大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第355章『提案』

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第355章『提案』

 家を出る前と変わらない、動きの少ない表情、落ち着いた声音。敦賀は、父のそれを言葉を発する事も出来ずに聞いていた。
「……どういう意味だ、親父……京都で、家で、あいつを大切にしてやれってそう言って――」
「彼女の正体を知らなかったからだ、だから、あの時には反対する理由は何も無かった」
「正体って、一体何の話を――」
「お前が俺を誤魔化せると思っているのか?彼女は大和の人間じゃない、現在もその国名なのかは分からんが、旧時代にアメリカ合衆国と呼ばれた国の人間、外国人だ」
 どくり、と、敦賀の心臓が大きく跳ねる。何故それを知っているのか、いつ気付かれたのか、そんな思いは顔に出ていたのだろう、父は一つ溜息を吐くとゆっくりと話し始めた。
「彼女の出自、恐らくはお膳立てをしたのは高根総司令と黒川総監だろうが、彼等の偽装は完璧だった、そこから調べても何も分からなかったよ。最初の切っ掛けは小前達が冬に京都に来た時、多佳子さんが体調を崩して宇治駐屯地の医務室で寝込んでいたのを見舞った時だ。彼女は眠っていて、譫言で大和語ではない言葉を口にしていた……後で国立図書館で調べたが、旧時代には英語と言われていた言葉だったよ……譫言で出る言葉だ……母国語だろう。それ迄も兵士としてとても有能で心根も非常にしっかりとした女性だと思っていたが、それから彼女の働きや過去の記録を見るにつけ、任官してたった数年の人間ではないだろうという事がはっきりと分かって来た。彼女は生粋の軍人だ、それも任官してそれなりの年数になる、質も量もそれなりの経験を積んだ有能な兵士だ。ここから先は完全な推測だが、母国の軍の特殊部隊に所属しているのかも知れない、そして、何等かの任務でこの大和に赴いた……方法は分からんが対馬区以外は海に囲まれた島国だ、どうにかして太平洋を渡って来てこの大和に潜入したんだろう、斥候としてな」
 返答を待たない父の言葉、敦賀はそれを肯定も否定も出来ずに聞いていた。タカコが単独で自分達以外の人間と接触する事は徹底的に忌避して来た、父とタカコの接触は自宅で自分が風呂に入っている時だけだと思っていたのにまさかその後も有ったとは。その事に自分も、そして高根も黒川も気付かなかったのかと小さく舌打ちをすれば、それを見た父は僅かに眉根を寄せ、続きを話し始める。
「……斥候として潜入した外国人、その事実だけで既に彼女は大和にとって大きな脅威だ、警戒すべき存在であって、友人としても恋人としても甚だ不適格だという事は……幾ら下士官とは言えど、分からない筈が無いな?それが士官、しかもそれなりの規模の兵員を取り纏める将官なら尚の事だ」
 そこ迄言って一旦口を閉じた父を取り巻く空気が変わるのを、敦賀は瞬時に感じ取る。そして今し方の言葉、まさか、と嫌な汗が噴き出すのを感じつつもそれを表には出さずに無言のまま父を見詰めれば、やがて彼は敦賀達にとって最悪の言葉を口にした。
「お前も高根総司令も黒川総監も……彼女が何者なのかを知っていたな?もっと言えば、彼女が斥候としてこの国に潜入していた事を知っていた、それなのに統幕にも陸幕にも報告を上げず、あろう事か彼女を匿い事実を組織ぐるみで隠蔽し、協力関係を築いていた……それが何を意味するか分かるか?任官の宣誓の時の『身命を賭して国と国民の安全と幸福の実現に尽くす』という誓いを破ったんだ、お前もあの二人も。どんな出会いだったのかは知らん、しかし、彼女の正体が分かった時点で拘束し、上へ報告をと上げ必要とあらば彼女の身柄を京都へと移送すべきだった。しかし、お前達はそれをしなかった、これは大和に対しての、全大和国民に対しての深刻な背信行為だ……俺の立場として、見逃す事は出来ない……分かるな?お前もあの二人も、場合によっては横山司令も小此木副司令も任を解かれ拘束され京都に移送され、軍事法廷へと送られる。それだけの事をお前達はしたんだ」
 淡々とした、しかし一切の反論許さないという意志が滲む強い言葉。それに続いた
「彼女の目的はお前達も知らないのかも知れない……しかし、正体を隠して潜入していたという事実は、明確な友好の念を持っていたのではないという事の証明だ。もっと言えば、内部から大和の実情や戦力を観察し、軍事侵攻する為の情報を集めようとしていた、そう判断するのが寧ろ自然なんだという事は、お前でも分かるだろう?」
 という言葉に、最早誤魔化しは不可能なところ迄事態は進んでしまっているのだという事を思い知った。
「……どうする……つもりなんだ、俺や、真吾や龍興や……あいつを、タカコを」
 そう、行き着くところはそこ。父に事の次第が露見してしまっている事はもう理解した、全てが正しいわけではないが間違ってもいない、父の立場から言っても見逃す事は出来ない重大事だというのも理解している。彼が職務である統幕副長の任に従い行動するのであれば、答えは明らかだ。
 それならば何故態々こうして自分に話をしに来たのか、話せば自分から他の面々に話が伝わり更なる隠蔽や逃走の危険性も有る、それが分からない様な人間ではない筈なのに、何故こうして、そんな考えも顔に出ていたのだろう、父はそれを見て大きく息を吐き、敦賀にとっては理解出来ない事を口にする。
「多佳子さんと別れろ、もう二度と会うな、忘れるんだ。彼女がお前や我々の前から姿を消すのなら、今後二度と接触して来ないのであれば、全て見なかった事にしてやっても良い。それを拒否するのなら、お前もあの二人も、そして多佳子さんも即時拘束して中央に送る」
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