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第10章
この世は丸い
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さくが弥三郎の部屋に戻ると、はるが弥三郎と楽しそうに談笑していた。はるの朗らかな笑い声が響く。さくが見る限りではとても人と話をしない等とは思えなかった。弥三郎が話をするのは、さく・はる限定という事らしい。この城の者には心を許せないという事なのだとしたら・・・・・。弥三郎の孤独な胸の内の一端を覗き、さくはこの若殿を気の毒に思う。
「あっ!姫様。」
さくに気付いた、はるが笑いながら声を掛ける。
「何を話しているのですか?」
「それが弥三郎様が珍妙な話をされるのです。」
「珍妙な話?」
「弥三郎様が仰るにはこの世は丸いのだそうです。端と端が繋がっていると。」
「どういうことですか?」
さくの質問に弥三郎は答える。
「この世は団子の様に丸い形をしている。」
さくには弥三郎の言ってる意味が分からない。
「そんな訳がありませぬ。」
「それでは、さくはこの世に存在する国々を知っておるか?」
「無論。知っております。」
「言ってみよ。」
さくは何故そんな分かり切った事を弥三郎が聞くのか疑問に思った。
「この日の本の先に唐(中国)が御座います。その先が天竺(印度)で御座います。」
「それから?」
弥三郎は含み笑いを漏らした。
「天竺の先はどうなっておる?」
「ありません。」
「それでは天竺より先に進んだら?」
「その先は何もありません。無です。無の中に入ると地獄まで真っ逆さまです。」
それを聞いた弥三郎は腹を抱えて転げ回った。さくとはるは呆気に取られる。二人には一体、何が可笑しいのかが分からなかった。
「一体、何が可笑しいのですか?」
弥三郎は身を起こすと、居住まいを正し、二人に向き直った。
「すまん。すまん。さくの見識があまりに古いのでな。」
「どういう事でしょう?」
「さくよ。天竺の先には、まだ沢山の国があるのだ。」
「????。天竺の先に?」
「そうじゃ。いろんな人間がおる。体の色が黒い者や髪の毛が赤い者。目の色が青かったり、目が四つあるものも。」
「それは物の怪の事ではないのですか?」
弥三郎は今度はプッと吹き出すと、またゲラゲラと笑い転げた。さくはどうやら自分が笑われているようだと理解し、いささか不愉快になった。何故、笑うのだ。自分は正常だ。異常なのは弥三郎ではないか。天竺の先に国があるだの、目が四つある人がおるだの。到底信じられるものではなかった。
「弥三郎様の仰ることは到底、信じられません。」
弥三郎はおもむろに立ち上がると、棚から大きい団子の様なものを出してくる。
「これを見てみよ。」
「なんでしょうか。これは?」
巨大な団子の表面に何らかの図が書いてある。さくが初めて見るものであった。
「この世の見取り図よ。」
「見取り図?」
弥三郎は指で図を示し、説明を始める。
「ここが日の本。ここが唐。ここが天竺。」
さくは仰天した。日本の小さい事に。そして日の本以外の国々の大きい事。天竺の先に他の国々がある事に。
「こ、これがこの世の、み、見取り図。」
「そうじゃ、この様にこの世は丸い。果てなど無いのだ。」
「この様なものを一体、何処で手に入れたのですか?」
「城下町じゃ。この城下町にも上方の珍しきものが入って来る伝手があるのだ。」
まさか田舎だと思っていたこの国に、この様なものを手に入れる伝手があるというのか・・・・・。弥三郎、侮り難し。さくは食い入るように「地球儀」を見ていてふと閃いた。
「弥三郎様。今の話を大殿に話して差し上げたら如何でしょうか?」
「・・・・・。その内、機会があったらな・・・。」
消極的な弥三郎。だが、さくはこの弥三郎の目新しい知識こそ、親子関係を打開する鍵になるやもしれぬと思い付いた。
「実は、大殿がこれからは食事を家族皆で摂りたいと申しております。」
「・・・・・・・。」
「明日の朝から一緒にお食事を。」
「嫌じゃ。私は部屋で一人で食べたい。」
「何故で御座いますか。食事は一人で食べるより、皆で食べる方が美味しゅう御座いますよ。」
「私が一緒だと皆、気を遣う。」
「それは逆で御座います。大殿は弥三郎様が部屋で一人、何をされているのかと大層、気を揉んでおります。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「やはり、止めておく。私は一人が良い。」
駄々を捏ねる弥三郎にさくは内心舌打ちをした。甘ったれた餓鬼め。ここは強硬手段しかない。
「いいえ。そうはいきません。これは大殿の命に御座います。弥三郎様は跡継ぎと謂えども、現時点では大殿の臣下に御座います。主命には従って頂きます。」
「嫌じゃ。死んでも行かん。私は部屋から一歩たりとも出ないぞ。」
「死んでも出ないと言われますか。」
「そうじゃ。」
さくは甘ったれた餓鬼に無表情に言い放った。
「それでは、もう一度、刺して差し上げましょうか。」
はるに聞こえぬように弥三郎の耳元で小さく囁きながら、懐の懐剣をちらつかせた。
「待て、待て。行く、行く。皆で食事をするから早まるな。」
弥三郎は昼の出来事が余程、堪えたと見え、両手を上に挙げて降伏の意を表した。恐れおののく弥三郎に、はるは怪訝な表情を見せた。
「そうですか。ご翻意されたようですね。では、明日の朝餉から皆で食べるという事で宜しいですか?」
「よ、よい。分かった。」
さくは内心、思い知ったか糞餓鬼めと快哉を叫んだ。糞餓鬼と言っても弥三郎の方が年上であるのだが、さくからは頼りない餓鬼にしか見えないのだ。手の掛かる阿保め。
「食事をするだけで良いのだな。」
「お話をなさって下さい。」
「何を話す?話す事が無い。」
「・・・・・・・。弥三郎様。いいですか。例え話す事が無かったとしても、一国の主となる者なら、話す事を見つけて臣下の者と円滑に語らうぐらいの事が出来なければ、とても国を治める事は出来ませんよ。お分かりになりますか?」
「・・・・・・・。さくが私の立場であったならば何を話す。」
弥三郎は世間話が出来ないと言う。何を話すべきか年少のさくに聞くとは・・・・・益体も無い男である。半ば呆れながら、さくは助け船を出す。
「先程、話してくれたではありませんか。この世は丸いとか。天竺の先に目が四つある人が居るとか。弥三郎様がお持ちの知識や疑問に思ってる事など、忌憚なく話せば宜しいではありませんか。他人には話せない事でも、家族になら話せるものです。」
「・・・・・・。そうか、その様な事を話せば良いのじゃな。」
「あの団子球(地球儀)をお持ちになられたら宜しいのでは。」
「そうだな。父上に外の世界の事をお聞かせ致そう。」
さくの提案に弥三郎は乗っかった。先程の話を団子球を見せながら大殿に聞かせれば、きっと驚く事であろう。大殿の弥三郎を見る目が変わる筈である。さくはそう頭の中で算段を付けたのである。
「あっ!姫様。」
さくに気付いた、はるが笑いながら声を掛ける。
「何を話しているのですか?」
「それが弥三郎様が珍妙な話をされるのです。」
「珍妙な話?」
「弥三郎様が仰るにはこの世は丸いのだそうです。端と端が繋がっていると。」
「どういうことですか?」
さくの質問に弥三郎は答える。
「この世は団子の様に丸い形をしている。」
さくには弥三郎の言ってる意味が分からない。
「そんな訳がありませぬ。」
「それでは、さくはこの世に存在する国々を知っておるか?」
「無論。知っております。」
「言ってみよ。」
さくは何故そんな分かり切った事を弥三郎が聞くのか疑問に思った。
「この日の本の先に唐(中国)が御座います。その先が天竺(印度)で御座います。」
「それから?」
弥三郎は含み笑いを漏らした。
「天竺の先はどうなっておる?」
「ありません。」
「それでは天竺より先に進んだら?」
「その先は何もありません。無です。無の中に入ると地獄まで真っ逆さまです。」
それを聞いた弥三郎は腹を抱えて転げ回った。さくとはるは呆気に取られる。二人には一体、何が可笑しいのかが分からなかった。
「一体、何が可笑しいのですか?」
弥三郎は身を起こすと、居住まいを正し、二人に向き直った。
「すまん。すまん。さくの見識があまりに古いのでな。」
「どういう事でしょう?」
「さくよ。天竺の先には、まだ沢山の国があるのだ。」
「????。天竺の先に?」
「そうじゃ。いろんな人間がおる。体の色が黒い者や髪の毛が赤い者。目の色が青かったり、目が四つあるものも。」
「それは物の怪の事ではないのですか?」
弥三郎は今度はプッと吹き出すと、またゲラゲラと笑い転げた。さくはどうやら自分が笑われているようだと理解し、いささか不愉快になった。何故、笑うのだ。自分は正常だ。異常なのは弥三郎ではないか。天竺の先に国があるだの、目が四つある人がおるだの。到底信じられるものではなかった。
「弥三郎様の仰ることは到底、信じられません。」
弥三郎はおもむろに立ち上がると、棚から大きい団子の様なものを出してくる。
「これを見てみよ。」
「なんでしょうか。これは?」
巨大な団子の表面に何らかの図が書いてある。さくが初めて見るものであった。
「この世の見取り図よ。」
「見取り図?」
弥三郎は指で図を示し、説明を始める。
「ここが日の本。ここが唐。ここが天竺。」
さくは仰天した。日本の小さい事に。そして日の本以外の国々の大きい事。天竺の先に他の国々がある事に。
「こ、これがこの世の、み、見取り図。」
「そうじゃ、この様にこの世は丸い。果てなど無いのだ。」
「この様なものを一体、何処で手に入れたのですか?」
「城下町じゃ。この城下町にも上方の珍しきものが入って来る伝手があるのだ。」
まさか田舎だと思っていたこの国に、この様なものを手に入れる伝手があるというのか・・・・・。弥三郎、侮り難し。さくは食い入るように「地球儀」を見ていてふと閃いた。
「弥三郎様。今の話を大殿に話して差し上げたら如何でしょうか?」
「・・・・・。その内、機会があったらな・・・。」
消極的な弥三郎。だが、さくはこの弥三郎の目新しい知識こそ、親子関係を打開する鍵になるやもしれぬと思い付いた。
「実は、大殿がこれからは食事を家族皆で摂りたいと申しております。」
「・・・・・・・。」
「明日の朝から一緒にお食事を。」
「嫌じゃ。私は部屋で一人で食べたい。」
「何故で御座いますか。食事は一人で食べるより、皆で食べる方が美味しゅう御座いますよ。」
「私が一緒だと皆、気を遣う。」
「それは逆で御座います。大殿は弥三郎様が部屋で一人、何をされているのかと大層、気を揉んでおります。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「やはり、止めておく。私は一人が良い。」
駄々を捏ねる弥三郎にさくは内心舌打ちをした。甘ったれた餓鬼め。ここは強硬手段しかない。
「いいえ。そうはいきません。これは大殿の命に御座います。弥三郎様は跡継ぎと謂えども、現時点では大殿の臣下に御座います。主命には従って頂きます。」
「嫌じゃ。死んでも行かん。私は部屋から一歩たりとも出ないぞ。」
「死んでも出ないと言われますか。」
「そうじゃ。」
さくは甘ったれた餓鬼に無表情に言い放った。
「それでは、もう一度、刺して差し上げましょうか。」
はるに聞こえぬように弥三郎の耳元で小さく囁きながら、懐の懐剣をちらつかせた。
「待て、待て。行く、行く。皆で食事をするから早まるな。」
弥三郎は昼の出来事が余程、堪えたと見え、両手を上に挙げて降伏の意を表した。恐れおののく弥三郎に、はるは怪訝な表情を見せた。
「そうですか。ご翻意されたようですね。では、明日の朝餉から皆で食べるという事で宜しいですか?」
「よ、よい。分かった。」
さくは内心、思い知ったか糞餓鬼めと快哉を叫んだ。糞餓鬼と言っても弥三郎の方が年上であるのだが、さくからは頼りない餓鬼にしか見えないのだ。手の掛かる阿保め。
「食事をするだけで良いのだな。」
「お話をなさって下さい。」
「何を話す?話す事が無い。」
「・・・・・・・。弥三郎様。いいですか。例え話す事が無かったとしても、一国の主となる者なら、話す事を見つけて臣下の者と円滑に語らうぐらいの事が出来なければ、とても国を治める事は出来ませんよ。お分かりになりますか?」
「・・・・・・・。さくが私の立場であったならば何を話す。」
弥三郎は世間話が出来ないと言う。何を話すべきか年少のさくに聞くとは・・・・・益体も無い男である。半ば呆れながら、さくは助け船を出す。
「先程、話してくれたではありませんか。この世は丸いとか。天竺の先に目が四つある人が居るとか。弥三郎様がお持ちの知識や疑問に思ってる事など、忌憚なく話せば宜しいではありませんか。他人には話せない事でも、家族になら話せるものです。」
「・・・・・・。そうか、その様な事を話せば良いのじゃな。」
「あの団子球(地球儀)をお持ちになられたら宜しいのでは。」
「そうだな。父上に外の世界の事をお聞かせ致そう。」
さくの提案に弥三郎は乗っかった。先程の話を団子球を見せながら大殿に聞かせれば、きっと驚く事であろう。大殿の弥三郎を見る目が変わる筈である。さくはそう頭の中で算段を付けたのである。
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