五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

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17.

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「長い話になると思いますが、聞いてくれますか」
 五十嵐青年が頷くのを確認した山本は、 微笑を浮かべ、川を見つめる。

「実際に人間になったのは、あの火事の夜」
 五十嵐青年は火事という単語にピクリと身体を震わせる。山本は五十嵐青年の様子を確認し、再び口を開いた。

「あの日、五十嵐さんが小屋に火をつけた日。僕は小屋の裏にいたんです。なんか寝付けなくて、外に出てたら、ウトウトしてて」
「いたんだ、あそこに」
 山羊がもう一頭いることに全く気づかなかった。
 暗い上、土地勘のない五十嵐青年が気づかなかったのも仕方ないかもしれない。

「知らない人がいて、誰だろって思った。洋介君はたまに知り合いを連れて来てたから、それかなってウトウトしながら思ってた」
「洋介君って」と五十嵐青年が訊ねると、山本は自身を指差す。
「この身体で専門学校まで生きてきた、男の子の名前」

「五十嵐さんがサンじいちゃんを抱えて倒れた時、僕はどうにかして助けを呼ばなきゃって思ってた。でも山羊の僕には鳴くことしか出来なくて。他に何かないかなって考えてると、洋介君が走ってきたんだ」
 ここからは、五十嵐青年も記憶がない。関係者からの話を聞いたが、概要しか知らない部分だ。

「サンじいちゃん、死にそうだったんだよね。洋介君、心配で泊まるつもりだったみたいで、でっかい荷物背負って来てた。すると小屋が燃えてるから、驚いたよね。かなり慌てながら通報とかしてた」
 あの日の事を思い出すと、やはり息ができなくなる。

 それでも俺は、ちゃんと山本さんの話を聞かないといけない。
 五十嵐青年は、そう自分に言い聞かせた。
 目を見開き、身体の不調に負けないように話を聞き続ける。
 山本は続きを話すことに躊躇いを見せたが、五十嵐青年の目を見つめ、何事もなかったかのように話を続けた。

「洋介君と警察や消防士が動いているのを見てたら、サンじいちゃんが、力を振り絞ってお話してくれた。あの火を付けた男、ちゃんと反省してたぞって。前言った言葉、覚えてますか?」

 五十嵐青年は小さく顔を縦に振った。
 一言一句覚えていた訳ではないが、人間の発言にしては例えが独特だったので、五十嵐青年の頭に残っていた。
 山本は視線を上に向け、祖父が残した言葉を思い出そうと頭を働かせる。

「俺を殺そうと火を付けた男な。火が広がった後に反省してたんだ。そして、殺そうとした相手をここまで抱えてきた。途中で倒れちまったけど、すげえぞあの男は。じいちゃん真似できない」

 自分の気持ちが山羊に筒抜けだったことを少し恥ずかしがりながら、耳を傾ける。

「メイ。生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞ」

 祖父の口調を真似たのだろうか、山本の言葉には落ち着きがあった。
 その落ち着きに、優しさに、涙が溢れ出る。

 なんで、自身の命が尽きようとしているのに。
 なんで自分を殺そうとしていた男を許せたんだろう。
 なんであの山羊は、そんな事を言えたんだろう。

 あなたの優しさ、心の広さの方が真似出来ないよ。
 溢れ出た涙は止まることがない。
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