出会う美女に「必ず殺す」と言われてますーやまの逢魔街綺譚ー

ふみんのゆめ

文字の大きさ
83 / 165
第2部

第3章:神々の黄昏ー003ー

しおりを挟む
 うーん、と頭を抱える円眞えんまだ。
 いったい、どうしたのか。たびたび思い出してはしていたが、ずっと心を縛られたことはない。縛らないようにしてこられた。
 ところが流花るかへ挨拶に行ってからだ。ずっと碧い瞳が浮かぶ。雪南せつなの姿が頭から離れない。

 円眞は仕掛けられた秘薬せいなどと思いも寄らない。現に手を打たなければいけないほどの問題でもない。別れた彼女が思い出されて仕方がない、といった個人へ帰す話しである。
 ある意味、手の施しようがない悩みに苦しんでいた。

「エンくん、おるかの~」
 杖を突き店の軒先を潜ってきた華坂爺はなさかじぃだ。

 はい、と円眞は返事してレジから立ち上がる。馴染みの老人たちには、いらっしゃいませとした接客の挨拶まで及ばない。今や単なるお客ではなくなった『ジィちゃんズ』だ。

「今日もお一人ですか?」
「ああ、寛江かんこうが姿を見せぬから、調べは内山に頼んでおる。またいつ何時、エンくんへの襲撃が再開されるか、解らぬからのぉ」

 すみません、と頭を下げる円眞に、華坂爺は杖を握っていない手を振る。

「儂らが不甲斐ないばかりに、エンくんを父親殺しとさせてしまったからの。これくらいして当然じゃて」
 それにヒマだしのぉー、と締めては笑い声を立てた。

 円眞にすれば、何度でも頭を下げたいくらいだ。

「ところで多田は、妻連れでよく来ておるのか」
「ええ今朝も。とても仲良くて、なんか尊敬してしまいます」
「尊敬か、エンくんらしいの」

 ご機嫌な華坂爺だ。
 円眞としても、恋煩いが晴れていくようだ。お馴染みさんとする会話のおかげだが、ふと気になった点が浮かんできた。

「もしかして何か、ボクを狙う動きが出てきたのでしょうか」

 店へ顔を出さない内山爺うちやまじぃが、調査と聞けば理由を確かめずにはいられない。 
 
「いや、なに。クロガネ堂が新築されてから、寛江が来ておらんじゃろ。儂らともそれくらいからご無沙汰なんじゃよ。だから、ほんのちょいだが気になることを一番の若輩が担当となった次第じゃな」
「本当に、大したことじゃないんですか」
「エンくんに隠しだてしても仕方がないな。ここ最近における逢魔街おうまがいへの人の流入を確認しておる。スキルなどでは済まないとんでもない能力者がやって来てないかじゃな」
   
 ここで言葉を切った華坂爺が、コホンと一つわざとらしい咳をする。態度を真剣へ改めて尋ねてきた。

「エンくんは紅い目になった時の記憶はないということじゃが、まるきりなのかの? 少しでも何か思い至ることはないのかの」

 すみません、と円眞は謝ってからだ。

「隠しているわけじゃなくて、本当にボクは紅い目になったことすら意識できないままなんです。それはたぶん……」

 たぶん? と華坂爺が反復する。
 円眞は表情に暗い影を差し込ませて言う。

「ボクは紅い目の『彼』の影にすぎないからだと思うんです。『彼』はボクの行動を把握できるけれど、ボクには出来ない。きっとボクの存在なんて『彼』次第じゃないかな、と思います」
「それが雪南と別れた理由でもあるわけじゃな」

 こくん、と言葉なく首を縦に落とす円眞だ。
 他人の意思によって決まってしまう存在ならば、いつか消えるかもしれない。ならば初恋の人の罪を全て背負ってしまえばいい。雪南に新たな人生を与えたい。黒い瞳をした円眞が別れを決める理由として充分だった。

 そうかそうかとばかりにうなずいた華坂爺は、優しく笑う。

「儂らは今ここにいるエンくんだからこそ通ってきているんじゃ。黒い目をした普通の男の子が、ジジィどもに楽しい時間を与えてくれたのじゃぞ。そこは忘れないでいて欲しいの」

 はいっ、と返事した円眞の目に熱いものが込み上げてくる。

 実は……、と華坂爺が口調を改める。
「内山を調査を出しているのは本当じゃが、一人で来たのはわざとじゃ。いざという時のための保険でな」
「それは紅い目に備えてですか」
「さすが、聡明なエンくんじゃ。もし儂が訊くことで、紅目あかめが出てくるかもしれんからな。それでもし紅目が力を振るようなことになれば、儂などではとうてい太刀打ちならん。今後を考えれば、用心すぎることはない」

 今日の華坂爺は自分へ会いに覚悟を決めてきた。円眞がその事実を知らされれば、落ち着けるはずもない。意識のないうちに自分が殺害していたなど、真っ平御免だ。
 深刻なる皺を額に刻んだ円眞に、華坂爺は落ち着かせるように笑った。

「大丈夫じゃよ、エンくん。儂も年相応に頭を働かせておる。現に逢魔ヶ刻おうまがときを外してきておるじゃろ。証拠を残せるよう仕掛けはさせてもらっとるよ」

 逢魔ヶ刻という魔の時間まで、まだまだある。華坂爺が録画だけでなく録音の機器を設置済みを教えてくる。いつも通りに見えた訪問は、実は用意周到に準備されていた。

 円眞としては、嘘偽りなしの華坂爺に腹を括るしかない。

「華坂さんが、紅い目をしているというボクを呼び出す危険を敢えて踏んでしたい質問て、何ですか」

 華坂爺が口を開いたのは、数瞬間の沈黙を横たえてからだ。

「ラグナロクについて、命を捨てても聞きたいことじゃな」

 ラグナロク=神々の黄昏。この単語を発した際の華坂爺は、飄々とした普段から最も遠い態度を見せた。殺害という行為自体は、逢魔ヶ刻でなくても起こり得る。紅い目へ変貌するとしたら、これ以外には有り得ないとする質問だ。

 だから華坂爺の気抜けは甚しかった。

 黒い目をぱちくりさせる円眞が、言い難そうに訊いた。

「あのぉ~、もしかして当てがハズレてしまいました?」
「うむ、思い切りハズレてしもうた」

 ははは、と華坂爺が気まずさを隠すように笑いを足した。

「なんだか、すみません」

 つい謝ってしまうが、円眞である。

「いや、エンくんのせいじゃなかろうて。それにしても紅い目のエンくんは、あの日以来、出てこないのぉ~」
「異能力世界協会のCEOが来た時ですよね。夬斗かいとくんから聞きました」
黛莉まゆりに相当やられておったからのぉ~、ダメージが深かったのかもしれん」

 そうなんですか、とする円眞の反応は真剣そのものだった。
 半分冗談のつもりだった華坂爺は、打ち明けかけて止めた。半分は本気であったことを認識すれば、真実だったかもしれないと考え直してしまう。

 黛莉は預かり知らぬ所でまた『最凶』の伝説を一つ積み上げていた。

 さて、どうしたものか、と次の手を考えだす華坂爺と、いちおう自分についてであるが一緒になって頭を捻る円眞だ。う~ん、と二人揃って唸っているところへである。

 激しく床へ倒れ込む音が立った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...