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第2話 綾崎 泉美
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①餓死寸前?
「あー……後の荷物は明日届くし、一段落かな……うん」
現在17時30分。
ちゃぶ台とスマートフォン、ウクレレにその他生活用品。
必要最低限の荷物しか持ってこなかった、大夢の片付けはわずか30分で終わった。
「夕食時……やな。今日はとりあえず外食でええかな。近所に食堂とかは……」
スマホで検索をするも、飲食店は徒歩30分程の距離ばかり。
スーパーですら20分はかかる。
「ウソーン……意外と不便なのね、ここ……ヤバイわよ、これ」
出発が遅れた為、昼食も食べていない大夢。
彼の空腹度は……既に限界を超えていた。
「こんな事やったら、駅チカでなんか食べて来るんやった……親子丼とか、カツ丼とか、マグロ丼とか……!」
手にエアどんぶりを持ち叫ぶ。
「どーん! 丼!!」
大夢は丼物が好きだった。
好物のことを考えれば考えるだけ腹は空いてくる。
「こうなりゃ、時計を丼と……親子丼と思い込んだるわ! 為せば成るなるピンポンパン!!」
思い込んだら、即行動。
━━ガチン!
「かたッ!! 親子丼、かたッ!! 歯がジンジンしてるぅぅぅ!」
そりゃ元は時計ですから━━
②救世主
「くぅ……腹減りすぎて、ギモジ悪い……ハァハァ……」
床につっ伏し、呼吸も荒くなって来たその時だった。
━━コンコンコン
『月島さ~ん、いらっしゃいますか~?』
ドアの向こうから聞こえるのは先ほど鍵を渡してくれた少女の声だった。
「あ……あ……あぁ」
返事をしようとするも声が出ない。
仕方がなく這いつくばるように玄関に向かう。
幻聴だが、どこからともなく聴こえてくる声……
くる、きっと来る~♪
「あれ……いないのかな? でも出て行った音はしなかったし……あ、もしかして聞こえてなかったのかな?……月島さ~ん」
少女はドアを叩き、再び呼びかける。
当の大夢は玄関まではたどり着いたものの、ドアを開ける事ができなかった。
「……変な音が聞こえる……? もしかして何かあったのかな……」
少女が辺りを見回して、ドアノブをそっと回す。
「……鍵、開いてる! 月島さん? 大丈夫ですか!!』
勢いよくドアが開く。
「月島さん!!」
「う……ぶひ……」
顔上げた大夢は救世主の登場に涙。
そして満面の笑みで、再び倒れる。
「ピンク…………」
「ふぇ……?……! ふぇぇぇぇぇぇ!!」
足下に大夢がいたことに気付いた少女は、1日にして3度目の辱めを受ける。
③大夢、振り返る
「……ん? ここは……」
大夢が目を開けると見慣れない天井。
「あ、そか。引っ越しの片付け終わらせたものの、お腹空いてそのまま寝てもうたんか……でもなんかさっき誰か来なかったっけ? それに何で枕出てるの……んん……」
空腹で頭が働かない大夢。
「けど、な~んかいいことはあった気がする」
━━コンコンコン
「失礼しまーす……」
少女が静かに扉を開けた。
「あ、起きてたんですね!」
「あ……はい……」
安堵の表情を向けられた大夢は頭の中がハテナ マークだらけだった。
「ビックリしたんですよ? 呼んでも返事ないし……でも変な音がするし、それで開けたら玄関で……その、倒れてて……」
「あ、あぁ……えと……ごめん……」
話しながら赤くなっていく少女を見て、一連の出来事を思い出す大夢。
「(確か……ムッチリした太ももとピンクのパンツ……それからおへそもちょっと見えてた……って、なに思い出してんねん!! あー!! でも頭から離れへんねんや~チキショー!!)」
「つ……月島さん?」
大夢は罪悪感でクラクラする。
「そ……それより、何であんな所で倒れてたんですか?」
「えっと……」
━━ぐ~ぎゅるるるぅぅ。
口よりも腹の返事のが早かった。
「……まあこういう事」
「じゃあ少し待っててください!」
「あ、うん……」
少女は足早に部屋を出ていく。
「なんやろ……しっかし引っ越し1日目にして死にかけるって……」
大夢は天井を見て呟く。
「それにあんなに騒いだら絶対他の部屋の人らにも聞こえてるやん。ここでの生活詰んだかな……しかもあんな小さい子……多分中学生くらいやろ? 家にあげたりして……生活どころやなくて人生詰んだやん……うはぁ」
冷静になればなるほど顔が青くなる大夢。
「……冷凍ミートボール……病んだら傷む、アカンわ……」
④君の笑顔は最高のスパイス
「お邪魔しまーす」
「あ、ああ、うん。なあ、お嬢ちゃん、まずくない?」
大夢は恐る恐る少女に尋ねた。
「え……? あ、もしかして……嫌いでしたか? カレーライス」
少女は手にタッパーを持ってた。
「カレーライス!? 好きやねん!! って、そうやなく……て━━」
大夢は少女からカレーライスの入ったタッパーを受け取ると、その場で座って食べ始める。
「そうじゃないやろ、俺は!……けど、身体が……もぐもぐ……言うこときかな━━……ごち!」
って、全部食べちまったよ━━……
「あ、あのー……」
「美味い! いくら空腹補正がかりでも、こんな美味いカレーライス初めてやわ!」
「良かった~! これで少しは元気でましたか?」
「あ、あ、うん」
大夢にとってはカレーライスも美味しかったが、少女の笑顔が最高のスパイスだった。
深呼吸1つ、意を決した大夢は口を開く。
「なぁ、お嬢ちゃん。やーっぱ、まずいと思うねん」
「カレー、やっぱり美味しくなかったですか……?」
「カレーは美味しかったよ。やけど、中学生が見ず知らずのおっさんの部屋に入るのはまずいと思うねん!」
大夢の言葉に少女は呆然としていたが、すぐに口を開く。
「あ、あの、私、中学生じゃありません」
「なぬっ、まさかの小学生!?……あかん、俺自首せな……おとっつぁん、おっかさん、ごめん……」
「だ、だから、違いますよー、ちょっと待っててください!」
少女はまた自分の部屋に戻ったかと思うとすぐに戻ってきて、《水都高校》と書かれた手帳を差し出す。
「自己紹介がまだでしたね。水都高校2年、綾崎 泉美(あやさき いずみ)です。よろしくお願いします」
「よ、よろしく……って、高校生!?」
大夢はシーサーのような顔になった。
⑥大夢は意外と常識人
「……中学生ならともかく小学生と思われてたなんて……少しショックです」
「あ、あぁ、ごめん、本当」
改めて、泉美をまじまじと見る。
大夢より少し低いくらいの身長に明るい茶髪のロングヘア。
「ちょっと背が高いからって……」
泉美はわざとらしく拗ねてみせる。
小学生か中学生にしか見えないあどけなさ……胸をのぞいては。
「えっと、綾崎さん?」
「泉美でいいですよ。うちは家族でこのアパートに住んでるんで、苗字だとややこしいんです」
「あ、そうなの……じゃあ泉美ちゃん?」
「はい、なんですか?」
名前で呼ぶことに抵抗はなかった。
が、ニコニコと返事をしてくれる泉美に気恥ずかしくなった大夢は頭を抱える。
「えっとな……高校生やろうが中学生やろうが……女の子が一人で成人男性の部屋に入るのはまずいと思うねん。時間も時間やし尚更!」
怒られるんは、間違いなく俺やし!
「は……はぁ、そうですね……確かに無用心でした。その……この向日葵荘で人とお話ししたの、久し振りだったので、つい嬉しくて……」
寂しそうに語る泉美に胸がチクリとした大夢。
「ん? でもこのアパート他にも人いるんやろ? 話すのが久し振りってどういうこと? お父さんお母さんは?」
「えっと、うちのお父さんお母さんは出張が多くて……他の住人の方も基本的に夜中とか朝方に帰って来る方ばかりで……会えたとしてもお疲れでとてもお話とかできる状態では……」
「要するに、このアパートを寝に帰ってくるために借りてるような人らか……あれ? でも大家さんは? 大家さんからこの部屋の鍵預かったんやんな?」
「その……今朝郵便受けに手紙と一緒に入ってました……多分朝早くに出て行ったんだと思う……大家さん、よく東都のアイドルコンサートに行ってるから……多分しばらくは帰らないと思う……」
大夢はまたしても頭を抱えた。
「アイドルヲタクデシタカ……」
⑦近隣コミュニティ
「このアパート、ほんま大丈夫なんやろか……心配なってきたわ、特に防犯云々」
「だ……大丈夫ですよ! この辺はよくお巡りさんが見回ってくれてますから!」
泉美を事故で押し倒した時に駆けつけたお巡りさんを思い出す。
「あ、さっきの頼りなさげなお巡りさん?」
「頼りなさげって……」
泉美も苦笑い。
「そ、それに大きな声を出したら近所の人達も気付きますから!」
「説得力あるわ……」
【泉美押し倒し事件】の時、駆けつけたのはお巡りさんだけではなく、ご近所の主婦やご年配の方々。
更に言うと、お巡りさんよりも鬼の形相をしていたご近所さんの方が駆け付けるのが早かった。
「皆さん……本当はとっても優しい人達なんですよ!」
泉美から見ても、あの時のご近所さんの顔は怖かったらしい。
「あー、うん。それはなんとなく分かる……ってか泉美ちゃん、よくあんな事された後に加害者の部屋に上がりこめるね」
「か、加害者って自分で言う?」
「あ……取り消しな。……仕事が益々、見つからなくなると困る……」
「それに、その……月島さん……なんか放っておくと何もできなさそうな感じだったから……」
「かはっ」
大夢の胸に言葉のナイフが突き刺さる。
「もしかしたら……電気以外、その……通ってなかったりしないかなぁって……」
「うお……っ!」
何本も、何本も突き刺さる。
⑧大夢と泉美
「まあ……うん……間違っちゃいない……」
明日、朝イチで電話申し込みしなくては━━
「えっと……その……いきなり生意気なこと……すみません……」
「別にいいって、気にしてへんから」
と、大夢が横目で時計を見ると既に8時過ぎ━━
誰かといると、時間が経つのは早いものだ。
と、その時━━
くう~~~~
さっきとは別の可愛らしいお腹の音が鳴った。
「……ん?」
「ふえぇ………」
「トントントン、なんの音?」
「す、すみません……」
「……もしかして泉美ちゃん、夕飯まだやったの?」
「だ……だって、カレーのおすそ分けを持って来たら月島さんが倒れてて夕飯どころじゃなかったんだもんーー!!」
真っ赤になった泉美は勢い良く部屋から飛び出してしまった。
「月島さんの……ばかぁー!」
「なんか……楽しくなりそう?」
第2話 完
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