NEET×DEYS

夕凪 緋色

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第3話 奥沢 奏子

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第3話 奥沢 奏子



①大夢はちゃぶ台が好き


「いただきます」

━━朝の7時。
昨日届いた、ちゃぶ台にはアボカドとゆで卵のサラダ、ウィンナーが乗った皿と米が少しだけ入った茶碗が置かれていた。
他にも本棚やテレビが届いたが、それでも物は少なく、寂れている。

「このアボカド……高かった割にやわらかすぎるなぁ。てか、黒いですやん。品揃えも微妙やったし、スーパー変えようかしら。っていうか八百屋さんとかないんかなぁ」

今日も大夢は独り言が多い。

「あ、そや、泉美ちゃんにカレーのタッパー返すの忘れてた……食べたら返しに行こ……」

タッパーは昨日返すつもりで綺麗にはしていた。
しかし荷物が届いてバタバタして、返しそびれた。

「ってか朝行ったら迷惑かな? 学校あるやろし……って、まだ春休みかな? あかん、普通の高校の事は全くわからんわ」

大夢は通信校と専修学校の出身であった。



②何歳


コンコンコン━━

タッパーと挨拶の粗品を持って、向日葵荘102号室の扉を叩く。

「月島でございまーす♪」

更に某アニメソングの冒頭のように呼びかける大夢。

『はーい、今行きます』

中からパタパタと走ってくる音が聞こえた。

ガタッ

「あ、月島さん。おはようございます」
「おはようさん、まだ高校はじまってへんの?」

中から、ピンク色のパーカーに紺のホットパンツの泉美が出てきた。

この子……ピンク好きなんかな。
と、思ったが口には出さなかった。

「はい、今週末までは春休みです」
「そかそか、春休みかぁ。なんか学生っぽくて羨ましいなぁ……若々しくて……青春って感じやん……」
「な……なんでそんなに老け込んじゃってるんですか……、月島さんそんな歳じゃないでしょ?」

すると大夢は麻痺していない右顔でニヤリと笑い泉美に尋ねる。

「いくつに見える?」
「え!?……あの……その……」
「間違えても怒らないから当ててみ」
「……えっと、じゃあ30……?」
「Oh.NO……のんのんのん……NO!」

大夢は額に手を当て、大袈裟にフラついた。

「ふぇぇ……ごめんなさい!!」
「ワンモアタイム、ワンモアターイム!」

完全に日本語訛りな英語で泉美に迫る。

「えぇ!? うぅ……28!」
「水都の川で一緒にダイブしよか、ゴーゴー水着!」
「ふええぇぇぇ!?」

━━水都の川でのダイブは大変危険なので絶対にしてはいけません━━

「あ、そうそう、忘れるとこやったわ。カレー、ごちそうさまでした! 美味しかったわ。ほんまは昨日返したかってんけど片付けやらなんやらでバタバタしてて……申し訳ない。あと、引越しのご挨拶。つまらないものですが……」
「あ、どうもご丁寧に……タッパーなんていつでも良かったのに……って、結局いくつなの!?」

急に話が切り替わり、混乱する泉美。

「別にいくつでもよくね? ってかレディに歳聞くなんて失礼ざますよ」
「つ……月島さんが当ててみろって言っただよぉ、っていうかレディじゃないし!!」
「イテテ、粗品で叩かないで。中クッキーだから割れるって」

わざとらしく口に手を当てながら話す大夢。
粗品の箱でポコポコ叩く、泉美。

「聞いておいて秘密なんて……酷いよ~」



③二人目の隣人


「なあ、あんた達」
「ほいさ!?」

気がつくと大夢の後ろには、青のロングヘアで身長160前半くらいの女が立っていた。
女はベージュのカーディガンに黒のノースリーブ、紺のジーンズを履いたスレンダー美人。

「あ、奥沢さん、お久しぶりです」
「あぁ、綾崎さんとこの……久しぶり……」
「泉美ちゃん、知り合い?」
「奥沢 奏子(おくさわ そうこ)さん、104号室の方です。要するに月島さんの隣人さんです」

奥沢と呼ばれた女性は虚ろな目で大夢を見ていた。

「あ、昼間あんまり居ないって言ってた人の一人? それはどうもご挨拶が遅れました! ただいま粗品をお持ち致しますので少々お待ちを……」
「いらん」 
「えっ」

女は目をこすりながら大夢を制止する。

「クッキーやろ? 聞こえてたわ。うち甘いもん苦手やねん。それやしな」

奏子は大夢と泉美をビシッと指差す。

「朝っぱらからイチャつくのは勝手やけど、人ん部屋のそばで騒がんとってくれへんかな? こっちは徹夜明けやねん」
「あ、ああ、すんません……けど別にイチャついてたわけでは」
「言い訳無用! 以後気をつけてや」
「あ、はい! イチャついてました、すみません!」

完全に威圧されている、大夢。

「ちょ、ちょっと! 誤解です、奥沢さん!」
「あぁっ?」
「…………誤解だよぉ……」

自室に戻っていく奏子を小さくなり呆然と見つめる二人。

ガタッ

「ふぅ、おっかねぇ姉さんやったわ」
「そ……そんな大きな声で言ったら聞こえちゃうよぉ」

ガタッ

「ひぃぃ!!」
「ふぇぇ!!」

先ほどよりも、一層機嫌が悪そうな奏子が大夢に歩み寄る。

「すんません、すんません! 水都の川にダイブしますから許してぇぇ!!」
「……クッキー」 
「へ……」
「クッキー……やっぱりもらうわ……」

ぐぅぎゅるるるる

「あ……はい! 朝食まだやったんですね!」
「やかましいわ!」
「ただいま、持って参ります!」

大夢は跳ねるように部屋に戻る。



④割れたクッキーを食べたのは……


ガツガツガツガツ

「ほぇ……」

ムシャムシャムシャムシャ

「ふえぇ……」

ゴキュゴキュゴキュ

「プッハアァ!! ごちそうさん!! 美味かったわ!!」

奏子は大夢からもらったクッキーと、泉美が作った味噌汁を平らげた。
綾崎家で。

「クッキー。割れてて食べやすいし、盛りだくさんな感じで良かったわ」
「さ、さようでしたか……」

大夢の手には粗品。
つまり奏子は、大夢が戻ってくるのを待てなかったのだ。

「それにしても……」

キッチンの側にダイニングテーブルが置いてあり、居間にはテレビやソファ。
大夢の部屋に比べると、当たり前だが生活感がある。

「いやぁ、さっきはきっつう言うてゴメンやで! 徹夜明けってのと空腹でつい、イライラしてもうて……」
「も、もももももう……な、何度も聞いた……あ、いえ聞きましたから」

大夢は、さっきまでとは別人な奏子に戸惑う。

「甘いもんもホンマは好きやのに、本音にもない事を……」
「は……はぁ……いえ、うるさしてたんはこっちですしお気になさらず……」
「ふえぇ……」

泉美は奏子の豹変についてこれていない━━

「ってゆうか、あんた月島ちゃう?」
「ん? 名前言いましたっけ?」
「ゆうてへんゆうてへん。寧ろ早よ名乗れや思うてたとこやし。でもその特徴ある顔見てたら思い出したわ」
「は、はぁ……えらい申し訳ないんですが心当たりが全く……」

ニシシと笑う奏子に困惑する、大夢。

「まあこっちが一方的に知ってるだけやと思うよ。月島は障害者ってのもあったけどかなり変わりモンやったし……」
「えぇ……じゃあ……中学校辺りの先輩とか? 小学校と高校はそんなに人たくさん居れへんかったから多分ちゃうやろし……」
「あんたの一期上やでー!」

ケタケタ笑いながら大夢の肩を叩く奏子は、さっきとは完全に別人。



⑤辱め


「……でな、そん時、こいつどこ居ったと思う?」
「えと、トイレ……とかですか?」
「ちゃう、ちゃう。なんと、ベンチの下! しかも体収まりきってないのに見つかれへんかったらしいわ!」
「やめて、マンホールの蓋を開くの」
「こいつ体、横にどでかいくせに存在感消すの上手かったからな! 授業サボって寝るためやったら場所も手段も選ばん男やってんて!」
「ベ……ベンチの下って……場合によっては捕まっちゃうよ~」

奏子が食事を終えると、過去の大夢の話で盛り上がっていた。
大夢は一人、盛り下がっている。

「あとは、支持率99.9%の生徒会長選挙事件ってゆうのがあってな!」
「も、もうよくないっすか!? さすがに過去を掘り返されると俺かて恥ずいですわ……」
「こっからがおもろいのに!」
「そうだよぉ、私なんか月島さんがここに来てから3回も恥ずかしい思いをさせられたのにー」

ここで奏子の目が光りターゲットが切り替わる。

「ん~? そこの兄ちゃんになんかされたんか~? お姉さんが懲らしめたるから何されたかゆうてみぃ?」
「ふぇ……あのぉ……つ、月島さぁん」
「蛇口、閉めたっけかなぁ~……」

月島 大夢、玄関にて逃走準備中。



⑥ギャグ漫画的な


「さあ、吐け! 吐くんや!」

じりじりと迫る、奏子。

「俺から言えるわけないて! 逃げたモン勝ちや!!」

大夢はドアノブに手をかける。

「月島さんひどいよー!! 私からも言えるわけ━━」

奏子の手が大夢に迫る。

「逃がさへんでぇぇえええ」

しかし、奏子の手が大夢に触れることはなかった。
何故なら━━

「あっ……」
「げっ……」

どんっ

奏子は睡眠不足でフラつき、そのまま転んだ。

「あ……」

大夢の表情が緩んでいく。
そう、奏子の胸が大夢の腕に━━

「あ……アバラ骨刺さったぁぁぁぁ!!」
「誰の胸がアバラ骨じゃあああい!!」

奏子の右ストレートが大夢の腹部にヒット。
━━が

「ふんがぁ!!」
「おっわぁ!!」

奏子は大きく息を吸い込んだ大夢の腹部で跳ね飛ばされてしまう。

「わわっ、危ない!!」

泉美が奏子を支えようとするも……


バフンッ
奏子は胸に跳ね返され、床に撃沈。

「ぶへっ……ってデカァ!? なんちゅう凶暴なパイオツやねん!!!」

思わず、吐き捨てる奏子。

「ふぇぇ!?」
「朝っぱらから起こされるし、イチャこら見せられるし! 肉まんに敗北するアバラやし! もう嫌ヤァァァァァァ!!」

奏子は勢いよく泉美の家から飛び出していった。

「つ、月島さんがアバラ骨なんていうから……」
「トドメさしたん泉美ちゃんの胸やからな?」
「……えっち」
「うはぁ……理不尽やん……」

因みに大きいとは言っても小柄な身体にしては胸がある為、大きく見えるだけの話である。
それでもDはある(確信)。

「……時計見るふりして、胸見るのやめませんか……?」

━━朝、10時。
今日はまだ始まったばかりだ。



⑦複雑


「あ、コーヒーか紅茶淹れようかな……頂いたクッキーもまだあるし」

泉美は慣れた手つきでマグカップを2つ出した。

「じゃあコーヒーで……って、だから見知らぬ男を部屋に招くなんて……」
「今更だよ……お砂糖とミルクは入れます?」
「そういえば、緊張ほぐれた?」

どぎまぎせんのは、自分の中の家だからなんかな?
それとも……男に見られてない……とか?

「え、あ……それも今更だよ……」
「まあ、その方が楽でええんかな」

え? 俺、男に見られてへんの━━?

「お砂糖とミルクは━━」
「両方共ええわ。苦いのが好きやねん」
「はーい。では濃いめに━━」

そう言いながら泉美はスプーンに何杯もコーヒーを入れ、お湯を注ぐ。

「何杯もコーヒー入れんでええから。さすがに身体に悪そうやし……」
「……もう手遅れでした、淹れ直します……」
「悪いね……」


━━ズズズ………

「美味い……コーヒー淹れるの上手なのねん……やなくて、泉美ちゃんはもうちょっと男に対して警戒心を持つべきて……」
「そもそも、部屋に上がって来たのは月島さんだよ?」
「せ、せやったっけ……」

大夢のこめかみを汗が伝い落ちる。

「別に私が呼んだわけでもないし……あ、聞きそびれちゃってたけど、月島さんは結局いくつなんですか?」
「あー……いや、あまりにも怯えた小動物見たい顔してたからつい……」
「もう、ごまかさないで下さい!」
「2━━」
「2歳は嘘だって分かるからね? つくならもっと、マシな嘘を付こうよ?」
「い、言いかけてただけやもん!……ほんまは、22歳」
「怯えた小動物って、あれは……奥沢さん……本当に怖かったんだもん……」

お腹を空かせた奏子の姿が二人の脳裏を過る。

「2、22!? 意外と若いんですね」
「意外とってなぁ。……まあええや。ってか泉美ちゃん、出会って間も無い俺に対して警戒心無さすぎへん?」
「ま、またそれですか?…………だって……今までほとんど一人で寂しかったんだよー?」

思わず、キュンとなる大夢。

「……奥沢さんも、今日初めてまともに話して。それに……月島さん子供みたいだから、なんだかガードが甘くなるみたいで……」
「ぎゃふん……こ……子供みたいって……」

大夢は頭を抱えるが、一瞬で向き直る。

「まあ、仲良くしてもらえるならそれでもええんかな……うん。いや、これでも立派な成人やもん……子供やないもん……」
「ふふふ……月島さん独り言が大きいよー」

「泉美ちゃんいるから独り言ちがうよ」
「そ……そこは巻き込まないでよー」



第3話 完
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