ルロビア魔界傭兵カンパニー

いみじき

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2.シザード

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「お、おはようコトリ」

 出社するとがちこちに緊張したジークエンドと会った。もう少しさりげなさを演出……できるような性格じゃないのは分かっているが。

「昨日はその、すまなかった。助けなければと思うあまり……」

「いいんだ、もう。忘れて」

「なんじゃなんじゃ。コトリの卵産むとこでも見ちまったんかぁ」

 社員の一人、カエン地方生まれのラズウェルが冗談まじりに言ったが、二人して身をすくめたものだから社員の視線が集まってしまう。

「「「………」」」

 流れる沈黙が痛い。涙目だ。誰か殺してくれ一刻も早く。

「……おほん」

 社長が咳払いをして沈黙を打ち破った。

「えー、本日の仕事だが、特に無い!」

「ないのかよ」

「ないので捜査に着手しようと思う。最近起こっているヒトガタ異形誘拐事件について」

 快楽者の街ではよくある話。ヒトガタで見目のいい異形が拉致されて売り払われる。ただ、その件数が増えたことと手口が同一のため、何かの組織が関わっている可能性が非常に高い。

「えー、マフィアとバッティングしたら敵対しちゃうじゃん」

「基本的に我が社はマフィアと敵対してます! そのためのお前たちだ」

 そのためのお前たち、というよりそのためのジークエンド(破壊兵器)という方が正しい気もするが。

「うちが捜査を始めた、という事実が重要なんだ。コトリちゃんやサツキちゃんが狙われるかもしれないだろう!」

 そう。商品になりそうなヒトガタ異形はこの会社に二名いる。一人は社長が溺愛してやまない育て子であるコトリ、一人はその同年代でかわいいサツキ。どちらも社長のお気に入りである。

「俺はとにかく、コトリを狙った奴は可哀想だと思うけど」

「それはどういう意味か」

「そのまんまの意味だけどー。その件に着手するなら、まあ囮捜査だよね」

「えっ」

 その発想はなかったらしく、社長が硬直する。

 ジークエンドも焦ったように「だめだ!」とコトリを後ろから抱い……抱いた。この男にとってコトリは、助けた時の雛のままらしい。こちらは色々とオーバーヒート中だ。まだ発情期も終わっていないというのに。

「コ…コトリは囮調査に異議はない」

「だめだぞ、コトリ。お前には危ない。何かされたらどうする」

「そうだぞコトリちゃん! パパ許しませんよ」

「俺はもう雛じゃない! ジークエンドもバディを守りたいならそれなりに尽力しろ。今回の件はコトリが責任を持つ。いいな!」

 コトリはまだ務め初めて三年のひよっこだが、社長の跡継ぎという立場もあり、ジークエンドより上の立場になる。そして社長はコトリに弱い。

「コトリとサツキが囮として街を歩く。コトリにはラズウェルのサポート、サツキにはシャハクのサポート。サツキを捕まえようとした奴は射殺していいが、コトリはそのまま潜入する」

「俺はどうなる!?」

 叫ぶジークエンドに「留守番」と言い渡した。

「今回はバディのコトリが囮だから、ジークエンドの出番はない。組織の情報を得て、帰るまでが今回の仕事だ。それからジークエンドの出動になる」

「コトリちゃん、それはいくらなんでも危なすぎるって」

「でも、それが一番効果的なのは分かるだろ。いい加減公私を分けて子離れする!」

「でもぉ」

 また社長のでもでもだってが始まったので「作戦開始!」と社長室を出た。

「ねー、コトリ。どんな服来てこっかぁ。いかにも快楽者だけど慣れてなさそうな感じがいいよね。おのぼりさんみたいな」

「格好まで考えてなかった。サツキが見繕ってくれるか?」

「オーケー、可愛くしてあげるぅ」

 今回の任務でまずしたことは、ブティックに行くことだった。余計な出費だが、普段着を買うと思えば無駄でもない。

「ニットにレザーのホットパンツ! 絶対かわいいよコトリ」

「ホットパンツて女性用か……」

「入る入る。余裕で入るよコトリなら。ほら、着てみ」

 着た。似合ってしまうのが悲しい。丈が長めのニットからレザーパンツがちらりと覗く。社長とジークエンドが泣いて嫌がりそうな格好だった。

「サツキはどうするのか」

「俺はそうだね、カットソーに同じくホットパンツ。それでロングブーツなんてどう?」

 似合う。腕に黒い羽根の生えたサツキにカットソーは妙にゴージャスにも見えた。ホットパンツにロングブーツは背徳的である。

「このかっこでうろついたら誘拐してくださいって言ってるようなもんだよねえ!」

 快楽者の街においては「お好きなように料理してください」と全身で主張しているようなものだ。

 実際、店を出た瞬間に不埒な輩が寄ってきた。こういうのではない、こういうのでは。不埒者はサツキにブドウクミワザを食らい、コトリには羽をお見舞いされ、退散していった。誰も小柄で愛らしい容姿の二人組がルロビア傭兵カンパニーの所属でやたら強いとは思わないだろう。

「ラズウェル、配置についたか」

『長ぇ買い物じゃったの。こっちはいつでもいける。言うてもわしは今回見てるだけじゃろ』

「一応、狙撃する準備はしておいてほしい」

 ラズウェルは腕利きの狙撃手だ。下手な護衛よりよほど信用できる。

 囮調査は難航した。とにかく余計な不埒者が多い。目立ってしまう。目立てば誘拐されにくい。これは盲点だった。きっとサツキのほうも似たようなものだろう。

 襲ってこようとするので別件でとっ捕まえた奴のほうが多かった。こういうのではない、こういうのでは。

『―――コトリ。二時の方角で怪しい影を発見。一人で歩いとるちっこいヒトガタの異形がおる。見るからにストリートキッズじゃの』

「現場に向かう。そのまま待機してくれ。子供が誘拐されるようなら構わない、撃て」

『ラジャー』

 指示された路地裏にいたのは角の生えた子供だった。盗品らしきパンを抱えて裸足で走っている。

「どけよババア!」

 と怒鳴っているところから、コトリを女性だと認識した模様。いてこましたろかクソガキ。

 その子供を行かせ、路地を進む。

『コトリ、上空からだとその先の角に誰か潜んどる。油断したふりして歩け』

 ラズウェルは蝙蝠の異形。暗い空からの狙撃を得意とする。その代り、昼に弱い特性も持つ。

 コトリは爪を見るふりをしながら何気なく道を歩く。例の角に差し掛かった途端、黒い影が飛び出した。

 黒いロングコートに黒い髪。そして黒い唇の……

(オーバント!?)

 気づいた時にはもう遅い。口の中にゲルを突っ込まれて膝を折った。

「暴れるなよ。暴れたら胃の中に消化液を流し込むぞ」

 角刈りに四角い顔のオーバントがゆっくり歩み寄ってくる。

 コトリはその特性上、殆どの拘束が通用しない。側頭部から魔力素の羽を伸ばせるため、拘束具が意味をなさないのだ。しかし、こうなっては……

『コトリ、どうした。コトリ! 撃つか!?』

 声も出せない状態で、コトリは男に従わざるをえなかった。

 ついた先は裏路地に突然口を開けたように下品なラクガキと装飾が走る扉だった。ガランと鐘の音を立て、男が扉を開ける。

「よう、シザード。今回のはとびきりイイのが入ったじゃねえか」

 がらの悪い連中が汚い店内でくだを巻いている。見たところ吸血鬼が三名、淫魔が二名といったところ。この二種族は支配階級にも犯罪者にも非常に多い。

「良すぎる気もするんですがねえ。こんなのが町中を歩いてちゃ三分ももたずに餌食になってるはずですが……」

 シザードと呼ばれたオーバントが思わせぶりな視線をよこしてくる。

「実はね、オズのやつと連絡がつかないんですわ。もしかしたらやられたのかもしれん」

「やられた? オズがか。オーバントだぞ」

「オーバントっても無敵じゃあないんでねえ。こいつは足がついたかもしれませんよ」

「お前たちには高い金を払ってるんだぞ!」

「俺に言われたってね。オズのやつに言ってくださいよ。俺が思うに、公安じゃねえな。ルロビア傭兵カンパニーだっけ? あっちのほうが動き出したんじゃねえかと」

 そこまで一発でバレるとは思わなかった。しかし、ルロビアの名は吸血鬼たちに震撼させたようである。

「ルロビア……ジークエンドのいる会社じゃねえか。い、いや。こっちにだってお前がついてる。だから始めた事業だ。ルロビアに邪魔なんかさせねえ!」

「そうは言ってもねえ。傭兵会社ってのぁそのジークエンドってのだけで成立してるわけじゃあないでしょう。ガンナーだの狙撃手だのいるはずだ。そんなの相手じゃ分が悪い」

「オーバントだろう!?」

「そりゃオーバントがダースも揃ってりゃ負けやしねえよ。だがこっちはオズもやられて俺一人だ。で、あっちには豊富な傭兵とオーバントのエース様が一人いる。ちぃと相手が悪いぜ。で、だ。このかわいこちゃん」

 ぐいと引き寄せられ、口にゲルが入ったままのコトリはがぼ、とむせこみかける。

「こいつがルロビアでどれだけ大事にされてるかは知らねえが、さっきからうるせぇんだよなあ。これがよ」

 耳たぶの裏に仕込んでおいたラズウェルと繋がっている無線機をとられ、コトリは目を見開いた、気づくのか、この音に。

「おう。かわいこちゃんは預かったぞ。抵抗のできねえ状態だ。俺ぁオーバントだからよ……口にちょいと詰め物させてもらったぜ。解放してほしけりゃこっちの指示に従いな……ボス、荷物まとめろ。場所移すぜ」

 小脇に抱えられたまま、カウンター下にある扉から暗い階段へ降りる。ドヴェルグの穴と呼ばれる地下通路に入り込まれた。ここは入り組んでいて、地元民でもすべてを把握している者はいないだろう。コトリもいくつかの穴からのほんのひと区画程度しか分からない。ましてこんな初めて見る口からは。

「よっ……狭ぇなここは。ハハ」

「おいシザード、そっちじゃねえぞ」

「お、そうか」

 ………ジークエンドの方向音痴は種族由来のものかもしれない。

「よう、聞こえるか。そっちのボスを出せ。話はそれから……だ」

 一瞬、シザードの台詞が止まった。前を歩くバンパイアの首が飛んだからだ。

 ぱっとライトがつき、目が潰される。その隙に何人かやられた気配がある。コトリはシザードに羽交い締めにされ、盾にされた。

 ずるりと、ゲルが口から勝手に這い出る。苦しさから開放され、げほげほと咳き込んだ。

「―――無事か、コトリ」

 まさかの。

「じ……ジーク? どうしてここにいるのか」

「ゲルをお前につけていた。あとはお前のにおいを辿った」

「コトリの匂い!? このあなぐらで!」

「コトリのにおいは絶対に間違えない」

 きっぱりと言い放つジークエンドを格好いいと思っていいのかどうか。コトリとバディを組んでからあまり方向音痴を発揮しないと思っていたら、においを辿っていたらしい。

「そのゲルを口に詰め込まれてからは、ゆっくりとそのゲルに同化して、支配権を奪った。コトリ、動くな。その男はお前が暴れればゲルを放つ」

「お前さんがルロビアのエース様か。どっかで見た顔だなあ」

「そちらこそ、どこかで見た顔だな。軍人くずれか」

「お互いさまだろうよ……そら返すぜ!」

 シザードは突然、コトリをジークエンドのほうへ投げるように押した。ジークエンドはコトリを抱きとめ、その脇をシザードが抜けていく。

 コトリたちが来た後から、チッとエネルギー弾がかすめていった。ラズウェルも店の口から侵入していたのだろう。挟み撃ちになることを嫌ったシザードは逃亡を図ったのだ。

「コトリ、無事か」

「それより犯人!」

「深追いは禁物だ、特にオーバントは」

 ジークエンドはライトをあててコトリの身体を確認し、怪我がないと知るや、ほっとした表情を見せた。

「だから言ったろう、無茶をするなと……想定外は常にある。己の力を過信してはならない」

「……うん」

 今回ばかりは反省した。まだ実力不足、経験不足で中心的な立ち回りは無理だったのだ。いかにオーバントが絡んでいる件であっても、ラズウェルに狙撃命令さえ予め出していれば勝てたのだ。

「それに、そのはしたない格好はなんたることか!」

 やはり叱られた。

「囮なんだから、それっぽい格好をするべきだってサツキが」

「サツキも似たような格好をしているのか! なんたることだ。お前たち、その格好で今回のなりゆきを社長室で説明してもらうからな。覚悟をしておけ」

 それは……とても嫌かもしれない。

 コトリとサツキはこの後「はしたない格好」でみっちりお説教されたのだった。
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