あやかしの森の魔女と彷徨う旅の吟遊詩人

牧村燈

文字の大きさ
8 / 24

雷雲

しおりを挟む
 Mは篝火の前で一人佇んでいた。よく見れば何一つ武装と言えるような装備は身に着けていない。まるでその辺にちょっと買い物に出掛けて来るというような出で立ちだ。恐らく死を覚悟しているのだろう。Sは躊躇することなくMに駆け寄る。

「M。ここから逃げよう」

 SはMの手を握って引っ張ったが、Mはその手を振りほどいた。

「そういうわけにはいかないんだよ。スニーフを殺ってあんたを長に引き渡すか、それともあたしが死ぬか、二つにひとつ。それ以外の選択肢は長から預かって来ていない」

「長の言葉?そんなものに縛られちゃだめだ。大丈夫、ぼくがきっと守るから。君にはもっと聞いておきたいことが沢山あるんだ」

「あんたは長Kの恐ろしさを知らない。逃げられるものなら、あたしだってとっくに逃げているさ」

 Sはもう一度Mの手を握った。Mはまたその手を振りほどこうと手を振ったが、SはそのMの身体ごと抱きしめて抵抗を消し去った。

「大丈夫。ぼくが守るから」

 Mの耳元でSが囁く。何これ?Mは身体が宙に浮かんだような不思議な感覚に包まれた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 Sの声が優しくMを包み込む。その胸の中に出来た心地よい空間の中で、Mは裸にされている。お菓子の家で、Sの指先で味わった快感が蘇り......、いやあの時の何十倍もの快感にMは恥ずかしいほどに感じていた。

 まさか?これって、長......?

 Mはトロトロに蕩けた身体をSに支えられながら、この感覚が長Kに抱かれた時に似ていることを感じ取っていた。魂を引き抜くようなKの強烈な波長とは真逆ではあるが、その優しく柔らかな波長は、Kと同じ一瞬で幻想世界に放り込む力を有していた。その波長がMの感覚器という感覚器の全てに、ダイレクトに伝わってくる。

「M、ぼくだ」

 Sが意識の中でMに語りかける。

「あああん、あ、あんた、一体何者なの?」

 息遣い荒くMが聞く。

「ぼくはぼくだよ、M。それより長Kというのは一体何者なんだい?どうして君は長Kをそこまで恐れているんだい」

「それは・・・・・・」

 答えを渋るMに、Sは更に強い官能刺激を与えた。ああ、あ、ヤバイ。Mは胸の中の淡雪のような空間にチロチロと失禁しいていた。

 こんなことが出来る者が、長以外にもいたなんて。Mはわずかに残る意識の中で驚愕し、激しく狼狽していた。

「あんた、Kの・・・・・・」

 Mが言いかけた時、悪夢城の上空に突如どす黒い雷雲が湧きあがり、辺り一面を全て消し去るほどの激しい豪雨と林立する稲光が三人を襲った。

 これが長Kの力か。あと少しでMの意識を長Kの呪縛から解放出来たかも知れないと思ったのに。S自身も激しく消耗していた。かつて女の恰好で旅をしていた頃に、山賊に襲われ身体を奪われる寸前のところで発動した、人の心に入りむこの術は、自分自身の精神も同時に疲弊してしまう危険な術だった。

 スニーフはフラフラの状態の二人を抱き抱え、雷雲の中心から逃れようとするが、まるでその後を追いかけるように、雷雲がニョキニョキと湧き立っていく。空はもう漆黒の闇だ。

「ちくしょー」

 スニーフの渾身の叫びも濁流に飲まれて消えた。

 Kの怒りに任せた雷雲の嵐が去った後、悪魔城の前にある森の広場の真ん中には、SとM、そしてスニーフの三人が、力なく倒れて込んでいた。その周りに、肌色のニロニロの集団とクリスマスツリーから雨に流された小人たちが集まってくる。ワサワサと集結する無数の生物たちは、まるで一つの生命体であるかのように、秩序だって三人の周りを取り囲んだ。

 そこに悪夢城から大きな影がノシノシと出て来た。ワニガメのシルエット。悪夢城の幹部の一人ワニオである。その背後には長Kの姿があった。

「ものどもよ、裏切り者どもの処刑の準備だ」

 ワニオの雄叫びにニロニロたちが忙しなく動き出した。

(続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...