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第390章『思い出』
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第390章『思い出』
博多へと進む本州からの派遣部隊を狙い撃ちにして彼等の近くで爆破を仕掛け、大和へと遠回しな助言を与え続ける事二日、事前に指定された集合場所へと最初に辿り着いた様だと周囲の様子を窺いながら考えつつ、ウォーレンは担いでいた背嚢を地面に下ろす。
時刻は深夜、曇天の為星も月も光は届かず、漆黒と言うに相応しい暗闇の中手元だけでも照らそうと背嚢の中から懐中電灯を取り出し、その頼りない明かりを灯し背嚢の横へと座り込んだ。
本来の立場と役目を考えれば、タカコがここ迄の危険を冒して大和へと協力する必要性は何処にも無い。侵攻艦隊がタカコ、そして彼女に対しての指揮命令権を持つウォルコット、彼の意向に真っ向から反する者の意向と指揮と命令を受けている以上そこと合流する事は出来ないが、ウォルコットが後追いで艦隊を送るであろう事を考えれば、それが大和へと到着する迄双方から距離を取っておけば良いだけの事。
それなのに彼女はその道を選ばなかった、よくよく義理堅く優しい事だと小さく笑い、ウォーレンは彼女との出会いを思い出していた。
部隊へと引き抜かれた理由は他の面々と同じ様なもので、周囲との歩調を合わせる事が出来ず、それが主なものだった。それに加えて自分の場合は生来の忠犬気質が災いし、暗愚と言い切ってしまっても良い程の無能な上官への軽蔑と反目を隠し切れず、彼との関係は全てに於いて最悪の状態と言い切ってしまっても良い程だった。
そんな時に自分の前に現れた彼女、
「私ならお前が身命を賭して尽くす価値の有る主になってやれるぞ、私に仕えろ」
そう言い切って笑う自信満々の様子に思わず頷いてしまったが、自らのその判断を直ぐに後悔する事になったのはよく覚えている。半官半民の形態をとった非常に入り組んだ事情を持つ組織である『Providence』、そこでは今迄の様な正規軍の一員としての生活は微塵も無く、開店休業状態の民間企業の事務所の様だった。やる事と言えば身の回りの事以外は事務所の掃除程度のもの、それが終わってしまえば
「暇だな」
「ああ、暇だ」
と言いながらカードやボードのゲームの類で時間を潰すだけ。司令官であるタカコはと言えば国立図書館に出掛けて旧時代の高価な複製本を何十冊も買い込んで来て、日がな一日ソファに寝転がってそれを読んでいたり、そうかと思えばふらりと何処かに出掛けて何日も帰らなかったり、自分達部下に何か指示を出すわけでもなく自由気ままに振る舞う彼女を見て、ここへと移った自分の判断を後悔し始めるのにそう時間は掛からなかった。
身命を賭す価値の有る主とは、自分の何を指してそう言い切れたのか、言う事だけは威勢が良いなと思っていたウォーレンに向かい、或る日唐突に
「ジェフ、今日はちょっとついて来い」
と、そうタカコが声を掛けて来た。
「何ですか、司令」
「ああ、それ、止めなさい。表向きは民間企業の体をとってるんだし、そもそもそんな大した人間でもないしな、とにかくついて来い」
「あれ?タカコさん、今日は脱走しないんだ?」
「ああ、そろそろ形になり始める頃だ、下準備は終わりってな」
「行ってらっしゃい。ジェフ、この人のお守りは大変だと思うけど、頼む」
部屋着から外出着に着替えて上着を羽織るタカコ、その様子を見てタカユキが立ち上がり彼女を軽く抱き締めて彼女の唇へと口付ける。タカコも笑ってそれに応え、ウォーレンと連れ立って事務所兼全員の住居となっている一軒家を出た。何処に行くのかと尋ねても曖昧に誤魔化され、ついて行くしか無いかと溜息を吐いて歩き続ければ辿り着いたのは公園、森の中の東屋に入りそこに設置されたベンチへと腰掛ければ、直後現れた何人もの男達に取り押さえられ、咄嗟に反撃に出ようとしたが
「その必要は無い、大人しくしておけ」
というタカコの言葉に制され、二人揃って頭から布袋を被せられて近くの遊歩道に停めてあった車に乗せられ何処かへと連れ去られた。
袋を取られたのは室内に入りやけに座り心地の良い柔らかな椅子に座らされてから、周囲を見渡してみればそれにりに良い暮らしをしている人物の邸宅の書斎の様子で、自分達の正面に座っている人物が誰であるのかを認識した瞬間、今迄以上の緊張が身体を走り抜ける。
そこにいたのはワシントン東部の裏社会を牛耳っていると言われていたマフィアのボス、何故こんな人物がと横のタカコを見れば、こうなる事が分かっていた、否、待っていたかの様な余裕と力強さを含んだ笑みを湛えていて、
「なかなか肚の据わったお嬢さんだ、私の前に連れて来られてその余裕綽々の態度とはな」
と、不敵な笑みを浮かべた男の言葉に、同じ様な調子で言葉を返す。
「何せ下野して開業したばかりの新興の零細でね、他との繋がりが欲しいんだよ。下っ端木端と話をしてもしょうがない、トップと直接話をしたくてな、おたくの稼業に少々ちょっかいを出させてもらった。しかし、繋がりは欲しいがおたくの縄張りを食い荒らす気は無い、得意分野が違うんでな、そこは安心してくれ」
「……お嬢さん、君が関わった事でうちの人間が何人か死んでる、その事で私が怒って君を殺すとは思わなかったのかね」
「全く。あんたがあの連中を疎んじていた事は掴んでる、下手に内部で消そうとすればややこしい事になるから手が出せずにいた事もな。その頭痛の種を私が取り除いてやったんだ、実際のところは私を殺すどころか感謝してるだろう?」
二人の会話を聞きながら、そう言えば、とウォーレンは思い出す。ふらりと出掛けて行って長い時には一週間程も戻らなかったタカコ、戻った時には怪我をしていたり怪我はせずとも誰かの返り血を浴びている事も有った。あれはこういう事だったのかと納得しつつ黙したまま二人の様子を窺い続ければ、突然男の方が声を上げて笑い出した。
「こりゃ良い、御見通しか。いや、実はな、あまりにも私に都合が良い様に目障りな人間が死んでくれたから、誰が何の狙いでと多少警戒していてね、それで当時の状況を色々と調べてその全部に関わっていた君に来てもらったと、こういうわけなんだ。しかし、代表自らが手を出さずとも、部下がいるならそちらにやらせれば良かったんじゃないのか?」
「組織の体を整え仕事をし易い環境を作るのは代表である私の仕事だ、部下の仕事じゃない。彼等に本来の業務に全力投球してもらう為に私が動き、何か有った時には全責任をとる、それが組織のトップってもんだろう」
「……若いが、なかなか頼もしいな……さて、それなら、君の御望み通り仕事の話をしようじゃないか」
二人共多くは語らない、それでも獰猛で力強い笑みを湛えていた二人はトップ同士の話だと言い切り夫々の部下を退室させ、ウォーレンはその後はタカコが部屋を出て来る迄、応接室へと通され出された紅茶を飲んで『主』を待っていた。
主――、出会った時にタカコが自らをそう称していたが、何を馬鹿な事を、原隊の指揮官以上の暗愚がと思っていた考えはすっかりと崩れ去っていた。威風堂々と形容するに相応しい落ち着き払い余裕を含んだタカコの立ち居振る舞い、そして、男へと告げていた言葉。未だ若く荒削りでも組織が脆弱でも、彼女には自分達を率い、その上に立つだけの資質と度量が有る。
何処迄行けるのかは未だ分からない、どんな景色が見られるのかも分からない。それでも、この人について行こう、支えよう、身命を賭して仕えようと、あの時本心からそう思った事を思い出し小さく笑うウォーレンの耳に、聞き慣れた足音が遠くから聞こえて来る。
『マスター、お早いお着きで。お怪我は?』
『ああ、無いよ。何だ、随分機嫌が良さそうじゃないか』
『昔の事を思い出していました』
『昔?」
『はい、こんなどうしようもない人間に口説かれて一時の気の迷いで下野したは良いがどうしようと自問自答していた頃の話です』
『……サラッと貶された気がするぞ、今』
『身命を賭してマスターにお仕えしようと決心した自分の判断は間違っていなかった、そういう事ですよ』
タカコが危険を冒して迄大和に留まり続け、大和軍へと助力を続けている事に何も思わないわけではない、彼女の安全を考えれば、はっきり言ってしまえば反対だ。しかし、彼女がそうすると決めたのであれば自分は反対を唱える事はすまい、彼女の望みの実現の為、全てを彼女へと捧げ支え続けよう。
目の前のこの人物にはそれだけの価値が有る、あの日それを知ったのだから、ウォーレンはそんな風に考えつつぼさぼさになったタカコの髪へと手を伸ばし
『酷い有様ですよ、座って下さい、梳きましょう』
そう言って静かに笑いながら、彼女の肩へと手を掛けた。
博多へと進む本州からの派遣部隊を狙い撃ちにして彼等の近くで爆破を仕掛け、大和へと遠回しな助言を与え続ける事二日、事前に指定された集合場所へと最初に辿り着いた様だと周囲の様子を窺いながら考えつつ、ウォーレンは担いでいた背嚢を地面に下ろす。
時刻は深夜、曇天の為星も月も光は届かず、漆黒と言うに相応しい暗闇の中手元だけでも照らそうと背嚢の中から懐中電灯を取り出し、その頼りない明かりを灯し背嚢の横へと座り込んだ。
本来の立場と役目を考えれば、タカコがここ迄の危険を冒して大和へと協力する必要性は何処にも無い。侵攻艦隊がタカコ、そして彼女に対しての指揮命令権を持つウォルコット、彼の意向に真っ向から反する者の意向と指揮と命令を受けている以上そこと合流する事は出来ないが、ウォルコットが後追いで艦隊を送るであろう事を考えれば、それが大和へと到着する迄双方から距離を取っておけば良いだけの事。
それなのに彼女はその道を選ばなかった、よくよく義理堅く優しい事だと小さく笑い、ウォーレンは彼女との出会いを思い出していた。
部隊へと引き抜かれた理由は他の面々と同じ様なもので、周囲との歩調を合わせる事が出来ず、それが主なものだった。それに加えて自分の場合は生来の忠犬気質が災いし、暗愚と言い切ってしまっても良い程の無能な上官への軽蔑と反目を隠し切れず、彼との関係は全てに於いて最悪の状態と言い切ってしまっても良い程だった。
そんな時に自分の前に現れた彼女、
「私ならお前が身命を賭して尽くす価値の有る主になってやれるぞ、私に仕えろ」
そう言い切って笑う自信満々の様子に思わず頷いてしまったが、自らのその判断を直ぐに後悔する事になったのはよく覚えている。半官半民の形態をとった非常に入り組んだ事情を持つ組織である『Providence』、そこでは今迄の様な正規軍の一員としての生活は微塵も無く、開店休業状態の民間企業の事務所の様だった。やる事と言えば身の回りの事以外は事務所の掃除程度のもの、それが終わってしまえば
「暇だな」
「ああ、暇だ」
と言いながらカードやボードのゲームの類で時間を潰すだけ。司令官であるタカコはと言えば国立図書館に出掛けて旧時代の高価な複製本を何十冊も買い込んで来て、日がな一日ソファに寝転がってそれを読んでいたり、そうかと思えばふらりと何処かに出掛けて何日も帰らなかったり、自分達部下に何か指示を出すわけでもなく自由気ままに振る舞う彼女を見て、ここへと移った自分の判断を後悔し始めるのにそう時間は掛からなかった。
身命を賭す価値の有る主とは、自分の何を指してそう言い切れたのか、言う事だけは威勢が良いなと思っていたウォーレンに向かい、或る日唐突に
「ジェフ、今日はちょっとついて来い」
と、そうタカコが声を掛けて来た。
「何ですか、司令」
「ああ、それ、止めなさい。表向きは民間企業の体をとってるんだし、そもそもそんな大した人間でもないしな、とにかくついて来い」
「あれ?タカコさん、今日は脱走しないんだ?」
「ああ、そろそろ形になり始める頃だ、下準備は終わりってな」
「行ってらっしゃい。ジェフ、この人のお守りは大変だと思うけど、頼む」
部屋着から外出着に着替えて上着を羽織るタカコ、その様子を見てタカユキが立ち上がり彼女を軽く抱き締めて彼女の唇へと口付ける。タカコも笑ってそれに応え、ウォーレンと連れ立って事務所兼全員の住居となっている一軒家を出た。何処に行くのかと尋ねても曖昧に誤魔化され、ついて行くしか無いかと溜息を吐いて歩き続ければ辿り着いたのは公園、森の中の東屋に入りそこに設置されたベンチへと腰掛ければ、直後現れた何人もの男達に取り押さえられ、咄嗟に反撃に出ようとしたが
「その必要は無い、大人しくしておけ」
というタカコの言葉に制され、二人揃って頭から布袋を被せられて近くの遊歩道に停めてあった車に乗せられ何処かへと連れ去られた。
袋を取られたのは室内に入りやけに座り心地の良い柔らかな椅子に座らされてから、周囲を見渡してみればそれにりに良い暮らしをしている人物の邸宅の書斎の様子で、自分達の正面に座っている人物が誰であるのかを認識した瞬間、今迄以上の緊張が身体を走り抜ける。
そこにいたのはワシントン東部の裏社会を牛耳っていると言われていたマフィアのボス、何故こんな人物がと横のタカコを見れば、こうなる事が分かっていた、否、待っていたかの様な余裕と力強さを含んだ笑みを湛えていて、
「なかなか肚の据わったお嬢さんだ、私の前に連れて来られてその余裕綽々の態度とはな」
と、不敵な笑みを浮かべた男の言葉に、同じ様な調子で言葉を返す。
「何せ下野して開業したばかりの新興の零細でね、他との繋がりが欲しいんだよ。下っ端木端と話をしてもしょうがない、トップと直接話をしたくてな、おたくの稼業に少々ちょっかいを出させてもらった。しかし、繋がりは欲しいがおたくの縄張りを食い荒らす気は無い、得意分野が違うんでな、そこは安心してくれ」
「……お嬢さん、君が関わった事でうちの人間が何人か死んでる、その事で私が怒って君を殺すとは思わなかったのかね」
「全く。あんたがあの連中を疎んじていた事は掴んでる、下手に内部で消そうとすればややこしい事になるから手が出せずにいた事もな。その頭痛の種を私が取り除いてやったんだ、実際のところは私を殺すどころか感謝してるだろう?」
二人の会話を聞きながら、そう言えば、とウォーレンは思い出す。ふらりと出掛けて行って長い時には一週間程も戻らなかったタカコ、戻った時には怪我をしていたり怪我はせずとも誰かの返り血を浴びている事も有った。あれはこういう事だったのかと納得しつつ黙したまま二人の様子を窺い続ければ、突然男の方が声を上げて笑い出した。
「こりゃ良い、御見通しか。いや、実はな、あまりにも私に都合が良い様に目障りな人間が死んでくれたから、誰が何の狙いでと多少警戒していてね、それで当時の状況を色々と調べてその全部に関わっていた君に来てもらったと、こういうわけなんだ。しかし、代表自らが手を出さずとも、部下がいるならそちらにやらせれば良かったんじゃないのか?」
「組織の体を整え仕事をし易い環境を作るのは代表である私の仕事だ、部下の仕事じゃない。彼等に本来の業務に全力投球してもらう為に私が動き、何か有った時には全責任をとる、それが組織のトップってもんだろう」
「……若いが、なかなか頼もしいな……さて、それなら、君の御望み通り仕事の話をしようじゃないか」
二人共多くは語らない、それでも獰猛で力強い笑みを湛えていた二人はトップ同士の話だと言い切り夫々の部下を退室させ、ウォーレンはその後はタカコが部屋を出て来る迄、応接室へと通され出された紅茶を飲んで『主』を待っていた。
主――、出会った時にタカコが自らをそう称していたが、何を馬鹿な事を、原隊の指揮官以上の暗愚がと思っていた考えはすっかりと崩れ去っていた。威風堂々と形容するに相応しい落ち着き払い余裕を含んだタカコの立ち居振る舞い、そして、男へと告げていた言葉。未だ若く荒削りでも組織が脆弱でも、彼女には自分達を率い、その上に立つだけの資質と度量が有る。
何処迄行けるのかは未だ分からない、どんな景色が見られるのかも分からない。それでも、この人について行こう、支えよう、身命を賭して仕えようと、あの時本心からそう思った事を思い出し小さく笑うウォーレンの耳に、聞き慣れた足音が遠くから聞こえて来る。
『マスター、お早いお着きで。お怪我は?』
『ああ、無いよ。何だ、随分機嫌が良さそうじゃないか』
『昔の事を思い出していました』
『昔?」
『はい、こんなどうしようもない人間に口説かれて一時の気の迷いで下野したは良いがどうしようと自問自答していた頃の話です』
『……サラッと貶された気がするぞ、今』
『身命を賭してマスターにお仕えしようと決心した自分の判断は間違っていなかった、そういう事ですよ』
タカコが危険を冒して迄大和に留まり続け、大和軍へと助力を続けている事に何も思わないわけではない、彼女の安全を考えれば、はっきり言ってしまえば反対だ。しかし、彼女がそうすると決めたのであれば自分は反対を唱える事はすまい、彼女の望みの実現の為、全てを彼女へと捧げ支え続けよう。
目の前のこの人物にはそれだけの価値が有る、あの日それを知ったのだから、ウォーレンはそんな風に考えつつぼさぼさになったタカコの髪へと手を伸ばし
『酷い有様ですよ、座って下さい、梳きましょう』
そう言って静かに笑いながら、彼女の肩へと手を掛けた。
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