大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第363章『足跡』

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第363章『足跡』

「彼女はその間、一切自己弁護をしなかった。呆れる位に潔く自らの所在と役目を明らかにし、そして、去って行ったよ」
 黙ったまま話を聞いていた高根と黒川の二人を前にし、副長はそれを最後に黙り込む。頭の中に浮かぶのは今し方話したタカコの様子、そして、本当にこれで良かったのかと問い掛ける自らの声が段々と大きくなっているのを感じつつそれに小さく舌を打った。申し開きに、言い訳に来たのかと思ったのだ、そして見逃してくれと、大和に害を為す事はしないからと、そう言いに来たのだと。
 しかし実際はそうではなかった、彼女は一切の申し開きをする事無く、息子達に対しての寛大な措置を求めただけ、そして息子を自分に返すと言って去って行った。愚直という言葉も不充分に思える程の潔さ、去って行く時に見たすっと伸びた背筋、それを思い出す度に自分の選択は本当に正しかったのという疑問が段々と大きくなる。
「……足りませんよ、その程度じゃ。あいつが、タカコがどれだけ我々に、大和に尽くしてくれたのか、お見せしますよ」
 そう言って立ち上がったのは高根、鋭い眼差しを副長へと向けて吐き捨て、執務机の方へと向かって歩き始める。何をするのかと残された二人がそちらへと視線を送れば、高根は机の斜め後ろに設置された金庫の前に膝を突き、扉を開錠し中から分厚い書類の束幾つも取り出して再び立ち上がった。
「おい、真吾、それ――」
「うるせぇ、黙ってろ。俺はな、怒ってるんだよ。あいつが今迄して来た事された事、全部見てもらおうじゃねぇか」
 内容には察しがついているのか黒川が若干焦った様に言葉を発するが、高根はそれをぴしゃりと撥ね付けソファの方へと戻って来て再度腰を下ろす。
 その時扉が叩かれ、高根の返事の後に開かれれば先程敦賀を連れ出して行った小此木と横山、そして沿岸警備隊博多基地司令の浅田が姿を現し、その後からは未だ怒りを纏ってはいるものの一応は落ち着きを取り戻した様子の敦賀が室内へと入って来た。
「浅田さん、何でまた――」
「いや、ヤボ用で来たんですがね、外で三人に会いましてね、小此木さんと横山さんに大体のところは聞きましたよ。私も事情は知らされてるんです、一人だけ知らんぷりは出来んでしょうよ。一蓮托生だ、話には参加させてもらいますよ」
 高根の言葉に浅田はそう返し、
「副長、お久し振りです。隣に失礼しますよ」
 そう言って頭を下げながら副長の隣へと腰を下ろす。そしてその横に横山が、高根と黒川の横に小此木が座り、敦賀は彼等の横に高根の椅子を持って来て座り、それを確認した高根は副長へと向かってゆっくりと話し始めた。
「先ずは第一次博多曝露です、我々海兵隊はあの日対馬区へと出撃しており、主力は博多基地にはいませんでした。あの日清水は散弾銃試射の為に博多へと残っており、陸軍管轄の射撃場での試射の後基地へと帰還中曝露に遭遇、即座に迎撃に転じました。その最中に陸軍の二等兵三名に拉致され……数時間に及んで強姦されました、黒川総監に発見された時には心肺停止状態だったそうです」
 突然に核心を突いた話を持ち出した高根、その内容に驚いたのは副長だけではなく、高根以外の四人も同じ。特に敦賀は弾かれた様に立ち上がり高根へと詰め寄ろうとするが、それは真横にいた浅田に押し止められ、高根はそんな敦賀を横目で見て
「堪えろ」
 短くそう言って副長へと視線を戻した。敦賀は一瞬反論する素振りは見せたもののそれを受けて椅子へと身体を戻し、黒川と横山の二人は自分達の管理下で起きた部下による凌辱に何とも言えない面持ちを浮かべて下を向き、拳をきつく握り締めた。
「次は第二次博多曝露、この時は海兵隊の主力も出撃、その中には清水もいました。この時は御存じの通り出撃時の戦死者は有りませんでしたが……家族を自分達の手で殺し、それに絶望して自死した者が海兵隊に一名、陸軍にも数名出ました……これも、御存知かと思います」
「……ああ、知っている……彼等の慰霊にも出来るだけ早く来たかったが、色々とな……申し訳無く思っている」
「自死した者以外にも活骸に変異した我が子を殺さざるを得なかった、活骸に家族を食われ全て失った、そんな者は数多くいます。第二次博多曝露の直後、海兵隊基地内で殺人未遂事件を起こした元曹長、浜口修もそんな一人でした」
「……統幕に上がって来た報告を読んだ。家族を失っての心神耗弱、それが犯行の原因と……多佳子さんはその彼に刺されたんだったな」
「そうです、清水はそれにより、生死の境を彷徨いました、容態が安定してからも意識を回復する迄には二週間近く掛かりましたよ」
 積み上げた書類の中から該当のものを抜き出して副長へと手渡す高根、副長はそれを受け取り事の次第が克明に記された内容へと目を通しながらその内容の酷さに歯を軋らせる。
「大和には既に明確な害意を持った勢力が侵入している事は副長も理解していると思います、その彼等は清水の存在を把握していた様子で、第一次の時も第二次の時も、清水への加害はその勢力が関わり、直接の加害者達を唆していたからだという事が判明しています。言わば陸軍の三人も浜口も、敵に騙された或る意味では被害者と言えるかも知れませんが、清水にとっては加害者です。人間として女性としての尊厳を踏み躙られ凌辱され殺されかけ、それでもそれから今迄、彼女が我々を、加害者すら、責めた事は一度も有りません。発覚直後に何者かに殺害された陸軍の三名はともかくとして、浜口に対しては減刑嘆願すらしています……どれだけ酷い扱いを受けようとも、彼女は誰一人として非難した事は無いんです。そしてその上でここに有る資料の山が示す様に、献身的な協力を続けてくれていました、中には自分の立場が危うくなるかも知れない領域迄踏み込んでです」
 高根の言葉が段々と遠くなる、代わりに引き付けられていくのは資料の内容。どれもこれもがタカコの多大な協力と貢献を示すものばかりで、それを読みながら湧き上がって来たのは、『取り返しのつかない事をしてしまった』という思いだった。
 積み上げられたどの資料を読んでも伝わって来るのはタカコの献身と誠実さ、頭が固い自覚は有るが、それでもこれを見ても何も感じずにいられる程の愚鈍ではない。
 タカコが大きな脅威である事は確かだ、それは変わらない。けれど、彼女には一切の害意は無かった、それどころか何処迄も愚直に誠実に、やがて離れるその日迄大和へ、海兵隊へと協力してくれていたのだ。自分は彼女の真意を聞き出した後はそれを胸の内に仕舞っておくだけで良かった、息子と引き離す必要は何処にも無かったのだと思い至り、大きく息を吐きがっくりと肩を落とし俯いてしまう。
「……私は……最悪の選択をしたんだな」
「そうです、大和から心強い同盟相手を奪い、息子さんから最愛の存在を奪ったんですよ、あなたは。息子さんの為という、実に自己中心的で傲慢な理由でね」
 吐き捨てる様な蔑みきった高根の言葉、黒川が若干窘める様な素振りを見せはするものの彼の心中も似た様なものなのか強く窘める事はせず、同じ様に非難の色の滲む眼差しを副長へと向けている。
「……そうだな、私は……」
 それっきり途切れてしまった俯いたままの副長の言葉、息子である敦賀は、険しい面持ちで黙ったままその姿を見詰めていた。
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