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第四章 太陽の庭
第二十二話 未来を夢見て
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太陽の庭を辞した杏子は、宮部に告げたとおり、坂道を上まで登り切ったところにある神社に立ち寄った。こぢんまりとした神社は、裏手に林を背負っていても、日差しがたっぷり降り注ぐ日だまりの中にあった。社務所などは見当たらず、神主も居ない小さな社であるが、氏子に大切にされているのか、手入れが行き届いた気持ちの良い場所であった。
引っ越しの挨拶に加え、住まいのことや仕事のこと、そしてナツキのことも宮部のことも、全部まとめて、とにかくうまくいきますように、と、いささか乱暴な願い事をしてから、杏子は坂を下り始めた。今度は、砂利の小道の先に、宮部の姿は見えなかった。ほんの少し何かを期待していた杏子は、今日はもう、予想していた以上の収穫があったではないかと、そう自分に言い聞かせ坂を下りた。
5分と待たずにやってきたバスに乗り、もと居た駅まで戻ると、三時半を少し回った位だった。駅前にあるという不動産屋は、宮部が駅向こうと表現した、駅を挟んで海側、すなわち駅の南側の商店街の中にあった。海側は、山側に比べ再開発が進んでいるようで、中層マンションや商店街、大型スーパーや学習塾などが広い国道沿いに展開していた。
不動産屋で何軒かの候補の資料をもらった杏子は、駅から100mほど歩いた国道沿いのビジネスホテルに部屋を取ることが出来た。
単身者用のマンションが、そのまま宿泊施設に利用されたような建物の、管理人室に当たる部屋がフロントになっていた。三日分の料金を前払いし、杏子は連泊を決め込んだ。
部屋に入った杏子は、狭いシングルベッドに横たわり、LEDらしい淡い光の天井照明を見つめながら、今日の出来事を思い返していた。途中で寄ったスーパーで食料を買い込んだので、部屋に備え付けの冷蔵庫に仕舞った方が良いのだが、この数ヵ月、部屋に篭りきりですっかり運動不足になっていたため、もう体が言うことを聞いてくれそうにない。
それにしても、杏子自身、あまりの順調さに驚いている。今日は、目論見通り、宮部夏樹に会えた。彼の圃場は、正に太陽の庭と称するべき、暖かさと力強さに満ちあふれた場所だった。そこで過ごした今日のひと時を、杏子は、頭の中で何度も何度も再生した。彼の育てる植物は、下心なしに素晴らしいものだった。しかし、何よりも杏子の心を惹きつけたのは、宮部夏樹という男。大きく厳つい体に、優しげな目元、心暖まるような笑顔。棘に縁取られた堅い葉を持ちながら優美な曲線で人を魅了する、そんな彼の植物に、宮部はどこか似たところがある。
彼がナツキなのかどうか、それを確かめるために遙々やってきた杏子だが、いつの間にか、彼がナツキであってほしいと思うようになっていた。いや、たとえ彼がナツキでなかったとしても、宮部夏樹という男のことをもっと知りたい。それが自分の本心であると言うことに、杏子は気づいてしまった。
杏子が頼み込めば、宮部の伯母の家に住むことも出来るだろう。住むところが決まれば、彼の植物を買っても良いかもしれない。そうすれば、時折太陽の庭を訪ねていく理由が出来る。この町に住んで、彼のことをもっと知りたい。そのうちに、彼がナツキであるのかどうかを確かめられたら、自分が杏なのだと明かしてみよう。
そんな風に想像して、トクトクと高鳴る自分の胸音を聞きながら、疲れ切った体に引きずられるように、杏子の意識は夢の中へと遠のいた。玄関に放置した買い物袋も、明日の着替えが詰まったボストンも、春の陽気に緩んで崩れた化粧も、何もかもをそのままにして。
引っ越しの挨拶に加え、住まいのことや仕事のこと、そしてナツキのことも宮部のことも、全部まとめて、とにかくうまくいきますように、と、いささか乱暴な願い事をしてから、杏子は坂を下り始めた。今度は、砂利の小道の先に、宮部の姿は見えなかった。ほんの少し何かを期待していた杏子は、今日はもう、予想していた以上の収穫があったではないかと、そう自分に言い聞かせ坂を下りた。
5分と待たずにやってきたバスに乗り、もと居た駅まで戻ると、三時半を少し回った位だった。駅前にあるという不動産屋は、宮部が駅向こうと表現した、駅を挟んで海側、すなわち駅の南側の商店街の中にあった。海側は、山側に比べ再開発が進んでいるようで、中層マンションや商店街、大型スーパーや学習塾などが広い国道沿いに展開していた。
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単身者用のマンションが、そのまま宿泊施設に利用されたような建物の、管理人室に当たる部屋がフロントになっていた。三日分の料金を前払いし、杏子は連泊を決め込んだ。
部屋に入った杏子は、狭いシングルベッドに横たわり、LEDらしい淡い光の天井照明を見つめながら、今日の出来事を思い返していた。途中で寄ったスーパーで食料を買い込んだので、部屋に備え付けの冷蔵庫に仕舞った方が良いのだが、この数ヵ月、部屋に篭りきりですっかり運動不足になっていたため、もう体が言うことを聞いてくれそうにない。
それにしても、杏子自身、あまりの順調さに驚いている。今日は、目論見通り、宮部夏樹に会えた。彼の圃場は、正に太陽の庭と称するべき、暖かさと力強さに満ちあふれた場所だった。そこで過ごした今日のひと時を、杏子は、頭の中で何度も何度も再生した。彼の育てる植物は、下心なしに素晴らしいものだった。しかし、何よりも杏子の心を惹きつけたのは、宮部夏樹という男。大きく厳つい体に、優しげな目元、心暖まるような笑顔。棘に縁取られた堅い葉を持ちながら優美な曲線で人を魅了する、そんな彼の植物に、宮部はどこか似たところがある。
彼がナツキなのかどうか、それを確かめるために遙々やってきた杏子だが、いつの間にか、彼がナツキであってほしいと思うようになっていた。いや、たとえ彼がナツキでなかったとしても、宮部夏樹という男のことをもっと知りたい。それが自分の本心であると言うことに、杏子は気づいてしまった。
杏子が頼み込めば、宮部の伯母の家に住むことも出来るだろう。住むところが決まれば、彼の植物を買っても良いかもしれない。そうすれば、時折太陽の庭を訪ねていく理由が出来る。この町に住んで、彼のことをもっと知りたい。そのうちに、彼がナツキであるのかどうかを確かめられたら、自分が杏なのだと明かしてみよう。
そんな風に想像して、トクトクと高鳴る自分の胸音を聞きながら、疲れ切った体に引きずられるように、杏子の意識は夢の中へと遠のいた。玄関に放置した買い物袋も、明日の着替えが詰まったボストンも、春の陽気に緩んで崩れた化粧も、何もかもをそのままにして。
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