100 / 110
第十二章 Beyond the Truth
第百一話 涙を呑んで
しおりを挟む
「私、ずっと宮部さんにお礼が言いたかったの!真奈美ちゃんのメールアドレス、教えてくれて本当にありがとう!あの時、私に渡すかどうか、迷ったんでしょう?私が変なこと書いて、真奈美ちゃんの病状に障るといけないものね。でも、宮部さんの決断に本当に感謝してるの。やっぱり私、ナツキ時代からそうだったんだけど、真奈美ちゃんとはすごく気が合うみたい。正直に言うとね、この町に来たときは、最初は凄く寂しかったの。宮部さんが恋しくて、悲しくて、辛かった。でもね、真奈美ちゃんといっぱいメールの遣り取りするうちにね、だんだん気持ちの整理もついて、あの日逃げるみたいに町を去ったときよりも、ここに来てからの方が宮部さんの気持ちが理解できたと思う。宮部さんのこと、忘れられたのかどうかは、自分ではよくわからなかったんだけど、でも今日思いがけず顔を見れて、ほんと良かった。前みたいに、顔を見るだけで辛くて苦しくなるような、そんな気持ちはもうなかった。ただ、じんわり暖かくなるような、そんな気持ちなの。それにね、宮部さんの事だけじゃ無くて、母とのことも、真奈美ちゃんのお陰で良い方向に行きそうなのよ。プヤを取りに来てくれたって事は、宮部さんも聞いてるんでしょう?私と母の不仲のこと。まだどう転ぶかわからないけど、とりあえず、ボストンについて行って、やるだけのことはやってみようと思って。前の私なら、そんなこと絶対にしなかったと思うけど、背中を押してくれた真奈美ちゃんのお陰なのよ。だから、真奈美ちゃん自身にも感謝してるし、何より、あんなにナツキとのこと怒っていたのに真奈美ちゃんのアドレスをくれた宮部さんにも、心の底から感謝してるの。ありがとう。」
「…そうか、うん。真奈美から全部聞いてるよ。よかったな。」
長々と喋り続けた杏子の言葉に黙って耳を傾けていた宮部は、言葉少なに、そう相槌を打った。それはどこか躊躇うような言い方だったが、宮部の表情が、以前のように杏子を軽蔑したり嫌悪しているような嫌な感情を湛えては居なかったことに、杏子はほっと安堵した。
「宮部さん、スペインから帰ってきた所なんじゃ無い?わざわざこんな所まで来てくれてありがとうね。でも、もうそろそろ港に向かわないと、今日の最終便が出ちゃうわよ。平日は、本土行きは夕方の便で終わりなの。港まで送っていきたいんだけど、渡航の関係で急ぎで仕上げないといけない書類があって…。」
杏子は、久々に会った宮部と、内心もっとゆっくり話していたかったが、最終便を逃すと今夜島に滞在せざるを得なくなる宮部の都合を思うと、それ以上、自分の長話で引き留めることは躊躇われた。
「そうか。仕事、頑張ってるんだな。よかった。」
宮部は漸く、杏子の大好きだった優しげな笑みを見せた。以前は、いつもどこか超然としたストイックさを漂わせていた宮部だったが、今日は、帰国後の時差ぼけによるものか、少し憔悴したような表情が、微笑みの向こうに見え隠れしていた。
「そうだ!宮部さん、来月お誕生日でしょう?その頃にはもう日本に居ないから、フライングで言わせて?30才おめでとう。それから、あの…、お見合いのほうも、頑張ってね。良い人とご縁がありますように。」
さすがに、他の誰かとの良縁を願うにはまだ時期尚早なのか、杏子は胸の痛みを感じつつ、どうにか笑顔でそう言うことができた。
それでも、見合いについて宮部からあれこれと聞く気にはなれず、宮部が何かを言う前に背中を押して、杏子は宮部に帰路を促した。
「さぁ、ほんとに船が出ちゃうから急いで!真奈美ちゃんによろしく伝えてね!メールのお返事待ってるって言っておいて!」
困惑した表情で、何度も振り返りつつ歩き出した宮部を見送り、杏子は、満面の笑みで手を振って、大好きだった男の姿がまだそこにあるうちに、自ら視界を遮った。扉を閉めて、潤みかけた瞼を閉じても、まだそこには、男らしい頑健な背中を、色鮮やかに有り有りと描くことができた。
遠路遙々、杏子の元にプヤを引き取りに来たというのに、一人でべらべらと捲し立てられ、追い立てるように帰されて、宮部は理不尽に思っただろうか。杏子に背中を押されて歩き出したものの、何度もこちらを振り返っては、何か言いたそうにしていた。おい、それは無いだろうと、本当は一言、杏子に物申したかったのかも知れない。
でも、杏子は、あれ以上宮部を見ていることができなかった。もう宮部への恋心に整理を付けたのだと、そう強がりを言ったのに、その舌の根も乾かぬうちに、杏子は宮部へのやるせないほどの未練を自覚してしまったのだ。
もうこれでしばらく会えないのだと、ひょっとすると二度と会えないのかも知れないと、そう思い、最後にとびきりの笑顔を記憶に留めてもらうべく、自分史上最高の笑みを顔に貼り付けてみたのだが、果たしてそれは成功したのだろうか。
杏子には、自信をもって是ということはできないのだった。
「…そうか、うん。真奈美から全部聞いてるよ。よかったな。」
長々と喋り続けた杏子の言葉に黙って耳を傾けていた宮部は、言葉少なに、そう相槌を打った。それはどこか躊躇うような言い方だったが、宮部の表情が、以前のように杏子を軽蔑したり嫌悪しているような嫌な感情を湛えては居なかったことに、杏子はほっと安堵した。
「宮部さん、スペインから帰ってきた所なんじゃ無い?わざわざこんな所まで来てくれてありがとうね。でも、もうそろそろ港に向かわないと、今日の最終便が出ちゃうわよ。平日は、本土行きは夕方の便で終わりなの。港まで送っていきたいんだけど、渡航の関係で急ぎで仕上げないといけない書類があって…。」
杏子は、久々に会った宮部と、内心もっとゆっくり話していたかったが、最終便を逃すと今夜島に滞在せざるを得なくなる宮部の都合を思うと、それ以上、自分の長話で引き留めることは躊躇われた。
「そうか。仕事、頑張ってるんだな。よかった。」
宮部は漸く、杏子の大好きだった優しげな笑みを見せた。以前は、いつもどこか超然としたストイックさを漂わせていた宮部だったが、今日は、帰国後の時差ぼけによるものか、少し憔悴したような表情が、微笑みの向こうに見え隠れしていた。
「そうだ!宮部さん、来月お誕生日でしょう?その頃にはもう日本に居ないから、フライングで言わせて?30才おめでとう。それから、あの…、お見合いのほうも、頑張ってね。良い人とご縁がありますように。」
さすがに、他の誰かとの良縁を願うにはまだ時期尚早なのか、杏子は胸の痛みを感じつつ、どうにか笑顔でそう言うことができた。
それでも、見合いについて宮部からあれこれと聞く気にはなれず、宮部が何かを言う前に背中を押して、杏子は宮部に帰路を促した。
「さぁ、ほんとに船が出ちゃうから急いで!真奈美ちゃんによろしく伝えてね!メールのお返事待ってるって言っておいて!」
困惑した表情で、何度も振り返りつつ歩き出した宮部を見送り、杏子は、満面の笑みで手を振って、大好きだった男の姿がまだそこにあるうちに、自ら視界を遮った。扉を閉めて、潤みかけた瞼を閉じても、まだそこには、男らしい頑健な背中を、色鮮やかに有り有りと描くことができた。
遠路遙々、杏子の元にプヤを引き取りに来たというのに、一人でべらべらと捲し立てられ、追い立てるように帰されて、宮部は理不尽に思っただろうか。杏子に背中を押されて歩き出したものの、何度もこちらを振り返っては、何か言いたそうにしていた。おい、それは無いだろうと、本当は一言、杏子に物申したかったのかも知れない。
でも、杏子は、あれ以上宮部を見ていることができなかった。もう宮部への恋心に整理を付けたのだと、そう強がりを言ったのに、その舌の根も乾かぬうちに、杏子は宮部へのやるせないほどの未練を自覚してしまったのだ。
もうこれでしばらく会えないのだと、ひょっとすると二度と会えないのかも知れないと、そう思い、最後にとびきりの笑顔を記憶に留めてもらうべく、自分史上最高の笑みを顔に貼り付けてみたのだが、果たしてそれは成功したのだろうか。
杏子には、自信をもって是ということはできないのだった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる