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第3部
第2章:再会ー004ー
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かっと熱く昂る夬斗であった。
紅い眼の円眞の最後と思しき場面を聞かされて湧いた感情は怒りだ。雪南へ、どうしてクロガネ堂の爆破から逃れた後に、自分らへ姿を見せるなり連絡を取ってこなかったのか。特に朝の空を見上げることが日課となった黛莉の心情を思えば堪らない。
出会った当初から、雪南は考えが足りなすぎる。
そう口にしそうになった夬斗は寸前で噤む。説明が続いたからだ。
クロガネ堂の爆破から逃れた雪南が真っ先に向かうは祖父母の下であった。祈るように自宅に入れば、神も仏もない現実を目の当たりにする。せめて苦しまずに逝ったことを救いとするしかない血の海に沈む老夫婦の屍体だった。
雪南の人間爆弾として結果如何を問わず、人質の処分は決まっていた。
「あいつららしいな」
少し前とは打って変わって深い同情を寄せた夬斗は呟くよう口にする。雪南には事情があり、自分たちの前へ来られなかった理由がある。瞬間とはいえ、浅はかと断じた己れの不明を恥入った。
「夬斗、あいつらとは誰を指している?」
雪南の当然な疑問に、夬斗は頭をかきながらだ。
「逢魔七人衆。人質を取っての脅迫と、周囲を巻き込むほどの爆破は、あいつらが得意技とするところだからな」
「そうか、そうだったのか。ならば夬斗や黛莉に会いに行っていれば、こんな遠回りしてなかったのか。ダメだな、ワタシは」
しょげ返る雪南に、夬斗の頭をかく手が止まらない。
「ええいもう、しょうがないだろ。脅迫した相手を突き止めるのに、自分の安否を隠したほうが良いと俺だって思うぞ」
逢魔街に潜伏していた雪南が紅い眼の円眞と逢魔街の神々なる者たちの諍いに乗じた殲滅作戦を知らないはずがない。円眞の抹殺へやり損ねたとする者たちによる可能性を見たくらいは、夬斗でも想像がつく。雪南が祖父母を殺害した者の手がかりを、アンチスキル弾道弾に関わった連中に求めて世界へ飛び出たとしてもおかしな話しではなかった。
予想すらつかない点があるとすればである。
「それより、雪南。円眞が、ああなったのはいつからだ」
自分は円眞だと主張する者は、夬斗にすれば同一人物とは思えない。
軽く息を吐いてから雪南は答える。
「紅い円眞がワタシを助けて消えてからだ」
「それからずっとあの調子ってわけか」
ああ、と返事する雪南がとてもくたびれているように夬斗には見える。
「ワタシとしては円眞があんな風になってしまって、最初は夬斗たちに預けたほうがいいんじゃないかと思った」
「けれどあいつ自身が嫌がったのだろう。雪南とは離れたくないって」
「うん。それにワタシと一緒にいたほうが、元に戻るかもしれないと思い直したんだ。けど……」
言い淀んでいれば、夬斗としては悪い予感しかしない。
けど、と再び口にして雪南は話しを再開する。
「すぐ殺してしまうんだ。それも関係ない人たちも平気で。ワタシの好きな円眞に、ぜんぜん戻ってくれない……」
いいかな、とここでマテオが許可を求めてきた。
夬斗に異存はないし、雪南もうなずいている。
「アンチスキル弾開発に関わった要人の殺害。ラーダ・シャミルは……いやここでは雪南と呼んだほうがいいかな。雪南が手を下した数はいくつか答えられる?」
そ、それは……、と言ったきり雪南は沈黙してしまう。
やっぱりを描いた顔でマテオは言う。
「殺したのは、全てエンマと名乗る者がしたんだね」
「なんか解って訊いたみたいだな」
雪南ではなく夬斗の問いかけに、マテオは白銀の髪を少し揺らしてからだ。
「殺された者の傷具合と、なによりその鏖殺ぶりは、円眞とされる者がこれまで見せてきた能力の特徴に合致していたんだ。むしろ雪南の存在は証言を得られるまで可能性の一つくらいでしかなかったよ」
「だけど円眞は殺意を抱いて襲ってくるような相手でなければ殺せないようなヤツだったんだぜ」
「けれど一連の暗殺では、無関係な者もお構いなしときている。能力が有る無しにも関わらず、皆殺ししている」
俄に夬斗としては信じられない。いくら怪しげとはいえ円眞を名乗っているのだ。けれど確認を求めて振り向けた視線の先にある雪南は力なく首を縦に落としてくる。
「そんな、あいつが……いきなり皆殺しなんて……」
「過去に二度の事例があると聞いているけど」
組んだ両手を後頭部に当てたマテオが内容とは裏腹にのんびりした口調だ。
夬斗のほうは穏やかでいられるはずもない。
「それって、どれだよ」
「紅い眼が『神々の黄昏』の時に見せた虐殺と、クロガネ堂店主となった円眞が『逢魔七人衆』とその関係者が集う大広間で行われた鏖殺のことだよ」
マテオの挙げた事例に、夬斗は思わず苦笑してしまう。
「おいおい、逢魔七人衆の抹殺をあの円眞と断定するのは、どうなんだよ」
「そうかい? でも逢魔七人衆鏖殺を行う黎銕円眞の瞳は『黒』だったとする証言を得ているけどな」
そんなバカな、と言わんばかりに夬斗が前のめりになって訊く。
「皆殺しだったんだろ、あの場にいた者は全員殺されていたんだろ。なら、どうやったら証言を得られるんだよ」
「まるきり全員ってわけじゃない。社長の身近にも一人、生き残りがいたじゃないか」
ぐっと返事に詰まる夬斗だ。マテオの指摘する通り、確かにいる。
煕海彩香。クロガネ堂オーナーにして、未成年だった円眞の保護者として常に付き添っていた。
しまったとする顔をする夬斗へ、マテオはなお驚愕をもたらしてきた。
「それに、社長。黎銕円眞によって逢魔七人衆が壊滅したという噂は故意に流されたと考えたほうがいいとするが、異能力世界協会会長の見解なんだ」
夬斗にとっては悪夢としか捉えようがない可能性だった。
そして悪夢とはっきり言える事態が間近に控えていた。
紅い眼の円眞の最後と思しき場面を聞かされて湧いた感情は怒りだ。雪南へ、どうしてクロガネ堂の爆破から逃れた後に、自分らへ姿を見せるなり連絡を取ってこなかったのか。特に朝の空を見上げることが日課となった黛莉の心情を思えば堪らない。
出会った当初から、雪南は考えが足りなすぎる。
そう口にしそうになった夬斗は寸前で噤む。説明が続いたからだ。
クロガネ堂の爆破から逃れた雪南が真っ先に向かうは祖父母の下であった。祈るように自宅に入れば、神も仏もない現実を目の当たりにする。せめて苦しまずに逝ったことを救いとするしかない血の海に沈む老夫婦の屍体だった。
雪南の人間爆弾として結果如何を問わず、人質の処分は決まっていた。
「あいつららしいな」
少し前とは打って変わって深い同情を寄せた夬斗は呟くよう口にする。雪南には事情があり、自分たちの前へ来られなかった理由がある。瞬間とはいえ、浅はかと断じた己れの不明を恥入った。
「夬斗、あいつらとは誰を指している?」
雪南の当然な疑問に、夬斗は頭をかきながらだ。
「逢魔七人衆。人質を取っての脅迫と、周囲を巻き込むほどの爆破は、あいつらが得意技とするところだからな」
「そうか、そうだったのか。ならば夬斗や黛莉に会いに行っていれば、こんな遠回りしてなかったのか。ダメだな、ワタシは」
しょげ返る雪南に、夬斗の頭をかく手が止まらない。
「ええいもう、しょうがないだろ。脅迫した相手を突き止めるのに、自分の安否を隠したほうが良いと俺だって思うぞ」
逢魔街に潜伏していた雪南が紅い眼の円眞と逢魔街の神々なる者たちの諍いに乗じた殲滅作戦を知らないはずがない。円眞の抹殺へやり損ねたとする者たちによる可能性を見たくらいは、夬斗でも想像がつく。雪南が祖父母を殺害した者の手がかりを、アンチスキル弾道弾に関わった連中に求めて世界へ飛び出たとしてもおかしな話しではなかった。
予想すらつかない点があるとすればである。
「それより、雪南。円眞が、ああなったのはいつからだ」
自分は円眞だと主張する者は、夬斗にすれば同一人物とは思えない。
軽く息を吐いてから雪南は答える。
「紅い円眞がワタシを助けて消えてからだ」
「それからずっとあの調子ってわけか」
ああ、と返事する雪南がとてもくたびれているように夬斗には見える。
「ワタシとしては円眞があんな風になってしまって、最初は夬斗たちに預けたほうがいいんじゃないかと思った」
「けれどあいつ自身が嫌がったのだろう。雪南とは離れたくないって」
「うん。それにワタシと一緒にいたほうが、元に戻るかもしれないと思い直したんだ。けど……」
言い淀んでいれば、夬斗としては悪い予感しかしない。
けど、と再び口にして雪南は話しを再開する。
「すぐ殺してしまうんだ。それも関係ない人たちも平気で。ワタシの好きな円眞に、ぜんぜん戻ってくれない……」
いいかな、とここでマテオが許可を求めてきた。
夬斗に異存はないし、雪南もうなずいている。
「アンチスキル弾開発に関わった要人の殺害。ラーダ・シャミルは……いやここでは雪南と呼んだほうがいいかな。雪南が手を下した数はいくつか答えられる?」
そ、それは……、と言ったきり雪南は沈黙してしまう。
やっぱりを描いた顔でマテオは言う。
「殺したのは、全てエンマと名乗る者がしたんだね」
「なんか解って訊いたみたいだな」
雪南ではなく夬斗の問いかけに、マテオは白銀の髪を少し揺らしてからだ。
「殺された者の傷具合と、なによりその鏖殺ぶりは、円眞とされる者がこれまで見せてきた能力の特徴に合致していたんだ。むしろ雪南の存在は証言を得られるまで可能性の一つくらいでしかなかったよ」
「だけど円眞は殺意を抱いて襲ってくるような相手でなければ殺せないようなヤツだったんだぜ」
「けれど一連の暗殺では、無関係な者もお構いなしときている。能力が有る無しにも関わらず、皆殺ししている」
俄に夬斗としては信じられない。いくら怪しげとはいえ円眞を名乗っているのだ。けれど確認を求めて振り向けた視線の先にある雪南は力なく首を縦に落としてくる。
「そんな、あいつが……いきなり皆殺しなんて……」
「過去に二度の事例があると聞いているけど」
組んだ両手を後頭部に当てたマテオが内容とは裏腹にのんびりした口調だ。
夬斗のほうは穏やかでいられるはずもない。
「それって、どれだよ」
「紅い眼が『神々の黄昏』の時に見せた虐殺と、クロガネ堂店主となった円眞が『逢魔七人衆』とその関係者が集う大広間で行われた鏖殺のことだよ」
マテオの挙げた事例に、夬斗は思わず苦笑してしまう。
「おいおい、逢魔七人衆の抹殺をあの円眞と断定するのは、どうなんだよ」
「そうかい? でも逢魔七人衆鏖殺を行う黎銕円眞の瞳は『黒』だったとする証言を得ているけどな」
そんなバカな、と言わんばかりに夬斗が前のめりになって訊く。
「皆殺しだったんだろ、あの場にいた者は全員殺されていたんだろ。なら、どうやったら証言を得られるんだよ」
「まるきり全員ってわけじゃない。社長の身近にも一人、生き残りがいたじゃないか」
ぐっと返事に詰まる夬斗だ。マテオの指摘する通り、確かにいる。
煕海彩香。クロガネ堂オーナーにして、未成年だった円眞の保護者として常に付き添っていた。
しまったとする顔をする夬斗へ、マテオはなお驚愕をもたらしてきた。
「それに、社長。黎銕円眞によって逢魔七人衆が壊滅したという噂は故意に流されたと考えたほうがいいとするが、異能力世界協会会長の見解なんだ」
夬斗にとっては悪夢としか捉えようがない可能性だった。
そして悪夢とはっきり言える事態が間近に控えていた。
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