の的になる趣味は無いよ……いたた……』
 双方あちこちが痛む身体を何とか動かして起き上がり、抱き締めていたドレイクの腕が緩んだ辺りでタカコは顔を上げる。直ぐ近くに懐かしい顔、所々破片を受けてじんわりと血の滲む白い肌をぼんやりと見ていると、ドレイクの右腕が身体から外され指先が頬へと這わされた。
『血、出てるぞ……で?お前じゃないなら大和の連中か?』
『それも無いな、今回の作戦には迫撃砲は持ち出してないよ』
『じゃあ、誰が――』
『お前等の現場指揮官……後方で腐った笑いを浮かべてキチガイ沙汰の命令を出した奴だよ……捨て駒に使われたな』
『……お前、どうして、まさか――』
 言葉を所々すっ飛ばした会話、他人が聞いても理解出来ないそれはお互いには理解出来るのか、ドレイクは愕然とした面持ちで動きを失いタカコを見詰めている。
『どうしてって、そりゃ――』
 と、そこ迄言った直後、タカコが飛び出して来た階段室の方から凄まじい勢いで階段を駆け上がって来る音が聞こえて来る。この足音は敦賀か、そう思ったタカコが無事を知らせようと身体を起こそうとしたのと、彼女の胴体にドレイク左腕が回され、喉元にナイフが突き付けられたのはほぼ同時。
 そして、その直後
「おい!!タカコ!!無事か!?」
 という叫びにも近い言葉と共に半開きになった扉が蹴破られ、二人の前に敦賀が姿を現した。

『……動くな、殺すぞ』
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