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第三十一話
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物音で、目が覚めた。
はっきりとした音じゃない。
何かが倒れたような、
空気が揺れたような――
そんな、曖昧な違和感。
(……なにか……あった……?)
凪は、布団の中で息を潜めた。
心臓が、少し早く打つ。
――動くな。
――異変だと感じたら、まず待て。
一護に、何度も言われていた言葉が浮かぶ。
(……待つ……)
凪は、ぎゅっと目を閉じた。
半地下の天井は低く、
外の気配は遮られている。
それでも、
遠くで何かが終わったような
不思議な静けさだけが残った。
どれくらい経ったのかは、分からない。
やがて――
「……凪ちゃん。起きてる?」
店の入り口あたりから、
控えめな声が聞こえた。
凪は、はっと目を開ける。
「……一護くん……?」
半地下の扉を押し開け、
ゆっくりと階段を上がる。
その先にいた一護は――
ひどく、汚れていた。
泥。
埃。
服のあちこちに、黒い染み。
「……一護くん!?
なにがあったの?」
凪は思わず駆け寄る。
「……吸血鬼が、襲ってきた。」
淡々とした声。
「たぶん……凪ちゃん狙い。」
「……え……!?」
「恐らく、野生のやつ。」
凪の喉が鳴る。
「……野生……?」
「理性のない個体。
管理されてないやつ。」
一護は、短く続けた。
「……もう大丈夫。
制圧したから。」
凪は、すぐに一護の腕を見る。
「……ケガは?」
「擦り傷。
大丈夫!」
少し無理をした笑い方。
凪は首を振った。
「だめ。
座って。」
椅子を引き、
一護を座らせる。
「……手当、するよ。」
一護は、
逆らわなかった。
消毒液の匂いが、
店の中に広がる。
夜の静けさの中で、
二人きりの時間が流れる。
凪は、
一護の手にそっと触れ、
丁寧に傷を拭いた。
一護は、
その様子をじっと見ている。
「……なぁ……凪ちゃん……」
「……ん?」
凪は顔を上げず、
小さく返事をする。
一護は、
少しだけ息を整えてから言った。
「あの……さ……
おれ……凪ちゃんが、好きなんだ……」
凪の手が、
一瞬だけ止まる。
「……凪ちゃんが、
サク様を待ってるの……
知ってるけど……」
一護の声は、
揺れていた。
「……おれじゃ……
代わりに、なれないかな……?」
凪は、
言葉を失った。
胸の奥が、
きゅっと締めつけられる。
しばらく、
何も言えなかった。
でも――
凪は、目を逸らさずに答える。
「……一護くんは、
一護くんだよ。」
一護が、
小さく息を呑む。
「誰の代わりでも、
ないよ。」
凪の声は、
とても静かだった。
「……大切な人だよ……」
一護の表情が、
少しだけ、緩む。
けれど――
「……でも……」
凪は、
ゆっくりと言葉を続ける。
「……ごめんなさい。」
一護の笑みが、
止まる。
「……サクは……
私の、唯一だから……」
一護は、
しばらく黙っていた。
そして、
小さく頷く。
「……そっか。」
それだけ。
凪は、
それ以上、何も言えなかった。
一護は、
視線を落とし、
心の中で呟く。
(……やっぱ……
おんなじ答えなんだな……)
消毒液の匂いが、
静かに薄れていく。
外では、
何事もなかったように
夜が続いていた。
凪は、
胸元のネックレスに
無意識に触れる。
――待つ。
それは、
逃げでも、
迷いでもない。
凪が選び続けている、
たった一つの答えだった。
はっきりとした音じゃない。
何かが倒れたような、
空気が揺れたような――
そんな、曖昧な違和感。
(……なにか……あった……?)
凪は、布団の中で息を潜めた。
心臓が、少し早く打つ。
――動くな。
――異変だと感じたら、まず待て。
一護に、何度も言われていた言葉が浮かぶ。
(……待つ……)
凪は、ぎゅっと目を閉じた。
半地下の天井は低く、
外の気配は遮られている。
それでも、
遠くで何かが終わったような
不思議な静けさだけが残った。
どれくらい経ったのかは、分からない。
やがて――
「……凪ちゃん。起きてる?」
店の入り口あたりから、
控えめな声が聞こえた。
凪は、はっと目を開ける。
「……一護くん……?」
半地下の扉を押し開け、
ゆっくりと階段を上がる。
その先にいた一護は――
ひどく、汚れていた。
泥。
埃。
服のあちこちに、黒い染み。
「……一護くん!?
なにがあったの?」
凪は思わず駆け寄る。
「……吸血鬼が、襲ってきた。」
淡々とした声。
「たぶん……凪ちゃん狙い。」
「……え……!?」
「恐らく、野生のやつ。」
凪の喉が鳴る。
「……野生……?」
「理性のない個体。
管理されてないやつ。」
一護は、短く続けた。
「……もう大丈夫。
制圧したから。」
凪は、すぐに一護の腕を見る。
「……ケガは?」
「擦り傷。
大丈夫!」
少し無理をした笑い方。
凪は首を振った。
「だめ。
座って。」
椅子を引き、
一護を座らせる。
「……手当、するよ。」
一護は、
逆らわなかった。
消毒液の匂いが、
店の中に広がる。
夜の静けさの中で、
二人きりの時間が流れる。
凪は、
一護の手にそっと触れ、
丁寧に傷を拭いた。
一護は、
その様子をじっと見ている。
「……なぁ……凪ちゃん……」
「……ん?」
凪は顔を上げず、
小さく返事をする。
一護は、
少しだけ息を整えてから言った。
「あの……さ……
おれ……凪ちゃんが、好きなんだ……」
凪の手が、
一瞬だけ止まる。
「……凪ちゃんが、
サク様を待ってるの……
知ってるけど……」
一護の声は、
揺れていた。
「……おれじゃ……
代わりに、なれないかな……?」
凪は、
言葉を失った。
胸の奥が、
きゅっと締めつけられる。
しばらく、
何も言えなかった。
でも――
凪は、目を逸らさずに答える。
「……一護くんは、
一護くんだよ。」
一護が、
小さく息を呑む。
「誰の代わりでも、
ないよ。」
凪の声は、
とても静かだった。
「……大切な人だよ……」
一護の表情が、
少しだけ、緩む。
けれど――
「……でも……」
凪は、
ゆっくりと言葉を続ける。
「……ごめんなさい。」
一護の笑みが、
止まる。
「……サクは……
私の、唯一だから……」
一護は、
しばらく黙っていた。
そして、
小さく頷く。
「……そっか。」
それだけ。
凪は、
それ以上、何も言えなかった。
一護は、
視線を落とし、
心の中で呟く。
(……やっぱ……
おんなじ答えなんだな……)
消毒液の匂いが、
静かに薄れていく。
外では、
何事もなかったように
夜が続いていた。
凪は、
胸元のネックレスに
無意識に触れる。
――待つ。
それは、
逃げでも、
迷いでもない。
凪が選び続けている、
たった一つの答えだった。
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