君に捧ぐ花

ancco

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第十二章 Beyond the Truth

第百話 此処で会ったが百年目

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秋と言えば、食欲、読書などと並んで芸術の名を挙げる者も多いように、涼しく過ごしやすい気候の中では、人は創造力に満ちあふれ、創作活動に耽る習性を持つのかも知れない。
杏子も例に漏れず、10月に入ってからというもの、翻訳そっちのけで、日々エッセイの執筆に励んでいた。ボストンで勤めることになる翻訳会社へ提出するものだった。

誕生祝いの食事を共にした夜、志保里と高瀬は予定通りに岡山で宿を取り、翌日、こちらは予定外だったが、島に渡って杏子に会いに来たのだった。
そこで再び三者が想いの丈をぶつけ合い、結果、杏子が真奈美に綴ったように、杏子はボストン行きを承知した。
志保里は、やはり杏子と面と向かうと上手くは話せないようで、座敷で思わずといった体で溢した言葉のように、杏子の心を揺さぶる事は決してなかったが、ここでも、高瀬が巧みに志保里の言葉を引き出して、そうして杏子は、母の願いを素直に受け入れる事ができたのだった。
高瀬自身も、杏子に会いに行くように志保里をけしかけたことを、杏子に改めて謝罪した。曰く、高瀬は主治医としてでは無く、志保里の夫になる者として、娘との関係を修復したいという志保里の秘めた願いを探り当て、どうしてもそれを叶えてあげたかったのだと説明した。志保里にとっても、杏子にとっても、大変に傷つくかも知れない荒療治になることは解っていたが、それでも僅かな希望にすがりたかったのだと言われ、杏子は溜飲を下げ、かつて感じた憤りを水に流すことにした。

杏子が送ったメールを最後に、真奈美との文通はぱったりと途絶えていた。もう、一月になる。
鬱が悪くなったのだろうか、それとも、太陽の庭の手伝いが忙しいのだろうかと、杏子はあれこれ思案したが、渡航準備の忙しさの中で、ただ受け身に便りを待つことに徹していた。

真奈美のことを思案しつつも、パソコンの画面と睨み合いエッセイの構成を練り直していると、杏子は、家の表で砂利を踏む音を聞いた。誰かが、坂を上がって訪ねてきたようだった。
ちょうど筆が止まっていた杏子は、チャイムに先んじて玄関に足を向けた。古い家屋はどこでもそうなのか、ここでも、玄関扉はザラザラとした型板ガラスに金属格子を嵌めたそれである。

杏子は、息を飲んだ。
玄関扉の歪んだガラスは、屈折した光を杏子の目に届け、そこに居るはずも無い人物の像を結んだ。
人並み外れて背が高く、広い肩幅と重厚そうな胴、そしてそれに続く長くて逞しい、しっかりと大地を踏みしめるような脚。
間違えようも無く、その人物は、宮部夏樹だった。

宮部の名を呼び、杏子は扉に駆け寄って勢いよく引き開けた。そこには、予想通りの人物が、零れ落ちそうな程に目を見張り、杏子を見つめて立っていた。

どうして、と呟いて、杏子はすぐに嫌な可能性に思い至り、血相を変えて宮部に縋りつき問い質した。
「まさか!真奈美ちゃんに何かあった!?」
杏子の剣幕に、宮部は一瞬瞠目し、そして可笑しさに吹き出したのだった。
笑いを堪えて肩を震わす宮部に、杏子は慌てていたことも忘れ、懐かしさと切なさに胸がちくりと痛むのを感じた。
「相変わらず、思い込みが激しいやつだな。真奈美は何ともないから。そうじゃなくて…、」
まだ忍び笑いを続ける宮部に、杏子はむくれた顔になったが、それでも思い当たることがあったので、話を続けることにした。
「わかった、あの鉢を取りに来てくれたんでしょ。わざわざ遠いところまでありがとう。持ってくるから、ちょっと待っててね。」
杏子は宮部にそう言い置いて、玄関履きを突っ掛けたまま、土間をつたって台所へ行き、そこに据えてあったトゲべを手に戻った。
「この鉢、あのときのものでしょう?真奈美ちゃんにあげるものだったんなら、そう言ってくれたら良かったのに。でも、宮部さんの心に感動した。」
杏子の言葉に、宮部が苦虫を噛み潰したような顔をしたので、杏子は慌てて言い添えた。
「内緒だったのよね!ごめんね、勝手に真奈美ちゃんに苗の名前とか話しちゃって。」
いや、別に、などと、宮部は言い淀む様子だったが、かねてから宮部には感謝の気持ちが募っていた杏子は、この時ばかりにと、立て板に水の如く想いを伝え始めたのだった。
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