大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第330章『覚醒』

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第330章『覚醒』

 制御棟内に侵入した途端に厚くなった相手の張る弾幕、当然タカコ達の進行速度は遅くなり、やがて他の棟からの敵の増援も少しずつ制御棟内へと入り始め、内部は瞬く間に混戦状態へと陥った。
「ジェフ!行け!!電源の遮断頼んだぞ!!遮断は一時間後に!」
「了解です!God bless you!!」
 電源の遮断という役目を与えられたウォーレンが本隊から離れ、廊下を疾走し曲がり角の向こうへと消えて行く。やがてその本隊も要所要所へと陣取り壁や曲がり角を挟んで対峙する態勢をとり、タカコと敦賀は彼等に
「ここは任せた!死ぬなよ、後で会おう!!」
 そう声を張り上げ、ほんの一瞬だけ堅く手を握り合い、再度身体と視線を前へと向けて走り出す。
「一気に詰めるぞ!」
「了解!!」
 角を曲がろうとすればその向こう側から浴びせられる銃弾、壁に当たった弾が跳ねて顔や身体へと当たり、タカコはそれを眉根を寄せて舌打ちをして背嚢の中から手榴弾を取り出し、引き金を引き抜い後はそれを直ぐには投擲せず、目出し帽の上からその鉄塊に一つ軽く口付ける。
「おい、まだ投げねぇのか」
「距離が近い、もう……少し!」
 そう言って曲がり角の向こうへと投擲される手榴弾は放られてから直ぐに全方位へと牙を剥き、細かな破片が爆風と爆音と共に二人の身体を激しく叩いた。
 破片に交じって飛んで来たのは敵の肉片や体液や糞便、十mも離れていなかったのかそれ等は壁に叩き付けられそこから更に飛沫となって飛び散り、壁に身体を這わせていたタカコ達にもべったりと付着している。敦賀は自らの身体にこびりついたそれを見て、じっとりとした眼差しで無言でタカコを咎め、タカコはそれをちらりと見遣り
「しょうがねぇだろうが、文句言うな、行くぞ」
 そう言っただけで拳銃を手に動き出した。
「援護頼む!」
 言うのはそれだけ、後ろも向かず敦賀の動きを確認する事も無く飛び出して行き、敦賀もそれを追い角を曲がる。遠くの明かりを頼りに走り続ければ新たな曲がり角の向こうからごろごろという音を立てて鉄塊が放られ、タカコはそれに気付いた瞬間に
『右へ行け』
 そう左手で指し示し走る速度を上げ、自分は左手へと一足に跳ねた。
「簡単に……言ってくれるぜ……!!」
 敦賀はタカコの後を追い、それは時間にして一秒程後れをとる形になっている。その状況で気軽に指示してくれるものだと舌を打ちつつも速度を上げ、腰から拳銃とナイフを抜きつつ彼女の指示通りに左手の通路へと飛び込んだ。
 その直後背後で響く爆音、至近距離だった所為で耳がおかしくなりそうだと思いつつもそれで身体を竦める事はせず、視線も動かさないままに前を見れば、まさか逃げずに飛び込んで来るとは思わなかったのか小銃を持つ手を緩めた男が二人。敦賀はその人影を見て、す、と目を細め、手前にいた男の頸へとナイフを一息に叩き込み、奥の男へは銃口を向けて立て続けに引き金を引く。腹、心臓、そして頭。崩れ落ちる男を見ながら手にしたナイフを一度軽く抜き今度は抉る様にして刺し込めば、こちらもまた声も無く崩れ落ち、暫くの間ぴくぴくと動いた後、静かになった。
 タカコは、そう思った敦賀が振り返れば、薄れ始めた粉塵の向こうに浮かび上がる小さな背中。その足元には二つの大きな体躯が横たわり、ぴくりとも動かない。
「……仕留めたか」
 そう声を掛ければタカコがゆっくりと振り返り、そして、
「……誰にもの言ってやがる」
 と、そう答えながら目出し帽の中に覗く双眸が細められ、笑った事が伝わって来た。
 上半身と頭部は黒い布地の所為で分からないが、下半身は更に赤く染まり、ナイフとそれを持った手も真紅の濃さを増し、こちらは仄かな明かりを受けて時折ぬらぬらと湿った煌めきを放つ。同属を殺す事に何の嫌悪も躊躇も無い、或る種の美しさすら感じさせるその佇まいに僅かの間見惚れれば、
「先に進もう」
 短くそれだけ言って歩き出す。
 段々と速くなる歩調、やがてまた駆け出したそれを追いながら、敦賀は自分の中の何かが変わり始めている事を朧気にではあるが感じていた。
 背中しか見せないタカコ、その彼女の意志が自分の意志と繋がり始めた感覚、彼女が次の瞬間どちらを向くのか何をするのか、手信号が無くとも顔を見ずとも声を聞かずとも手に取る様に分かる。その感覚はタカコも同じなのか、進めば進む程に手信号も言葉も無くなり、やがて二人の間からは意思疎通の動きは消え失せていく。
 それでも何も困らない、動きが滞る事も無い、この感覚は何なのか、と敦賀が己の手を見れば、その先に在るのは既に絶命した敵の姿。制御棟に入ってから一体何人殺したのか、薄らとそう考えると同時に無意識に身体が動き、新たに現れた人影へと向かっていく。こんなにも身体が動くとは思わなかった、教導隊に選抜されて以降対人格闘の技術は集中的に仕込まれたが、それでも、自分にここ迄の実力が有るとは思ってもみなかった。
 否、実際に無かったのだ、顔を上げタカコと目が合った時、敦賀は唐突に気が付いた。
『自分は、タカコに引っ張られている』
 最初はついて行くのが精一杯だったタカコ、彼女が自分の潜在能力を引き摺り出し、そして、自分はその機会を逃さずに自らの力で動き出した。そう気付いた時に敦賀の身体を走り抜けたのは凄まじい高揚感と快感、ドレイクが言っていた事を思い出しつつ口元を歪めて笑い、タカコへと向かって床を蹴る。
 高過ぎる能力が故に周囲に置く人間を選ばざるを得なかったタカコ、自分はその彼女に選ばれ、そして今、漸く隣に立てたのだという実感が身体中を支配する。
 最初は護られていた。そして、共に戦うようになっても自分達に彼女が合わせてくれていた。けれど今、タカコの動きについて行けるようになった自分は彼女の動きを妨げる事は無い、今はぎりぎりでも、この先もっと力を高めて彼女を思うが儘に動かしてやる事が出来る様になる、してみせる。

「タカコ!お前の背中と心臓、俺が預かった!!遠慮無くブチかませ!!」

 口を突いて出た言葉、それを受けたタカコが振り返り、
「言う様になったじゃねぇか、童貞坊主がよ……後悔するなよ!」
 と、そう言って目を細め、再度踵を返して走り出す。敦賀はそれを見て
「誰が後悔するかってんだ、馬鹿女が……!」
 こちらもまた強い笑みを浮かべながらそう言い、彼女の後を追い走り出し、やがて並んだ大小二つの影は制御棟内の廊下の向こうへと消えて行った。
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