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第二十二話
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官僚邸の廊下に、
不自然な静けさが漂っていた。
山南一心が、青い顔で駆け寄ってくる。
「……サク様……時間がありません。」
その声に、
サクの足が止まる。
「凪ちゃんと――
“ずっと一緒でしたか?”」
問いは短く、
だが切迫していた。
「……どういう事だ?」
凪が、先に答える。
「サクは……
ずっと魔女の家にいましたけど……」
その言葉に、
山南ははっきりと息を吐いた。
「……あぁ。
よかった……」
「何があった?」
山南は周囲を確認し、
数枚の写真を取り出す。
「……凪ちゃんは、
見ない方がいい。」
サクの手に渡された写真には、
街灯の下に転がる遺体。
切り裂かれた傷と、
首筋に残る牙の跡。
「昨晩、街で起こりました。
立て続けに五件。
しかも……離れた場所で。」
「……血は?」
「残っていません。」
サクは、小さく息を吐いた。
「……吸血鬼の仕業だな。」
「はい。
国で把握している吸血鬼は、
現在――サク様だけです。」
「……なるほど。」
写真を返しながら、
淡々と続ける。
「で、私のアリバイ確認か。」
「えぇ。」
その時点で、
サクの中では、別の結論が立ち上がっていた。
――これは、偶発じゃない。
事件の配置。
間隔。
無駄のない手口。
(……私を、外に引きずり出すための動きだ)
そして、
空気の奥に残る、あの感覚。
人間でもなく、
自分とも違う。
「……“別の吸血鬼”か。」
山南の表情が、わずかに揺れる。
「……その可能性は……
否定できません。」
サクは、そこで初めて――
ほんの少し、安堵した。
(……狙いは、私か)
凪ではない。
凪を使った見せしめでもない。
ただ、自分を誘き出すための罠。
「……なら、話は早い。」
写真から目を離し、
静かに言う。
「罠だとしても、
乗らない理由はない。」
「……葛城さんに、会えるか?」
少し思案した後、
サクはそう告げた。
「もちろんです。
総理は、
最初から“サク様のはずがない”と。」
「……わかった。」
一歩、踏み出しかけて――
サクは足を止める。
「……山南。」
「はい。」
「凪を頼む。
外に出すな。」
それは、
警告でも、依頼でもない。
確定事項だった。
*
山南はスマートフォンを取り出し、
短く告げる。
「……私だ。
あいつを呼べ。」
通話を切り、凪を見る。
「凪ちゃん。
私の部屋へ。」
「でも……サクは?」
「大丈夫だ。
君の安全が先だよ。」
凪は、それ以上言わなかった。
サクの背中が、
すでに“行く者”のそれに変わっているのを、
感じ取っていたからだ。
*
執務室の扉が閉まる。
その向こうで、
サクは一人、夜に向かう。
(……純血種、かどうかは知らない)
名前も、素性も、目的も――
まだ分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
(……私を呼んでいる)
凪を守るために、
罠にかかる。
凪が戦場に立たないために、
自分が前に出る。
サクは、夜の中へ歩き出した。
それが罠だと知っていても――
構わなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
官僚邸の最上階。
執務室の灯りは、夜の帝都を静かに見下ろしていた。
扉が閉まる音が、低く響く。
「……久しぶりだな、サク。」
葛城総理は、書類から目を上げてそう言った。
「ええ。
“呼ばれる理由”がない限り、
顔を出したくはありませんから。」
皮肉でも冗談でもない。
ただの事実。
葛城は苦笑し、椅子に深く腰を下ろした。
「……街の件だが。」
「私ではない。
その確認なら、もう済んでいるはずだ。」
「分かっている。」
葛城は、即答した。
「最初から、君の仕業だとは思っていない。」
サクは一瞬だけ、目を伏せる。
「……助かります。」
「だが――」
葛城は、指を組んだ。
「“君を誘き出すための事件”だろう?」
サクの視線が、静かに戻る。
「……やはり、そう見えますか。」
「配置が綺麗すぎる。
偶発的な犯行じゃない。」
葛城は窓の外に目を向ける。
「そして何より……
“被害者の選び方”が、君向けだ。」
沈黙。
サクは、低く息を吐いた。
「……狙いは、私です。」
断言だった。
「凪ではない。
あの子を使った脅しでもない。」
「……安堵しているな。」
葛城の声は、穏やかだった。
「ええ。」
迷いなく、サクは答えた。
「……それだけで、
踏み込む理由になります。」
葛城は、しばらく黙ってサクを見ていた。
「……罠だと分かっていて?」
「分かっているから、です。」
サクは、淡々と続ける。
「敵は、私が動かなければ正体を現さない。
なら、私が出るしかない。」
葛城は、椅子にもたれかかる。
「君は、
いつも“人として”戦う。
だから信じてる。」
サクは扉に手をかけ、
振り返らずに言った。
「……私が戻らなければ。」
「その時は――」
葛城は、言葉を切る。
「……その時に考える。」
扉が閉まる。
夜の廊下を歩きながら、
サクは思う。
(……罠でいい)
(……狙いが私なら、それでいい)
凪を戦場に立たせないために。
自分が、闇へ行く。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
山南の執務室は、
官僚邸の中でもひときわ静かだった。
厚い扉。
外の気配を遮断する壁。
テーブルに出された湯気の立つお茶に、
凪は一切、手を付けていない。
ただ、
膝の上で指を組み、
俯いていた。
「……凪ちゃん。」
山南の声は、穏やかだった。
「サク様と……
何か、あったかな?」
凪は、小さく首を振る。
「なにも……
ほんとに、何もなくて……」
視線を落としたまま、
言葉を探す。
「一緒に……
生活してただけで……」
それは、嘘ではなかった。
ただ、全部でもなかった。
その答えに、
山南はすぐに否定も肯定もしない。
一拍置いて、
やわらかく息を吐く。
「あぁ……ごめんね。」
凪が、少しだけ顔を上げる。
「“そういう事”を聞きたいわけじゃない。」
山南は椅子に深く腰を下ろし、
机越しではなく、
同じ高さになるように視線を合わせた。
「変な人が来たとか。
後をつけられたとか。」
一つずつ、
確かめるように。
「見られている気がした、とか。
理由は分からないけど、
胸がざわついた、とか。」
静かに、
けれど逃げ場を残さない声。
「……そういう話だよ。」
凪の胸が、
わずかにざわついた。
日常だったはずの時間に、
別の意味が与えられていく感覚。
――あの時。
凪は、
自分の記憶を辿るように、
ゆっくりと息を吸った。
思い出そうとしなければ、
気づかずに過ごしていたかもしれない違和感。
(……サクが、
立ち止まった時……)
理由も言わず、
ただ空気を確かめるように、
視線を巡らせていた背中。
凪は、
無意識に首元へ手を伸ばしかけて――
途中で止めた。
「……一度だけ……」
声は、小さい。
「ここに来た日に……
サクが……
何かを“感じた”みたいな……」
確信はない。
でも、
“なかったこと”にもできない。
山南の表情が、
ほんのわずかに引き締まる。
「……何か、か。」
凪は、首を振った。
「匂いとか……
音とか……
そういうのじゃ、なかったです。」
言葉を選びながら、続ける。
「でも……
嫌な予感、みたいな……」
山南は、
それ以上、深掘りしなかった。
ただ、
その言葉を胸の奥に沈めるように、
静かに頷く。
「……ありがとう。」
その一言が、
“十分だ”という合図だった。
凪は、
自分が今、
“日常の外側”に立たされていることを、
はっきりと自覚する。
そして――
このあと起きることが、
もう後戻りできない段階に来ていることも。
*
執務室に、再び静寂が落ちる。
山南は何も言わず、
机の端に置いた通信端末へ視線を移した。
短く、確認するような操作音。
凪は、その沈黙が
“話は終わった”という合図だと分かった。
(……サクのこと、
これ以上は聞かれない)
そう思った瞬間。
――コン、と。
控えめなノックが、
厚い扉を叩いた。
「……入れ。」
山南の声は、先ほどまでと変わらない。
扉が開く。
立っていたのは、
黒いスーツの若い男だった。
姿勢がいい。
無駄な動きが一切ない。
部屋に足を踏み入れた瞬間、
凪は気づいてしまう。
(……この人、
“見る”人だ)
人を、
空間を、
危険を。
一瞬で把握する目。
「……失礼します。」
低く、落ち着いた声。
山南が立ち上がり、
短く告げる。
「来たか。」
それだけで十分だった。
「……凪ちゃん。」
山南は、凪を振り返る。
「紹介しよう。」
若い男が、一歩前に出る。
「山南一護です。」
凪は一瞬、言葉を失った。
「……山南、さん……?」
「ええ。」
淡々と、
でも誤魔化しなく答える。
「山南一心の息子です。」
(……息子……!?)
驚きが表情に出たのを、
一護は気にした様子もなく続けた。
「今日から数日、
あなたの護衛を担当します。」
その言葉に、
凪の胸がきゅっと鳴る。
「……数日……?」
「はい。」
視線は真っ直ぐで、
感情は乗っていない。
「サク様が戻られるまで。」
その名前が出た瞬間、
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった。
山南が補足する。
「一護はSPだ。
能力については……
私が保証する。」
一護は、軽く頭を下げる。
「ご不便をかけますが、
安全が最優先です。」
凪は、
少し遅れて頷いた。
「……お願いします。」
一護は、それを受けて一歩下がる。
距離を保ち、
立ち位置を扉の近くに取る。
守る側の位置。
(……サクとは、
全然ちがう)
なのに――
不思議と、
“任せてもいい”と感じてしまう。
山南は凪に向き直り、
やさしく言った。
「心配しなくていい。
数日の話だ。」
数日。
その言葉が、
やけに遠く聞こえた。
凪は、
無意識に首元へ手を伸ばしかけて、
そっと止める。
サクがいない数日。
その始まりが、
今――
静かに、確定した。
不自然な静けさが漂っていた。
山南一心が、青い顔で駆け寄ってくる。
「……サク様……時間がありません。」
その声に、
サクの足が止まる。
「凪ちゃんと――
“ずっと一緒でしたか?”」
問いは短く、
だが切迫していた。
「……どういう事だ?」
凪が、先に答える。
「サクは……
ずっと魔女の家にいましたけど……」
その言葉に、
山南ははっきりと息を吐いた。
「……あぁ。
よかった……」
「何があった?」
山南は周囲を確認し、
数枚の写真を取り出す。
「……凪ちゃんは、
見ない方がいい。」
サクの手に渡された写真には、
街灯の下に転がる遺体。
切り裂かれた傷と、
首筋に残る牙の跡。
「昨晩、街で起こりました。
立て続けに五件。
しかも……離れた場所で。」
「……血は?」
「残っていません。」
サクは、小さく息を吐いた。
「……吸血鬼の仕業だな。」
「はい。
国で把握している吸血鬼は、
現在――サク様だけです。」
「……なるほど。」
写真を返しながら、
淡々と続ける。
「で、私のアリバイ確認か。」
「えぇ。」
その時点で、
サクの中では、別の結論が立ち上がっていた。
――これは、偶発じゃない。
事件の配置。
間隔。
無駄のない手口。
(……私を、外に引きずり出すための動きだ)
そして、
空気の奥に残る、あの感覚。
人間でもなく、
自分とも違う。
「……“別の吸血鬼”か。」
山南の表情が、わずかに揺れる。
「……その可能性は……
否定できません。」
サクは、そこで初めて――
ほんの少し、安堵した。
(……狙いは、私か)
凪ではない。
凪を使った見せしめでもない。
ただ、自分を誘き出すための罠。
「……なら、話は早い。」
写真から目を離し、
静かに言う。
「罠だとしても、
乗らない理由はない。」
「……葛城さんに、会えるか?」
少し思案した後、
サクはそう告げた。
「もちろんです。
総理は、
最初から“サク様のはずがない”と。」
「……わかった。」
一歩、踏み出しかけて――
サクは足を止める。
「……山南。」
「はい。」
「凪を頼む。
外に出すな。」
それは、
警告でも、依頼でもない。
確定事項だった。
*
山南はスマートフォンを取り出し、
短く告げる。
「……私だ。
あいつを呼べ。」
通話を切り、凪を見る。
「凪ちゃん。
私の部屋へ。」
「でも……サクは?」
「大丈夫だ。
君の安全が先だよ。」
凪は、それ以上言わなかった。
サクの背中が、
すでに“行く者”のそれに変わっているのを、
感じ取っていたからだ。
*
執務室の扉が閉まる。
その向こうで、
サクは一人、夜に向かう。
(……純血種、かどうかは知らない)
名前も、素性も、目的も――
まだ分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
(……私を呼んでいる)
凪を守るために、
罠にかかる。
凪が戦場に立たないために、
自分が前に出る。
サクは、夜の中へ歩き出した。
それが罠だと知っていても――
構わなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
官僚邸の最上階。
執務室の灯りは、夜の帝都を静かに見下ろしていた。
扉が閉まる音が、低く響く。
「……久しぶりだな、サク。」
葛城総理は、書類から目を上げてそう言った。
「ええ。
“呼ばれる理由”がない限り、
顔を出したくはありませんから。」
皮肉でも冗談でもない。
ただの事実。
葛城は苦笑し、椅子に深く腰を下ろした。
「……街の件だが。」
「私ではない。
その確認なら、もう済んでいるはずだ。」
「分かっている。」
葛城は、即答した。
「最初から、君の仕業だとは思っていない。」
サクは一瞬だけ、目を伏せる。
「……助かります。」
「だが――」
葛城は、指を組んだ。
「“君を誘き出すための事件”だろう?」
サクの視線が、静かに戻る。
「……やはり、そう見えますか。」
「配置が綺麗すぎる。
偶発的な犯行じゃない。」
葛城は窓の外に目を向ける。
「そして何より……
“被害者の選び方”が、君向けだ。」
沈黙。
サクは、低く息を吐いた。
「……狙いは、私です。」
断言だった。
「凪ではない。
あの子を使った脅しでもない。」
「……安堵しているな。」
葛城の声は、穏やかだった。
「ええ。」
迷いなく、サクは答えた。
「……それだけで、
踏み込む理由になります。」
葛城は、しばらく黙ってサクを見ていた。
「……罠だと分かっていて?」
「分かっているから、です。」
サクは、淡々と続ける。
「敵は、私が動かなければ正体を現さない。
なら、私が出るしかない。」
葛城は、椅子にもたれかかる。
「君は、
いつも“人として”戦う。
だから信じてる。」
サクは扉に手をかけ、
振り返らずに言った。
「……私が戻らなければ。」
「その時は――」
葛城は、言葉を切る。
「……その時に考える。」
扉が閉まる。
夜の廊下を歩きながら、
サクは思う。
(……罠でいい)
(……狙いが私なら、それでいい)
凪を戦場に立たせないために。
自分が、闇へ行く。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
山南の執務室は、
官僚邸の中でもひときわ静かだった。
厚い扉。
外の気配を遮断する壁。
テーブルに出された湯気の立つお茶に、
凪は一切、手を付けていない。
ただ、
膝の上で指を組み、
俯いていた。
「……凪ちゃん。」
山南の声は、穏やかだった。
「サク様と……
何か、あったかな?」
凪は、小さく首を振る。
「なにも……
ほんとに、何もなくて……」
視線を落としたまま、
言葉を探す。
「一緒に……
生活してただけで……」
それは、嘘ではなかった。
ただ、全部でもなかった。
その答えに、
山南はすぐに否定も肯定もしない。
一拍置いて、
やわらかく息を吐く。
「あぁ……ごめんね。」
凪が、少しだけ顔を上げる。
「“そういう事”を聞きたいわけじゃない。」
山南は椅子に深く腰を下ろし、
机越しではなく、
同じ高さになるように視線を合わせた。
「変な人が来たとか。
後をつけられたとか。」
一つずつ、
確かめるように。
「見られている気がした、とか。
理由は分からないけど、
胸がざわついた、とか。」
静かに、
けれど逃げ場を残さない声。
「……そういう話だよ。」
凪の胸が、
わずかにざわついた。
日常だったはずの時間に、
別の意味が与えられていく感覚。
――あの時。
凪は、
自分の記憶を辿るように、
ゆっくりと息を吸った。
思い出そうとしなければ、
気づかずに過ごしていたかもしれない違和感。
(……サクが、
立ち止まった時……)
理由も言わず、
ただ空気を確かめるように、
視線を巡らせていた背中。
凪は、
無意識に首元へ手を伸ばしかけて――
途中で止めた。
「……一度だけ……」
声は、小さい。
「ここに来た日に……
サクが……
何かを“感じた”みたいな……」
確信はない。
でも、
“なかったこと”にもできない。
山南の表情が、
ほんのわずかに引き締まる。
「……何か、か。」
凪は、首を振った。
「匂いとか……
音とか……
そういうのじゃ、なかったです。」
言葉を選びながら、続ける。
「でも……
嫌な予感、みたいな……」
山南は、
それ以上、深掘りしなかった。
ただ、
その言葉を胸の奥に沈めるように、
静かに頷く。
「……ありがとう。」
その一言が、
“十分だ”という合図だった。
凪は、
自分が今、
“日常の外側”に立たされていることを、
はっきりと自覚する。
そして――
このあと起きることが、
もう後戻りできない段階に来ていることも。
*
執務室に、再び静寂が落ちる。
山南は何も言わず、
机の端に置いた通信端末へ視線を移した。
短く、確認するような操作音。
凪は、その沈黙が
“話は終わった”という合図だと分かった。
(……サクのこと、
これ以上は聞かれない)
そう思った瞬間。
――コン、と。
控えめなノックが、
厚い扉を叩いた。
「……入れ。」
山南の声は、先ほどまでと変わらない。
扉が開く。
立っていたのは、
黒いスーツの若い男だった。
姿勢がいい。
無駄な動きが一切ない。
部屋に足を踏み入れた瞬間、
凪は気づいてしまう。
(……この人、
“見る”人だ)
人を、
空間を、
危険を。
一瞬で把握する目。
「……失礼します。」
低く、落ち着いた声。
山南が立ち上がり、
短く告げる。
「来たか。」
それだけで十分だった。
「……凪ちゃん。」
山南は、凪を振り返る。
「紹介しよう。」
若い男が、一歩前に出る。
「山南一護です。」
凪は一瞬、言葉を失った。
「……山南、さん……?」
「ええ。」
淡々と、
でも誤魔化しなく答える。
「山南一心の息子です。」
(……息子……!?)
驚きが表情に出たのを、
一護は気にした様子もなく続けた。
「今日から数日、
あなたの護衛を担当します。」
その言葉に、
凪の胸がきゅっと鳴る。
「……数日……?」
「はい。」
視線は真っ直ぐで、
感情は乗っていない。
「サク様が戻られるまで。」
その名前が出た瞬間、
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった。
山南が補足する。
「一護はSPだ。
能力については……
私が保証する。」
一護は、軽く頭を下げる。
「ご不便をかけますが、
安全が最優先です。」
凪は、
少し遅れて頷いた。
「……お願いします。」
一護は、それを受けて一歩下がる。
距離を保ち、
立ち位置を扉の近くに取る。
守る側の位置。
(……サクとは、
全然ちがう)
なのに――
不思議と、
“任せてもいい”と感じてしまう。
山南は凪に向き直り、
やさしく言った。
「心配しなくていい。
数日の話だ。」
数日。
その言葉が、
やけに遠く聞こえた。
凪は、
無意識に首元へ手を伸ばしかけて、
そっと止める。
サクがいない数日。
その始まりが、
今――
静かに、確定した。
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