大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第384章『勝者の企み』

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第384章『勝者の企み』

 ワシントン軍統合参謀本部、通称『JCS』、その頂点に君臨するのが同議長、フランシス・ウォルコット陸軍大将。彼の長年の政敵であった副議長のジョージ・マクマーンが軍部を私物化している決定的な証拠を掴んだのは数ヶ月前の事。現在は彼は既に更迭され副議長の任には新しい人間が就いているが、それだけでは終わらない複雑な事情がワシントン軍には有った。
 それは、JCS直轄の特殊部隊『Providence』を送り込んだ長期に渡る特殊作戦、作戦名『ワンサウザンド』。偶然により知る事となった極東の島国の残存、そこと同盟を組むべきなのか支配下に置くべきなのか、その判断をする為の材料を集めどちらにすべきなのか助言せよ、そう言い含めてあの若く有能で、そして扱い辛い女性司令官を送り出したのはもう二年以上前の事。一旦は部隊が輸送機ごと消息を絶ち作戦の中止や部隊の解散すら危ぶまれたが、それは思わぬところから解決の糸口を見つける事が出来た。
 関係各所との連携の為等で本国へと残ったProvidenceの部隊員達、その彼等へと彼――、今やワシントン軍最大の禁忌となりその名を口にする事すらはばかられる様になった男が接触して来た、部隊員から秘密裏に接触を受けそう報告を受けた。
 元々Providence司令、タカコ・シミズ大佐とはそれなりに信頼関係を築けていた事も有り、彼女に万が一の事が有った場合には部隊の人間達の処遇は宜しく頼むと言われていた。その事も有り色々と気に掛けてやってはいたのだが、その彼等から受けた報告の内容は、マクマーンを疎ましく思っているウォルコットにとっては実に都合が良いもの。
 ヨシユキ・シミズが
『タカコは生きている、自分の配下に下り彼女を連れて来るのであれば、彼女の許に案内してやっても良い』
 と、そう言っている、その言葉が何を意味するものか、用兵に長く携わっているウォルコットにとってはよく分かっていた。
 正規軍を動かせる者は正規軍の指揮官だけ、軍を追われ未だに特別指名手配が解かれない人間にそれが出来る筈は無い。それがそんな接触をして来たのであれば、それが真っ赤な嘘なのか実際に影響力の有る人間を取り込んだのか、答えは二つに一つ。そして、彼は、そんなどうしようもない嘘を吐く人間ではない。
 大和の存在を知って以来、マクマーンが元来強かった野心を更に剥き出しにしていたのは周知の事、艦隊を送る事に誰よりも熱心だったのは彼であり、千日が経過した後の事も含めての総指揮権はウォルコットが握ったが、派遣艦隊の指揮権はマクマーンが掴み取った。彼であれば独断で艦隊を動かし戦端を開き、なし崩し的に大和を支配下に置く位の事はするだろう。既成事実を作ってしまえば後は何とでも言い繕う事が出来る事はウォルコットも経験として分かっているし、マクマーンがその程度は呼吸よりも簡単にやって退けるであろう事もまた、よく分かっていた。
 そんな野心の塊の様な男が、あの悪魔からの接触を受けたとしたら、差し出された林檎を拒む事はしないだろう。林檎を受け取りそれに食らい付き、芯も種も残さずに食い尽くそうとする筈だ。それが何を意味するのか、差し出して来た相手がどんな存在なのか、深く考える事も無く。
 それを併せて考えれば、ヨシユキ・シミズの言動から推察出来る事は事実であると結論付け、接触を受けたProvidenceへと、彼の指揮下へと入る様に密命を下した。
 そこでウォルコットを驚愕させたのは、先遣部隊への潜入を命じた彼に返されたタカコの部下達の言葉。
「その件につきましては、シミズ大佐より既に命令を受け、既に数名をマクマーン副議長の配下へと潜り込ませております。既に派遣艦隊後発部隊の一員としての配置も決まっており、そちらに何か御命令が有れば、直ぐに手筈は整えられる状態です」
 先を見越して既に手駒を潜入させていたとは、と、やられた、と笑う他は無く、それと同時に何と心強い事かと安堵もした。
 既に計画は大きく動き出しており、派遣艦隊も第一陣は既に出発済み、更には後発部隊も数日で出発予定とあっては下手に手出しも出来ず、後発部隊の出発はそのまま見過ごし、証拠を固めてから更にもう一つ正規で艦隊を編成をし、そこにウォルコットの意向を受けた代替指揮官を乗艦させて送り出す事になった。
 タカコの部隊は、一つは大和へと到達と同時に離反行動を起こし大和本土へと上陸しタカコと合流する役目を、もう一つ、既に彼女がマクマーンの下へと送り込んでいた部隊には派遣艦隊へと残り彼女へとワシントン軍の現状を伝える為の役目を夫々が負う事となった。
 ふと、彼女がワシントンを発つ前に言っていた事を思い出す。
「マクマーンはきっと尻尾を出しますよ、我慢し切れなくなってね。それを掴んだ時にはうちの人間を使って下さい、そして、それを私に教えて下さい。そうすれば、その時の私が何をすべきなのか、直ぐに分かります」
 いざという時には彼女の部下を使い内情を把握する為に潜入させ、そして現地で動いているであろう自分達との橋渡し役として使う、そう取り決めをしていたが本当にそうなるとは、と、今は大和で動き回っているであろう彼女を思い出し小さく笑う。
 恐ろしく有能だが気質としても身辺の事情的にもとことん扱い難い、そう評される彼女を隷下に留めておく為、彼女の為の部隊の設立を言い出したのはウォルコット自身だ。扱い難い事は確かだが匙を投げて放り出したとして、万が一別の勢力に獲得されれば制御は不可能になる。ワシントン軍にとっては、それを避ける為だけの部隊、それがProvidence。どうなるかという疑念は彼自身にも有ったものの、ここ迄事態を見通すだけの力量、やはり無理をしてでも獲得しておいて良かったと、そう思わずにはいられない。
 彼女一人の存在だけが戦況の全てを決めるという事は無いが、それでも状況に罅を入れ大きな亀裂と動きを作り出す楔の役目には十二分になり得る、それだけの実力と存在感が彼女には有る。それを手中に収めておく事が出来た自分が今回は勝つ事が出来た、重要視する事の無かったマクマーンの不明さに感謝しようか、そんな事を考えつつ机上のマグカップへと手を伸ばしウォルコットは穏やかな、しかし力強さを窺わせる笑みをその口元へと浮かべる。
 マクマーンは拘束し、派遣艦隊へと潜り込ませたタカコの部下達には彼女への命令書を持たせた、そこには先日出発させた追加編成の艦隊が到着し、新しい指揮官と交代する迄の間の全権を委任すると、そう認めてある。
 自分が机上から打てる手は全て打った、後は現地の彼女のお手並み拝見だな、そんな事を独り言ちながらマグカップの中身を一口飲み、未済の書類へと手を伸ばした。
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