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第1部

第3章:地下と星の下ー003ー

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 いつ誰が造成したか、全く不明な地下道だった。公園内の中心から少し外れる位置に、緩やかな傾斜を以って暗い入り口へ誘う。
 決して帰って来られないわけではない。帰還を果たせない者も相応にいるが、絶対という危険さでなかった。

 それでも全容を掴むまでには遠い状態だ。

 広範囲に渡っているのではないか、とする指摘は推測の域を出ない。入り口から数キロ先くらいまで地図へ起こすが精一杯だ。しかも誰一人として、何かを手にして出て来られた者はいなかった。

 最近は黒き怪物の巣と化す状況へ陥っている。
 金目になる物の所在は知れず、危険性だけ増した謎の地下道である。近づく者さえいなくなるのは当然の流れであった。

 そこへ円眞えんま雪南せつな黛莉まゆりが足を踏み入れていく。
 白のワイシャツとスラックスといった仕事スタイルの青年の両脇を占める、黒のワンピースとピンクのゴスロリといった奇妙なトリオが暗闇の中へ消えていく。

 人っ子独りいなくなったトンネル入り口を見降ろす場所に、複数の人影が現れた。
 昨今にしては珍しく訪問者が多い当該地であった。
 射し込んだ夕陽に浮かび上がるは、四人組だ。いずれも立ち襟のくるぶし丈の黒い衣服で身を包んでいる。神父が着用するカソックに等しい、こちらは無地ではない。左胸元にアルファベットで三文字が縫い付けられている。WSA、と。

「あいつら帰ってこられるのか、せっかく助けてやったのによ」

 四人のなかで、ひときわ大柄な者が粗野な口振りで懸念を示してくる。

「帰ってきてもらわねば困るな。せっかく怪物どもから救ってやったのだから」

 第一声の者とは対照的な小柄な男が繋ぐ。

「大丈夫じゃない。なんだか男は頼りなさそうだけど、最凶と評判される女が付いているし。あれは相当よ」

 メンバー唯一の女性が長い金髪をかき上げていた。

「この街で評判になるほどの強者たちが揃っているんだ。未帰還となれば、それまでのこと。ただ報告として上げればいい」

 最後の四人目である中肉中背の男は、締めに相応しい深慮を表情に刻んでいた。たぶんリーダーなのは他の三人がうなずく表情から察せられる。

 カソックに似た格好をしている四人組は、何かを含みつつ円眞たちを見送った。

 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 暗闇のなかを伸縮自在な二本の刃が縦横無尽に踊る。
 羽根があったり、ツノを生やしていたりと、形態は様々であれど基本は人型である黒き怪物たち。無数かと思しき大量さも、雪南どころか黛莉さえも出番がない。
 全てが円眞の振るう両手の刃に仕留められていた。

「さすがだ、円眞」「すごーい、やっぱりクロガネだわー」

 地上と打って変わって賞賛を浴びせてくる女子両名である。
 刃の長さを本来の短剣へ戻した円眞だが、黒縁メガネの奥にある目は光らせたままだ。
 坑道へ入ってしばらくしないうちに、この有様だ。黒き怪物の出現情報が煩雑になった理由を見せられた。
 夬斗が任せられるのは円眞しかいない、と判断するのは当然だった。

「ねー、なんでわざわざ逢魔ヶ刻おうまがときなんてメンドーな時間にしたわけ?」

 依頼人の妹が訊いてくる。
 巷の噂が正しければ、暗き怪物の発生は逢魔ヶ刻に限定されている。暗がりから出現してくる点は、噂レベルでなく確かな事柄であった。

「逢魔ヶ刻でないと、どうやら目的の部屋が出てこないらしいんだ」
「なんだ、黛莉。妹のくせに何も聞いてないのか」

 円眞の返答に続く相変わらずな雪南に、黛莉はちょっぴりむくれた。

「しょうがないじゃない、アニ……兄さんにはナイショで来てんだから。もし夏波なつは姉さんから聞き出せていなかったら……」

 アスモクリーン株式会社事務担当者の名前を出したところで、黛莉の言葉が途絶えた。

「ど、どうしたの?」

 心配になった円眞が訊く。
 すると黛莉は腹の底から絞り出すように問い質してくる。

「探しにいく場所に誰かがいるのよね。その名前を教えてくれる」

 円眞は直ぐには答えられなかった。黛莉はイレギュラーだ。踏み込んだ依頼内容を教えていいものか。けれどもここまで来られたのは黛莉の加勢が大きい。迷うところだ。

「ごめん」
 黛莉の突然だった。

 ど、どうしたの? と、またも同じ言葉で訊く円眞だった。

「依頼内容を教えなさいなんて、ムチャもいいところだったわ。そう、そうよね、簡単に教えてくれていたら、むしろ軽蔑していたかも」

 黛莉らしい物言いだ。だから円眞は流さなかった。

「こ、今回の夬斗くん。いつもと少し感じが違ったような気がするんだ」

 切り出された黛莉は珍しく困惑を浮かべている。
 大丈夫だよといった顔で円眞はなお続けた。

「なんだか普段より感情的になっているような気がした。いつもの夬斗くんだったから、あくまでそんな気になっただけの話しなんだけど、でも気にはなる」
「だから?」

 訊き返す黛莉はいつになく真剣な面持ちだ。

 矢島浩次やじま こうじ、と円眞は名を告げた。

 黛莉の目許がこれ以上にないほど険しくなっていく。
 やはり事情があった。今度は円眞が問う。

「も、もし教えられるなら教えて欲しい。でも無理はしなくて……」

 いい、と円眞が言い切る前に回答があった。

「アニキの能力が表沙汰になるきっかけを作ったうちの一人よ」
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