五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

文字の大きさ
13 / 24

13.

しおりを挟む
 次の日。五十嵐青年は再びフェンス越しに山羊小屋を眺めていた。

 山本の姿は見られず、小屋の中で山羊が過ごしているのが小さく見えるだけだ。

 足跡が近づき、五十嵐青年は足音がする方を向く。
 曲がり角から、山本が歩いてくる姿が見えた。
 山本からも五十嵐青年の姿が見えたようで、山本はこちらに向かって走り出した。
「ごめん遅れた!」
 五十嵐青年の近くまで走ってきた山本だが、大きく息を切らすことはない。

「いや俺も思ったより早く着いたから――大丈夫です」
 山本の口調に釣られ、砕けそうになった言葉を敬語に戻す。

「もしかして、買い物楽しみにしてくれてた?」
 五十嵐青年の心境を知ってか知らずか、山本は無邪気に目を輝かせる。
 前回の出来事など、一切気にしていない様子だ。
「いや、別に」
「えー、楽しみ過ぎて早く来たんじゃないの」
 山本は、頬を膨らませ、肩を落とす。
「偶然です、偶然」
 そんなだから、実年齢より幼く見られるんだろ。
 昨日の会話を思い出しながら、五十嵐青年は苦笑いを浮かべた。

「何買うんですか?」
 軽い足取りで1歩先を歩く山本に、五十嵐青年は訊ねる。
 山本の荷物は、小さめのショルダーバッグを1つ、肩にかけただけの軽装だ。
 五十嵐青年を呼ぶくらいだから、重いものやかさ張るものを購入すると思い込んでいた五十嵐は拍子抜けしていた。
「んー、夢?」
「夢?」
「それは冗談だけど」
 五十嵐青年が返答に困っていると、山本は前を向いたまま、話を続ける。

「嬉しいものではあるかな。少なくとも、誰かを傷つけるようなものじゃない」
「全く分からないんですが」
「まあまあ、任せてよ」
 多少の不安を感じるが、五十嵐青年に出来ることは、山本の後ろを歩くことだけだった。

 住宅街をしばらく歩き、到着したのは大型の公園だった。
 五十嵐青年の活動範囲とは離れていたが、有名バンドの音楽フェスティバルが開催される会場でもあり、知名度は高い公園だ。
 五十嵐青年も以前、好きなバンドが出演するため、訪れたことがあった。
 今は音楽フェスが開催されていないこともあり、人の姿は少ない。

「ここ!」
 看板を指さし、山本は胸を張る。
「ここが目的地です!」
 自信満々に五十嵐青年を振り返る山本とは対照的に、五十嵐青年の頭上には疑問符が浮かぶばかりだ。
「フェスの時に来たことあるけど、何かあるんですか」
「素敵なものがあります!」
 はぐらかしたいのか、それとも無意識なのか、具体的な訪問場所は教えてくれないようだ。
 五十嵐青年はただ、後ろを着いていくだけであった。
「たまには運動もいいでしょ」
「まぁ、確かに。最近身体動かしてなかったし」

 話をするのは楽しいし、細かいことはいいか。

 山本の話に相槌を打ちながら、意識せず、五十嵐青年の口角が上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している

狼蝶
BL
美醜逆転世界で”悪食伯爵”と呼ばれる男の話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...