大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第385章『電話』

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第385章『電話』

 副長に促されて部屋を出た高根達、副長の言葉を無駄にはすまいと、
「自分の部屋を使って下さい」
 そう言った小此木の勧めに従い先ずは横山が小此木の執務室へと入って行く。
「どうしたよ?副長、何だって?」
 そう言いながら指揮所から出て来たのは黒川、独り身のお前にはあまり関係の無い話だが、と高根が前置きをして聞かせれば、それを聞いた黒川はやや険を深くして煙草を咥えて火を点けた。
「副長も片手落ちだなぁ、そういう事なら俺にも言ってくれねぇと」
「だーかーらー、お前は電話する嫁さんはいねぇだろうがよ。つーか廊下で煙草吸うなよ、灰皿持って来い灰皿」
「灰皿なら持って来てる、問題無い。で、ああ、そうだ、電話の話な。そうじゃねぇよ、確かに俺は独り身だけどよ、部下は所帯持ちが大量にいるだろうが」
「そりゃそうだが……って……あ!」
「そういう事。お前等もそうだがよ、俺達はそれよりも先に、下を気遣って連絡を取らせてやらにゃならねぇ立場なんだぜ?」
 目の前の事態への対処に手一杯で、自分達が家族に連絡をとる事は勿論、部下達がそうする事も頭から抜け落ちていた。
 非常呼集を掛けた為に普段の会話すら碌に出来ないままに任務に就いた者は多いだろう。今から立ち向かうのは未曽有の国難、先だっての火発占拠とは比べ物にならない程の困難な戦いになる。戦闘に発展すれば無言の帰宅をする事になる者は少なからず出る筈だ、実際、沿岸警備隊には既に戦死者が出ており、今のままでは彼等は無言の帰宅すらする事が出来ないままになる。
 何が起こるかは分からない、しかし、その『何か』が起こった時には自分達は家族の傍にはいてやる事が出来ないのは任官した時から分かっていた筈で、だからこそその時が来たら、自分達上に立つ者は部下達の心の痞えを少しでも取り去る努力をしなければならなかったのだと、黒川の言葉にその場の全員が思い至り自らの不明に恥じ入る様にして下を向く。
 部下達の中には自分達よりも戦死を肌身に感じている者も多いだろう、そして、それならばせめて一言だけでも家族と言葉を交わしたいと、そう思っている者も少なくない筈だ。そんな中、所属最上位の上官である自分達がそれに気付かず自らも動こうとしない中では、家族に電話をしたいとはとても言い出せまい。
 本来であれば副長に言われる前に気付いて動くべきだったものを副長からそれとなく促され、更にはその意味に直ぐ気付く事も出来ず、独り身が故に蚊帳の外にいた黒川から指摘されて気付くとは、と、誰からともなく舌打ちの音が漏れる。
「まぁ、こんな事態なんて初めてだしよ、俺と違ってお前等は抱えるものも多いから、そこ迄頭が回らないのは仕方無ぇさ。ほら、浅田さんも小此木さんも、他の部屋使って電話して来て下さいよ、ね?」
 煙草をふかしつつにやりと笑いさらりと言って退ける黒川、その言葉に反論する向きは無く、浅田は敦賀の執務室へ、小此木は何処かへと消えて行く。後に残ったのは黒川と高根の二人だけ、幼馴染の腐れ縁は二人並んで壁へと身体を預け、黒川に倣い煙草を取り出した高根はそれに火を点けると天井へと向かい、ふう、と大きく煙を吐き出した。
「……悪かったな」
「……いや、俺は何もしてねぇよ」
「どうなるかね、これ」
「さぁなぁ……何せ全くの未経験だ、何とも言えねぇな」
「……だな」
 お互いに煙草をふかしつつ天井を見詰め、ぽつり、ぽつりと言葉を交わす。黒川の言う様に全くの未経験、手助けしてくれる頼もしい存在も今は無い。取り敢えずは事態の推移を見守りつつ陸上の守りを固め、海上も距離をとりつつの包囲を続けるしか無いだろう。こちらから仕掛ける事は出来ない、それをすればどうなるのかは、沿岸警備隊の五隻の艦艇が轟沈という結果を以て教えてくれた。
 それでも、それも相手次第の事、侵攻という結論が下されたのであれば遠からず彼等は砲撃を開始しやがて上陸してくるだろう。そうなった時、博多の民間人を何処迄退避させる事が出来ているだろうか。博多だけではない、現在は避難所に指定され受け入れの準備を進めている春日や太宰府だけでなく、九州全体が遠からず戦禍の真っ只中になるだろう。それを見越して陸軍の東方師団と北方旅団には既に非常呼集が掛かり、北方旅団は沿岸警備隊の艦艇を利用して数日の内に、東方師団は陸路で既に続々と九州入りを始めている。海路は対馬区が遮ってくれているが、陸は九州は博多の護りを突破されれば首都京都は目と鼻の先、自分達軍人は何を犠牲にしてでもここを死守しなければならない。
「……俺は死ぬ気は更々無ぇぜ?」
 物思いに耽っていた中での唐突な黒川の言葉、いきなり何だと高根がそちらを向けば、返されたのは随分と力強い笑顔。
「お前も死なせる気は無ぇぞ。我が子抱いておんおん泣いてるお前をタカコと並んで指差して笑ってさ、で、双子だろ、俺とタカコで一人ずつ名付け親になるの。前にあいつと二人で呑んだ時にな、そんな話したんだよ」
「は?ふざけんなよ馬鹿、何でよりによってお前等二人が名付け親なんだよ。俺と凛が二人で考えて付けるに決まってんだろうが、お前等に任せる位ならお前の弟に付けてもらうわ。坊さんに付けてもらったってならまだ格好も付くしな。おめぇみてぇな生臭とタカコみてぇな無茶苦茶は何が有ってもお断りだ」
「生臭か、違ぇ無ぇや」
 黒川は高根の言葉を聞いて肩を揺らせて笑い出す。本気ではない事は明らかで、それでもそこにタカコの名が出た事に、そしてそう遠くはない未来が語られた事に高根も安堵し、暫くの間一緒になって肩を揺らせていた。
 タカコは大和との同盟を締結すべしという結論を出し、それを携えて自分達の許を去って行った。彼女のあの結論に嘘が有ったとは思わない、この侵攻は彼女の意向を受けてのものではないのだろう、彼女は今きっと、自分達とは違う土俵で彼女の戦いを繰り広げているに違い無い。自分達の戦いと彼女の戦い、それがまた重なる事を祈ろう、高根はそんな事を考えつつ、電話を終えた横山と交代し小此木の執務室へと入り彼の席へと腰を下ろし机上の電話の受話器を手に取る。
 妻を、凛を託している島津の自宅、その電話番号を入力し暫く待てば呼び出し音が聞こえて来て、その少し後に聞こえた声に、ゆっくりと口を開いた。
「ああ、敦子ちゃん、高根です。うん、うちの、凛、代わってもらえる?」
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