『この世界、悪が足りない。』

よしお

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第4話 ヒーローのクレーム対応って、だいたい怪人がやらされる

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 朝、スマホの通知音が止まらない。
「……んだよ、朝から爆撃か?」
 寝ぼけ眼で確認すると、通知の大半が“依頼”だった。

 《昨日のステージ感動しました!》
 《倒され方がリアルすぎて泣きました!》
 《子どもが泣き止まないので謝罪に来てください》

 ……うん、最後のが本命だな。

「まーたクレームか……」
 俺はコーヒーをすすりながら、苦く笑う。

 “ヒーローが子どもを泣かせた”クレームの処理は、なぜか悪役サイドの仕事。
 ヒーローが謝るわけにもいかないから、俺が“悪役として”フォローする。
 ――つまり、罪を引き受けるのも俺の仕事ってわけだ。




 昼前、俺はヒーロー管理局に呼び出されていた。
 受付の女子職員が申し訳なさそうに言う。

「ブラック・アオトンさん、昨日の“倒され方”が……その、リアルすぎたみたいで……」
「え、なに、またトラウマ製造機扱い?」
「……はい。ヒーロー“プリズマスター”さんのファンからも“怖かった”と……」

 おいおい、“倒した側”のファンが怯えるって、どういう現象だよ。

 そこへ、スーツ姿の上司っぽい男が現れる。
「君ね、演技力が高いのは素晴らしいが、子どもが泣くのはまずい。
 なので今後、“もう少し優しい倒され方”を心がけてくれ」

 「優しい倒され方……?」
 「たとえば、“笑顔で爆発する”とか」

 ……その発想、もうヒーローより狂ってない?





 午後、俺は“クレーム対応”という名の慰問に出かけた。
 相手は昨日泣いてしまった小学二年生の男の子。

 玄関を開けると、そこにいた。
 ヒーローのパジャマを着て、少し怯えた目で俺を見つめる少年。

「……悪い怪人さん、もう来ない?」
「来ないよ。あれは“お芝居”だ。俺はもう倒され済みだからな」
「ほんとに?」
「ほら、見ろ」

 俺はこっそりスーツのヘルメットを外して笑ってみせた。
 少年はぽかんとして、少しだけ笑った。

「お兄ちゃん、悪役なのに優しいね」
「まあ、悪役にも人権くらいあるんで」

 母親が小さく笑い、コーヒーを出してくれた。
 ……この仕事、悪くないかもしれない。





 帰りの電車の中。
 スマホでニュースを見れば、ヒーローたちの新着ランキングがずらり。

 『新ヒーロー・ソーラーファング、SNSフォロワー20万突破!』
 『街角ヒーロー乱立問題、議会で議論に』

 ヒーローの数は増え続け、正義は供給過多。
 一方で“悪”は俺ひとりでも手が回らないほどの人気商売。

 ……皮肉なもんだな。

 俺は電車の窓に映る自分の顔を見つめる。
「正義のために悪が必要、か」
 笑えない現実を、ちょっと笑ってやった。





 夜。
 事務所の前で、見覚えのあるスーツ姿が待っていた。
 ――ヒーロー審査官、美影ユリ。

「また会いましたね、ブラック・アオトンさん」
「奇遇っすね。俺、今日はクレーム対応帰りっす」
「ニュース、見ましたよ。“子どもが泣かない悪役”って、話題になってます」
「褒め言葉なのか、それ」

 美影は小さく笑う。
「あなた、ヒーロー以上に“人を救ってる”かもしれませんね」
「俺はただ、殴られて謝ってるだけだよ」
「それができる人が、今いちばん少ないんです」

 その一言に、少しだけ胸がざわついた。
 ……悪役のくせに、救われてるのはこっちかもしれない。





 夜風が冷たくなってきた。
 街の向こうでは、ヒーローショーのライトがまだ輝いている。
 俺は仮面を手に取って、小さく呟く。

「……明日は、どんな“悪”を演じようかね」

 スマホが震える。

 《依頼:子ども向けイベント“ヒーローと仲直り会”に出演希望》

「……はは、もう謝罪が仕事になってきたな」

 それでも、悪役が必要なら、俺は出ていく。
 正義の裏側で、今日も誰かが笑えるように。

 ブラック・アオトン、またの名を――社会調整係。




次回予告:
第5話「正義のオーディションで、悪役が最終審査に残った件」
――“悪”を演じすぎて、“正義”に求められる男。
舞台は次のステージへ――!
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