大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第327章『同期』

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第327章『同期』

「警察に助言を仰いだのが拙い!?どういう意味で……はぁ!?今更軍の体面がなんて言ってる場合ですか!?我々には、陸軍にすら人質奪還の経験も無ければ情報の蓄積も無いんですよ、立て籠もり事件の対応の経験の有る警察から助言を貰うのは当然でしょうが!!失敗したら私や陸軍の横山司令が責任を取って辞職します!!何も出来ないなら黙って任せて下さい!!」
 怒声が副司令執務室から外へと響き、その前を通り掛かる海兵達が顔を見合わせて同情の溜息を吐き通り過ぎる。中では小此木が荒々しく受話器を叩き付け、苛立ちを隠そうともせずに大きく舌を打ち、椅子の背凭れへと身体を預け天井を仰いだ。
 時刻は十七時過ぎ、電話による最初の接触以降、二度程あちらからの進捗確認の電話が掛かって来た。それに対し横山は至極冷静を装い
「色々と難しいが話は進めている、早まった事はするな、そうなれば交渉は決裂だ」
 そう繰り返した。
 実際は何一つ容認出来る事は無く話も全く進めてはいないのだが、そちらの方は最初からの予定なので大した問題は無い。目下の懸案事項としては、来ると分かっていたものの鬱陶しい事この上無い、統幕や陸幕や沿岸警備隊総司令部、その上に位置し全てを統括する統幕、そして三軍省と政府からの横槍と注文の嵐だった。
 横山には交渉に専念してもらう為、上への対応の窓口は小此木へと一本化され、かれこれもう数時間は執務室へと籠りきりになり電話の応対に追われている。時間が経てば経つ程に電話の数は増え、一つしか無い電話は常に受話器が持ち上げられっ放し、受話器を置いたかと思えばまた直ぐに呼び出し音が鳴り、出た相手も話中が続き相当苛立っているのか最初から怒鳴りつけられる事も多かった。
 相手からぶつけられる言葉は殆ど同じ、現場の心労を労わる声は一つも無く、進捗の確認と叱責の言葉ばかり、だったらお前等がやってみろという言葉が舌の先迄出ているのを何とか嚥下して対応を続けていたが、暫くぶりに訪れた静寂に小此木は大きく溜息を吐き、机上に置かれた湯呑を手に取り、すっかり冷めてしまった中身を一啜りする。
 ぼんやりと考えるのは、自らの上官であり所属する組織の最高司令官、そして、海兵隊士官学校時代からの同期であり親友でもある、高根の事。
 女性関係に関しては最低最悪の屑男としか言い様の無い高根の節操の無さはまさに『ドン引き』という言葉がぴったりで、出来ればあまり関わり合いになりたくないというのが本音だったのに、宿舎は一年から四年迄ずっと同室で、何かと問題の多い彼の尻拭いをする羽目になっていた。最初こそその境遇を呪いもしたが、妙に人懐っこい彼の調子に巻き込まれ、最終的には諦観の念を以て付き合う様になっていた。
 士官学校を卒業し揃って海兵隊へと任官してからもそれは変わらず、その内に階級に差が付きだしてからは彼の補佐が自分の仕事となり、上官の手綱取りに苦労し周囲から同情される部下、それが自分の定位置になり、それは今でも変わらない。
 女関係に限定すれば最悪の屑男、仕事に関しても少々無鉄砲なところの有る高根。それでも仲間や部下に対しての配慮や信頼は篤く、彼等を大事にする姿勢を一貫して崩さない彼を慕う人間は多い。それは小此木も同じで、彼の指揮でなら地獄の底迄付き合っても良い、全てを捨て身命を賭して支えるだけの価値の有る男だと、そう思っている。
 攻めの姿勢を崩さず、目的の為に危険な賭けにも打って出る高根、その彼の指揮の下、海兵隊は、大和は活骸との戦いで大きく前進する事が出来た。彼を万が一失う事にでもなれば、歩みは停滞するどころか大きく後退する事にもなりかねない。大和の未来の為に、今彼を失う事だけは有ってはならないのだ、何をどうしても良いからどうか無事に救出して欲しい、そう思わずにはいられない。
 それに、万が一の事が有れば、自分は訃報を伝えなければいけないのだ、彼の子を宿した新妻に。
 披露宴に呼ばれてそこで紹介されて初めて見た凛、小さくて頼り無げで、無関係の自分ですら守ってやりたいと思わせる佇まいだった。昨日はその彼女に高根が人質となった事を告げに行ったが、不安で堪らないだろうに気丈に振る舞い、凛と佇まいを正していたのが余計に辛かった。いっその事取り乱し罵ってくれた方が気が楽だ、そう思いながら敬礼をして高根宅を辞した事を思い出し、制服のポケットから煙草を取り出し咥えて火を点ける。
「……真吾よぉ……絶対に生きて戻って来いよ、あの嫁さんにお前の訃報届けるとか、俺絶対に勘弁だわ……」
 そう呟きながら思い出すのは彼が結婚する直前、噂を聞いて呑みに連れ出した時の事。この時ばかりは今の立場も忘れて悪友同士に戻らせろと彼を中洲へと引き摺って行き、散々に揶揄い倒した。
「マジで先々代の孫なのかよ、義理の兄貴が島津か。お前どうすんのそれ」
「……明日島津のところに土下座しに行くので休みます、代行お願いします……」
「しかも結婚前におめでたとか、避妊の達人のくせに中出しか。相手が若くて可愛いからって盛り過ぎだろ、何やってんだか……」
「……いやもうマジで勘弁して下さい……自分が一番『何やってんだ』って思ってるんで……」
「『俺はよ……家族とか、そういうの要らねぇんだよ、活骸が殺せりゃそれで良いんだ……自分を弱くするもんなんて、俺の人生には必要無ぇんだ』とか格好つけて言ってたのになぁ、それが若い女にコロッと参って中出しかよ……だっせぇなぁ」
「だぁぁぁ!!うっせうっせばーか!!しょうがねぇだろぉぉぉ!!」
 ぐうの音も出ないのか真っ赤になって小さな声でぼそぼそと呟いていた高根、それも限界なのか突然に大声で逆切れし、あれは実に愉快だったな、小此木はそう思いながら肩を揺らせて笑い、直ぐにその笑みを消し鋭い眼差しで天井を見る。
 高根と同じく自分もまた先代や先々代の薫陶を受けて生き抜いて来たという自負は有るが、未だ総司令の座に就く器になったとは思っていない。総司令の座に就き海兵隊を率いるのは高根の役目、そして、自分はそれを陰から支えるのが役目、それが動くとも動かせるとも、動きたいとも思わない。
 高根の存在無くして大和の前進は無い、何をしてでも無事に戻って来てもらわねば困るのだ。副司令として、そして、近しい友人として彼の無事を祈りながら、自分は自分の本分を果たすだけ。小此木はそんな事を考えながら、再び喧しく鳴り始めた電話へと手を伸ばした。
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