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第七章 猜疑心
第四十三話 ぽっちゃりですが、何か?
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宮部は結局、杏子の弁当の三分の一ほどを平らげた。食後には、水筒の珈琲を大絶賛されて、気前よく半分宮部に分けた杏子は、少し食べ足りなかった分を、宮部が勧めるまま、出された茶菓子で腹を膨らませることになった。
「この間も思ったけど、杏子さんて、本当に美味しそうに食べるんだな。見てて気持ちがいいよ。」
揶揄も何もない正直な言葉だったのだろうが、女としては微妙な評価である気がして、杏子は、すみませんと呟いて俯いた。次の瓦煎餅に手が伸びかけていたが、それも慌てて引っ込めた。
宮部は誤解を与えたと思ったのか、慌てて言い添えた。
「いや、ほんとに。少食ぶって食事を残す奴とか、わざとらしくおちょぼ口で食べる奴とか。見てて気持ちいいもんじゃないぞ。ありきたりだけど…食べ物ってのは、動植物の命をもらってるんだから、有り難く頂かないと。生産者の端くれとしては、そう思うわけ。」
杏子の食べっぷりのよさを宮部が好む理由が、意外にも真面目なものであったことに、杏子は少し驚いた。
「その点、杏子さんはいいよ。おにぎりや煎餅に大きくかぶり付くところ、好きだなあ。食べるの好きだろ?見ててわかるよ。」
宮部はにこやかに杏子を見つめている。ずばり図星を指されて、杏子は居たたまれなくなって、益々俯いた。
「どうせ、その辺の女の子とちがってスリムじゃないもん。美味しいもの食べると幸せなんだもん…。」
「だから。美味しく食べる杏子さんがいいんだって。解ってないな。その辺のガリガリの女よりずっといい。もちもちした頬もいいし、ふにふにした手もいいし。」
何だそれ、と、持ち上げきれていない宮部のフォローに笑いを堪えながらも、まだ機嫌を直してやるものかと、杏子は下を向き続けた。
「…それから、肉感のある脚もいいし、しっかり張り出した尻もいいし、薄っぺら過ぎない腹もいいし、その上の大きくて柔らかそうな…」
「わかった!わかったから!!」
杏子は、呆気なく白旗を上げた。これ以上俯き続けて、宮部の恥ずかしい言葉を聞き続けることは、杏子には耐えられなかった。
「機嫌直った?」
すっかり逆上せ顔の杏子とは裏腹に、涼しい顔をした宮部が、爽やかな笑みを湛えてそこに居た。
「明日からお弁当作ってくるね。」
午前中の慣れない作業による疲労に加え、宮部の言葉攻めにも逢い、杏子は心身ともにダメージを受けて、力無くそう呟くのが精一杯であった。
昼食を終えて二人が再び外へ出ると、ちょうどそこへ、宅配業者のトラックがバックで砂利道を下がってきた。
石段の荷物の集荷に来たようで、ドライバーは宮部と二、三言交わすと、荷台の扉を開けて次々とダンボール箱を積み、また直ぐに走り去った。
「ごめん、お待たせ。」
ハウスの中で先に作業に戻っていた杏子の元へ、宮部が小走りに戻ってきた。
「商売繁盛みたいね。」
「出張中は出荷できないから、その前後は注文が立て込むんだ。いつもはあんなに無いよ。」
ラベルの事について何か言うかと身構えた杏子であったが、宮部は気にも留めていないのか、あっさりと作業に戻った。それ以上何も聞くことはせず、杏子も黙々と作業を続けた。
午後の二時間もあっという間に過ぎた。杏子は、疲れた体に鞭打って、どうにかペダルを漕いで自宅に帰り着いた。
帰り際、宮部は、よく頑張ったと杏子を誉めた。杏子もまた、よく頑張ったと、自分でも思った。
(あと三日の研修と、宮部さんの留守中の五日間。少しは痩せるかも…。)
悲鳴をあげる筋肉を宥めるように、湯船の中であちらこちらをマッサージをしながら、杏子は、宮部に揶揄われた自分の体を見下ろした。宮部の言葉は、正に、言い得て妙である。杏子の体型は、良く言えばぽっちゃり、悪く言えば小太りなのだ。宮部はそれが良いと言ったが、痩せられるものなら痩せたいというのが女心である。
今、杏子が目にしている、湯の中に横たわる剥き出しの肉そのものではなく、洋服を隔てたラインであるとはいえ、宮部が、この体を、あんな風に言い表せる程に具に見ていたのかと思うと、杏子は全身の血が沸き立つのを感じた。
(長湯し過ぎたかな。逆上せちゃった…。)
熱を帯びた体は、湯を上がっても、一向に冷める気配はなかった。
「この間も思ったけど、杏子さんて、本当に美味しそうに食べるんだな。見てて気持ちがいいよ。」
揶揄も何もない正直な言葉だったのだろうが、女としては微妙な評価である気がして、杏子は、すみませんと呟いて俯いた。次の瓦煎餅に手が伸びかけていたが、それも慌てて引っ込めた。
宮部は誤解を与えたと思ったのか、慌てて言い添えた。
「いや、ほんとに。少食ぶって食事を残す奴とか、わざとらしくおちょぼ口で食べる奴とか。見てて気持ちいいもんじゃないぞ。ありきたりだけど…食べ物ってのは、動植物の命をもらってるんだから、有り難く頂かないと。生産者の端くれとしては、そう思うわけ。」
杏子の食べっぷりのよさを宮部が好む理由が、意外にも真面目なものであったことに、杏子は少し驚いた。
「その点、杏子さんはいいよ。おにぎりや煎餅に大きくかぶり付くところ、好きだなあ。食べるの好きだろ?見ててわかるよ。」
宮部はにこやかに杏子を見つめている。ずばり図星を指されて、杏子は居たたまれなくなって、益々俯いた。
「どうせ、その辺の女の子とちがってスリムじゃないもん。美味しいもの食べると幸せなんだもん…。」
「だから。美味しく食べる杏子さんがいいんだって。解ってないな。その辺のガリガリの女よりずっといい。もちもちした頬もいいし、ふにふにした手もいいし。」
何だそれ、と、持ち上げきれていない宮部のフォローに笑いを堪えながらも、まだ機嫌を直してやるものかと、杏子は下を向き続けた。
「…それから、肉感のある脚もいいし、しっかり張り出した尻もいいし、薄っぺら過ぎない腹もいいし、その上の大きくて柔らかそうな…」
「わかった!わかったから!!」
杏子は、呆気なく白旗を上げた。これ以上俯き続けて、宮部の恥ずかしい言葉を聞き続けることは、杏子には耐えられなかった。
「機嫌直った?」
すっかり逆上せ顔の杏子とは裏腹に、涼しい顔をした宮部が、爽やかな笑みを湛えてそこに居た。
「明日からお弁当作ってくるね。」
午前中の慣れない作業による疲労に加え、宮部の言葉攻めにも逢い、杏子は心身ともにダメージを受けて、力無くそう呟くのが精一杯であった。
昼食を終えて二人が再び外へ出ると、ちょうどそこへ、宅配業者のトラックがバックで砂利道を下がってきた。
石段の荷物の集荷に来たようで、ドライバーは宮部と二、三言交わすと、荷台の扉を開けて次々とダンボール箱を積み、また直ぐに走り去った。
「ごめん、お待たせ。」
ハウスの中で先に作業に戻っていた杏子の元へ、宮部が小走りに戻ってきた。
「商売繁盛みたいね。」
「出張中は出荷できないから、その前後は注文が立て込むんだ。いつもはあんなに無いよ。」
ラベルの事について何か言うかと身構えた杏子であったが、宮部は気にも留めていないのか、あっさりと作業に戻った。それ以上何も聞くことはせず、杏子も黙々と作業を続けた。
午後の二時間もあっという間に過ぎた。杏子は、疲れた体に鞭打って、どうにかペダルを漕いで自宅に帰り着いた。
帰り際、宮部は、よく頑張ったと杏子を誉めた。杏子もまた、よく頑張ったと、自分でも思った。
(あと三日の研修と、宮部さんの留守中の五日間。少しは痩せるかも…。)
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今、杏子が目にしている、湯の中に横たわる剥き出しの肉そのものではなく、洋服を隔てたラインであるとはいえ、宮部が、この体を、あんな風に言い表せる程に具に見ていたのかと思うと、杏子は全身の血が沸き立つのを感じた。
(長湯し過ぎたかな。逆上せちゃった…。)
熱を帯びた体は、湯を上がっても、一向に冷める気配はなかった。
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