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12.士官学校
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コトリの情操教育が微妙に遅れている理由のひとつは、快楽者の街にろくな書籍がないことにある。
出回るのはサントネースが目を三角にするエログロの雑誌ばかり。普通の小説などはかえって高く、縁遠いものなのだ。絵本などは揃えてもらったが、それ以上の本がコトリの目につくことはなかった。
しかし、いま、コトリの眼の前に宝の山が広がっている。
「わが校は専門書籍以外にも豊富な書物を取り揃えているんです」
優等生のユヅキくんが教えてくれた。
ここはドレイクニル士官学校。
コトリとサツキ、シャハクは講師ジークエンドのおまけとして研修に来ている。
***
今度の依頼はジークエンド個人に書面で届いた。
「軍部からジークエンド宛に? なんて?」
「母校に臨時講師をしないか、と……」
「母校!」
そうだ、ジークエンドは……オーバント特殊部隊の出身。エリート中のエリートであり、士官学校くらいは当然出ているのだ。
「そ、そういえばジークエンド。お母さんとお父さんは?」
「……いる。どちらも現役軍人だ。合わせる顔はないな。後悔はしていないが」
本当に全く後悔していないらしく、ジークエンドは晴れがましいような表情でコトリの頭を撫でる。
情報を繋ぎ合わせると、軍部に所属していたジークエンドは何らかの任務でコトリが収容されていたラボを襲撃し、そのままコトリを連れて出奔した、ということになる。
理由はコトリに怯えられたことで自分の生き様に疑問を持ったため。このあたりはジークエンドにも色々と葛藤があったのだろうとしか推測できないが……
(でも、コトリのせいで人生が狂っちゃったとも言えるような)
華々しい未来が待っていたかもしれないのに、コトリのせいで場末の傭兵会社。こんなところで燻っていい人材でないことはバディであるコトリがよくわかっている。快楽者の街は、ジークエンドの溢れるパワーを発揮するには狭すぎるのだ。
(せめて老後の面倒はしっかり見なくちゃ)
決意するコトリだった。
と、サントネースがその講師について待ったをかける。
「どうせなら君のコネで、コトリとサツキとシャハクを研修って形で入れらんないかな?」
「ほんの数ヶ月ですよ」
「それでも刺激にはなるだろう。コトリには学校に行かせてやれなかったからね……」
その代り、ジークエンドならびに精鋭のプロにマンツーマンで稽古をつけてもらい、高い機動力もあいまって三年目にして三位の成績をおさめるほどになったのだが。
「俺も、俺も学校に行ってみたい! 空気だけでいいから味わいたいー!」
「何事も経験か」
サツキどころかシャハクまで乗り気のようだ。コトリも、もちろん気になっている。
そういうわけでジークエンドを連れて若者三名、船に乗って川をくだり、首都へ向かうことになった。ドレイクニルは大河を中心に川があちこちに分散しており、船移動が発達している。川から離れた快楽者の街にあるルロビア傭兵会社が活用することは滅多にないが。
「首都、でっか!」
快楽者の街も栄えた街だが、それどころではない。見渡すかぎりの家々。なぜか住宅街にはガーゴイルやらテンタクルスを放し飼いにした悪趣味な屋敷が多かった。魔界らしいといえばそうだが。
「コトリ。あれが俺の実家だ」
ジークエンドが指し示した方角に大きな屋敷が建っていた。
「双子の兄と、姉がいる」
「双子!? ジークエンド、双子だったのか!」
「全く似てはいないんだがな」
「えー、それでも衝撃的な事実じゃん」
サツキも驚いている。
「ジーク、お母さんやお父さんに手紙出したか? 会ってないんだろう」
「ああ……いや、何も」
「きっと心配してるぞ! パパなら泡吹いて倒れる」
「サントネースならそうかもしれないが」
ジークエンドの返答は歯切れ悪い。後悔はないと言っても、家族に対してはそれなりに罪悪感はあるのだろう。
高級住宅街を抜けると今度は積み木のように重なる住宅街に入る。
「貧富の差が激しいんだ」
「これがカクサシャカイってやつかー……」
そしてそこを抜けると、今度は屋台街。その先を抜けて、やっと士官学校へたどり着いた。
何かの神殿のように聳え立つ建物は錚々たるものだった。おのぼりさんのコトリたちは圧倒されてぽかんと口を開く。
実は、士官候補生服にはもう着替えている。ちぐはぐな衣装では舐められるとのことだったので。ジークエンドも軍服にマントを身に纏っていた。
「ジークエンド・トライスト様で間違いないですね」
士官候補生らしき青年が門前で書面を受け取り、確認をとる。するとコトリたちより幼い候補生たちがやってきて、
「お荷物お持ちします!」
「校長室はこちらです」
案内してくれた。
「招聘に応じてくださり感謝します、ジークエンド・トライスト殿。トライスト家の方に講師に来て頂けるのはわが校の誇りです」
「いたみいります」
「ジークエンド殿には特殊歩兵科の指導をおまかせしたいと思っております。研修生の方々は兵科を限定せず、好きに聴講してくださって結構です。もちろん訓練も」
「ありがとうございます」
ルロビア傭兵会社の跡継ぎとして恥じぬよう、背筋を伸ばして応えた。
「兵科って色々あるね。シャハクはやっぱ銃兵科?」
「銃兵というのは軍隊に組み込まれて初めて威力を発揮する。ならば特殊歩兵科のほうが身になるだろう」
「まあ、俺たちの職業柄そうなっちゃうんだよね。砲兵科とか行っても、撃つ機会もないわけだしさ。それにジークエンドの指導も気になるよねー」
「そうか?」
コトリが首をかしげると、サツキが苦笑する。
「そりゃ、コトリはジークエンドの一番弟子だもんね」
「うん。教えられることは全部教えたって言われてる」
「……トライスト家の一番弟子!」
案内してくれていた候補生が、急に振り返った。
「それ、本当ですか!」
「あ、うん」
「皆さん、僕らとそう変わらないのにもうプロとして働いてるんですよね」
「それどころじゃないよー、このコトリはあのジークエンドとバディで遜色ないんだから」
「遜色ないとまで言わないが、足を引っ張るほどでもない」
「オーバント特殊部隊だった方とバディ……」
候補生はため息ついた。
「すごいなあ。あ、僕はオルガです。歩兵科のオルガ。特殊歩兵科に興味はあるけど、あそこはほとんどオーバントなんですよ。成績がよくなきゃ入れないとこで……」
「ジークエンドも昔はそこにいたのかあ」
なんだか感慨深い。この校舎を、少年だったジークエンドが、あるいはシグルドやシザードも通っていたのかもしれない。
「コト……俺も特殊歩兵科にする」
「んじゃ、三人ともだね。何か新しい気付きがあるかもしれないしさ。んで、たまには他の兵科も巡ってみよう」
「うん」
部屋は三人相部屋だった。
「すごい、三段ベッドだ。一番上は天井すれすれだぞ」
「俺は身体が大きいから滑り込むのは無理だな」
というわけで一番上はコトリ、二段目はサツキ、下はシャハクが使うことに。
「机かー。俺、お勉強なんてしたことないんだよね。ストリートキッズだったし」
「俺も野育ちで似たようなものだな」
生きぬく力は強いのだろうが、お勉強には弱い二人だった。コトリは勉強のほうも皆に見られてそこそこ出来る。
「皆さん、おくつろぎのところすみません」
ここで入ってきたのが例のユヅキだった。にこやかなオーバントで、メガネをしていて、いかにも優等生の空気が漂っている。
「校内案内もいいのですが、ぜひ図書館の案内をしたいと思いまして……あそこの利用は早ければ早いほどいいですから」
「図書館?」
「わが校の図書館は術技師アカデミーに次いで大きく、様々な蔵書があります。ぜひご活用ください!」
オーバントといえば取っつきにくいエリート集団だと思っていたコトリたちは、出鼻を挫かれた。
「失礼だが、オーバントってもっと怖いというか、覇気のある種族だと思っていた」
「はは、ジークエンド殿を見ておわかりでしょうけど、我々は非戦闘時は気が弱いくらいですよ」
「なるほど」
説得力はあった。
「オーバントは数も少なく、どうしても特殊歩兵科に集まりますから、候補生の中でも浮いてしまって……あなたがたが来てくれて嬉しいんです」
「俺たちが特殊歩兵科にいくと?」
「だって、他の兵科へ行っても仕方がないでしょう?」
その通りの理由で特殊歩兵科を選んだけれども。
そして紹介された立派な図書館に、コトリは度肝を抜かれた。見渡すかぎりの本、本、本!
「わが校には専門書籍以外にも豊富な書物を取り揃えているんです。快楽者の街では得られない知識が詰まっていると思いますよ」
ジャンルごとに棚わけされており、そのジャンル札を見るだけでも楽しかった。専門書から術技専門書の棚、そしてエッセイや小説の棚まである。
「こい……とはなんぞや?」
という本がふっと目に入って手にとった。
「ああ、少し前に流行った小説ですね。僕も読みましたよ。いやあ、こんな恋がしてみたいものです。オーバントには難しいことですが……コトリさん」
「ん?」
「………」
ユヅキはかあ、と白い頬を染め、もじもじとした。
「よかったら、これからも仲良くしていただけませんか?」
「うん。よろしく」
「はは……へへ」
「?」
「で、では自分はこれで!」
好青年であることに違いはないが、なんだかよく分からない反応をされてコトリは首を傾げた。
コトリたちは夢中になって興味のある本を漁り、閉館まで居座ってしまった。
「そろそろ締めますよ。なにか借りるものは?」
「ではこれを」
恋とはなんぞや、を借りて持っていくことにする。
「―――ここにいたんですね」
一瞬、ジークエンドに話しかけられたのかと思った。
図書館を出た先の渡り廊下に立っていたのは、軍服を纏ったオーバントだった。シャープな輪郭に切れ長の美貌。似ていないが、どことなく似ている。
「もしかして、ジークエンドの双子の兄さんか?」
「ええ。ジークエンドに聞きましたか? 雛さん」
「………」
この男は、コトリの正体を知っているかもしれない。どうも友好的な態度でないことも相まって、警戒する。
「家族のことですから、当然調査いたしました。あの従順だったジークエンドが出奔とはね……優等生が思いつめると怖いものです」
「何かコト、俺に用か?」
「いえ。顔を見ておきたいと思いまして。人生を棒に振ってまで助けた雛……なるほど可愛らしい」
そう言って細い目を更に細めるが、笑っているようには見えない。
「とはいえ、双子なのに彼の考えることは僕にはわかりません。どうしたら戻って来る気になるのやら……」
「ジークエンドを連れ戻す気か?」
「そう願っています。家族ですから」
「………」
家族だから、と言われて胸が絞られる。コトリとジークエンドはバディだが、それは仕事上のこと。血は繋がっていない。
彼が快楽者の街などにとどまっているのは、あそこでしか生きられないコトリのため。コトリがいなければあそこにいる理由もない。
家族ではない。パパはサントネースだ。
では、ジークエンドにとってコトリとはなんだ?
「黙って聞いてりゃそっちの都合をぶつぶつと」
サツキが言い返すと「おや」と男は驚いた顔を見せた。
「帰るも帰らないもジークエンドの自由だろ。知的異形の自由意志法ってのがこの国にはあるだろうが」
「そんなことを知っているとは。そうです、その法律があるから貴方もジークエンドも自由を許されている。危うい立場ではありますが、雛さんも知的異形には違いありませんからね。この国では自由が保証されるんです……とりあえずはね」
「とりあえずはってなにさ」
「国がバーレルセルの保護に乗り出せば、あるいはジークエンドの身柄を押さえにかかれば、どうしようもないってことです。今のところ動きませんがねえ」
「ばっ……こんなところで!」
「なんです? ああ、正体を隠していた? これはすみません、考えつきませんで。そうそう、そろそろ晩食ですよ。食いっぱぐれないうちに食堂のほうへどうぞ」
「……そっち校舎じゃないぞ」
「あらら」
やはりオーバントは方向音痴らしい。あれだけ格好つけておいてしまらない。
夕食のことだが、大鍋で作ったおかずがどん、と大皿に盛られ、パンはおかわり自由という形式だった。この大鍋の煮物がなかなか美味い。
そして皆、食べる食べる。さすが士官候補生だ。
「俺は体型崩れちゃうからこんなにいらないな。シャハク食べる?」
「いただこう」
「コトリもお魚こんなに食べられない……ちょっとあげる」
生臭いものは食べられないこともないが、沢山は食べられない。滞在中は食事と格闘する羽目になりそうだ。
***
士官学校の朝は早い。鐘が鳴ったら起床らしい。
傭兵としていつでも寝て起きられる訓練をしているコトリたちにとってすぐさま準備をすることは造作もないが、
「眠いもんは眠いよねえ」
「わかる」
しかも、昨日は「恋とはなんぞや」を読みふけってしまったために。
あの本は凄い。主人公がヒロインと出会って、どれだけ胸をときめかせ、狂おしいほどの想いを味わい、恋をするかが生々しく描かれている。ユヅキの言ったとおり、
「こんな恋がしてみたい……」
という気にさせられる一冊なのだ。
「はー、恋してみたい」
「え、なんて?」
「恋してみたい」
「なんて?」
なぜかサツキに正気を疑う顔で見られる。なぜだ。
「恋ってあれだろ、付き合ってくださいーって言うやつ。女学院で言われた」
「そうね」
「でも付き合うってなにするんだろ」
「まあ、確かにそこはある意味で哲学の領域だね。作法が決まってるわけでもなし」
「哲学なのかー」
本の中では、主人公とヒロインはデートなるものをしていた。一緒に買物に行ったり、美味しいものを食べたり、小さな幸せをわかり合ってにっこり笑う。
しかし、それは友達と何が違うのだろう。サツキとだってやっていることだ。
違うことといえば、キスをしていたことかもしれない。コトリの中の分類では「えっちなこと」だ。えっちなことをするのが恋なのだろうか。
では、ジークエンドに「えっちさ」を感じるのは恋なのだろうか?
(んー、難しい)
恋とはまさに哲学だ。
士官学校服に着替えた三人は、まず指示されて掃除に。これも会社でやっていることなので珍しくはない。ただ、いつもはくだくだと喋りながらこなすところを、
「無駄口を叩かない!」
監視されて叱られる。会社では掃除というものは上司も部下もなく入り混じってするものだが、ここでは訓練の一環のようだ。
それが終わり、また「どん」とした大皿の料理とパンの朝食。本日は山盛りの卵料理。
「これなら食べられるう」
「うう、毎日こんな食べて運動してたら筋肉デブになっちゃう」
シャハクは黙々とすべてたいらげていた。
そして、待望の聴講。ジークエンドの授業だ。
コトリとサツキは女学院に潜入した経験があるので、授業中は喋ってはいけないことを知っている。シャハクは元より無駄口を叩かない。
周囲は確かにオーバントだらけだった。こうして見ると実に真面目そうな種族である。
ジークエンドはつかつかと壇上へ上がり、
「講義を始めるにあたって先に問うが、特殊歩兵とは何であるか。答えられるものはいるか」
(えっ)
改めて問われると、なんだろう。なんとなく列をなして戦う歩兵科とは違う、としかわからない。
ユヅキが挙手した。
「種族ならではの個人技を活かす兵科です」
「よろしい。では個人技を磨きさえすればいいのか」
なんとなく、ジークエンドが何を伝えたいのか分かってきた。かつてコトリが受けた教えであるからだ。挙手してみる。
「周囲の個人技に合わせた連携をとる」
「その通り、そうでなくては歩兵にあらず。基礎中の基礎で忘れていたかもしれない。が、近年の特殊歩兵科では個人技が称賛される傾向があるようだ。だが、これは軍部では通用しない。
軍部では、個人技が優れている者よりも、個人技と連携できる者ほど重用されるからだ」
これも自然とコトリがジークエンドの教えから身につけたことばかりだった。確かに「教えられることは教えた」状態なのかもしれない。
コトリが若くして社内三位の成績を誇っていたのも、周囲に合わせた戦い方が出来るからだった。ジークエンドの場合、それが突出しすぎて逆にバディを殺す状態になっていたのだが。
「ここに一人、特殊歩兵科の理想形がいる。俺の教え子、コトリだ。コトリ、立て」
言われて立ち上がる。周囲の視線が痛い。
「コトリは特殊歩兵科の訓練や聴講を受ける必要がないほど、あるいは講師を務められるほどに私が鍛え上げた弟子だ。わからないことはなんでもコトリに聞けばいい」
コトリ自身、そんなこと知らなかった。ならばなぜ自分はここにいるのだろう……とまで思ってしまう。他の兵科を学びにいったほうがいいのだろうか?
講義が終わるとわっとばかりにコトリにオーバントたちが群がってきた。
「トライスト家の軍人にあそこまで言わせるなんて、君は凄いな!」
「華奢なのになあ。どんな戦い方をするんだ?」
「オーバントとも戦えるのか」
「ああ、まあジークエンドのバディだから……」
「プロで、実際にオーバントのバディとして活躍してるのか!」
「実際、コトリとはやりやすいよ」
サツキも乗ってきた。
「上手いもんだと思ってたけど、ジークエンドが鍛えた後だったんだね。小さい頃から訓練受けてたみたいだから、そりゃ俺たちよりウワテなはずだよ」
「確かに、コトリとの仕事はやりやすい」
シャハクも認めてくれた。コトリは真っ赤になってもじもじと俯く。そんなこと、普段は言わないくせに。
「た、たとえばどうやって戦うんですか?」
「タイミングを見ること……かな。お膳立てすればあとはオーバントがどうにでもしてしまうから。シャハクみたいなガンナーと戦う時は、視界を遮らないように、あるいは敵の動きを抑制するように。コト、俺は前衛後衛どちらも可能な種族なので、サツキみたいな前衛タイプの場合は……」
語っているうちに、本当にジークエンドに様々なことを教わったのだな、と感慨深くなってくる。
ぱちぱち、と拍手の音が聞こえてきた。誰かと思えば、例の双子の男だ。
「ロカリオン殿」
生徒の誰かが彼を呼んだ。
「なるほど、きっちり躾けられているようですね。どうです、実際に彼らが戦うところを見てみたいとは思いませんか」
「ぜひ!」
なんだか厄介なことになってきた。ジークエンドの指示を仰ぎたいところだが、言い出せない雰囲気だ。
「わが校には地下闘技場というものがありまして」
コツコツと踵を鳴らしながらロカリオンがやってくる。
「私としても見ておきたいのですよ、ジークエンドのバディだという貴方の実力を」
「………」
コトリはきゅっと眉を寄せた。
「あんた、戦闘能力でしか人を測れないんだな」
「なに?」
「ジークがコトリといるのは、そんな理由じゃない。オーバントの軍人はみんなそうなのか? だからジークエンドは嫌気がさして出ていったんだ!」
「わかったような口を……自分に見合う実力の子を育てたのは、そういう理由でしょうに」
「ちがう。ジークエンドはコトリが自分の身を守れるように育ててくれたんだ」
皆と一緒の傭兵になると言ったとき、サントネースとジークエンドは反対した。その反対を押し切ってコトリは今ここにいる。
「いいよ、地下闘技場とかいうの、連れてけ」
「いいのコトリ」
「サツキたちとなら絶対に負けない」
異様な空気に呑まれて生徒たちは口をつぐんでいた。鼻を鳴らすロカリオンについて行く。サツキたちも後からついてきた。
「これは何の行列です?」
他の教諭が驚いている。いずれジークエンドの耳にも入るだろう。
地下へ入ると、格式張った上とは少し違う様式で、タイルに鮮やかな文様が入っている。いくつもの魔獣の檻があり、コトリたちに唸っていた。その間を通り抜けていくと、大きな鉄製の扉がある。
「さあ、入って」
コトリたちが闘技場に入ると、鉄製の扉はすぐに閉まった。
「これは何の騒ぎだ!」
ジークエンドが客席のほうに駆けつけてきた。しかし、客席には格子型の鉄が嵌っていて入れない仕様になっている……客を守るためでもあるだろう。
「ジークエンド、見てて。コトリがジークの教えの完成形だというなら」
「こんなことのためにお前を育てたんじゃない! ロカリオン、貴様の仕業か!!」
「シャハク、これ渡しておく」
コトリの銃を渡す。コトリの魔晶石が入っている銃だ。
「たぶん、凄い強いの出てくる。何が出てきても基本的に目を狙え。サツキは撹乱を。後はコトリが何とかする」
「了解。士官候補生にプロの戦い見せちゃろうぜ」
三人が身構えるうちに、向かい側の鉄の檻が開いた。三首の巨大な犬。ケルベロスだ。魔界でもかなり強い部類に入る。
「ガウガウゥウガウ!」
「ウオンウオン!!」
三匹がそれぞれに喚くので喧しい。コトリは飛び上がって首の位置を調整し、シャハクが撃ちやすいようにした。左の首の左目をシャハクが潰し、犬の意識がシャハクに逸れる。
「お前の相手はこっちだ!」
サツキが跳躍し、右の首の顎を殴りつける。脳を揺らされた首が揺らめき、足がもつれた。遠くにいるシャハクより近くにいるサツキに意識がそれたところへ、上空からコトリが出力を上げた魔力素の羽の雨を浴びせかけた。
サツキが口笛を吹く。
「やったね」
「サツキ!」
油断したサツキの背後から新たな獣が現れた。これまた魔界最強の部類に入る白い巨大狼、フェンリルだ。
「ロカリオン、貴様!」
「ハハ、悔しければ檻を溶かして中に入ればどうだ?」
「術技がかかっていて溶けないだろうが! 学長、この騒ぎをどうするおつもりですか。彼らは外部からの預かり子ですよ!」
「いやはや……いやはやいやはや」
「さて、どうするかね、ジークエンドの雛」
「……こうする」
コトリは飛び上がり、天井檻の側まで来た。
「避けていろ!」
その場にいるオーバントたちに声をかけてから、最大出力で羽を射出する。ドパァ、と赤く檻が燃えて溶けた。
「まさか、術技のかかっている檻を!」
すぐさま、ジークエンドを始めとした教諭や上級生が降り、次々と現れる獣たちを討伐していく。サツキとシャハクは早めに回収した。
「この始末をどうつける気だ、ロカリオン」
未だ客席にいるロカリオンを睨んでジークエンドが吠えるが、彼はふんと笑って立ち去った。この事態の収集もつけずに。
ロカリオンがどうなったかコトリは知らないが、処罰は受けていないらしいと噂で聞いた。それほどにジークエンドの実家の力は強いと。
コトリはそれを聞いて、決意した。
(ジークエンドの実家いこ)
出回るのはサントネースが目を三角にするエログロの雑誌ばかり。普通の小説などはかえって高く、縁遠いものなのだ。絵本などは揃えてもらったが、それ以上の本がコトリの目につくことはなかった。
しかし、いま、コトリの眼の前に宝の山が広がっている。
「わが校は専門書籍以外にも豊富な書物を取り揃えているんです」
優等生のユヅキくんが教えてくれた。
ここはドレイクニル士官学校。
コトリとサツキ、シャハクは講師ジークエンドのおまけとして研修に来ている。
***
今度の依頼はジークエンド個人に書面で届いた。
「軍部からジークエンド宛に? なんて?」
「母校に臨時講師をしないか、と……」
「母校!」
そうだ、ジークエンドは……オーバント特殊部隊の出身。エリート中のエリートであり、士官学校くらいは当然出ているのだ。
「そ、そういえばジークエンド。お母さんとお父さんは?」
「……いる。どちらも現役軍人だ。合わせる顔はないな。後悔はしていないが」
本当に全く後悔していないらしく、ジークエンドは晴れがましいような表情でコトリの頭を撫でる。
情報を繋ぎ合わせると、軍部に所属していたジークエンドは何らかの任務でコトリが収容されていたラボを襲撃し、そのままコトリを連れて出奔した、ということになる。
理由はコトリに怯えられたことで自分の生き様に疑問を持ったため。このあたりはジークエンドにも色々と葛藤があったのだろうとしか推測できないが……
(でも、コトリのせいで人生が狂っちゃったとも言えるような)
華々しい未来が待っていたかもしれないのに、コトリのせいで場末の傭兵会社。こんなところで燻っていい人材でないことはバディであるコトリがよくわかっている。快楽者の街は、ジークエンドの溢れるパワーを発揮するには狭すぎるのだ。
(せめて老後の面倒はしっかり見なくちゃ)
決意するコトリだった。
と、サントネースがその講師について待ったをかける。
「どうせなら君のコネで、コトリとサツキとシャハクを研修って形で入れらんないかな?」
「ほんの数ヶ月ですよ」
「それでも刺激にはなるだろう。コトリには学校に行かせてやれなかったからね……」
その代り、ジークエンドならびに精鋭のプロにマンツーマンで稽古をつけてもらい、高い機動力もあいまって三年目にして三位の成績をおさめるほどになったのだが。
「俺も、俺も学校に行ってみたい! 空気だけでいいから味わいたいー!」
「何事も経験か」
サツキどころかシャハクまで乗り気のようだ。コトリも、もちろん気になっている。
そういうわけでジークエンドを連れて若者三名、船に乗って川をくだり、首都へ向かうことになった。ドレイクニルは大河を中心に川があちこちに分散しており、船移動が発達している。川から離れた快楽者の街にあるルロビア傭兵会社が活用することは滅多にないが。
「首都、でっか!」
快楽者の街も栄えた街だが、それどころではない。見渡すかぎりの家々。なぜか住宅街にはガーゴイルやらテンタクルスを放し飼いにした悪趣味な屋敷が多かった。魔界らしいといえばそうだが。
「コトリ。あれが俺の実家だ」
ジークエンドが指し示した方角に大きな屋敷が建っていた。
「双子の兄と、姉がいる」
「双子!? ジークエンド、双子だったのか!」
「全く似てはいないんだがな」
「えー、それでも衝撃的な事実じゃん」
サツキも驚いている。
「ジーク、お母さんやお父さんに手紙出したか? 会ってないんだろう」
「ああ……いや、何も」
「きっと心配してるぞ! パパなら泡吹いて倒れる」
「サントネースならそうかもしれないが」
ジークエンドの返答は歯切れ悪い。後悔はないと言っても、家族に対してはそれなりに罪悪感はあるのだろう。
高級住宅街を抜けると今度は積み木のように重なる住宅街に入る。
「貧富の差が激しいんだ」
「これがカクサシャカイってやつかー……」
そしてそこを抜けると、今度は屋台街。その先を抜けて、やっと士官学校へたどり着いた。
何かの神殿のように聳え立つ建物は錚々たるものだった。おのぼりさんのコトリたちは圧倒されてぽかんと口を開く。
実は、士官候補生服にはもう着替えている。ちぐはぐな衣装では舐められるとのことだったので。ジークエンドも軍服にマントを身に纏っていた。
「ジークエンド・トライスト様で間違いないですね」
士官候補生らしき青年が門前で書面を受け取り、確認をとる。するとコトリたちより幼い候補生たちがやってきて、
「お荷物お持ちします!」
「校長室はこちらです」
案内してくれた。
「招聘に応じてくださり感謝します、ジークエンド・トライスト殿。トライスト家の方に講師に来て頂けるのはわが校の誇りです」
「いたみいります」
「ジークエンド殿には特殊歩兵科の指導をおまかせしたいと思っております。研修生の方々は兵科を限定せず、好きに聴講してくださって結構です。もちろん訓練も」
「ありがとうございます」
ルロビア傭兵会社の跡継ぎとして恥じぬよう、背筋を伸ばして応えた。
「兵科って色々あるね。シャハクはやっぱ銃兵科?」
「銃兵というのは軍隊に組み込まれて初めて威力を発揮する。ならば特殊歩兵科のほうが身になるだろう」
「まあ、俺たちの職業柄そうなっちゃうんだよね。砲兵科とか行っても、撃つ機会もないわけだしさ。それにジークエンドの指導も気になるよねー」
「そうか?」
コトリが首をかしげると、サツキが苦笑する。
「そりゃ、コトリはジークエンドの一番弟子だもんね」
「うん。教えられることは全部教えたって言われてる」
「……トライスト家の一番弟子!」
案内してくれていた候補生が、急に振り返った。
「それ、本当ですか!」
「あ、うん」
「皆さん、僕らとそう変わらないのにもうプロとして働いてるんですよね」
「それどころじゃないよー、このコトリはあのジークエンドとバディで遜色ないんだから」
「遜色ないとまで言わないが、足を引っ張るほどでもない」
「オーバント特殊部隊だった方とバディ……」
候補生はため息ついた。
「すごいなあ。あ、僕はオルガです。歩兵科のオルガ。特殊歩兵科に興味はあるけど、あそこはほとんどオーバントなんですよ。成績がよくなきゃ入れないとこで……」
「ジークエンドも昔はそこにいたのかあ」
なんだか感慨深い。この校舎を、少年だったジークエンドが、あるいはシグルドやシザードも通っていたのかもしれない。
「コト……俺も特殊歩兵科にする」
「んじゃ、三人ともだね。何か新しい気付きがあるかもしれないしさ。んで、たまには他の兵科も巡ってみよう」
「うん」
部屋は三人相部屋だった。
「すごい、三段ベッドだ。一番上は天井すれすれだぞ」
「俺は身体が大きいから滑り込むのは無理だな」
というわけで一番上はコトリ、二段目はサツキ、下はシャハクが使うことに。
「机かー。俺、お勉強なんてしたことないんだよね。ストリートキッズだったし」
「俺も野育ちで似たようなものだな」
生きぬく力は強いのだろうが、お勉強には弱い二人だった。コトリは勉強のほうも皆に見られてそこそこ出来る。
「皆さん、おくつろぎのところすみません」
ここで入ってきたのが例のユヅキだった。にこやかなオーバントで、メガネをしていて、いかにも優等生の空気が漂っている。
「校内案内もいいのですが、ぜひ図書館の案内をしたいと思いまして……あそこの利用は早ければ早いほどいいですから」
「図書館?」
「わが校の図書館は術技師アカデミーに次いで大きく、様々な蔵書があります。ぜひご活用ください!」
オーバントといえば取っつきにくいエリート集団だと思っていたコトリたちは、出鼻を挫かれた。
「失礼だが、オーバントってもっと怖いというか、覇気のある種族だと思っていた」
「はは、ジークエンド殿を見ておわかりでしょうけど、我々は非戦闘時は気が弱いくらいですよ」
「なるほど」
説得力はあった。
「オーバントは数も少なく、どうしても特殊歩兵科に集まりますから、候補生の中でも浮いてしまって……あなたがたが来てくれて嬉しいんです」
「俺たちが特殊歩兵科にいくと?」
「だって、他の兵科へ行っても仕方がないでしょう?」
その通りの理由で特殊歩兵科を選んだけれども。
そして紹介された立派な図書館に、コトリは度肝を抜かれた。見渡すかぎりの本、本、本!
「わが校には専門書籍以外にも豊富な書物を取り揃えているんです。快楽者の街では得られない知識が詰まっていると思いますよ」
ジャンルごとに棚わけされており、そのジャンル札を見るだけでも楽しかった。専門書から術技専門書の棚、そしてエッセイや小説の棚まである。
「こい……とはなんぞや?」
という本がふっと目に入って手にとった。
「ああ、少し前に流行った小説ですね。僕も読みましたよ。いやあ、こんな恋がしてみたいものです。オーバントには難しいことですが……コトリさん」
「ん?」
「………」
ユヅキはかあ、と白い頬を染め、もじもじとした。
「よかったら、これからも仲良くしていただけませんか?」
「うん。よろしく」
「はは……へへ」
「?」
「で、では自分はこれで!」
好青年であることに違いはないが、なんだかよく分からない反応をされてコトリは首を傾げた。
コトリたちは夢中になって興味のある本を漁り、閉館まで居座ってしまった。
「そろそろ締めますよ。なにか借りるものは?」
「ではこれを」
恋とはなんぞや、を借りて持っていくことにする。
「―――ここにいたんですね」
一瞬、ジークエンドに話しかけられたのかと思った。
図書館を出た先の渡り廊下に立っていたのは、軍服を纏ったオーバントだった。シャープな輪郭に切れ長の美貌。似ていないが、どことなく似ている。
「もしかして、ジークエンドの双子の兄さんか?」
「ええ。ジークエンドに聞きましたか? 雛さん」
「………」
この男は、コトリの正体を知っているかもしれない。どうも友好的な態度でないことも相まって、警戒する。
「家族のことですから、当然調査いたしました。あの従順だったジークエンドが出奔とはね……優等生が思いつめると怖いものです」
「何かコト、俺に用か?」
「いえ。顔を見ておきたいと思いまして。人生を棒に振ってまで助けた雛……なるほど可愛らしい」
そう言って細い目を更に細めるが、笑っているようには見えない。
「とはいえ、双子なのに彼の考えることは僕にはわかりません。どうしたら戻って来る気になるのやら……」
「ジークエンドを連れ戻す気か?」
「そう願っています。家族ですから」
「………」
家族だから、と言われて胸が絞られる。コトリとジークエンドはバディだが、それは仕事上のこと。血は繋がっていない。
彼が快楽者の街などにとどまっているのは、あそこでしか生きられないコトリのため。コトリがいなければあそこにいる理由もない。
家族ではない。パパはサントネースだ。
では、ジークエンドにとってコトリとはなんだ?
「黙って聞いてりゃそっちの都合をぶつぶつと」
サツキが言い返すと「おや」と男は驚いた顔を見せた。
「帰るも帰らないもジークエンドの自由だろ。知的異形の自由意志法ってのがこの国にはあるだろうが」
「そんなことを知っているとは。そうです、その法律があるから貴方もジークエンドも自由を許されている。危うい立場ではありますが、雛さんも知的異形には違いありませんからね。この国では自由が保証されるんです……とりあえずはね」
「とりあえずはってなにさ」
「国がバーレルセルの保護に乗り出せば、あるいはジークエンドの身柄を押さえにかかれば、どうしようもないってことです。今のところ動きませんがねえ」
「ばっ……こんなところで!」
「なんです? ああ、正体を隠していた? これはすみません、考えつきませんで。そうそう、そろそろ晩食ですよ。食いっぱぐれないうちに食堂のほうへどうぞ」
「……そっち校舎じゃないぞ」
「あらら」
やはりオーバントは方向音痴らしい。あれだけ格好つけておいてしまらない。
夕食のことだが、大鍋で作ったおかずがどん、と大皿に盛られ、パンはおかわり自由という形式だった。この大鍋の煮物がなかなか美味い。
そして皆、食べる食べる。さすが士官候補生だ。
「俺は体型崩れちゃうからこんなにいらないな。シャハク食べる?」
「いただこう」
「コトリもお魚こんなに食べられない……ちょっとあげる」
生臭いものは食べられないこともないが、沢山は食べられない。滞在中は食事と格闘する羽目になりそうだ。
***
士官学校の朝は早い。鐘が鳴ったら起床らしい。
傭兵としていつでも寝て起きられる訓練をしているコトリたちにとってすぐさま準備をすることは造作もないが、
「眠いもんは眠いよねえ」
「わかる」
しかも、昨日は「恋とはなんぞや」を読みふけってしまったために。
あの本は凄い。主人公がヒロインと出会って、どれだけ胸をときめかせ、狂おしいほどの想いを味わい、恋をするかが生々しく描かれている。ユヅキの言ったとおり、
「こんな恋がしてみたい……」
という気にさせられる一冊なのだ。
「はー、恋してみたい」
「え、なんて?」
「恋してみたい」
「なんて?」
なぜかサツキに正気を疑う顔で見られる。なぜだ。
「恋ってあれだろ、付き合ってくださいーって言うやつ。女学院で言われた」
「そうね」
「でも付き合うってなにするんだろ」
「まあ、確かにそこはある意味で哲学の領域だね。作法が決まってるわけでもなし」
「哲学なのかー」
本の中では、主人公とヒロインはデートなるものをしていた。一緒に買物に行ったり、美味しいものを食べたり、小さな幸せをわかり合ってにっこり笑う。
しかし、それは友達と何が違うのだろう。サツキとだってやっていることだ。
違うことといえば、キスをしていたことかもしれない。コトリの中の分類では「えっちなこと」だ。えっちなことをするのが恋なのだろうか。
では、ジークエンドに「えっちさ」を感じるのは恋なのだろうか?
(んー、難しい)
恋とはまさに哲学だ。
士官学校服に着替えた三人は、まず指示されて掃除に。これも会社でやっていることなので珍しくはない。ただ、いつもはくだくだと喋りながらこなすところを、
「無駄口を叩かない!」
監視されて叱られる。会社では掃除というものは上司も部下もなく入り混じってするものだが、ここでは訓練の一環のようだ。
それが終わり、また「どん」とした大皿の料理とパンの朝食。本日は山盛りの卵料理。
「これなら食べられるう」
「うう、毎日こんな食べて運動してたら筋肉デブになっちゃう」
シャハクは黙々とすべてたいらげていた。
そして、待望の聴講。ジークエンドの授業だ。
コトリとサツキは女学院に潜入した経験があるので、授業中は喋ってはいけないことを知っている。シャハクは元より無駄口を叩かない。
周囲は確かにオーバントだらけだった。こうして見ると実に真面目そうな種族である。
ジークエンドはつかつかと壇上へ上がり、
「講義を始めるにあたって先に問うが、特殊歩兵とは何であるか。答えられるものはいるか」
(えっ)
改めて問われると、なんだろう。なんとなく列をなして戦う歩兵科とは違う、としかわからない。
ユヅキが挙手した。
「種族ならではの個人技を活かす兵科です」
「よろしい。では個人技を磨きさえすればいいのか」
なんとなく、ジークエンドが何を伝えたいのか分かってきた。かつてコトリが受けた教えであるからだ。挙手してみる。
「周囲の個人技に合わせた連携をとる」
「その通り、そうでなくては歩兵にあらず。基礎中の基礎で忘れていたかもしれない。が、近年の特殊歩兵科では個人技が称賛される傾向があるようだ。だが、これは軍部では通用しない。
軍部では、個人技が優れている者よりも、個人技と連携できる者ほど重用されるからだ」
これも自然とコトリがジークエンドの教えから身につけたことばかりだった。確かに「教えられることは教えた」状態なのかもしれない。
コトリが若くして社内三位の成績を誇っていたのも、周囲に合わせた戦い方が出来るからだった。ジークエンドの場合、それが突出しすぎて逆にバディを殺す状態になっていたのだが。
「ここに一人、特殊歩兵科の理想形がいる。俺の教え子、コトリだ。コトリ、立て」
言われて立ち上がる。周囲の視線が痛い。
「コトリは特殊歩兵科の訓練や聴講を受ける必要がないほど、あるいは講師を務められるほどに私が鍛え上げた弟子だ。わからないことはなんでもコトリに聞けばいい」
コトリ自身、そんなこと知らなかった。ならばなぜ自分はここにいるのだろう……とまで思ってしまう。他の兵科を学びにいったほうがいいのだろうか?
講義が終わるとわっとばかりにコトリにオーバントたちが群がってきた。
「トライスト家の軍人にあそこまで言わせるなんて、君は凄いな!」
「華奢なのになあ。どんな戦い方をするんだ?」
「オーバントとも戦えるのか」
「ああ、まあジークエンドのバディだから……」
「プロで、実際にオーバントのバディとして活躍してるのか!」
「実際、コトリとはやりやすいよ」
サツキも乗ってきた。
「上手いもんだと思ってたけど、ジークエンドが鍛えた後だったんだね。小さい頃から訓練受けてたみたいだから、そりゃ俺たちよりウワテなはずだよ」
「確かに、コトリとの仕事はやりやすい」
シャハクも認めてくれた。コトリは真っ赤になってもじもじと俯く。そんなこと、普段は言わないくせに。
「た、たとえばどうやって戦うんですか?」
「タイミングを見ること……かな。お膳立てすればあとはオーバントがどうにでもしてしまうから。シャハクみたいなガンナーと戦う時は、視界を遮らないように、あるいは敵の動きを抑制するように。コト、俺は前衛後衛どちらも可能な種族なので、サツキみたいな前衛タイプの場合は……」
語っているうちに、本当にジークエンドに様々なことを教わったのだな、と感慨深くなってくる。
ぱちぱち、と拍手の音が聞こえてきた。誰かと思えば、例の双子の男だ。
「ロカリオン殿」
生徒の誰かが彼を呼んだ。
「なるほど、きっちり躾けられているようですね。どうです、実際に彼らが戦うところを見てみたいとは思いませんか」
「ぜひ!」
なんだか厄介なことになってきた。ジークエンドの指示を仰ぎたいところだが、言い出せない雰囲気だ。
「わが校には地下闘技場というものがありまして」
コツコツと踵を鳴らしながらロカリオンがやってくる。
「私としても見ておきたいのですよ、ジークエンドのバディだという貴方の実力を」
「………」
コトリはきゅっと眉を寄せた。
「あんた、戦闘能力でしか人を測れないんだな」
「なに?」
「ジークがコトリといるのは、そんな理由じゃない。オーバントの軍人はみんなそうなのか? だからジークエンドは嫌気がさして出ていったんだ!」
「わかったような口を……自分に見合う実力の子を育てたのは、そういう理由でしょうに」
「ちがう。ジークエンドはコトリが自分の身を守れるように育ててくれたんだ」
皆と一緒の傭兵になると言ったとき、サントネースとジークエンドは反対した。その反対を押し切ってコトリは今ここにいる。
「いいよ、地下闘技場とかいうの、連れてけ」
「いいのコトリ」
「サツキたちとなら絶対に負けない」
異様な空気に呑まれて生徒たちは口をつぐんでいた。鼻を鳴らすロカリオンについて行く。サツキたちも後からついてきた。
「これは何の行列です?」
他の教諭が驚いている。いずれジークエンドの耳にも入るだろう。
地下へ入ると、格式張った上とは少し違う様式で、タイルに鮮やかな文様が入っている。いくつもの魔獣の檻があり、コトリたちに唸っていた。その間を通り抜けていくと、大きな鉄製の扉がある。
「さあ、入って」
コトリたちが闘技場に入ると、鉄製の扉はすぐに閉まった。
「これは何の騒ぎだ!」
ジークエンドが客席のほうに駆けつけてきた。しかし、客席には格子型の鉄が嵌っていて入れない仕様になっている……客を守るためでもあるだろう。
「ジークエンド、見てて。コトリがジークの教えの完成形だというなら」
「こんなことのためにお前を育てたんじゃない! ロカリオン、貴様の仕業か!!」
「シャハク、これ渡しておく」
コトリの銃を渡す。コトリの魔晶石が入っている銃だ。
「たぶん、凄い強いの出てくる。何が出てきても基本的に目を狙え。サツキは撹乱を。後はコトリが何とかする」
「了解。士官候補生にプロの戦い見せちゃろうぜ」
三人が身構えるうちに、向かい側の鉄の檻が開いた。三首の巨大な犬。ケルベロスだ。魔界でもかなり強い部類に入る。
「ガウガウゥウガウ!」
「ウオンウオン!!」
三匹がそれぞれに喚くので喧しい。コトリは飛び上がって首の位置を調整し、シャハクが撃ちやすいようにした。左の首の左目をシャハクが潰し、犬の意識がシャハクに逸れる。
「お前の相手はこっちだ!」
サツキが跳躍し、右の首の顎を殴りつける。脳を揺らされた首が揺らめき、足がもつれた。遠くにいるシャハクより近くにいるサツキに意識がそれたところへ、上空からコトリが出力を上げた魔力素の羽の雨を浴びせかけた。
サツキが口笛を吹く。
「やったね」
「サツキ!」
油断したサツキの背後から新たな獣が現れた。これまた魔界最強の部類に入る白い巨大狼、フェンリルだ。
「ロカリオン、貴様!」
「ハハ、悔しければ檻を溶かして中に入ればどうだ?」
「術技がかかっていて溶けないだろうが! 学長、この騒ぎをどうするおつもりですか。彼らは外部からの預かり子ですよ!」
「いやはや……いやはやいやはや」
「さて、どうするかね、ジークエンドの雛」
「……こうする」
コトリは飛び上がり、天井檻の側まで来た。
「避けていろ!」
その場にいるオーバントたちに声をかけてから、最大出力で羽を射出する。ドパァ、と赤く檻が燃えて溶けた。
「まさか、術技のかかっている檻を!」
すぐさま、ジークエンドを始めとした教諭や上級生が降り、次々と現れる獣たちを討伐していく。サツキとシャハクは早めに回収した。
「この始末をどうつける気だ、ロカリオン」
未だ客席にいるロカリオンを睨んでジークエンドが吠えるが、彼はふんと笑って立ち去った。この事態の収集もつけずに。
ロカリオンがどうなったかコトリは知らないが、処罰は受けていないらしいと噂で聞いた。それほどにジークエンドの実家の力は強いと。
コトリはそれを聞いて、決意した。
(ジークエンドの実家いこ)
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