あやかしの森の魔女と彷徨う旅の吟遊詩人

牧村燈

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雷雲

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 Mは篝火の前で一人佇んでいた。よく見れば何一つ武装と言えるような装備は身に着けていない。まるでその辺にちょっと買い物に出掛けて来るというような出で立ちだ。恐らく死を覚悟しているのだろう。Sは躊躇することなくMに駆け寄る。

「M。ここから逃げよう」

 SはMの手を握って引っ張ったが、Mはその手を振りほどいた。

「そういうわけにはいかないんだよ。スニーフを殺ってあんたを長に引き渡すか、それともあたしが死ぬか、二つにひとつ。それ以外の選択肢は長から預かって来ていない」

「長の言葉?そんなものに縛られちゃだめだ。大丈夫、ぼくがきっと守るから。君にはもっと聞いておきたいことが沢山あるんだ」

「あんたは長Kの恐ろしさを知らない。逃げられるものなら、あたしだってとっくに逃げているさ」

 Sはもう一度Mの手を握った。Mはまたその手を振りほどこうと手を振ったが、SはそのMの身体ごと抱きしめて抵抗を消し去った。

「大丈夫。ぼくが守るから」

 Mの耳元でSが囁く。何これ?Mは身体が宙に浮かんだような不思議な感覚に包まれた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 Sの声が優しくMを包み込む。その胸の中に出来た心地よい空間の中で、Mは裸にされている。お菓子の家で、Sの指先で味わった快感が蘇り......、いやあの時の何十倍もの快感にMは恥ずかしいほどに感じていた。

 まさか?これって、長......?

 Mはトロトロに蕩けた身体をSに支えられながら、この感覚が長Kに抱かれた時に似ていることを感じ取っていた。魂を引き抜くようなKの強烈な波長とは真逆ではあるが、その優しく柔らかな波長は、Kと同じ一瞬で幻想世界に放り込む力を有していた。その波長がMの感覚器という感覚器の全てに、ダイレクトに伝わってくる。

「M、ぼくだ」

 Sが意識の中でMに語りかける。

「あああん、あ、あんた、一体何者なの?」

 息遣い荒くMが聞く。

「ぼくはぼくだよ、M。それより長Kというのは一体何者なんだい?どうして君は長Kをそこまで恐れているんだい」

「それは・・・・・・」

 答えを渋るMに、Sは更に強い官能刺激を与えた。ああ、あ、ヤバイ。Mは胸の中の淡雪のような空間にチロチロと失禁しいていた。

 こんなことが出来る者が、長以外にもいたなんて。Mはわずかに残る意識の中で驚愕し、激しく狼狽していた。

「あんた、Kの・・・・・・」

 Mが言いかけた時、悪夢城の上空に突如どす黒い雷雲が湧きあがり、辺り一面を全て消し去るほどの激しい豪雨と林立する稲光が三人を襲った。

 これが長Kの力か。あと少しでMの意識を長Kの呪縛から解放出来たかも知れないと思ったのに。S自身も激しく消耗していた。かつて女の恰好で旅をしていた頃に、山賊に襲われ身体を奪われる寸前のところで発動した、人の心に入りむこの術は、自分自身の精神も同時に疲弊してしまう危険な術だった。

 スニーフはフラフラの状態の二人を抱き抱え、雷雲の中心から逃れようとするが、まるでその後を追いかけるように、雷雲がニョキニョキと湧き立っていく。空はもう漆黒の闇だ。

「ちくしょー」

 スニーフの渾身の叫びも濁流に飲まれて消えた。

 Kの怒りに任せた雷雲の嵐が去った後、悪魔城の前にある森の広場の真ん中には、SとM、そしてスニーフの三人が、力なく倒れて込んでいた。その周りに、肌色のニロニロの集団とクリスマスツリーから雨に流された小人たちが集まってくる。ワサワサと集結する無数の生物たちは、まるで一つの生命体であるかのように、秩序だって三人の周りを取り囲んだ。

 そこに悪夢城から大きな影がノシノシと出て来た。ワニガメのシルエット。悪夢城の幹部の一人ワニオである。その背後には長Kの姿があった。

「ものどもよ、裏切り者どもの処刑の準備だ」

 ワニオの雄叫びにニロニロたちが忙しなく動き出した。

(続く)
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