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第10章

越前の快投

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 習志野マネージャー・林は呆然とミカエルの速攻を見ていた。なんだこれは。夢でも見ているのだろうか・・・・・。うちの2軍は普通の高校の野球部より遥かに強い。それは確かだ。それが大会に他校との合同チームで出場し、1回戦負けする様な弱小野球部に初回から5点も奪われるなんて。こんな馬鹿な事がありえるだろうか・・・・・。何とか3アウトを取って引き揚げてきた1年生主体の2軍メンバーに林は当たり散らした。
「お前ら馬鹿か。こんな何処の馬の骨とも分からん雑魚高校に5点も取られて。そんなんじゃ1軍など絶対に無理だぞ。」
「しかし、こいつらかなりやりますよ。何処の高校なんですか?ミカエルって。」
「・・・・・・県内だそうだ。」
「そんな高校、聞いた事がありません。」
「そりゃあそうだろう。去年の大会には合同チームで出場したそうだ。しかも1回戦負けだ。」
「本当なんですか。それ。そんな高校に全然見えませんよ。」
「五月蠅い。言い訳をするな。奴らが3流チームである事は、女がメンバーに入ってることを見ても明らかだろうが。そんなチームにお前らは5点も取られたんだぞ。女にもヒットを献上して。恥はないのか、恥は。」
「・・・・・・。」
 皆、俯いて黙り込んでいる。
「しっかりしろ、馬鹿共が。直ぐに取り返すんだ。習志野の意地に掛けて。この回12点取れば、7点差でコールドだ。何としてもこの回でこの下らない試合を、直ぐに終わらせ・・・・・。」
 林は発破を掛けている途中で言葉を飲み込んだ。マウンドに上がったミカエルの左ピッチャーの投じた剛速球がキャッチャーミットに収まる音が空気を震わせたからだ。
「ナイスボール。球が走っているぞ。越前。」
 黒田が投げ返したボールを受け取った越前は、2球、3球とビシビシ投げ込んでいく。林は目を見開いて驚愕した。なんだ、このピッチャーの球は。一体何キロ出ているんだ。140キロ以上は出ているぞ。習志野の1軍エース・小川と比べても遜色ないのではないか。何故こんな高校にこんな奴がいるんだ?
「ビビるな。お前ら1軍に上がりたければ、この程度の球速のピッチャーを打ち崩せないと話にならんぞ。」
 実は発破を掛けた林本人が一番臆していたが、それをおくびにも出す訳にはいかない。
「おい、吉野。バットを短く持って、ストレートを狙うんだ。」
 林は1番バッターに耳打ちした。短く「はい。」と返事した吉野は右バッターボックスに入る。
「越前君、頑張って!」
 愛菜が声援を送る中、越前は振りかぶって第1球を投じた。外角高め、ストライク。バッターは見逃した。2球目、内角高めの球をスイング。空振り。2球でバッターを追い込んだのだが、咲良は不安を覚えた。球が高い。球は速いのだが、高めにボールが行くのが越前の弱点だ。初の練習試合で取り組んで来た課題がすっかり飛んでしまっている様だ。
「越前君、ボール低めに。制球、制球!」
 咲良は声を上げた。それが聞こえたのかは定かではないが、3球目は外角低めに決め球スプリットチェンジが投じられた。空振り三振である。
「ワンアウト。ナイスピッチ!」
「越前君、ナイスピッチ!」
 咲良・愛菜が声を出した。1球目、2球目はボールが高かったが、最後の決め球は見事にストライクゾーンから落ちたボール球である。これ以上ない球だ。少しは特訓の成果が出た様だ。幸先の良い立ち上がりである。越前は波に乗った。ストレートとスプリットチェンジを組み合わせて続く2番、3番も三振に斬って取ったのだ。3者連続3球三振である。遊び球を使わない越前の真骨頂であった。

 野球は守備でリズムを作るものだ。守備の時間が短く、テンポよく相手の攻撃を退けると不思議とこちらの攻撃にも波及する。ミカエルナインはその後も得点を重ね、越前はテンポよく相手の打者を抑え込んだ。3回の裏を終えて9対0と習志野2軍を圧倒したのである。
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