魔術師たちに革命を

諸星影

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ROUTE1(プロローグ/斬裂魔事件編)

1-13  その刃は誰が為

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 翌日。
 編入後、初めての実戦を終えた二度目の土曜日。

 俺はというとゆっくりと身体を休めるようなことはせず、
 早朝からリビングや床の掃除を始めていた。

「よし、こんなもんだろ」

 引っ越してきて初めての部屋掃除。
 元より新居である為、それほど汚れていたわけではないにしろ
 埃一つないフローリングを見ていると心も晴れやかになる。

 ちなみに何故突然、家の掃除を始めたかというと今日はとある人物を
 我が家に招待することになっているからである。

 ピンポーン。

「お、来たかな」

 インターフォンの音を機に俺は掃除用具をしまうと意気揚々とモニターに
 表示される人物の顔を確認し、エントランスの開錠ボタンを押す。

 そして再びチャイムが鳴り響くと、俺は玄関まで向かい扉を開ける。

「ようこそおいでくださいました」
「お邪魔します」

 そうして現れた女性は、しおらしく玄関をくぐり抜ける。
 そう、斬裂魔もとい俺の先輩、遠乃緋音である。

「これ良かったら」
「これはご丁寧にどうも」

 彼女から手土産である紙袋を受け取り、二人で家の中へ。
 そして先輩をリビングに通すと事前に準備していた緑茶を差し出す。

「粗茶ですが」
「ありがとう」

 先輩は謝辞を述べると、差し出された緑茶を一口すする。

 そうしてしばらく。
 彼女はたっぷりとした間を置いてから言葉を続ける。

「――――どうして私を助けたの?」

 その言葉に俺はピタリと飲みかけた湯呑を口元で止める。
 そしてゆっくりと湯呑をテーブルに戻し、彼女の問いに答える。

 とはいえその質問に驚きはない。
 何故なら俺は先輩を家へとお招きする際に昨日のことを仄めかす様な
 内容を送っている。

 優秀な彼女なら断片的な情報であれ、それだけで大方の事情は察しが付く
 だろうと思っていたからだ。

「簡単な話です。俺は先輩には返しきれない程の恩がある。だから助けた」
「理由になってない」

 俺の答えに納得がいかなかったのか、先輩はムスッとした表情を浮かべる。

「――――質問を変えるわ。あなたは、司くんは一体何者なの?」
「その問いに俺が素直に答えると思いますか?」
「思わない。だけどそれじゃあ、私も納得がいかないのはあなたが一番
 分かっていることでしょう?」
「…………そう、ですね」

 彼女の言葉に対し俺は少しの間、閉口し思考を巡らせる。

「一つ言えることは俺は正義の味方ってことです」
「正義…………警察とかそういうこと?」
「そこはご想像にお任せします」
「なるほど、そうきたか」

「…………。それじゃ司くん、これは私の一人言だから黙って聞いていてね」

 そう前置きし先輩は続ける。

「これはこの特区に来てから知ったことなんだけど、日本には警察以外に対魔術、
 魔道の犯罪を未然に防ぐ組織があるって噂話があるの。そしてそれは身寄りの
 ない才覚ある者を教育しエージェントとしてるんだって」
「…………」
「そしてその中には小さい頃に両親を亡くした優しい青年もいるとか」
「そんなことまで噂で?」
「いいえ、今のは私の作り話。でも同じような境遇の人がいるかもしれないわね」
「――――ハハッ、そういうことですか。確かに、本当にそういう組織があるなら
 そういった身の上の人物もいるかもしれませんね」

 そういうと彼女は「ふふっ」と笑顔をこぼす。
 その様子に俺もまた静かに口角を上げる。

「(やはり、というべきか…………皆まで言わずとも彼女は少ない情報から俺の
 正体を推測するまでに至っている)」

 と、すれば昨晩、下手に彼女を風紀委員会に差し出して俺という
 イレギュラーの存在を露見させなくて本当に良かったと心から思う。

 きっと遠乃先輩と生徒会が協力し合えば、その包囲網はいとも簡単に
 俺の足跡を辿ることができたはず。そうなれば今後の任務に重大な不都合が
 生じていたに違いない。

「それじゃ次はこちらから質問をしてもいいですか?」
「ええ、私に答えられる範囲であれば」
「では遠慮なく聞かせてもらいますが、遠乃先輩はどうして斬裂魔なんかを
 していたんですか? 学園に何か恨みでもあるのでしょうか?」
「学園事態に恨みはないわ。ただ私は今の生徒会の方針には従えない」
「方針、ですか?」
「司くんは学園内で魔導師たちがどういう扱いを受けているか知ってる?」
「いえ詳しくはなにも」
「…………」

 するとそこまで話した彼女は突如押し黙り、先程にもまして表情を曇らせる。

「司くん、この前不良に絡まれていた人、覚えてる?」
「もちろんです」
「彼、実は魔導師科の生徒なの。そして虐めていた側の生徒は魔術師科。
 この意味、司くんには分かるかしら?」
「そうですね、推測するに魔術師科と魔導師科の間には格差がある、
 という意味ではないでしょうか?」

 コクリと先輩は頷く。

「その通りよ。魔術師と魔導師の差は魔術の有無。この認識は世間一般では
 大した違いではない。しかしその認識は誤りで、国も企業も重要視するのは
 魔術師ばかり。そしてそれはマギアテックスを母体とする生徒会も同じこと」
「――――ふむ、なるほど」

 確かにこの学園の事前資料に目を通した時、重要人物は皆一様に魔術師科の
 生徒ばかりだった。現に生徒会や風紀委員会はそのほとんどが魔術師科の生徒で
 構成されており、魔導師科の生徒は殆どいないのも確かだ。

 とするならば両学科の間には明確な力の差があり、一部の生徒ではあの
 不良生徒のような虐め行為が横行しているというのは想像に難くない。

「(なんとなくだが、先輩の言いたいことが分かってきたぞ。
 つまり、この学園には魔術師と魔導師の間に格差があり、彼女はそれを
 作っている格差制度を撤廃したいと考えているワケだ)」

「ですが虐めともなればさすがの生徒会も対応はするのでは?」
「そうね。でも結局は対応が後手に回って証拠が出ず厳重注意止まり。
 それじゃあ、いつまで経っても状況は改善しないわ」
「だから魔術師科の生徒に襲撃を?」
「手当たり次第ってわけじゃないのよ。あの不良生徒のように悪いことを
 してる人だけ」
「正義の為と?」
「いいえ、力の弱き人の為に」

 先輩は続ける。

「――――正義の為とか大義名分とか、そういう大層な理由は私にはないの。
 ただ私は私のやり方で生徒会のやり方を否定する、それだけなの。
 それだけが私が斬裂魔として活動する理由なの」
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