大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第322章『状況開始』

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第322章『状況開始』

 太陽が対馬区の向こうへと沈んで行く様子を、タカコは油槽船の小さな窓から黙ったまま長い事見詰めていた。
 始まる、と思いながら地平線と水平線を見詰める顔、その口元には薄らと笑みが浮かび、双眸は鋭く獰猛な光を湛え、身体からは覇気が噴き出しているそんな彼女を、敦賀もまた何も言わず見詰めている。
 巡回は思ったよりも粗く、一度二人組が小銃を手に回って来ただけ、その事について敦賀は若干の警戒を口にしたが、タカコにとってはこの程度であれば想定の範囲内だった。
 自分達の部隊がこの油槽船の中に潜伏している事は、恐らくは『奴』はもう気付いているだろう、交渉の窓口に自分達ワシントン勢が一切立たず姿を見せてない事からも感じ取っている筈だ。海から来るのか陸から来るのかの判断はつきかねていたのかも知れない、それでも奪還に必要な程度の人数が身を潜められる場所と言えばここしか無い、陸海どちらから侵入したとしても身を潜めるのに最適な場所はこの油槽船だと分かっているだろう。
 その状況でこの油槽船の中を虱潰しに当たらない理由、それは、戦闘が発生すれば相当数の犠牲を出す事になると分かっているから。ここから彼等の相当数が集まっている建屋群迄はそれなりの距離が有る、広大な敷地の中でその外れに在るこの船に兵員を向かわせれば、その分自分達の戦力が削り取られていく羽目になる事が理解出来ない程の馬鹿ではない。そして、夜間こそ急襲に最適な時間帯である事も理解してる、恐らくはタカコ達の部隊もそれを踏襲するであろう事も。そうなれば迎撃側としては態々敵の待ち受ける区画に人員を向かわせる様な真似はしない、時が来れば相手からやって来るのが分かっているのだから、万全の態勢でそれを迎え撃てば良いだけの事。
 どちらも理解していてのこの状況、夜になれば激しく厳しい戦いになるな、タカコはそんな事を考えつつ獰猛な笑みを深め、橙色は消え失せ暗くなった水平線と地平線から視線を外し、ゆっくりと踵を返した。
「……気が早いな」
 タカコの視線の先には油槽船の中でばらけて潜伏していた部下達の姿、そして、その彼等と行動を共にしていた大和の面々。タカコ程ではないにしろ誰の顔にも鋭さと獰猛さが滲み、それを見たタカコは、良い顔をしている、そう思いながらまた笑みを深くする。
「いつでも動けるぞ、指示をくれ、小隊長」
 口を開いたのは島津、第一分隊の分隊長に指名された彼は船内に分散させていたものを集めて来た装備の山を顎でしゃくって見せ、態勢は既に整っているから指示を出せ、そう要求する。第二分隊の分隊長に指名された敦賀は、と見てみればこちらも同じ様な鋭い眼差しで見返され、小さく頷いて島津への同意を言外に示して見せた。
「簡単だ、打って出て、殺して、人質と施設を奪還する。それだけだ」
「……っておい、随分簡単に言ってくれるな。具体的にどう動くんだよ?」
「露払いは我々に任せてくれ、大和側には援護を頼みたい。我々が道を開いいたらその後から来て施設への、制御棟内への侵入だ。その後は最短距離を突っ走って中央制御室へ侵入、一気に制圧する。図面は頭に叩き込んだな?ジェフ、制御棟の電源の遮断はお前に任せる、人間が必要なら連れて行け」
「了解ですマスター。遮断から非常用電源に切り替わる迄は長く見積もっても五秒有るか無いかです、その機会を逃せば厳しくなります、御武運を」
「誰にものを言ってる、任せろ」
 自信たっぷりに鷹揚に言葉を返すタカコ、今迄それを黙って見ていた敦賀が静かに口を開く。
「相手の兵員はムラが有るとは言っても施設内の全域に配置されてるだろう、その始末は?」
「中央制御室を制圧すれば施設内の大抵の事は制御下に置ける、監視室も兼ねてるからな。それに、人質を確保出来れば目的の半分以上は達成出来た事になる、残党の始末はその後で良い。各所に爆薬が仕掛けられているだろうから、この排除は制御棟の急襲と同時進行で行う。それに関してはヴィンス、マリオ、アリサ、お前達に任せる。人間が必要なら連れて行け」
「了解です」
「了解、ボス」
「了解しました」
 これでタカコを除いたワシントン勢六名の内四名の配置が決まった、残るはカタギリとドレイク、そちらの二人は自分達はどうなるのかと言いた気な視線をタカコに送り、タカコはそれを見てまた笑い口を開く。
「ケイン、お前は私と来い、久し振りに楽しく殺ろうじゃないか、なぁ?」
「……良いですねぇ、負けませんよ?」
 タカコの言葉にカタギリを取り巻く空気が変わる。好戦的攻撃的な口調、笑み、こちらはこちらで何かが切り替わった様だなと敦賀が眉根を寄せれば、今度はドレイクが面白くなさそうに言葉をぶつけて来る。
「おいおい、俺は?」
「お前は大和勢の側にいて援護を。お前とも波長は合うが、ケインの方がしっくりくる。何せ失敗の出来ない大仕事だ、万全を期したいんでな、頼むぞ。敦賀、ジャスティンの側にいて指示に従ってくれ」
 大和に来てからずっとタカコを傍に置いていた敦賀、時が経てば立場と事情に加えてタカコに対しての想いもそこに加わり距離は更に近くなった。そうして過ごしていた彼がこの配置で黙っているわけが無いと思ったタカコが先制する形でそう言えば、どうやら内心その通りだった様子の敦賀が実に不機嫌な様子で了解の旨を吐き捨てる。タカコはそれを見て今度は少し困った様に笑い、この作戦が終われば頭でも撫でてやるからそう拗ねるな、と、内心でそう言いながらそろそろ出ようと動き出す。
 日は完全に落ちた、地平線も水平線ももう見えず、火発の照明の強い光が窓から船内へと入って来る。さあ状況の開始だ、とそう言えば、彼女の部下達とドレイクがそれに従い言葉も無く動き出す。
「俺達は先に出ます、お気をつけて」
「ボスを殺すのは俺だからね、それ迄死んじゃ駄目だよ」
「行って来ます」
 先ず船室を出て行ったのは爆薬の排除を命じられた三人とその彼等に指名された数名、それを見届けたタカコは敦賀に装備を預け、
「動き易い方が良いんでな、ちょっと持っててくれ」
 そう言いながら戦闘服の上着も脱ぎ捨ててそれも敦賀へと手渡した。
「……!」
 見慣れていた大和海兵隊の戦闘服、その下から現れたのは身体にぴったりと密着した黒の長袖。腰にはナイフと拳銃の鞘、そして弾倉を入れておく小さな革製の箱だけがぶら下がり、タカコは肩をコキコキと鳴らしながら
「さて、久し振りの本格的な接触戦だ、ケイン、遅れるなよ」
 何処か楽しそうにそう言いながら船外へと向けて歩き出す。
「……おい、ジャスティン」
「何だよ兄弟」
「それ止めろ……そうじゃなくて、何やるつもりなんだ、あいつ」
 そんな彼女の背中を見て歩き出す敦賀、隣にいたドレイクへと声を掛け、タカコから感じる違和感について何か知っているのかと問い掛ければ、ドレイクはそれを聞き片眉を上げ、やれやれといった調子で言葉を返した。
「……貧弱な体格、弱い筋力、接触戦肉弾戦をするなら、その二つは普通なら致命的な弱点になる、『普通なら』な」
「どういう意味だ」
「そのままだ。『普通なら』あいつもケインも、接触戦に向いてる体格じゃない。それなのに今二人はそれをする為に出て行った……それが、あいつがProvidenceを立ち上げ、そこにケインが在籍してる理由だ。今から、それをお前は見る事になるぜ、兄弟」
「だから、どういう――」
「見た方が早い。あいつ等他はお構い無しにガンガン進むぞ、遅れるワケにはいかない、行こう」
 敦賀にはドレイクの言っている意味は完全には理解出来ず、それでもここでこうして話している時間は無いと彼の言葉に素直に従い歩調を速める。
 そして、この直ぐ後、敦賀と、そして大和人達は、Providenceという集団が如何なる理由を以て集団として存在しているのか、その理由を目にする事になった。
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