ルロビア魔界傭兵カンパニー

いみじき

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14.恋に恋するコトリ

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 トライスト家の一件があったこともあり、一同は早くに切り上げて会社へ戻った。

「いやー。コトリちゃんが捕まったと聞いた時は血の気引いたけどね! パパ頑張っちゃったぞ」

「パパ凄かった!」

「社長、本当にありがとうございます。もし俺がコトリの親であれば、どうにもできなかった」

 ジークエンドは心の底から感謝しているようでもあり、悔しそうでもあった。

「いいのいいの。コトリを勝手に我が子として登録しちゃったの、本当は悪いと思ってるんだよ。出来心が幸いしちゃったね」

「いいえ。本当に、社長がコトリの父親でよかった」

「そうだぞ。パパはコトリのパパだけど、ジークエンドはコトリのバディだ!」

「コトリ………」

 ジークエンドはやっと微笑んでコトリを抱きしめた。

 通常業務に戻り、相変わらず快楽者の街の平和を守る毎日。

「ちょっとお、この客なんとかしてえ!」

 マンドラゴラ亭のシーラちゃんがまた客に襲われていたので助ける。

「あ、ありがとう、コトリくん。これ、お礼……」

 と言ってくれたのはハンカチだった。

「ありがと」

「ど……どういたしましてぇ。ふふっ」

 シーラちゃんはトロルの女の子だ。トロルと聞くと男性型を思い浮かべるだろうが、トロルは男女差が激しく、女性は可愛らしいのだ。種族変化する際に、性ホルモンが極端に偏った結果ではないかとかなんとか言われている。

 そうこうしている内にジークエンドがふらふらと何処とも知れない道へ迷い込みそうになっていたので、慌てて止める。

「なあ、ジークエンド」

 快楽者の街特有のラクガキや下品な装飾で汚い狭い道を歩きながら、ジークエンドを見上げる。

「なんだ」

「恋ってなんだろう」

「コトリももうそんな年か」

 ジークエンドの頬が緩んだ。

「とはいっても、俺もよくわからん」

「わからんのかー」

「恋人がいたことはあるのだが、その、半ば親の決めた婚約者でな。彼女のことは嫌いではなかったと思う。好きだった……と思う」

「と思うばっかりだ」

「コトリと出会って、本当に好きで可愛いと思うものとあれは違うと気づいてしまったからな。して、なぜ恋の話に?」

「恋愛小説読んだ。すごく感動した。コトリも恋がしてみたい」

「そうか。出来るといいな……」

 と言うジークエンドの声は、あまり浮かないようだった。

 その後、コトリは高い金を払って「恋とはなんぞや」の本を仕入れた。手元に置いて、もっとじっくり味わうように読みたかったのだ。借り物ではなくて。

(やっぱり、何度読んでも恋って素敵だー)

 二度目の読了でベッドに倒れ伏す。

「シャハクは恋をしたことがあるか?」

「だからなぜ俺の部屋にくる。そして枕を持ってベッドに上がる」

 なんやかんや部屋に入れてくれるシャハクはいいやつだと思う。

「サツキにでも聞けばいいだろうが」

「サツキは恋の話すると生暖かい顔で「何言ってるんだろうコイツ……」しか言わなくなる」

「俺も同じ感想だ」

「コイバナがしたい! コイバナコイバナ。シャハクの初恋はいつなのか!」

「帰ってくれ本当に!!」

 追い出された。

(とはいってもなー、おっさんたちにコイバナを聞くと胸のおっきいバンパイアや淫魔のおねいさんの話しかしないからなー)

 そこで、快楽者の街に長く居座っている割には固い性格のサントネースに聞くことにした。

「お、パパのコイバナ聞いちゃう?」

「うん」

「実はな、お前にはママになるはずだった人がいるんだよ」

「え!」

 驚いていると、サントネースは棚の中から美しいハーピーの写真を取り出した。

「ちょっとコトリちゃんに似てるだろ」

「えー、ほんとだ。似てるかも……」

「同じ鳥類の異形だしねえ。だからコトリちゃんを見た時、この子だ! と思っちゃってね。パパの奥さんだったんだけど、コトリちゃんが生まれる前に死んじゃったんだ。お腹の子と一緒にね。

 もし生きてたら、コトリにはママと、お兄ちゃんかお姉ちゃんがいたはずなんだ」

 そんな事情もあって、サントネースはコトリに「パパって呼んでみて」と言ったのだろう。コトリはそのエピソードを覚えておらず、いつの間にかサントネースが当たり前に「パパ」になっていたが。

「パパはね、ママのことが本当に本当に好きだったから、再婚はしないんだ。コトリのこと、ママが生んだ本当の子みたいに思ってる」

 じんときて、思わず泣いてしまった。本当の親のことは何も分からないけれど、コトリにはパパとママがちゃんといたのだと思えた。

(やっぱり恋って素敵なんだ)

 恋とはなんぞやを抱いて感慨に耽る。

「―――思うにさ。コトリは恋って概念を知る前に恋しちゃってたから、ちぐはぐになっちゃってんだと思う」

 酒の席でサツキがスナックを齧りながらぼやいた。

「それも親に近い存在にさ」

「あーなぁ」

「なんだ? 何の話だ? コイバナか?」

「お前さ、自分がジークエンドに恋してるって思わないの」

「ジークエンドに……?」

 酔ったコトリは頭をふらふらさせ、羽をぴよつかせる。

「違うと思う」

「違うの!?」

「恋って終わることもあるだろ? それで他人に戻っちゃうんだ。でも、たとえばジークエンドと恋して終わっても、ジークエンドはジークエンドだから他人にはならないんだ」

「ふ、複雑だなあ。確かにその通りなんだろうけどさあ」

 サツキは呆れたように笑い始めた。

「恋って色んな形があるもんよ。こういうものだと決めつけずに、ジークエンドへの思いが恋かどうかよーく自分と相談してみな」

「ふむー」

 コトリは素直に頷いた。そして酔っていても、ちゃんと翌日までサツキの言葉を覚えていた。

 そうはいってもコトリには「恋とはなんぞや」以外に恋を疑似体験したことはない。だからどうしても「恋とはなんぞや」が教本になってしまう。

 まず、恋人はデートをする。

「ジークエンド、買い物いこー」

「そうか。よしよし、行こう行こう」

 ジークエンドは嬉しそうについてきて、コトリが欲しがったものを何でも気前よく買ってくれた。

 完全に休日のパパだった。

 おかしい。もしこれが恋だとするなら、デートの時はもっとふわふわそわそわして、もじもじするはずなのだ。

 次。恋人は見つめ合うとキスをする。

「どうしたコトリ。俺の顔に何かついてるか?」

「んーん。ジークエンドって綺麗な顔してるな……」

 見ていると、おなかがきゅんきゅん疼いてくる。

「そうか。コトリは可愛い顔をしてるぞ」

 男前の顔立ちが崩れてふにゃんと笑う顔にもおなかがきゅんきゅんする。

 キスはしなかった。

 惜しむらくは、コトリが鳥類で、教本に出てくる二人とは違う種族だったことだろう。教本には「おなかがきゅんきゅん疼いて発情して卵を生みたくなる」という描写はない。どのみちそんな直接的に性的な描写はされないかもしれないが。

 それに、コトリはやはりジークエンドが恋人では「いやだ」と感じていた。

 恋人は、他人と他人が出会ってするものである。だから素敵なのだ。ジークエンドは他人ではない。他人では、嫌だ。もっともっと近く、強いもので結ばれていないと許せない。

 それは「甘え」でもあった。ジークエンドはコトリが何をしても許し、何があっても助けてくれる存在。それはコトリの考える恋人とは全く違う。

 恋とセックスが結びついていない、セックスをよく分かっていないところもまずかった。コトリの知識にあるのは「おしべとめしべ」くらいなので、男性同士でセックスが発生するという発想もない。

 色々悩んで考えた末に、

「やっぱり恋じゃない、恋じゃなくていい」

 という結論に至る。

 それにコトリはこのころ、おなかが疼いた時にどうすればいいか学んでいた。

「あっん、……あぅ」

 自分で排出口に指を突っ込んで引っ掻けばいい、ということをジークエンドとの一件で学んだのだ。そうすればおさまる。すっきりする。ジークエンドを見ておなかがきゅんきゅんして切なくてどうにかなりそうな回数も減った。

 今日もコトリは考える。

(ステキな恋がしてみたいなー)

 そんなある日だ。

「コト、コトリくんっ」

 マンドラゴラ亭のシーラちゃんが、真っ赤になって呼び止めてきた。

「あの……手紙読んでくれましたよね!」

「うん。ありがとう」

「あの、よかったらつきあって……恋人になってくれませんか!」



 恋 人



 なるほど、シーラちゃんのこれは「恋」の「好き」なのだ。

「よかったら恋についてちょっと語り合わないか?」

「喜んで!」

 というわけで、二人は下品な快楽者の街にしては比較的おしゃれで落ち着いたカフェに入った。ミルクモニカを頼み、二人で向かい合う。真っ赤でもじもじしているシーラちゃんは可愛らしかった。

「それで、あの。話っていうのは、実はコト、俺……恋ってよくわからなくて」

「わ、私と! 私と恋してみませんか!?」

「わからなくてもいいのか?」

「付き合ってるうちに好きになることもあるんです!」

「そうなのか!」

 恋の形には色々ある、とサツキも言っていた。限定せずに考えてみろとも。ちょっと酔っていたのであやふやだが……

 これで自分も本の中のような、素敵な恋ができるかも!

 そう思ってるんるん気分で帰り、

「コトリ、恋人できた!」

 真っ先にサントネースとジークエンドに報告した。時の葬式のような顔といったらない。喜んでくれると思ったのに。

 その後、なぜかサントネースとジークエンドは共に呑みに行った。

「コトリ、恋人出来たってー?」

「うん。マンドラゴラ亭のシーラちゃん。恋人になってくださいって」

「ふーん。まあ、人生経験も必要だよね。でも、女の子を泣かせちゃいけないよ」

「もちろんだ!」

 女の子にはやさしく! サントネースにもジークエンドにもそう躾けられたし、それを破ったことは一度もない。

 次の非番の日、サツキにもチェックされたとっておきのおしゃれをして、シーラちゃんとデートをした。これから恋が出来るんだと思うと、そわそわして落ち着かなかった。これが恋か!

「おまたせ、ちょっと時間かかっちゃった。どう?」

「すごくかわいい!」

「ほんと? コトリくんもすごくかわいいしカッコいいよ!」

 コトリは可愛いと言われ慣れているので、そういう褒め方を女性にされても気にならなかった。

 シーラちゃんは女の子らしい女の子だった。この快楽者の街にこんな店があったのか! と驚くような可愛らしい、女の子向けの店をたくさん知っていて、一緒に歩いて回った。

「ごめんね、なんか私の趣味につき合わせちゃって」

「ううん、凄く楽しい。こんな店がこの街にあったなんて……」

「ねー。ほらこのポプリとか可愛い」

「かわいい!」

 そしてコトリも大概、かわいいもの好きのちょっと変わった男の子だった。卵を生むバーレルセルであるから、女性ホルモンが活発なせいもあるかもしれない。

「お嬢さんたち、どこいくのー?」

 と聞かれてコトリが撃退すること10度。

「コトリくんがいると安心だなあ」

「女の子が暮らすには、ここは危なくないか?」

「そうだけど、両親がやってる店があるから……それに私、この街好きよ」

 別れ際、シーラちゃんはほっぺにキスしてくれた。

「ここ、こことり、デ、デートはたの、たのしかったか?」

「ジークエンド、なんでそんなに吃ってる? デートはすごく楽しかった! 知らない店いっぱいで、シーラちゃんかわいい!」

「そそ、そ、……そうかぁ」

 その夜も、サントネースとジークエンドは呑みに出かけていた。最近多い。

 シーラちゃんとは何度もデートした。そのたびに楽しかった。

 けれども、だんだんと違和感を覚えるようにもなる。

「ね、コトリくん。キスしよ……?」

 夕焼けの見える展望台で言われたとき、はっきり分かったのだ。

 そうしたら何だか悲しくなって、申し訳なくなって、罪悪感に押し潰されそうになり、泣いてしまった。

「コ、コトリくんどうしたの!?」

「シーラちゃん。俺、シーラちゃんのことすごくすごく素敵な女の子で、可愛いと思う」

「どうしたの、急に」

「なのにドキドキできないんだ」

 シーラちゃんとのデートは楽しかった。でも、それは新しい友だちができた楽しさで、恋とは違った。

『好きだった……と思う』

 ジークエンドが言ったあれと同じだ。コトリは、もっと心の底から燃えるような「好き」を知ってる。

「ごめん。本当にごめん」

「いいの。いいのよ、コトリくん」

 シーラちゃんは泣きながら、ぎゅっと抱きしめてくれた。シーラちゃんは最後まで素敵な女の子だった。コトリには勿体無いくらいの。

 こうしてコトリとシーラちゃんは他人に戻った。

 会社へ帰ると、誰も居ない受付に凭れたジークエンドがいて、具合が悪いのかと慌てて駆け寄る。

「さけくさっ……ジーク、こんな時間からこんなに酔ってるのか!」

 まだ夕食前だ。そんな時間から泥酔しているということは、昼から呑んでいたということで。

 ジークエンドはうう、と呻いて、涙でくしゃくしゃの顔を上げた。

「コトリぃ……情けないのを承知で言うが、誰かのものにならないでくれ……ずっと俺のコトリでいてくれ」

「ジーク」

 胸がぎゅっと絞られた。

「うん。大丈夫。コトリはずっとジークエンドのだ」

 黒髪の頭を抱きしめる。

 たとえば、ジークエンドに恋人ができたら。すごくすごく辛いと思う。それは、コトリより大切なものが出来てしまったということだ。耐えられないと思う。

 ジークエンドにそんな思いをさせてしまったのだろうか。

「シーラちゃんとは別れたんだ」

「別れた?」

「恋じゃなかった。恋人になってくれって言われて恋してみようと思ったけど、ドキドキできなかった。だから、コトリはもう恋はいいや。ジークの一番でいたいから」

「コトリ……っ」

 苦しいくらいの力で抱きしめられ、それを心地いいと感じた。

(ジーク、大好き)

 恋だなんだは分からないが、この胸の奥からわきあがる気持ちだけは本物だと確信しながら、ジークエンドの腕のなかで目を閉じた。
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