17 / 24
17.
しおりを挟む
「長い話になると思いますが、聞いてくれますか」
五十嵐青年が頷くのを確認した山本は、 微笑を浮かべ、川を見つめる。
「実際に人間になったのは、あの火事の夜」
五十嵐青年は火事という単語にピクリと身体を震わせる。山本は五十嵐青年の様子を確認し、再び口を開いた。
「あの日、五十嵐さんが小屋に火をつけた日。僕は小屋の裏にいたんです。なんか寝付けなくて、外に出てたら、ウトウトしてて」
「いたんだ、あそこに」
山羊がもう一頭いることに全く気づかなかった。
暗い上、土地勘のない五十嵐青年が気づかなかったのも仕方ないかもしれない。
「知らない人がいて、誰だろって思った。洋介君はたまに知り合いを連れて来てたから、それかなってウトウトしながら思ってた」
「洋介君って」と五十嵐青年が訊ねると、山本は自身を指差す。
「この身体で専門学校まで生きてきた、男の子の名前」
「五十嵐さんがサンじいちゃんを抱えて倒れた時、僕はどうにかして助けを呼ばなきゃって思ってた。でも山羊の僕には鳴くことしか出来なくて。他に何かないかなって考えてると、洋介君が走ってきたんだ」
ここからは、五十嵐青年も記憶がない。関係者からの話を聞いたが、概要しか知らない部分だ。
「サンじいちゃん、死にそうだったんだよね。洋介君、心配で泊まるつもりだったみたいで、でっかい荷物背負って来てた。すると小屋が燃えてるから、驚いたよね。かなり慌てながら通報とかしてた」
あの日の事を思い出すと、やはり息ができなくなる。
それでも俺は、ちゃんと山本さんの話を聞かないといけない。
五十嵐青年は、そう自分に言い聞かせた。
目を見開き、身体の不調に負けないように話を聞き続ける。
山本は続きを話すことに躊躇いを見せたが、五十嵐青年の目を見つめ、何事もなかったかのように話を続けた。
「洋介君と警察や消防士が動いているのを見てたら、サンじいちゃんが、力を振り絞ってお話してくれた。あの火を付けた男、ちゃんと反省してたぞって。前言った言葉、覚えてますか?」
五十嵐青年は小さく顔を縦に振った。
一言一句覚えていた訳ではないが、人間の発言にしては例えが独特だったので、五十嵐青年の頭に残っていた。
山本は視線を上に向け、祖父が残した言葉を思い出そうと頭を働かせる。
「俺を殺そうと火を付けた男な。火が広がった後に反省してたんだ。そして、殺そうとした相手をここまで抱えてきた。途中で倒れちまったけど、すげえぞあの男は。じいちゃん真似できない」
自分の気持ちが山羊に筒抜けだったことを少し恥ずかしがりながら、耳を傾ける。
「メイ。生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞ」
祖父の口調を真似たのだろうか、山本の言葉には落ち着きがあった。
その落ち着きに、優しさに、涙が溢れ出る。
なんで、自身の命が尽きようとしているのに。
なんで自分を殺そうとしていた男を許せたんだろう。
なんであの山羊は、そんな事を言えたんだろう。
あなたの優しさ、心の広さの方が真似出来ないよ。
溢れ出た涙は止まることがない。
五十嵐青年が頷くのを確認した山本は、 微笑を浮かべ、川を見つめる。
「実際に人間になったのは、あの火事の夜」
五十嵐青年は火事という単語にピクリと身体を震わせる。山本は五十嵐青年の様子を確認し、再び口を開いた。
「あの日、五十嵐さんが小屋に火をつけた日。僕は小屋の裏にいたんです。なんか寝付けなくて、外に出てたら、ウトウトしてて」
「いたんだ、あそこに」
山羊がもう一頭いることに全く気づかなかった。
暗い上、土地勘のない五十嵐青年が気づかなかったのも仕方ないかもしれない。
「知らない人がいて、誰だろって思った。洋介君はたまに知り合いを連れて来てたから、それかなってウトウトしながら思ってた」
「洋介君って」と五十嵐青年が訊ねると、山本は自身を指差す。
「この身体で専門学校まで生きてきた、男の子の名前」
「五十嵐さんがサンじいちゃんを抱えて倒れた時、僕はどうにかして助けを呼ばなきゃって思ってた。でも山羊の僕には鳴くことしか出来なくて。他に何かないかなって考えてると、洋介君が走ってきたんだ」
ここからは、五十嵐青年も記憶がない。関係者からの話を聞いたが、概要しか知らない部分だ。
「サンじいちゃん、死にそうだったんだよね。洋介君、心配で泊まるつもりだったみたいで、でっかい荷物背負って来てた。すると小屋が燃えてるから、驚いたよね。かなり慌てながら通報とかしてた」
あの日の事を思い出すと、やはり息ができなくなる。
それでも俺は、ちゃんと山本さんの話を聞かないといけない。
五十嵐青年は、そう自分に言い聞かせた。
目を見開き、身体の不調に負けないように話を聞き続ける。
山本は続きを話すことに躊躇いを見せたが、五十嵐青年の目を見つめ、何事もなかったかのように話を続けた。
「洋介君と警察や消防士が動いているのを見てたら、サンじいちゃんが、力を振り絞ってお話してくれた。あの火を付けた男、ちゃんと反省してたぞって。前言った言葉、覚えてますか?」
五十嵐青年は小さく顔を縦に振った。
一言一句覚えていた訳ではないが、人間の発言にしては例えが独特だったので、五十嵐青年の頭に残っていた。
山本は視線を上に向け、祖父が残した言葉を思い出そうと頭を働かせる。
「俺を殺そうと火を付けた男な。火が広がった後に反省してたんだ。そして、殺そうとした相手をここまで抱えてきた。途中で倒れちまったけど、すげえぞあの男は。じいちゃん真似できない」
自分の気持ちが山羊に筒抜けだったことを少し恥ずかしがりながら、耳を傾ける。
「メイ。生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞ」
祖父の口調を真似たのだろうか、山本の言葉には落ち着きがあった。
その落ち着きに、優しさに、涙が溢れ出る。
なんで、自身の命が尽きようとしているのに。
なんで自分を殺そうとしていた男を許せたんだろう。
なんであの山羊は、そんな事を言えたんだろう。
あなたの優しさ、心の広さの方が真似出来ないよ。
溢れ出た涙は止まることがない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる