大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第328章『手先』

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第328章『手先』

 藤田秀行、年齢、三十六歳、大和海兵隊所属、階級、上級曹長、独身。敦賀より一つ歳上ではあるが高校を卒業してからの任官の為、勤続年数は敦賀よりも二年短い。歳下だが先輩という立場の敦賀と個人的にも何のかんのと付き合いを続け、今では海兵隊最古参の一人に名を連ねている。
 体格は敦賀に負けず劣らず逞しく、身長は敦賀よりも一cm大きい百九十一cm、手の指も体格に見合い太くごつごつとした彼の特技は、外見とは正反対の手先の器用さを要求される細かい作業だった。
 階級章や名札の付け替えや、戦闘服の解れや破けの繕いは各自が行う事になっているが、特に気性も行動も荒い前線部隊の海兵の多くはその作業を苦行であるとすら思っており、そんな中何も言わずにちくちくと針仕事をする藤田を見て、
「よう、ヒデ、俺のも頼むわ」
 と、そう言って戦闘服と階級章や名札を投げて寄越す先輩や上官諸氏は数知れず、その中には敦賀の姿も有った。
「……敦賀センパイ、そりゃないんじゃねぇの?」
「……先輩に対する口の利き方がなってねぇ」
「うっせぇよ、他の先輩方の押し付けられてるんだよ俺は。てめぇは自分のは自分でやれ」
 最初こそ経験年数を立てて敬語も態度も崩さなかった藤田だが、歳が近い事もあってか妙に波長が合い、出会いから数年も経てば仕事以外の面では互いに砕けた調子で接する様になっていた。
 手先の器用さは任官から十数年経っても健在で、それどころか更に磨きの掛かったそれに着目したのは、海を越えてやって来た、悪戯大好きの強烈な性格をした、他国軍の女性指揮官。
「秀行、お前さ、ちょっと新しい仕事やってみない?」
 にっこり笑ってそう言ったタカコ、こいつは一体何をやらせる気なのかと訝しんだ藤田にタカコが与えた新しい役目、それは爆弾や各種の罠、その設置や解除の方法だった。こういったタカコの指示は総司令である高根の言葉と思え、主だった古参の面々には事前にそう通達されていた事も有り逆らう事はしなかったものの、いきなりやれと言われても、というのが当初の藤田の正直な気持ち。しかし、実際にやってみればまるで本来の役目がそれであったかの様に引き込まれのめり込み、言い出したタカコですら驚く程の速度で技術を習得していった。
 一人の海兵として充分な戦力であり、それに加えて特殊技能を習得したとあればこれからの戦いに向けて更なる戦力として期待されるのは当然の事で、教導隊として選抜された後もタカコの指導は続き、彼自身もまた嬉々としてその薫陶を受け力を伸ばして来た。
 その彼が今向き合っているのは油槽群のあちこちに設置された爆弾の除去、あちこちで銃声が響く中、持つのは小銃から拳銃へ切り替えろと自分を指名したウォーレンに指示され、それを直ぐに使える様に目の前に置き爆弾の導線を鋏で慎重に切断していく。
 一つ間違えば自分が吹き飛ぶだけでなく、この火発全体が吹き飛びかねない程の燃油に囲まれての作業、最初こそ喉がからからになり指先も震えたが、数をこなす毎にそれは消えて行き、代わりに湧いて来たのは凄まじい高揚感。一つ間違えば全てが御破算になる、その事実から与えられる重圧は藤田に萎縮を齎す事は無く、代わりに極限に近い集中力と冷たい興奮が彼を支配する。
 逸り、焦る気持ちは一切無い、意識が手元へと集中すると同時に外へも開いていく感覚が例え様も無く心地良い。
「女とヤるよりよっぽどブッ飛んでて気持ち良い世界が見られるぜ?」
 そう言って笑っていたタカコ、その彼女の言葉を相変わらず下品だなと思いはしたものの、実際に体感してみるとそれが比喩でも大袈裟でもなかった事がよく分かる。性交等及びもしない程の全身と全神経に及ぶ快感と冷たい興奮、重圧が大きければ大きい程にこれは凄さを増すのだろうと思え、もっと、もっとと、全ての細胞がそれを求めているとすら感じられた。
 以前結婚していた時にも職務にのめり込み、妻を省みる事は一切しなかった。最終的にはその妻に
「仕事と結婚して活骸に食われて死ねば良い」
 そう吐き捨てられて離婚届を叩き付けられて去られ、その事で多少は物思う部分も有りはしたものの、そこ迄しなければ維持出来ない関係ならば不要、そう思いそれっきりそちらの方面への興味は無くなった。
 そして今、これ迄よりも強烈に自分を惹き付ける役目に出会い、つくづく自分は人間らしい生活に向いていなかったらしいと思い至る。
 結婚生活の中で感じる事の無かった充実感、興奮、生きているという実感、それを与えてくれるのが海兵隊とタカコならば、自分は何処迄も、そして命の尽きるその瞬間迄ついて行こう、仲間の為に戦おう、そう思えた。
「周囲にも警戒は怠るな」
 突然直ぐ近くで響いた銃声、それに弾かれて顔を上げれば、硝煙の立ち上る拳銃を手にしたマクギャレットと、彼が構えた銃口の先で崩れ落ちる敵の姿が目に入る。
「……すまない、少し集中し過ぎた」
「折角仕込んだ技術持ちを失うわけにはいかない、気を付けてくれ」
「ああ、悪かった」
 冷静さの中に少々の棘を含んだマクギャレットの言葉、彼のその言い分は尤もで、藤田は自分を戒め手元へと視線を戻す。
 タカコが与えてくれた新しい役目と世界、その彼女を見出し重用する高根に報いる為にも、慢心も失敗も許されない。その重圧とその先に広がる世界こそが自分の求めていたものなのかも知れない、そんな思いと共に、ぶるり、と、大きく身体を震わせ、藤田はまた意識を役目へと集中させていった。
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