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第323章『本質』
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第323章『本質』
油槽船が接岸した岸壁から内陸に向けて百m程は作業等の為に空けられており、何の遮蔽物も無いコンクリート打ちの地面か強烈な照明に照らされている。敵も絶好の狙撃場所だと待ち構えているのではないのか、そう思った敦賀がそれをそのままタカコへと向けてみれば、
「かもな。でも、地雷を踏む心配だけは無いじゃないか」
と、何とも人を食った様な答え。どうするつもりだと敦賀が眉根を寄せれば、
「まぁ、見てな。ケイン、来い、他は後から。ジャス、皆の誘導を頼むぞ」
そう言って、ふわり、と、油槽船から飛び出して燃油槽とその向こうの建屋群へと向かって駆け出して行き、カタギリがその後へと続く。それを迎え撃つ様に響き渡る銃声、タカコ達の周囲の地面が爆ぜるのが遠目にも分かり、ドレイクの合図を待っていた敦賀が焦った様に口を開く。
「おい!やっぱり狙われてるじゃねぇか!」
細かく進路を変えつつも猛然と進む二人、タカコと同じ様にカタギリも上着を脱ぎ似た様な出で立ちで出て行った為、小さな身体が凄まじい速度で進みつつも狙われる様を、ドレイクは何も言わずに真っ直ぐに見据えている。敦賀にとってはそれが殊更に神経を逆撫でされ、更に語気を荒げどうするつもりなのかと問い詰めれば、返って来たのは何とも反応に困る言葉だった。
「軍隊の本質ってのは、何だと思うよ、兄弟」
「はぁ!?こんな時に何を――」
相変わらず断続的に響く銃声、爆ぜる地面、何を言っているのかと敦賀がドレイクを見れば、ドレイクは視線を真っ直ぐに二人に向けたまま静かに言葉を続けた。
「……軍隊の本質とは、可能な限り高い水準での質の均一化、それは集団が集団として機能する為に必要不可欠なものだ。『ここからここ迄』と区切り、その水準に達していないものは不適格として切り捨て、同時に、そこから上に振り切っちまってる人間も排除する。集団の中の個体の水準を出来るだけ均一化しておかないと、何か有った時に下の個体は集団の足を引っ張り動きを鈍らせ全滅の危険を齎し、上に振り切ってる個体はその動きに集団がついて来られずに調子を崩し、結局全滅の危険を齎す」
「……それが、タカコだってのか?」
「タカコだけじゃない、見てみろ」
ドレイクがくい、と顎で前方を指し示し、敦賀がそちらへと視線を向けてみれば、そこに在ったのはカタギリの背中。
「ケインはその体格の貧弱さと、持っている技量の高さが噛み合わなかった所為で周囲と折り合いを付けられず、閑職に回されて腐ってた。他の連中も皆似たり寄ったりの経歴の持ち主で、余りにも突出しちまってて使い所が無い、上に振り切っちまってて切り捨てられた人間なんだよ。軍でしか生きられない、戦う事しか知らない人間なのに、その軍から不要と判断されて捨てられた……そういう人間の集まりなんだ、Providenceってのはな」
淡々としたドレイクの言葉と眼差し、その先に在る二つの影は空白地帯を走り抜け、夫々が巨大な油槽の陰へと飛び込んで行く。やがてその向こうから聞こえて来た銃声と叫び、ドレイクはそれを聞いて
「始まったな、直ぐに排除は完了する。合図が有ったら全力疾走だ、準備しとけよ兄弟」
そう言ってゆっくりと立ちあがり、脇に置いた背嚢を背負い小銃を抱え直す。敦賀はその様子を見て自分も従いながら、立ち上がった後でもう一度油槽の方へと視線を向けた。
今迄何度もタカコと共に出撃し戦って来た、始めは太刀を手にし、時には爆弾を、時には銃を手にしながら。そんな中で確かに彼女の技量と迫力に圧倒される事も有ったが、引き摺られる、ついていけないと思った事は一度も無い。ドレイクの言葉がどうもしっくりこないと険を深くして舌打ちをすれば、直ぐ隣にいた彼にもそれは伝わったのか、笑いながら言葉を向けられる。
「そりゃアレだよ、あいつがお前に調子を合わせてやってただけだ。今のあいつにはあいつの部下達以外はそうそうついて行けねぇよ。お互いがお互いの全力を出し合う為に創設された、それがProvidenceだからな」
「あいつもそうだとは――」
「来たぞ、走れ!走れ走れ!!」
打ち上げられた閃光弾、それを目にしたドレイクに向けた言葉は途中で遮られ、敦賀は大きく舌打ちをしつつも逆らう事無く走り出す。
懐へと飛び込んで来たタカコ達への応戦で手一杯なのか、銃撃は無い。その代わりに聞こえて来る銃声、油槽に当たったらどうするつもりだとは思うものの、タカコ達も相手もそれは流石に考えているのか、今のところ爆発の様子は無い。もう少しで油槽群へと到達する、そんな頃合いで突然油槽の陰から人影が複数飛び出して来て、敦賀を始めとした大和勢は咄嗟にそちらへと銃口を向け引き金に指を掛けた。
「撃つな!!」
響き渡ったのはドレイクの怒声、それに反射的に動きを止めれば、先に飛び出して来た人間に後から出て来た人間――、タカコが一気に飛び掛かり、相手の手元に向かってナイフを一振りするのが見て取れた。上がる短い叫び、タカコはそれで動きを止める事無く更に一歩踏み込み、左手で相手が手にしていた銃を叩き落とし、右手に持っていたナイフをがら空きになった男の腹へと突き立てそれを一気に振り上げる。
「…………!!」
大振りのナイフの刃に斬り裂かれる戦闘服、声も無く崩れ落ちる大きな身体。回り込む様にして動いて背中をこちらに向けるタカコ、何処かに引っ掛けたのか三つ編みが解けてしまっていた目出し帽から出た長い髪が、海から吹き付ける風に煽られてぶわりと広がり、まるで小さな背中に生えた大きな黒い翼の様だ、と、敦賀は何処か冷静にそんな事を考えていた。
「粗方片付いた、先に進むぞ」
彼女のその言葉に、誰も、言葉を返す事は出来なかった。自分達の前に飛び出して来る迄にも何人も殺して来たのだろう、頭部は目出し帽を被り上半身は黒い服を着ている為に分からないが、戦闘服のズボンは返り血であろう血を浴び赤く濡れている。それなのに声音だけは今迄と変わらず、その対比が言い表し様の無い、底知れない不気味さを見る者へと齎していた。
「タカコが何だって?兄弟。逸れ者―を集めてその上に立ってるんだ、こいつがまともなわけ、無いだろうがよ。こいつが一番振り切ってるに決まってるじゃねぇか」
ドレイクのその言葉だけが、その場に静かに響いていた。
油槽船が接岸した岸壁から内陸に向けて百m程は作業等の為に空けられており、何の遮蔽物も無いコンクリート打ちの地面か強烈な照明に照らされている。敵も絶好の狙撃場所だと待ち構えているのではないのか、そう思った敦賀がそれをそのままタカコへと向けてみれば、
「かもな。でも、地雷を踏む心配だけは無いじゃないか」
と、何とも人を食った様な答え。どうするつもりだと敦賀が眉根を寄せれば、
「まぁ、見てな。ケイン、来い、他は後から。ジャス、皆の誘導を頼むぞ」
そう言って、ふわり、と、油槽船から飛び出して燃油槽とその向こうの建屋群へと向かって駆け出して行き、カタギリがその後へと続く。それを迎え撃つ様に響き渡る銃声、タカコ達の周囲の地面が爆ぜるのが遠目にも分かり、ドレイクの合図を待っていた敦賀が焦った様に口を開く。
「おい!やっぱり狙われてるじゃねぇか!」
細かく進路を変えつつも猛然と進む二人、タカコと同じ様にカタギリも上着を脱ぎ似た様な出で立ちで出て行った為、小さな身体が凄まじい速度で進みつつも狙われる様を、ドレイクは何も言わずに真っ直ぐに見据えている。敦賀にとってはそれが殊更に神経を逆撫でされ、更に語気を荒げどうするつもりなのかと問い詰めれば、返って来たのは何とも反応に困る言葉だった。
「軍隊の本質ってのは、何だと思うよ、兄弟」
「はぁ!?こんな時に何を――」
相変わらず断続的に響く銃声、爆ぜる地面、何を言っているのかと敦賀がドレイクを見れば、ドレイクは視線を真っ直ぐに二人に向けたまま静かに言葉を続けた。
「……軍隊の本質とは、可能な限り高い水準での質の均一化、それは集団が集団として機能する為に必要不可欠なものだ。『ここからここ迄』と区切り、その水準に達していないものは不適格として切り捨て、同時に、そこから上に振り切っちまってる人間も排除する。集団の中の個体の水準を出来るだけ均一化しておかないと、何か有った時に下の個体は集団の足を引っ張り動きを鈍らせ全滅の危険を齎し、上に振り切ってる個体はその動きに集団がついて来られずに調子を崩し、結局全滅の危険を齎す」
「……それが、タカコだってのか?」
「タカコだけじゃない、見てみろ」
ドレイクがくい、と顎で前方を指し示し、敦賀がそちらへと視線を向けてみれば、そこに在ったのはカタギリの背中。
「ケインはその体格の貧弱さと、持っている技量の高さが噛み合わなかった所為で周囲と折り合いを付けられず、閑職に回されて腐ってた。他の連中も皆似たり寄ったりの経歴の持ち主で、余りにも突出しちまってて使い所が無い、上に振り切っちまってて切り捨てられた人間なんだよ。軍でしか生きられない、戦う事しか知らない人間なのに、その軍から不要と判断されて捨てられた……そういう人間の集まりなんだ、Providenceってのはな」
淡々としたドレイクの言葉と眼差し、その先に在る二つの影は空白地帯を走り抜け、夫々が巨大な油槽の陰へと飛び込んで行く。やがてその向こうから聞こえて来た銃声と叫び、ドレイクはそれを聞いて
「始まったな、直ぐに排除は完了する。合図が有ったら全力疾走だ、準備しとけよ兄弟」
そう言ってゆっくりと立ちあがり、脇に置いた背嚢を背負い小銃を抱え直す。敦賀はその様子を見て自分も従いながら、立ち上がった後でもう一度油槽の方へと視線を向けた。
今迄何度もタカコと共に出撃し戦って来た、始めは太刀を手にし、時には爆弾を、時には銃を手にしながら。そんな中で確かに彼女の技量と迫力に圧倒される事も有ったが、引き摺られる、ついていけないと思った事は一度も無い。ドレイクの言葉がどうもしっくりこないと険を深くして舌打ちをすれば、直ぐ隣にいた彼にもそれは伝わったのか、笑いながら言葉を向けられる。
「そりゃアレだよ、あいつがお前に調子を合わせてやってただけだ。今のあいつにはあいつの部下達以外はそうそうついて行けねぇよ。お互いがお互いの全力を出し合う為に創設された、それがProvidenceだからな」
「あいつもそうだとは――」
「来たぞ、走れ!走れ走れ!!」
打ち上げられた閃光弾、それを目にしたドレイクに向けた言葉は途中で遮られ、敦賀は大きく舌打ちをしつつも逆らう事無く走り出す。
懐へと飛び込んで来たタカコ達への応戦で手一杯なのか、銃撃は無い。その代わりに聞こえて来る銃声、油槽に当たったらどうするつもりだとは思うものの、タカコ達も相手もそれは流石に考えているのか、今のところ爆発の様子は無い。もう少しで油槽群へと到達する、そんな頃合いで突然油槽の陰から人影が複数飛び出して来て、敦賀を始めとした大和勢は咄嗟にそちらへと銃口を向け引き金に指を掛けた。
「撃つな!!」
響き渡ったのはドレイクの怒声、それに反射的に動きを止めれば、先に飛び出して来た人間に後から出て来た人間――、タカコが一気に飛び掛かり、相手の手元に向かってナイフを一振りするのが見て取れた。上がる短い叫び、タカコはそれで動きを止める事無く更に一歩踏み込み、左手で相手が手にしていた銃を叩き落とし、右手に持っていたナイフをがら空きになった男の腹へと突き立てそれを一気に振り上げる。
「…………!!」
大振りのナイフの刃に斬り裂かれる戦闘服、声も無く崩れ落ちる大きな身体。回り込む様にして動いて背中をこちらに向けるタカコ、何処かに引っ掛けたのか三つ編みが解けてしまっていた目出し帽から出た長い髪が、海から吹き付ける風に煽られてぶわりと広がり、まるで小さな背中に生えた大きな黒い翼の様だ、と、敦賀は何処か冷静にそんな事を考えていた。
「粗方片付いた、先に進むぞ」
彼女のその言葉に、誰も、言葉を返す事は出来なかった。自分達の前に飛び出して来る迄にも何人も殺して来たのだろう、頭部は目出し帽を被り上半身は黒い服を着ている為に分からないが、戦闘服のズボンは返り血であろう血を浴び赤く濡れている。それなのに声音だけは今迄と変わらず、その対比が言い表し様の無い、底知れない不気味さを見る者へと齎していた。
「タカコが何だって?兄弟。逸れ者―を集めてその上に立ってるんだ、こいつがまともなわけ、無いだろうがよ。こいつが一番振り切ってるに決まってるじゃねぇか」
ドレイクのその言葉だけが、その場に静かに響いていた。
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