大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第306章『旧友』

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第306章『旧友』

 再会からこちら、ドレイクは大和語を口にせず、周囲が何を話し掛けてもそれに対しての明確な反応は示さない。理解していてその上で反応しないのか本当に理解していないのかは、大和人は勿論その様子を見ていたタカコにも判断が出来ず、尋問はワシントン語を使用して行われる事が決定した。尋問官として入室するのはタカコ、それに間近で状況を観察する為に敦賀と彼に対しての通訳役としてカタギリが同行し、他の面々は隣室で硝子板越しにタカコの部下達の通訳を受けながら見守る事となった。
 本来であれば副長を始めとした御偉方や中央の面々もそこにいて当然だが、最前線の自分達が先ず尋問を行い、その後統幕へと身柄を引き渡すからその先は好きにしてくれて構わない、だから、先ず巣は自分達に彼を預けてくれ、高根と黒川の連名での訴え掛けに副長が譲った形となり、九州勢以外の面々の姿は今はここには無い。
『それじゃ……始めようか』
 尋問室へと入室し、拘束されて椅子に座らされたドレイクの向かいへと腰を下ろすタカコ、ドレイクは彼女のその言葉には何も返さず、黙したまま目の前の相手の挙動を見詰めている。
『最後に会ったのが……五年位前か?今迄どうしてたのよお前、結婚は?』
『……してねぇよ、してたら可愛いワイフ放ってこんな所迄来るワケ無いだろうが。相変わらず独身でそろそろ四十が見えて来ましたよ』
『あれだろ、相変わらずその時の気分で目に付いた女にコナ掛けて適当に発散してるんだろ』
『何だ、バレたか。相手には困らないしな、見た目良く産んでくれた親に感謝ってところだな』
『……私の周囲にはどうしてこう何処かしら駄目だったりクズい男しかいないんだろうな……』
『タカユキがいるじゃねぇか、あいつはマトモだろ。そういや見ないけどどうしたんだよ、いっつもベッタリお前に張り付いてたのに』
 タカコの問い掛けから始まった会話、今回の事には全く触れず、会っていなかった時期の事を皮切りに、久方振りに再開した旧友同士といった様子でお互いが言葉に若干の懐かしさを滲ませる。そんな中、突然にドレイクが口にしたのは『タカユキ』という名前。タカコの亡夫の名にカタギリが通訳の言葉を止めて身体を強張らせ、会話の内容が理解出来ない敦賀はそれを訝しむ様に眉根を寄せ、部屋の一角の空気がやや不穏当になるが、タカコとドレイクはそれに気を向ける様子は無い。
『……死んだよ、二年半前。この国にやって来た時に輸送機が墜落してな……手の施し様が無かった、だから――』
『……良いよ、言わなくて。俺でもそうする、悪かった』
 同じ世界で生きて来た者同士、どんな結末を迎えたのか、そうなれば自分がどう動くのか、嫌と言う程に理解しているのだろう。双眸に陰りを見せたタカコの様子に僅かに表情を歪め、ドレイクは小さく謝罪の言葉を口にした。
『それで?今は誰もいないのか?まぁ誰か相手作ったとしたら、そいつにタカユキの呪いが降り掛かりそうだけどな。あいつ、お前しか見てなかったからなぁ』
『あー……いない事は無いんだが……』
『誰だよ、ケイン?ヴィンス?まさかマリオ?』
『無ぇよ!!部下と寝る趣味は無ぇ!!』
『……って……ちょ、おま、大和の男に抱かれたのか!何考えてんだ立場と役目考えろ!!』
『だー!!黙れ!!これ通訳されて大和にも伝わってんだぞ!!個人的な事とか不都合な事はぼかせって言ってあるけど、沈黙の時間が長くなれば大和側も不自然に思うだろ!!』
『そんな事言ってるんじゃありません!!ワシントン軍人として正しい行動をしなさいとお兄さんは言ってるんです!!』
『誰がお兄さんだ!』
『俺に決まってるだろ!ヘイブラザーってお前だって――』
『意味が違う!!』
 相手から性的な内容の話題を振られる事には滅法弱いタカコ、今回も突然に暴露された内容に真っ赤になり、その口を閉じろとドレイクに向かって怒鳴り付ける。
「……おい、ケインよ、何言い合ってるんだアレは……尋問には見えねぇんだが」
「いや……聞かないでおいてやれ」
 言葉の最後は込み上げる笑いを堪え切れずに吹き出してしまったカタギリ、敦賀はそんな彼の様子を見て不愉快そうに眉間の皺を深くし、視線を彼から外して二人へと向け直した。
『大体お前はいつもそうだ!!何かと言えば直ぐに要らん事を言って私を怒らせて!!』
『……愛?みたいな?』
『殺す!マジでこいつ殺す!!』
『わーかったよ、もう言わないから落ち着けって。まぁ、タカユキも死んで心細いし寂しいしってのは分かるからさ、身体の関係持つのはどうこう言うつもりも無いけどよ……でも、本気にはなるなよ。相手にも本気にはならせるな……終わりが分かってる関係だ、そうなった時に辛いのは……お前だぞ?』
『……そんな事……お前に言われなくても、分かってるよ』
 妙に歯切れの悪いタカコの言葉、ドレイクはその様子を見ながら、どうやら既に充分にややこしい事になってしまっている様だな、そう考えつつ小さく舌を打つ。
『なら良いけどよ。で?お前はこの五年間どうだったんだよ?あの事件の暫く後にタカユキ共々退官したって聞かされた時には驚いだぜ?幾ら聞いても話はぐらかして答えようとしないし、あの絡みで色々有ったんだろうなとは思ってたけどよ。それが今回の事で、実は退官してなくてJCS直属の部隊の司令官の座に収まってるって聞かされてさ』
『そこいらは同じ業界の人間だ、言えない事が有るのは分かるだろ、制約とか守秘義務ってもんをさ。どんなに親しい友人でも、配偶者相手でも言えない事だって幾らでも有る』
『まぁなぁ……それで?ここに来る事になる迄の二年半……幸せ、だったか?』
『……ああ、凄く。色々と有ったけどな』
『……そうか、なら、良かったよ』
 一旦会話はそこで途切れ、二人は既に過去となってしまった日々へと思いを馳せる。今と比べてまだ抱えるものも背負うものも多くは無く、そして、その風景の中には常に『彼』がいた、温かく優しかった時代。夫々の胸の内にあの風景を思い出し、やがて話題は嘗ての仲間達の事へと移っていく。
『そういや、あいつ覚えてるか?部隊で一緒だったレスリー』
『ああ、あのマッチョマン?覚えてる覚えてる、どうかしたのか?』
『いや、それがさ、あいつ去年結婚したんだよ、出入りの業者の女の子と』
『マジで!?任務に人生捧げるとか言ってたのに!?』
『おう、それでさ、確かもうそろそろ子供が生まれる筈なんだけど、時期的にもう生まれてるのかな?それでさ、退官して田舎帰って親父さんの牧場継ぐんだと。嫁さんも農家の出だから、揃って慣れ親しんでる環境で子育てしたいんだってよ』
『うわぁ……人間変わるもんだなぁ……』
『他にもさ、シーリーなんかはさ――』
『えぇぇぇ!!あのシーリーが!?それは流石に嘘だろ、だって――』
『いやマジなんだって!それでさ――』
 何やら昔話で盛り上がり始めた二人、敦賀には当然、時にはカタギリも知らない人物や話題について笑顔を浮かべて語り合う旧友同士。それをカタギリは何処か切なそうな面持ちで、敦賀は彼の通訳を聞きながら何とも言えない心持ちと表情で見詰めていた。
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