『Jam On The Rock』

松野栄司

文字の大きさ
上 下
5 / 5
-忌まわしき古竜の血-

第五節【邪竜騎士ハデス】

しおりを挟む
「ハクビ、遠慮せずに食べな」

 申し訳なさそうに、前菜オードブルばかりを食べるハクビに、スペアリブを取り分ける。この地域では、摩天狼フェンリルの肉が使われるのだが、臭みがなくて意外とあっさりしている。

 肉も柔らかくて、甘いタレが口の中で油と溶け合って絶妙なハーモニーを奏でる。

「ハウタはきちんと、野菜も食べないと……ハウゾウ。食べ過ぎない様にね」

 ハウタは好き嫌いが多くて、バランスを考えてあげないと栄養が偏る。

 ハウゾウは、放っておくと幾らでも食べてしまう。余り酷いと、下痢をする。

「美味しい?」

 恥ずかしそうに、スペアリブにかぶり付くハクビと目が合った。

「ほぉいふぃふぇす……」

「ごめん。何言ってるか解らない」

 口いっぱいに頬張るハクビが、とても可愛らしい。

「あんた、お母さんみたいだね?」

 豪快にスペアリブをかじりながら、レゼが言う。

「そうかな?」

 生まれて直ぐに、両親が死んだので、お母さんと言う物がどんな存在なのかは解らないが、そうなのだろう。

「で? アンタらの目的は?」

 厄介な事なら、断るつもりだ。

「貴方たちも、【アサシン・ファング】の連中に襲われなかった?」

 ギルドの連中が何故、山賊まがいの事をしているのかは、確かに疑問だ。

「アイツら一体、何なんだ?」

「この先にある村は、邪竜を崇拝している。貴方たちの目的も、邪竜討伐なんでしょう?」

 気付けば、ハクビが不安そうな眼差しを送っている。何か言いたげだったが、無視した。

「邪竜について、知ってる事が有るなら教えてくれ。内容次第で、協力してやる」

「パパ、上から目線なんに~!」

「パパ上、人に物事を頼む態度では、ござらぬ!」

「お前らは、少し黙ってな」

 ハクビは終始無言だ。

「続けてくれ」

「村の名前は、アスラム。私達は、そこで生まれ育った」

 レゼは胸元をはだけさせると、竜の刺青タトゥーを見せた。

「邪竜の名は、ケイオスグリュード」

「ちょっと、待て。今、何て言った? ケイオスグリュードって言った?」

 竜にはそれぞれ、頭級が付いている。と言っても、滅竜士が勝手に付けた物だ。

 E~SS級まであるのだが、レウスが討伐可能なのは、A級までだ。邪竜ケイオスグリュードは、SS級だ。かつて祖父が、命懸けで封印を施したのが、邪竜ケイオスグリュードだと言う話だが、完全にレウスの手には負えない相手であった。恐らく、バウルもそれは理解わかっている。

「ハウゾウ、ハウタ。帰ろっか?」

「帰るでござるか?」

「うん。無理だろ?」

 勝てる訳がない。

 バウルが何を考えているかは解らないが、やりたくない。

「ちょっと、待ってくれ!」

 ダリアが、口を挟む。

「俺達には、切り札がる」

「切り札って?」

 レゼが懐から、小さな蒼い石を取り出した。

 半透明のそれからは、不思議な力を感じた。

「これって、龍鳳石りゅうほうせきじゃね?」

 竜がその生命を終える時に、最後のエネルギーを一粒の石に籠める。

 見た所、目の前の龍鳳石はSS級の力を感じる。

「これは邪竜を奉る祭壇に在った物を、私達が盗んできた物。連中は今、血眼になって探してるわ。わざわざ【アサシン・ファング】に依頼してでも、必要としている」

 大体の話は、読めた。

 邪竜復活には、龍鳳石の力が必要だ。

「これを、貴方に託す。だから、邪竜復活を何としても、阻止して欲しいの」

「あ~……めんどくせぇ」

 龍鳳石を乱暴に受け取ると、レウスは立ち上がっていた。

「ようは俺に全部、丸投げするってんだな?」

「別に、そんなつもりは……」

 立ち上がろうとするレゼを、手で制するレウス。

「良いよ、別に。どうせ、やらないと、バウルにボコられるし」

 逃げ帰れば、バウルにどんな仕打ちを受けるか解った物ではない。


   ●


「ケイオスグリュード様の導きにより、我等に新たな同胞が遣わされた!」

 司祭が壇上で、叫んでいる。

 村の中央に有る広場に、大勢の人が集まっている。

 壇上の片隅には、腰に剣を携えた男がいる。一目で邪竜を守護する騎士だと理解わかった。邪竜騎士の男は、相当な腕前だ。あとの奴らは、秒で沈めれる。

 司祭の横には、見慣れた男の姿がある。

「諸君。私が来たからには、邪竜を必ず降臨させる事を約束しよう。私には、大きな力が有る。龍鳳石の力を借りずとも、封印を解く術を持っている!」

 村全体を、熱が帯びている。

 皆、レウス達の来訪には興味がないと言った風に、男の演説に共感を示している。多くの歓声に包まれて、壇上の男――バウルは拳を天に掲げている。

「ふざけるなよ、おっさんっ……」

 意味が、解らなかった。

 邪竜討伐を依頼しておいて、わざわざ復活させようとしているバウルの真意が理解できない。

「レウスさん。知ってる人なの?」

 申し訳なさそうに、ハクビが問い掛ける。

「知ってるも何も、ウチのマスターだ。イカれ過ぎて、訳解んねぇ……」

 バウルの視線が、こちらに向いている。

「諸君、招かれざる者が、紛れ込んでいるようだ!」

 こちらを指差して、バウルが叫んでいた。

 言下げんかの内に、全員の視線が注がれる。

「逃げるぞッ!」

 ハクビの手を引いて、走る。

「祭りみたいで、楽しいでござる!」

「ハウタ。お祭り、好き~!」

 二人の笑い声が、場違いすぎて滑稽に思えた。

 人混みを掻き分けて、ひたすら走り抜ける。ハクビはずっと、不安そうな表情かおをしている。どうしてだろう。とても、愛おしく感じている。ハクビを護りたいと、感じている。だから、不安な表情かおなんて見たくない。

 背後からは、大きな魔力を感じた。バウルではない。恐らく、邪竜騎士だ。

「ハクビ、覚悟して!」

 振り向くと、邪竜騎士が居た。

 呼吸を整えると、全身を竜鱗りゅうりんが覆う。

 破竜刀を抜き放ち、前傾姿勢に構える。ハクビは既に闇の装束をまとっている。

「我が名は、ハデス。小僧、名前は?」

 剣を抜き放つと、男は誰何すいかする。

「レウスだッ!」

 大きく踏み込んで、破竜刀を振り上げ気味に放った。鈍い衝撃が、破竜刀を通して伝わってくる。

 ぜる金属音。交わる刃を通して、ハデスの力量が伝わる。周囲の空気が、冷たく全身を撫でる。紫色の光が、ハデスの剣にまとわり付いている。

「良い名だな、レウスよ。それに、良い目をしている。我等に従うのなら、命を助けてやるが……どうする?」

「ふざけるなッ!」

 闇色の吐息ブレスを、吐き掛ける。

 真面もともに喰らって、呼吸困難に陥れば勝機が訪れる。

「それが、答えか……残念だ」

 全身に寒気を感じて、飛び退いていた。

 ハデスの全身を、闇色の光が包み込んでいる。相当量の魔力を感じる。

「レウスさんを、傷付けさせないッ!」

 ハクビが闇色の斬撃を放つ。

 ハデスは剣で、軽くなす。

 その隙をいて、切り付けるが紫色の光に阻まれる。

 明らかな実力差を感じていたが、手を休める事が出来ない。無呼吸運動を利用した連続斬撃を只、ひたすらに続ける。

 ――無尽竜刃ドラゴニック・スラッシュ

 斬撃を放ちながら、魔力を練り込んでいる。その全てを、ハデスは制している。一撃を放つごとに、レウスの魔力は増大している。魔力が絶頂ピークを迎えると同時に、ハデスの全身を包む力も増大していた。

 紫色の光と、闇色の斬撃が、二頭の竜とって喰らい合っている。その瞬間、大きなエネルギーが生まれて両者の間で爆発が起きる。

 砂埃すなぼこりが両者の姿を、覆い隠している。

 瞬間的にレウスは、気配だけを頼りに破竜刀を振るう。ハデスの剣と、破竜刀がぶつかり合うと、再び爆発が起きた。尚も両者は止まらない。三度、四度と爆発が重なっていく。激しいエネルギーの衝突が続く中、ハクビが闇の力を練り込んでいる気配を感じている。

 同時に遠くから、禍々まがまがしい力も感じた。

 バウルが祭壇から、衝撃疾走インパクト・ドライブを放とうとでもうのか、悪い予感が脳裏を掠めている。ハウゾウ達は、相変わらず楽しそうな笑い声を上げている。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...