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15話
しおりを挟む私にはまだ仕事が残っていたため、公爵から渡された帳は、自室に持ち帰ることにした。
中身は、まだ確認していない。
「明日取り掛かろう」
そう思い、私はそれをテーブルの上に置いた。
その後、表向きには何事もなく、いつも通りの日々が過ぎていった。
翌日―――。
私は朝の日課を済ませ、帳簿を開いた。
その中身は、見慣れた形式だった。
日付、項目、金額。配置も文字の癖も、屋敷で使われているものと変わらない。
私は机に向かい、インクを整える。
一行ずつ、原本を確認しながら写していく。
何も違和感はない。
数字は揃っている。
計算も合っている。
帳としては、よくできている。
―――しかし。
数ページ進めたところで、手が止まる。
「……?」
金額そのものではない。…書き方でもない。
けれど、どこかで見た覚えのある数字が、別の項目に紛れている。
同じ額。同じ日付。
用途だけが、微妙に違う。
私は原本に視線を戻し、もう一度該当箇所を指でなぞった。
…計算は、合ってる。
帳面としては、何もおかしくない。
「……偶然、かしら?」
けれどその後も同じ偶然が、もう一度。
さらに数項目先でも、また一度。
そのたびに、数字は整いすぎている。
「……」
私は何も言わず、写す作業を続けた。
ただし、今度は数字だけでなく、項目の流れを追いながら。
まだ、確信と呼べるものではない。
―――けれど、こんなにも偶然が重なるものなのか。
私はその違和感を胸の奥に押し込み、手を止めずに移し続けた。
…念のため。
後で照合できるよう、私の手元にも残しておこう。
私は帳を閉じ、一度深く息を吐いた。
―――本当は、確認したかった。
けれどもう時間がない。
ルミナの家庭教師が来る。
この帳を、今以上に開く余裕はない。
…別日に行こう。
そう心の中で区切りをつけ、私は写した帳をしまった。
そして何事をなかったのように、次の準備に取り掛かかる。
――――――
後日、時間を確保してから、私は再び机に向かった。
写した帳と、別件で管理している帳を並べる。どちらも、領内の収支を扱ったものだ。
形式も、記載の順も、数字の並びもほとんど同じ。
……はずだった。
私は、最初は機械的に目を滑らせていた。合計、日付、項目名。一致している。
問題はない。
けれど。
「……?」
ほんのわずかな違和感が、指を止めさせた。
一行、数字が合わない。端数。誤差と呼ぶには、少しだけ大きい。
私はペンを取り、計算し直す。一度、二度。
―――合わない。
帳を入れ替える。別の月、別の項目。
…同じだ。
「……そういうことか」
思わず、息が漏れた。
数字は嘘をついていない。ただ、置かれる場所を変えられている。
片方では、切り捨て。片方では、繰り上げ。
処理の基準が、意図的に分けられている。
―――二重帳簿。
頭の中でその言葉が浮かび、胸の奥が静かに冷えた。
私はしばらく、その二冊を見つめていた。告げるべきか。…それとも。
「…いいえ」
これは、知らなかったことにできる。そして、公爵は理解した上で、私に渡した。
私は帳を閉じる。
「…預かっただけ」
そう心の中で繰り返し、私は二冊を元の場所へ戻した。
判断するのはまだ先でいい。今はただ、知っているという事実だけを、胸にしまっておく。
なぜ、私にこの仕事を任せたのか。
公爵の意図は、まだわからない。
けれど―――
私には、もっと調べなくてはいけない。
「……領地へ、確認しにいかなくちゃ」
その言葉は、誰に聞かせるわけでもなく零れた。
領地へ行く理由なら、いくらでも作れる。
買い出し、帳簿の照合、使用人の手配。
侍女として動く分には、不自然ではない。
―――これほど、侍女であることをありがたく思ったことはない。
私は机の引き出しを開け、必要な書類を一枚だけ取り出した。
正式な帳でも、写しでもない。
数字を見るための、目印になる紙。
「…見に行くだけ」
確かめるだけだ。
答えを出す必要は、まだない。
そう自分に言い聞かせながら、私は静かに部屋を出た。
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