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第2部
第1章:最強の刺客ー007ー
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円眞の刃は阻まれた。
風で為した剣によってだ。
「相変わらず酷い男だね~、キミは。百年前とちっとも変わってやいやしない」
吹き捲く剣で円眞の刃を跳ね返した人物が、ブラジルから来た兄弟の前へ軽やかに降り立つ。豪奢な金髪を旗めかせ、すらりとした長身は映画俳優だとしても通じそうだ。剣を持たぬ左手で、格好つけるように髪をかき上げている。
「我れからすれば、百年前から変わらずキザなヤツだ」
弾き飛ばされた刃を収縮させている真紅の円眞に、いかにも伊達男といった金髪の人物は大袈裟に両手を広げては肩を竦めて見せた。
「おやおや、あの節はキザなんかじゃなくて嫌味なヤツだって言われたんだけどなぁ~。長い間こそこそ隠れることに夢中で、ボケてしまったんじゃないかい」
「我れはキザの意味合いで嫌味と表現したのだ。ニュアンスを読み取れない己れの低い程度で計るな」
「へぇ~、そうだったのか。でも、あの状況で読み取れって言われてもね~、無理じゃないかい。なにせ……」
言葉を切った金髪の男が再び放つは、軽い口調から一転して低くドスが効いた声だ。
「あれだけ殺すところを見せつけられてはね」
睨み合う二人に沈黙が落ちた。
能力を超えた者同士の対峙に、夬斗は外野で騒ぐしかない。
「どういうことだよ、これは。あいつ、何者なんだ?」
首を並べる外野の観客に、答えられる年配者が混じっていた。
華坂爺が軽く頭を振ってから、述懐するがごとくだ。
「ラグナロク……これから再現となるやもしれん」
「なんだ、それ?」
夬斗の疑問に、多田爺が答える。
「神とされる者同士が逢魔街でぶつかった、百年前。その際に一般人を含め数えきれないほど殺されましてな。逢魔ヶ刻の出来事ですから正式な記録としては残っておりませんが」
なんで……、と夬斗は言いかけて止めた。なんで知っている、と問うなど馬鹿馬鹿しいと気づいたからだ。円眞や彩香が総称として呼ぶ『ジィちゃんズ』三人は見た目でご老体と判断する以外の事柄の多くが不明であった。
逢魔七人衆を倒すため集められたとする経緯までは、円眞から夬斗へ語られている。知ることは、そこまでだった。
真実の年齢は知らない。百年前、実際に立ち会っていたのか、噂の見聞きか。まだ二十一歳であり、逢魔街に来て三年の夬斗はまだ情報をもたらしてもらう側だ。それに今は何より、気を失っている妹のことである。抱き抱えている相手には、ただ戸惑うばかりだ。
真紅の瞳の円眞が従来の剣を消滅させる。代わりに発現された剣の刃は、赫く燃え盛っていた。誠しやかに流される、ここの住人なら誰もが知る噂。スキルと称する異能力は人類が創作した物に基づく。自然元素をベースにした能力を発揮していたら、それは人間でなく『神』である、と。
円眞が手にするは、まさしく火の剣だ。
初めて目の当たりにする夬斗だけでなく彩香までも受ける衝撃を隠せない。
金髪の男が不敵に笑いつつ、風の剣をかざす。
「どうやら本気になってくれたみたいだね、感謝するよ。やはり復讐でも、正々堂々といきたいものだからね」
「よく言うな、我れが女を抱えた状態を狙いすまして出てきたのだろう。昔から変わらぬな、サミュエルは」
真紅の円眞の返答は、思わぬ所から反応が挙がった。
ブラジルから来た兄弟が雇った三人組のうちのモヒカンが叫んでくる。
「き、キサマは、サミュエル・ウォーカーか。異能力世界協会の会長か」
「ああ、そうだけど」
金髪をかきあげるサミュエルに、三人組が気色ばんだ。槍を構えたモヒカンがいきり立った。
「てめぇが親玉か、ぶっ殺してやる!」
「おやおや、ずいぶん物騒じゃないか。けれどこれから始まる戦闘は君たちのそれとレベルが違うよ。命が惜しいだろ、ならば引っ込んでいたほうが身のためだ」
状況次第で雇い主を切り捨てる逢魔街の住人らしい三人組へ、サミュエルなりの気遣いだ。しかし三人組は武装を解くどころか、いっそうの敵愾心を燃やす。
「てめぇらに惜しむ命はねぇー。俺たちの家族は協会の勧誘を断ったら殺されたんだ。何がスキル獲得者の地位向上のために、だ。従わない者は嬲り殺しの狂信集団じゃねーか」
「……それは真実なのかい」
サミュエルがこれまでの態度からは想像つかないほど怯んだ。
モヒカンが勢いづくように吠える。
「間違いねー、てめぇが着ている同じ服で胸には『WSA』のマークもあった。三人の男と一人の女といった四人組だ、忘れもしねぇー、忘れるわけもねー。『ノウル』とか『ラウド』とか呼び合っていたな。俺らはこいつらを殺るためにここまで生きて来たんだ」
「ああ、そやつらな。我れのせいで、もうこの世にはいないぞ」
真紅の円眞が、何事でもないかのように割り込んできた。
どういうことだよ! と声を荒げるしかないモヒカン頭の男だ。
黛莉を腕に抱く真紅の円眞が鷹揚に答えた。
「まぁ、お互い相容れぬ主張だったからな。ただ戦えば結末は見えていたから、退くように勧告してやったのだが、そやつらは聞かなかった。向かってこなければ、生き長らえたものを、愚かな連中だ」
だからだな、と真紅の円眞は続ける。
「おまえたちも、復讐など忘れるがいい。もう仇はいない。わざわざ死地へ赴くようなレベルが違う相手へ挑むなどやめて、今すぐ去るがいい」
「そうはいかねー、俺たちは協会の奴ら全員をぶっ潰すことだけ考えて、ここまで来たんだ。血の滲むような生活をしてきたんだ。親父とお袋のあんな死に様を見せられて、一日だって忘れられるはずが……ついにそこの親玉を目の前にしたこの機会を、逃すわけにはいかないっす」
最後は本来と思える口調へ還ったモヒカンは槍を構えた。両脇には同じ事情でここまできた男たちが、棍棒と刀といった各々の武器を掲げた。
狙われている相手であるサミュエルは迎え撃つ体勢へ入らないだけではない。
「そうか、父と母を……それからずっと復讐を誓ってか……それじゃ自分と同じじゃないか」
力なく呟いたサミュエルは、がくりと肩を落とす。風の刃が消滅していく。
モヒカンたちは正々堂々などと考えない。絶好の機会を捉える。彼らは逢魔街の住人であった。
モヒカンを始めとする三人組が武器を構えた。
「親友!」真紅の円眞が叫んだ。
呼ばれた夬斗からすればである。それはこっちのセリフだし、況してや相手はいつもの円眞に対してだ。紅い目のほうではない。
けれども複雑な心境より、直面した事態に対処せねばならなかった。
投げつけられれば、受け止めるほかない。飛んできたのは、妹だ。夬斗はその胸に意識不明の黛莉を抱きとめた。
その向こうで、モヒカンの両脇にいた二人の首筋が血飛沫を放つ。
ガキンッ! 驚くモヒカンの首元で鈍くも激しい金属のぶつかるような音が立った。
モヒカンの首元へ左右から突き出された短剣を、モヒカンの背後から差し出された二本の刃が防いでいる。首を挟むように繰り出した真紅の円眞の剣が、間一髪で命を救っていた。こちらの刃も神とされる火の能力は消された普段の鋼であった。
「退け。アイラ、マテオ」
風で為した剣によってだ。
「相変わらず酷い男だね~、キミは。百年前とちっとも変わってやいやしない」
吹き捲く剣で円眞の刃を跳ね返した人物が、ブラジルから来た兄弟の前へ軽やかに降り立つ。豪奢な金髪を旗めかせ、すらりとした長身は映画俳優だとしても通じそうだ。剣を持たぬ左手で、格好つけるように髪をかき上げている。
「我れからすれば、百年前から変わらずキザなヤツだ」
弾き飛ばされた刃を収縮させている真紅の円眞に、いかにも伊達男といった金髪の人物は大袈裟に両手を広げては肩を竦めて見せた。
「おやおや、あの節はキザなんかじゃなくて嫌味なヤツだって言われたんだけどなぁ~。長い間こそこそ隠れることに夢中で、ボケてしまったんじゃないかい」
「我れはキザの意味合いで嫌味と表現したのだ。ニュアンスを読み取れない己れの低い程度で計るな」
「へぇ~、そうだったのか。でも、あの状況で読み取れって言われてもね~、無理じゃないかい。なにせ……」
言葉を切った金髪の男が再び放つは、軽い口調から一転して低くドスが効いた声だ。
「あれだけ殺すところを見せつけられてはね」
睨み合う二人に沈黙が落ちた。
能力を超えた者同士の対峙に、夬斗は外野で騒ぐしかない。
「どういうことだよ、これは。あいつ、何者なんだ?」
首を並べる外野の観客に、答えられる年配者が混じっていた。
華坂爺が軽く頭を振ってから、述懐するがごとくだ。
「ラグナロク……これから再現となるやもしれん」
「なんだ、それ?」
夬斗の疑問に、多田爺が答える。
「神とされる者同士が逢魔街でぶつかった、百年前。その際に一般人を含め数えきれないほど殺されましてな。逢魔ヶ刻の出来事ですから正式な記録としては残っておりませんが」
なんで……、と夬斗は言いかけて止めた。なんで知っている、と問うなど馬鹿馬鹿しいと気づいたからだ。円眞や彩香が総称として呼ぶ『ジィちゃんズ』三人は見た目でご老体と判断する以外の事柄の多くが不明であった。
逢魔七人衆を倒すため集められたとする経緯までは、円眞から夬斗へ語られている。知ることは、そこまでだった。
真実の年齢は知らない。百年前、実際に立ち会っていたのか、噂の見聞きか。まだ二十一歳であり、逢魔街に来て三年の夬斗はまだ情報をもたらしてもらう側だ。それに今は何より、気を失っている妹のことである。抱き抱えている相手には、ただ戸惑うばかりだ。
真紅の瞳の円眞が従来の剣を消滅させる。代わりに発現された剣の刃は、赫く燃え盛っていた。誠しやかに流される、ここの住人なら誰もが知る噂。スキルと称する異能力は人類が創作した物に基づく。自然元素をベースにした能力を発揮していたら、それは人間でなく『神』である、と。
円眞が手にするは、まさしく火の剣だ。
初めて目の当たりにする夬斗だけでなく彩香までも受ける衝撃を隠せない。
金髪の男が不敵に笑いつつ、風の剣をかざす。
「どうやら本気になってくれたみたいだね、感謝するよ。やはり復讐でも、正々堂々といきたいものだからね」
「よく言うな、我れが女を抱えた状態を狙いすまして出てきたのだろう。昔から変わらぬな、サミュエルは」
真紅の円眞の返答は、思わぬ所から反応が挙がった。
ブラジルから来た兄弟が雇った三人組のうちのモヒカンが叫んでくる。
「き、キサマは、サミュエル・ウォーカーか。異能力世界協会の会長か」
「ああ、そうだけど」
金髪をかきあげるサミュエルに、三人組が気色ばんだ。槍を構えたモヒカンがいきり立った。
「てめぇが親玉か、ぶっ殺してやる!」
「おやおや、ずいぶん物騒じゃないか。けれどこれから始まる戦闘は君たちのそれとレベルが違うよ。命が惜しいだろ、ならば引っ込んでいたほうが身のためだ」
状況次第で雇い主を切り捨てる逢魔街の住人らしい三人組へ、サミュエルなりの気遣いだ。しかし三人組は武装を解くどころか、いっそうの敵愾心を燃やす。
「てめぇらに惜しむ命はねぇー。俺たちの家族は協会の勧誘を断ったら殺されたんだ。何がスキル獲得者の地位向上のために、だ。従わない者は嬲り殺しの狂信集団じゃねーか」
「……それは真実なのかい」
サミュエルがこれまでの態度からは想像つかないほど怯んだ。
モヒカンが勢いづくように吠える。
「間違いねー、てめぇが着ている同じ服で胸には『WSA』のマークもあった。三人の男と一人の女といった四人組だ、忘れもしねぇー、忘れるわけもねー。『ノウル』とか『ラウド』とか呼び合っていたな。俺らはこいつらを殺るためにここまで生きて来たんだ」
「ああ、そやつらな。我れのせいで、もうこの世にはいないぞ」
真紅の円眞が、何事でもないかのように割り込んできた。
どういうことだよ! と声を荒げるしかないモヒカン頭の男だ。
黛莉を腕に抱く真紅の円眞が鷹揚に答えた。
「まぁ、お互い相容れぬ主張だったからな。ただ戦えば結末は見えていたから、退くように勧告してやったのだが、そやつらは聞かなかった。向かってこなければ、生き長らえたものを、愚かな連中だ」
だからだな、と真紅の円眞は続ける。
「おまえたちも、復讐など忘れるがいい。もう仇はいない。わざわざ死地へ赴くようなレベルが違う相手へ挑むなどやめて、今すぐ去るがいい」
「そうはいかねー、俺たちは協会の奴ら全員をぶっ潰すことだけ考えて、ここまで来たんだ。血の滲むような生活をしてきたんだ。親父とお袋のあんな死に様を見せられて、一日だって忘れられるはずが……ついにそこの親玉を目の前にしたこの機会を、逃すわけにはいかないっす」
最後は本来と思える口調へ還ったモヒカンは槍を構えた。両脇には同じ事情でここまできた男たちが、棍棒と刀といった各々の武器を掲げた。
狙われている相手であるサミュエルは迎え撃つ体勢へ入らないだけではない。
「そうか、父と母を……それからずっと復讐を誓ってか……それじゃ自分と同じじゃないか」
力なく呟いたサミュエルは、がくりと肩を落とす。風の刃が消滅していく。
モヒカンたちは正々堂々などと考えない。絶好の機会を捉える。彼らは逢魔街の住人であった。
モヒカンを始めとする三人組が武器を構えた。
「親友!」真紅の円眞が叫んだ。
呼ばれた夬斗からすればである。それはこっちのセリフだし、況してや相手はいつもの円眞に対してだ。紅い目のほうではない。
けれども複雑な心境より、直面した事態に対処せねばならなかった。
投げつけられれば、受け止めるほかない。飛んできたのは、妹だ。夬斗はその胸に意識不明の黛莉を抱きとめた。
その向こうで、モヒカンの両脇にいた二人の首筋が血飛沫を放つ。
ガキンッ! 驚くモヒカンの首元で鈍くも激しい金属のぶつかるような音が立った。
モヒカンの首元へ左右から突き出された短剣を、モヒカンの背後から差し出された二本の刃が防いでいる。首を挟むように繰り出した真紅の円眞の剣が、間一髪で命を救っていた。こちらの刃も神とされる火の能力は消された普段の鋼であった。
「退け。アイラ、マテオ」
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