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第1話 月島 大夢
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ナニワノ夕凪町(なにわの ゆうなぎちょう)。
ビルが建ち並ぶ中を車が右往左往する。
大通りを少し外れると、そこには━━
「あれ? おばちゃん、そんなに焦ってどこ行くん?」
「醤油切れてもうてな、ちょっとスーパーまで」
「なーんや、醤油くらい貸したんで」
「おおきにね」
人情溢れる住宅地がある。
それ故、都会から移り住む者も増えてきた。
今日もまた━━
「うはぁ……めっちゃレトロやん、なんか興奮するわぁ!」
築30年のアパート《向日葵荘》を見上げる青年の眼鏡が光る。
第1話 月島 大夢
①変な口調
「大家さーん、今日からお世話になります月島ですう」
月島 大夢(つきしま ひろむ)。
もじゃもじゃ頭に黒縁眼鏡。
ポッコリ可愛いではすまない、膨らんだ腹。
顔の左側が麻痺しているが一見、どこにでもいる青年だ。
そんな彼だが━━変わり者でもある。
「……よし」
大夢は101号室と書かれた札の掛かった戸を叩く。
古びたアパート故、防犯対策はおろかチャイムすらない。
「っかしいなぁ、ちゃんと3時頃には着く言うたのに……」
現在、15時半すぎ。
「鍵無しでどうやって部屋入れって言うのよ……もう!」
大夢は頭に血がのぼるとオネエ口調になることがある。
②独り言
「4月ってもまだ上旬なのよ!? 寒いやん!? 冷凍ミートボールなるやん!」
━━返事の代わりに風が吹く。
「……せめてレンチン! 心をホットさせてや!」
大夢は独り言が多い。
「寂しいと死んでしまうやん!」
そして無駄に大袈裟。
この日の気温は最高13度。
暖かくはないが、いくら寒がりの大夢でも冷凍ミートボールになる事はまずないのだが。
それとも好んでなりたいのか……
「あー、でもこのまま大家さん出て来おへんかったらどうしよ……路上生活なんて嫌やぁ……とは言うても家には帰りにくいし……うぐぐぅぅ……」
独り言と同時にくねくねと怪しい踊りもオマケときた。
━━月島大夢はとにかく独り言が多い。
そして……ネガティヴでもある。
③ノリツッコミ
「ん?なんか落ちてる。……封筒?」
『月島殿』そう書かれた封筒は足下、不自然にもレンガに挟まっていた。
「えー……もしかして大家さんかな? 開けてええよな……?」
中には紙が一枚。
『アキバ娘。春よこいこい! 桜前線コンサート』
「……大家さんもしかして……ププッ。しかも手紙とチケット間違えたって事か……プーッ!」
大夢は笑いを堪えられない。
「とりあえず、どっか座れる場所ないかな……」
アパートの裏側に回ると庭があった。
中央に小さなダンボールが一つ。
中にはやっぱり不自然に座布団が2つ並べてある。
「あ……ああっ!」
ダンボールには〈月島 臨時ハウス〉と書かれていた。
「まさか……俺の家は、まだ用意出来てへんのかい! 自分はのうのうとコンサートかいな!!……ありえへん!」
そういいながらも、小さなダンボールにお尻だけ入れて手足を伸ばす。
寝転がった姿はひっくり返った亀のようだった。
「悲しいかな……案外、ピッタリや……」
余談だが箱の外側には『♂です、可愛がってあげてください』と書かれていた。
無論、大夢が気づくことはない。
④アンラッキー?
「……ッ、しかもこれ抜けへんやん? うっへぇ……マジかよ……」
仰向けでダンボールに嵌まり動けなくなった大夢は手足をバタバタさせる。
しかしダンボールは頑丈に出来ておりビクともしない。
「あーあ……もう何か疲れたよ……パトリッーシュ!……このまま誰にも気づいてもらえへんまま逝ってしまうんやな……アンラッキーボーイ……」
月島 大夢は、ネガティヴ。
自称:ボーイだが22歳の成人である。
時に若作りは必要ではあるが……自称に若作りは無意味━━
「あ……あのー……月島さんですか?」
「へ……?」
見上げるとブレザー着た小柄な少女がいた。
「えー……2―Bなるほど、中学生か」
「え?……な、何か言いました?」
「いんや」
「そうですか」
「しっかし、学生さんは大変やね」
「え、あ、あの……」
「だって今春休みちゃうん?」
「あ、今日は美化委員会のお仕事で掃除をしてたんです」
「なるほろ、それはお疲れ様やったね」
「あ、ありがとうございます」
他愛ない会話。
しかし絵で見ると、ダンボールに嵌った青年と少女。
元・冷凍ミートボールと少女。
「……」
「…………」
桜の葉が暖かな風に揺れる。
「う~ん、春やね。ハハハ~あ、淡いピンク」
「ピンク?」
「パン━━」
「……ふえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
大夢の目線の先に気づいた少女は悲鳴と共に逃げ出した。
「し、しまったああああ!!」
大夢は馬鹿だった。
助けてもらえるチャンスを自ら逃した。
「ま、いいもん見れたしいいか!」
オマケに変態・大馬鹿野郎だった。
⑤大夢と少女
「……あのー」
「あ、さっきの女の子!」
少女はスカートの裾を押さえながら恐る恐る大夢に近づく。
「……さっきは、そ、その……ごめんね?」
「い……いえ……わ、私も無防備だったし……早めに忘れていただければ……」
「う、うん、そうする」
きっと……一生忘れられへんやろな……
と、心の中でほっこりする大夢。
「……違和感のある返事ですね」
「そ、そんなことないもん!」
「本当かなぁ……」
「ホンマホンマ! 絶対忘れる!! 記憶力には自信が無いからすぐ忘れる! 1、2、3……ポカン! ハイこれで綺麗さっぱり忘れました、ポカモンもびっくりの早さやで!!」
「……な~んか怪しいな~」
「ホンマに忘れるって!!(+70年後くらいには自然に、そう自然に……)」
「むぅ……」
ハッピーな頭の中vs亀○人直前の現実。
「そうじゃなくて、助けて! ね? 助けてよ! パンツよりこっちのが大事なの、マジで!」
「パン……ツ…………よりも大事って、なに━━」
「そや、お嬢ちゃんちょっと引っ張ってくれへん? 抜けられへんねん」
大夢は手足をバタつかせ、助けを求める。
「あ、新手のコスプレかと……思ってました」
「ないない! な? 助けてくれへん?」
「あの……押し倒す口実とかじゃ……」
「ないないないない! こんな青空の下(もと)住宅地のど真ん中で誰が通るかわからんのに、そんな人生を棒に振るようなこと、神様仏様に誓ってもしない!」
「な……なんか必死すぎて逆に怖いような気もするけど……」
そう言うと、少女は大夢をじーっと見つめる。
「な、何?」
「………………わかりました。じゃあ掴まってください」
「今の間は何よ」
「何でもないですよー。はい、手」
大夢が少女の手を掴むと、深呼吸ひとつ。
体型からは想像できない勢いで大夢を引っ張り上げた。
「うわっほい!?」
「きゃ!?」
勢い良く引っ張られた大夢は━━
バフンっ!!
「え、まさか……」
「あ……あ……あ……」
「どああああああ!!」
「ふぇぇぇぇぇぇ!?」
ダンボールは抜けずそのまま前に……
つまり、少女の豊かな胸に飛び込む結果になった。
パトロール中のお巡りさんが裏庭にに入って来るまで2人の悲鳴は住宅地中に響いていた。
「た……タイーーホ!!」
「ぎゃーーー!!!」
⑥ようこそ
「ホンットにごめん! 神様仏様に誓ったのに……あんな失態を……」
少女がお巡りさんに大夢の無実を説明してくれたおかげで難を逃れられた。
「い、いえ……私の方こそ何も考えずに引っ張っちゃったから……早々に忘れていただければ……」
「忘れます、忘れますから! 忘れません!」
「え?」
「忘れます! 忘れます、忘れません、忘れます、忘れます……」
つい、本音ポロリ。
「それであの……月島さん……で、お間違い無いですか?」
「そうやけど……そういえばさっきも俺の名前呼んでたけどなんで知ってたん?」
ダンボールに嵌っていた大夢は痛そうにお尻をさすっている。
「えっとですね……コレ預かってて」
「ほい?」
少女がポケットから取り出したのは小さな鍵だった。
「も……もしかしてこれ……」
「はい、大家さんから預かった部屋の鍵です。大家さんからもし裏庭のダンボールの周りに人がいたらそれが多分、月島さんだって……まさか嵌ってしまってるとは思わなかったですが」
「あ……あ……あ……」
大夢は魚のように口をパクパクさせて受け取った鍵を見つめて一言。
「なんでやねん……」
フラフラと倒れる大夢。
「何の為に嵌まったのよ、もぅ!」
「えーっと……ようこそ、向日葵荘へ……?」
第1話 完
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