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第十一章 Break the Ice
第九十三話 独りぼっちの誕生日
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親を失った真奈美の言葉は、杏子の沸き立った頭を冷やすのに充分な力があった。冷静になってみれば、母のことを真奈美に愚痴るなど無神経だったと、杏子は後になって反省したのだった。
あれ以来、志保里からは何の音沙汰もなかった。赦してくれるなら一緒に暮らして欲しいと、そう言った志保里の言葉を杏子は思い出したが、赦すも何も、と杏子は思うのである。
愛されなかった原因が明らかになったところで、過去に戻ってやり直せるわけではない。過去に戻れたところで、その原因が杏子にないのであれば、やり直しのしようもないのだ。
愛のない夫婦の間に生まれて、運が悪かったということなのか。否、夫に愛されなかった妻が皆、子供を愛せないわけではないのだから、志保里の子に生まれた不運を恨めということなのだろう。志保里にとっても、少なくとも彼女とその主治医に言わせれば、どうしようもなかったことなのだろう。
そう考えれば、確かに恨むべきは自らの不運であって、母ではないのかもしれないと、杏子はそう思えなくもなかった。
言い分はわかりましたと、もう気にしないでくださいと、そう相槌を打ってやることが赦すことになるのであれば、杏子は志保里を赦すことが出来ると思う。しかし、だったら志保里を愛せとか、一緒に暮らせと言われるのであれば、それは話が別だと思うのだ。
杏子は、母の再婚相手である主治医に思いを馳せた。彼は、なぜ杏子に会いに行くよう母に勧めたのだろうか。彼は志保里の主治医なのだから、当然、志保里の利益しか考えていないのだろう。志保里の告解に、杏子が赦しを与えない可能性はもちろん考えたであろうが、それにより傷つく志保里の導き方は念頭に置いていても、杏子が受けるショックなどどうでもよかったのだろうか。どんなに寛大な人間でも、あんなことを言われてすんなり受け入れられる訳がない。万が一にでも、杏子が志保里の申し出を受ければ万々歳、そうでなくても、杏子が志保里を拒絶することは折り込み済みで、そのことで志保里が傷つくことも、志保里が新たな人生を歩むためのプロセスの一つなのかもしれない。
これではまるで、自分は志保里の治療の道具のようではないかと、やはり杏子は憤ってしまうのだった。
真奈美とは、相変わらず文通が続いていた。志保里のことは、杏子から切り出すまでは触れないつもりなのか、真奈美があれ以上何かを諭すこともなければ、憐れむこともなかった。
それよりも、来週に迫った杏子の誕生日について、例年通り一人で寂しく過ごすのだと何の気なしに伝えたところ、思いの外大きな反応が返ってきたことに杏子は驚いた。
家を出て社会人になれば、誕生日など、家族や友人が祝ってくれるわけでもなく、ましてや同僚や上司が祝ってくれるわけでもなく、それこそ恋人でもいない限り、一人寂しく過ごすものだと杏子は思っていたのだ。現に杏子は、ここ何年もそうして過ごしてきた。しかし、そのような認識は真奈美には受け入れ難かったようで、何かを贈ると言って譲らない真奈美に、杏子は迷いつつも自宅の住所を教えたのだった。
考えてみれば、親を失った真奈美に寂しい思いをさせないよう、宮部や伯母達が真奈美の誕生日を温かく祝わない訳がないと、杏子は納得した。
聞けば真奈美の誕生日は十二月と言うので、それまでに欲しいものが何かないか探りをいれておこうと、杏子は記憶に留めた。
一体真奈美がくれるものとは何だろうかと、数年ぶりにもらう誕生日プレゼントに心が弾んだ杏子であるが、同時に、真奈美に住所を教えたことで、断ち切ったはずの宮部との繋がりが出来てしまった気がして、落ち着かない気分にもなった。
もちろん、真奈美が杏子の住所を宮部に教えるとは限らないし、宮部が住所を知ったところで杏子を訪ねてきてくれるなど、ただの自惚れにすぎない。
そんなことは百も承知ながら、それでも、宮部のことを忘れるのだという固い決心が、ほんの少しでも揺らいでしまうことを、杏子は不安に感じたのだった。
あれ以来、志保里からは何の音沙汰もなかった。赦してくれるなら一緒に暮らして欲しいと、そう言った志保里の言葉を杏子は思い出したが、赦すも何も、と杏子は思うのである。
愛されなかった原因が明らかになったところで、過去に戻ってやり直せるわけではない。過去に戻れたところで、その原因が杏子にないのであれば、やり直しのしようもないのだ。
愛のない夫婦の間に生まれて、運が悪かったということなのか。否、夫に愛されなかった妻が皆、子供を愛せないわけではないのだから、志保里の子に生まれた不運を恨めということなのだろう。志保里にとっても、少なくとも彼女とその主治医に言わせれば、どうしようもなかったことなのだろう。
そう考えれば、確かに恨むべきは自らの不運であって、母ではないのかもしれないと、杏子はそう思えなくもなかった。
言い分はわかりましたと、もう気にしないでくださいと、そう相槌を打ってやることが赦すことになるのであれば、杏子は志保里を赦すことが出来ると思う。しかし、だったら志保里を愛せとか、一緒に暮らせと言われるのであれば、それは話が別だと思うのだ。
杏子は、母の再婚相手である主治医に思いを馳せた。彼は、なぜ杏子に会いに行くよう母に勧めたのだろうか。彼は志保里の主治医なのだから、当然、志保里の利益しか考えていないのだろう。志保里の告解に、杏子が赦しを与えない可能性はもちろん考えたであろうが、それにより傷つく志保里の導き方は念頭に置いていても、杏子が受けるショックなどどうでもよかったのだろうか。どんなに寛大な人間でも、あんなことを言われてすんなり受け入れられる訳がない。万が一にでも、杏子が志保里の申し出を受ければ万々歳、そうでなくても、杏子が志保里を拒絶することは折り込み済みで、そのことで志保里が傷つくことも、志保里が新たな人生を歩むためのプロセスの一つなのかもしれない。
これではまるで、自分は志保里の治療の道具のようではないかと、やはり杏子は憤ってしまうのだった。
真奈美とは、相変わらず文通が続いていた。志保里のことは、杏子から切り出すまでは触れないつもりなのか、真奈美があれ以上何かを諭すこともなければ、憐れむこともなかった。
それよりも、来週に迫った杏子の誕生日について、例年通り一人で寂しく過ごすのだと何の気なしに伝えたところ、思いの外大きな反応が返ってきたことに杏子は驚いた。
家を出て社会人になれば、誕生日など、家族や友人が祝ってくれるわけでもなく、ましてや同僚や上司が祝ってくれるわけでもなく、それこそ恋人でもいない限り、一人寂しく過ごすものだと杏子は思っていたのだ。現に杏子は、ここ何年もそうして過ごしてきた。しかし、そのような認識は真奈美には受け入れ難かったようで、何かを贈ると言って譲らない真奈美に、杏子は迷いつつも自宅の住所を教えたのだった。
考えてみれば、親を失った真奈美に寂しい思いをさせないよう、宮部や伯母達が真奈美の誕生日を温かく祝わない訳がないと、杏子は納得した。
聞けば真奈美の誕生日は十二月と言うので、それまでに欲しいものが何かないか探りをいれておこうと、杏子は記憶に留めた。
一体真奈美がくれるものとは何だろうかと、数年ぶりにもらう誕生日プレゼントに心が弾んだ杏子であるが、同時に、真奈美に住所を教えたことで、断ち切ったはずの宮部との繋がりが出来てしまった気がして、落ち着かない気分にもなった。
もちろん、真奈美が杏子の住所を宮部に教えるとは限らないし、宮部が住所を知ったところで杏子を訪ねてきてくれるなど、ただの自惚れにすぎない。
そんなことは百も承知ながら、それでも、宮部のことを忘れるのだという固い決心が、ほんの少しでも揺らいでしまうことを、杏子は不安に感じたのだった。
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