ひらひらのあつまり

獅子倉 八鹿

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ドライフィンガー

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 ドライ フィンガー。
 20歳になった朝、切り落とした左手の小指を、ミイラやドライフラワーのように乾燥させる風習。私はそれが嫌いだ。

 それは4、500年程前からこの国で習慣になったと、歴史の授業で習った。
 今も覚えている。授業参観の日だった。
 いつもはやらないような授業構成で、いつもはしないような朗らかな笑いとともに解説をする歴史の先生に腹が立った。ドライフィンガーってロマンチックだねと近くの生徒と笑い合うクラスメイトが不快だった。
 皆がざわめく教室で、私だけがしかめっ面をしていたと、あの授業参観の夜、お父さんが心底おかしそうに笑っていた。

「おばあちゃんのことを思い出したんだろう」
 笑い終わった後、お父さんは私に訊ねた。
 その通りだった。でも私は何も言わなかった。
 あの気持ちは、私だけ抱えていればいい。お父さんお母さんにも笑われてしまうのは嫌だった。

 幼稚園の頃、おばあちゃんと一緒にドライフラワーを作った。
 確か、まだその時はドライフィンガーに幻想を抱いていた気がする。
 ドラマかマンガを見て、ドライフィンガーに近い行為であるドライフラワーをやってみたくなった。
 なんの花だったか忘れたが、そこら辺の雑草に近い花をドライフラワーにすると、おばあちゃんへ持って行った気がする。
「チカちゃん、このお花はドライフラワーになるか分からないよ」
「やってみないと分からないもん!」
 やんわりと伝えるおばあちゃんだったけど、私が諦めないから、渋々処理をしてくれた。

 数日後、おばあちゃんの家に行った。
 仏間にある小さなテーブルの前に正座をして待っていると、おばあちゃんは完成したドライフラワーを持ってきてくれた。
 期待に胸を膨らませながら容器の蓋を開け、その中に入っていた、小さく黒い塊に言葉を失った。
「こんなのチカのお花じゃないよ!」
「いいや、チカちゃんから預かったお花だよ」
「違う違う!」
 想像したものとは違い、半ばパニックになりながら、テーブルを叩いた。

 おばあちゃんは、私のパニックが収まった後、ドライフラワーにできる花とできない花を教えてくれた。
 適した花に処理を施したものを見せてくれたが、美しさもロマンも感じなかった。

 永遠に、自分の存在を残すことができるドライフィンガー。
 ドライフラワーみたいに、選ばれた人しか美しく残らないんだろう。
 実際、おばあちゃんが亡くなった後に、おばあちゃんのドライフィンガーを見たが、ただの茶色いシワシワの細長い棒だった。
 あんなに大好きなおばあちゃんも、選ばれた人ではなかった。

 だから私は、ドライフィンガーは行わなかった。
 皆が不思議そうに左手の小指を見るが、気にしなかった。小指の有無なんて、本質に関係しないのだから。
 大人になり、夫と添い遂げた。
 酸いも甘いも、夫や息子と共に経験した。

 1週間前、その夫が旅立った。
 葬儀や手続きで慌てるのは、技術が発達した今も変わらない。
 夜は枕を濡らしながら、眠りについた。

 しっかり者になった息子と、息子の奥さんと、夫の私物を整理する。
「何これ」
 本や衣服と一緒に、小さな木箱が出てきた。
 本棚の奥に押し込められたその木箱を、私は見たことがなかった。
「変なもんじゃないだろうな……」
 息子が恐る恐る蓋を開ける。

 それはドライフィンガーだった。
 一緒に入った紙には、墨で夫の名前が書いてあった。
「ははぁ、母さんがドライフィンガー嫌いだから、隠して置いておいたんだな」
 変に関心しながら、息子がドライフィンガーを眺める。
 ふと、そのドライフィンガーに、銀色の輪が付いているのに気がついた。
「ドライフィンガーって、輪っかを付けるものだったかしら?」
 私は首を傾げながら、奥さんに訊ねる。
「いえ、付けないですけど」
「おかしいな。まず父さんは金属アレルギーだろ?」
 3人で顔を合わせ、ドライフィンガーをまじまじと眺める。

 よく見ると、その輪っかはアロハジュエリーのようだ。南国の葉や花の模様が入っている。


「貴方金属アレルギーだったの?」
「実はね。でもこれ、大切なものだからさ。ずっと、永遠に残しておきたいな」


 私は思わず声を漏らした。

 どんなに乾燥していようと。選ばれた人間でなくても。
 それは愛する夫の指だった。
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