大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第333章『突入』

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第333章『突入』

「全員、人質の顔は頭に叩き込んだな?」
「ばっちりですよ」
「東洋系って見分けつきにくいよねぇ」
「……誤射だけはしないでくれ、頼むから……」
「了解、ま、何とかなるでしょ」
 制御棟内最上階の一角、そこに集まり小声で遣り取りを交わしているのはウォーレン以外のProvidenceの面々、それをドレイクと追いついて来た大和勢が少し離れて見守っており、タカコ以下五名は暫くの間今後の打ち合わせをした後、夫々が配置に向かって動き出した。
「急げよ、時間迄もう残り少ない、その前に配置に就いて目を慣らしておけ」
「了解、ボスもお気を付けて」
 部下達が去って行った後はタカコは今度は大和勢とドレイクに対して向き直り、
「……後十分を切った、手筈通りに頼むぞ」
 と、そう思いの外静かな声音でそう告げる。
 ここからは完全な別行動になる、その言葉を皮切りに告げられた内容は、予め聞いていたとは言え聞いた瞬間に肌を粟立たせるには十二分なものだった。どちらかでも失敗すれば総崩れになりかねない、それを決断し重要な役目を自分達に投げて寄越すとはとんでもない胆力の持ち主だ、タカコを見た誰もがそんな事を思いつつ、彼女の顔を黙って見つめていた。
「心臓と背中、大和軍に預けた、頼みます」
 最後に短くそう言って挙手敬礼をするタカコ、全員がそれに返礼するのを見て目を細めて笑い、右手を下ろし今度は敦賀に向けて口を開く。
「じゃ、頼むよ」
「……しっかりやって来い」
 タカコの言葉にそう答えながら敦賀が移動したのは壁際、通気口の蓋の下で立ち止まり、無言のまま掌を上にして両手の指を絡ませたのを見て、タカコは
「全員、生きて帰るぞ」
 と、それだけ言って次の瞬間には組まれた敦賀の手に足を掛け、上へと押し上げられる勢いを借りて通気口へと手を掛ける。その身体を敦賀だけではなく他の人間も下から支える中、腰の袋の中から出し手に持っていた螺旋回しで手早く網目の蓋の四隅の螺子を外し、それを見た敦賀や他の支えていた人間がタカコの身体を上に押し上げるのと、外れた蓋が下で待ち構えていた人間の手に落ちて来るのはほぼ同時だった。
 するり、と、殆ど音も立てずに通気口の中に入って行くタカコ、人間が辛うじて通れる程の広さしかない状況では振り返る事も出来ず、残された者に挨拶をする事も無く何処かへと消えて行く。動き易い様にと拳銃とナイフと予備の弾薬と弾倉以外の装備は全て取り払い消えて行ったProvidence勢、ここから先は彼等の助言を頼る事も出来ない、解放か全滅か、恐らくはその二つに一つになるだろう。
「……俺達も行こう。もう時間が無い、早く配置に就かないと」
 最初に口を開いたのは島津、周囲がその彼の言葉に従い動き始め階下へと再び移動を開始し階段室へと消えて行く中、ドレイクと、そして敦賀だけが未だ動かずにその場へと留まっていた。
「じゃ、兄弟、俺達も行くか」
「……それ止めろって何回言やぁ分かるんだてめぇは。やっぱりアレか、ワシントン軍では人の神経逆撫でする技術の習得が必須科目なのか」
「いやぁ、そんな、照れるじゃないか」
「……褒めてねぇよ……オラ、行くぞ」
 ドレイクがカタギリへと話していた様に、やはり敦賀は最後の最後でタカコのバディを外される事になった。敦賀がそれに対して何の抗議もしなかったわけではないが、それもタカコの
「人質の中にはお前のお父さんがいる、信じてないわけじゃないが万が一動きが鈍る事が有ったら全員の命取りだ、突入へのお前の参加は認められない、分かるな?」
 という言葉に周囲も本人も納得して引き下がらずを得ず、その事に少々不満が残っている敦賀がタカコの言葉を思い出して舌打ちをすれば、ドレイクがそれを見て肩を竦ませて笑いながら敦賀の背中へと掌を一つ軽く叩き込んだ。
「そう拗ねるなって、そんなにあいつと一緒にいたいなら解決してから幾らでも時間なんて有るだろうがよ、取り敢えずは各部屋の点検って目の前の仕事に集中しようぜ、なぁ兄弟」
「うるせぇ、斬るぞ」
 仲が良いのか悪いのかそんな遣り取りを交わす二人もまた階段室へと消えて行き、やがて、敵の排除が確認された最上階には僅かばかりの間静寂が訪れる事になった。

 もうどれだけの時間が経ったのか、時間の経過と共に周囲の言葉は少なくなり、今では皆俯いたまま言葉を交わそうともしていない。漂うのはぴりぴりと張り詰めた空気と糞尿の臭いだけ、一体後どれだけこの苦痛が続くのか、高根はそんな事を考えながら舌を打ち、俯いたまま視線だけを上へとやれば、同じ様にしていた副長と目が合い小さく頷き合う。
 今が何時なのかは分からないが、体感的には恐らくは夜になっているだろう、先程から無線での連絡が活発化しているし振動や銃声も微かではあるが伝わって来ているから、恐らくは奪還の為の部隊が行動を開始している筈だ。後少しすればその部隊、恐らくはタカコ達がここに突入して来るのかも知れない、どんな形で何処からやって来るのか、と、そこ迄考えた時、ふと、何とも言い表し様の無い奇妙な感覚が高根の身体を包み込む。
 一体何が、そう思いながらやはり視線だけを上に向けてみれば、目に入ったのは壁に開いた通気口。網目の蓋の被せられたそれを目にした瞬間、高根は自分の感じた感覚の答えへと辿り着く。
(……『来る』……!!)
 そう直感したのと室内の電気が消え暗闇に包まれたのはほぼ同時。突然の暗転に人質達だけでなく敵からも小さな声が上がる中、四方と上方から何かを壊す様なそんな金属音が聞こえて来て、直後、
「ごろんして!!」
 という、何とも緊迫しきった場にはそぐわない大和語が女性の声で闇の中に響き渡った。タカコだ、そう思いながら言葉に従い身体を床へと伏せさせれば、周囲の人質達にも意味は伝わったのか同じ様に動く気配が伝わって来て、直後、非常用へと切り替わったのか室内が再び光で満たされる。
 それと同時に響き渡る銃声、流れ弾に当たったら洒落にならないと身体を極限迄屈めれば、タカコ達の放った銃弾は的確に敵だけを貫いているのか床に伏せた誰からも叫びが上がる事は無く、自分達の身体の上から呻き声や叫び、そして小銃を上へと向けて乱射する激しい銃声が降って来た。
 四方の壁と、天井にも空調を兼ねた通気口が有った筈、その大きさ迄は考えた事も無かったが、扉から突入して来れば必然的に水平撃ちになり、狙いが外れて自分達人質に被弾する可能性も有る、それを避ける為に態々通気口を通って来たくれたのかと思い至り更に身体を屈めれば、やがて室内には静けさと硝煙と血の匂いだけが漂うのみとなった。
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