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第362章『訣別』
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第362章『訣別』
息子の執務室で話をした後は直ぐに海兵隊基地を出たが、激昂した息子とは対照的に落ち着き払ったタカコの態度がどうも気に掛かり、官舎に戻る気にはならずに駐屯地の執務室へと入り椅子に身体を埋め天井を見詰めていた。どれ位の時間そうしていたのか、静まり返った室内に響いたのは扉を叩く音、
「……入れ」
こんな時間に誰だと思いながら身体を起こし入室を許可すれば、やがて開かれた扉の向こうから現れた人物の姿に僅かに双眸を見開いた。
「先程は、失礼しました」
現れたのはタカコ、纏っているのは見た事の無い模様の戦闘服、頭に斜めに乗せられた深い青の帽子、その正面と戦闘服の両肩には猛禽が足で矢を掴んでいる意匠の飾りが付けられている。見るからに立場の有る軍人といった風情な彼女は穏やかな笑みをその顔に浮かべつつ、静かに室内へと入って来て少々の距離をとって副長の前で立ち止まって非礼を詫びながら挙手敬礼をした。
「御子息は少々興奮していた様子ですが、先程のお話だけでは不充分かと思いまして、独断で参りました。少々お時間を頂けますか?」
「……聞こう、座りなさい」
「いえ、長居する気は有りません、このままで」
「そうか……それで?」
「先程も言いましたが、私は御指摘の通り、他国、ワシントン合衆国の軍人です。この国に来たのは、少々話が飛びますが、貴国の沿岸警備隊の艦艇が遭難して漂流していたのを保護した事が切っ掛けで、貴国の、大和という国の存在を知った事に端を発します。我が国の対活骸、ユーラシア大陸へと活動圏を進める為のアラスカ戦線は南北に五千km、一年の内半年以上は凍結や極寒の為に思う様に行動も出来ず、戦線を進めるどころか維持するのが精一杯の状態が長年続いていました。そこで我が国が目を付けたのが――」
「対馬区か」
「そうです。維持と進行が可能な幅、一年を通して凍結の心配も無い、実に理想的な環境です。そこで、統合参謀本部、大和で言えば統幕に該当する組織は一つの計画を浮上させ実行に移しました。千日間という観察期間を置き、大和が対等な同盟を組むに値するのか、それとも侵攻して統治下に置くべきなのか、それを判断すると。その観察者として、そして、同盟の価値無しと判断した時には露払いの先兵になるべく選ばれ、送り込まれたのが私が率いる部隊です。本来であれば済州島、佐世保から西に二百km程行った東シナ海に浮かぶ島に飛行機で着陸し、そこから小船で夜間を狙って上陸する予定でした。しかし、我々が乗った飛行機は故障の為に墜落、対馬区の第六防壁の向こうに不時着しました。私以外はその時に全員死亡、私も危ないところでしたが、御子息を始めとした大和海兵隊の皆さんに保護され、それから行動を共にする様になりました」
落ち着いたタカコの声音、副長はそれを聞きながら、彼女は嘘は言ってはいないと直感する。何が、という明確な理由は無いが、表情、声音、佇まい、その全てが事実を語っているのだと穏やかに主張していると感じられた。
「その過程で、私は高根総司令に『同盟』の締結を持ち掛けました」
「同盟?」
「はい、これも計画に含まれていた事ですが、我々が国内に持ち込んだ散弾銃を与え、それを複製する技術が有るか、それを見る為でした。散弾銃を与え、複製させ、それを使わせ、私はそれに寄り添い共に戦う、それが私が持ち掛けた同盟です。そして、そういった技術や我が国と同等若しくはそれ以上の技術力が有るのであれば、同盟を組む価値が有ると判断する要素になるだろう、そういった狙いが有っての事です。大和、高根総司令としても我が国の技術や知識を吸収する絶好の機会だと考えていたのでしょう、同盟は直ぐに締結されましたよ、口約束でしたが」
「……利害の一致を見た、という事か」
「はい」
どんな狙いが高根と、そしてその盟友である黒川に有るのか、副長自身は図りかねていた部分も有ったが、このタカコの話で段々と輪郭が明確になっていく。高根や黒川が大和に対しての叛意を抱く様な人物でない事は分かっていた、確かに揃って少々扱い難い気質の持ち主である事は確かだが、軍に、大和に対しての忠誠心は誰よりも篤く強い。そんな人物達が何故と思いはしたものの、そんな遣り取りが有ったのであれば何等不自然ではないだろう。
「それから?」
「はい、その盟約の下、我々は協調関係を築き維持をして来ました。あくまでも私が我が国に背かないという制約の範囲内ではありますが、教導隊の創設の進言もその内です。そして、二年九か月共に在り続け、私は観察者として結論を出しました。我が国は大和と対等な同盟を締結すべし、それが、私が軍人として出した答えです」
「……そうか、それでもし、本国が君の出した答えとは別の選択をした場合は?君はどうするんだ?」
「……私はワシントン軍人です、軍の命令に従います。ただ、大和にとって最悪の結果にならない様に全力を尽くして来ました、観察者として現場での全権を委任された私の意見がそう軽く扱われる事も無いでしょう。それに、計画の総責任者であり私の直属の上官に当たるウォルコット議長は穏健派の筆頭です、私の事も高く評価してくれていますし、軽んじられる事も、恐らくは有りません。ただ、それは想定の話です、事を確実にする為には私が帰国しお偉方の前で証拠を積み上げて説得するとどめの一押しが必要です……私は、私の役目の為に、今日を以て大和海兵隊を離脱します。高根総司令も総監も、そして何より御子息も、大和に対しての害意も叛意も一切有りません、方法は少々手順をすっ飛ばしてはいましたが、それも全て大和の未来の為です……どうか、寛大な措置をお願いします、処罰の無い様に」
そう言って不意に纏う空気を鋭くさせるタカコ、副長がそれに僅かに眉根を寄せて立ち上がれば、タカコは再度挙手敬礼をし、ゆっくりと、しかしはっきりと言葉を紡ぎ出した。
「この二年九ヶ月、御子息には有形無形様々に助けて頂きました、個人的にもとても思い出深い時間を過ごせました……しかし、私の立場や役目、そして御子息や副長のそれを考えれば、これが最善なのだと思います……御子息を、お返しします。今迄、有難う御座いました」
鋭く強い、けれど優しく温かい微笑み。副長が思わずそれに一歩踏み出せば、タカコは掲げていた右手を下げ、来た時と同じ様に静かに部屋を出て行った。
その後に残ったのは、彼女が訪れる前と同じ静寂だけ。
息子の執務室で話をした後は直ぐに海兵隊基地を出たが、激昂した息子とは対照的に落ち着き払ったタカコの態度がどうも気に掛かり、官舎に戻る気にはならずに駐屯地の執務室へと入り椅子に身体を埋め天井を見詰めていた。どれ位の時間そうしていたのか、静まり返った室内に響いたのは扉を叩く音、
「……入れ」
こんな時間に誰だと思いながら身体を起こし入室を許可すれば、やがて開かれた扉の向こうから現れた人物の姿に僅かに双眸を見開いた。
「先程は、失礼しました」
現れたのはタカコ、纏っているのは見た事の無い模様の戦闘服、頭に斜めに乗せられた深い青の帽子、その正面と戦闘服の両肩には猛禽が足で矢を掴んでいる意匠の飾りが付けられている。見るからに立場の有る軍人といった風情な彼女は穏やかな笑みをその顔に浮かべつつ、静かに室内へと入って来て少々の距離をとって副長の前で立ち止まって非礼を詫びながら挙手敬礼をした。
「御子息は少々興奮していた様子ですが、先程のお話だけでは不充分かと思いまして、独断で参りました。少々お時間を頂けますか?」
「……聞こう、座りなさい」
「いえ、長居する気は有りません、このままで」
「そうか……それで?」
「先程も言いましたが、私は御指摘の通り、他国、ワシントン合衆国の軍人です。この国に来たのは、少々話が飛びますが、貴国の沿岸警備隊の艦艇が遭難して漂流していたのを保護した事が切っ掛けで、貴国の、大和という国の存在を知った事に端を発します。我が国の対活骸、ユーラシア大陸へと活動圏を進める為のアラスカ戦線は南北に五千km、一年の内半年以上は凍結や極寒の為に思う様に行動も出来ず、戦線を進めるどころか維持するのが精一杯の状態が長年続いていました。そこで我が国が目を付けたのが――」
「対馬区か」
「そうです。維持と進行が可能な幅、一年を通して凍結の心配も無い、実に理想的な環境です。そこで、統合参謀本部、大和で言えば統幕に該当する組織は一つの計画を浮上させ実行に移しました。千日間という観察期間を置き、大和が対等な同盟を組むに値するのか、それとも侵攻して統治下に置くべきなのか、それを判断すると。その観察者として、そして、同盟の価値無しと判断した時には露払いの先兵になるべく選ばれ、送り込まれたのが私が率いる部隊です。本来であれば済州島、佐世保から西に二百km程行った東シナ海に浮かぶ島に飛行機で着陸し、そこから小船で夜間を狙って上陸する予定でした。しかし、我々が乗った飛行機は故障の為に墜落、対馬区の第六防壁の向こうに不時着しました。私以外はその時に全員死亡、私も危ないところでしたが、御子息を始めとした大和海兵隊の皆さんに保護され、それから行動を共にする様になりました」
落ち着いたタカコの声音、副長はそれを聞きながら、彼女は嘘は言ってはいないと直感する。何が、という明確な理由は無いが、表情、声音、佇まい、その全てが事実を語っているのだと穏やかに主張していると感じられた。
「その過程で、私は高根総司令に『同盟』の締結を持ち掛けました」
「同盟?」
「はい、これも計画に含まれていた事ですが、我々が国内に持ち込んだ散弾銃を与え、それを複製する技術が有るか、それを見る為でした。散弾銃を与え、複製させ、それを使わせ、私はそれに寄り添い共に戦う、それが私が持ち掛けた同盟です。そして、そういった技術や我が国と同等若しくはそれ以上の技術力が有るのであれば、同盟を組む価値が有ると判断する要素になるだろう、そういった狙いが有っての事です。大和、高根総司令としても我が国の技術や知識を吸収する絶好の機会だと考えていたのでしょう、同盟は直ぐに締結されましたよ、口約束でしたが」
「……利害の一致を見た、という事か」
「はい」
どんな狙いが高根と、そしてその盟友である黒川に有るのか、副長自身は図りかねていた部分も有ったが、このタカコの話で段々と輪郭が明確になっていく。高根や黒川が大和に対しての叛意を抱く様な人物でない事は分かっていた、確かに揃って少々扱い難い気質の持ち主である事は確かだが、軍に、大和に対しての忠誠心は誰よりも篤く強い。そんな人物達が何故と思いはしたものの、そんな遣り取りが有ったのであれば何等不自然ではないだろう。
「それから?」
「はい、その盟約の下、我々は協調関係を築き維持をして来ました。あくまでも私が我が国に背かないという制約の範囲内ではありますが、教導隊の創設の進言もその内です。そして、二年九か月共に在り続け、私は観察者として結論を出しました。我が国は大和と対等な同盟を締結すべし、それが、私が軍人として出した答えです」
「……そうか、それでもし、本国が君の出した答えとは別の選択をした場合は?君はどうするんだ?」
「……私はワシントン軍人です、軍の命令に従います。ただ、大和にとって最悪の結果にならない様に全力を尽くして来ました、観察者として現場での全権を委任された私の意見がそう軽く扱われる事も無いでしょう。それに、計画の総責任者であり私の直属の上官に当たるウォルコット議長は穏健派の筆頭です、私の事も高く評価してくれていますし、軽んじられる事も、恐らくは有りません。ただ、それは想定の話です、事を確実にする為には私が帰国しお偉方の前で証拠を積み上げて説得するとどめの一押しが必要です……私は、私の役目の為に、今日を以て大和海兵隊を離脱します。高根総司令も総監も、そして何より御子息も、大和に対しての害意も叛意も一切有りません、方法は少々手順をすっ飛ばしてはいましたが、それも全て大和の未来の為です……どうか、寛大な措置をお願いします、処罰の無い様に」
そう言って不意に纏う空気を鋭くさせるタカコ、副長がそれに僅かに眉根を寄せて立ち上がれば、タカコは再度挙手敬礼をし、ゆっくりと、しかしはっきりと言葉を紡ぎ出した。
「この二年九ヶ月、御子息には有形無形様々に助けて頂きました、個人的にもとても思い出深い時間を過ごせました……しかし、私の立場や役目、そして御子息や副長のそれを考えれば、これが最善なのだと思います……御子息を、お返しします。今迄、有難う御座いました」
鋭く強い、けれど優しく温かい微笑み。副長が思わずそれに一歩踏み出せば、タカコは掲げていた右手を下げ、来た時と同じ様に静かに部屋を出て行った。
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