アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~

弧川ふき@ひのかみゆみ

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闇這編

一つの確かめのための作戦。

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「次は私ね」
 と犬井いぬい華子かこが言った。
「その次は私よね、ここで待機してる」
 それは木江良きえらうるえの声。アスレアの術によって動き易い服を着ている彼女は、大画面を前に、透明ドアに一番近い椅子に座っている。
 順番は、人格が変わった形快かたがい晴己はるきが決めた。今、その本人が食事室から出て来た。
「さてジャンズーロ。どんな実験なんだ。それは教えたくもないのか?」
 晴己はジャンズーロに問い掛けた、スピーカーに目を向けもしたが、返事はなかった。
「あっちにも治療室があるんだろうな」
 それにも答えはなかった。義理は無いとジャンズーロが考えていそうだと、そばにいるシャダ・ウンムグォンでさえ思っていた。
「なぜ三十二個の全部の試合を同時に始めず、一戦ずつなんだ?」
 確かめるための問いが、晴己の口から飛び続ける。
 それを受け、氷手ひで太一たいちは思った。
(確かになんで一度にやらないんだ? 実験して何を見たいんだろう)
 答えはなかった。
「この空間は本当にどこにもつながっていないのか? そこのいくつかの部屋以外に」
「そうだと言っているだろう」
 ジャンズーロはいい加減にしてほしそうにそう言った。
 一方、広場は格安ブランド風の服屋のフィールドに変わっていて、華子はそこを駆け回っていた。力はまだ温存していた。
 服と言えば、さっきまでの三者、遠見えんみ大志だいし、ランジェス・ゲニアマンバル、佐田山さたやまやわらは動き易い服を着ているので衣装の面では何の不都合もなかった。華子もまた『ここ』への転移誘拐をされた際、見回りをしていた――その靴で、音をあまり立てぬよう腰を落として走った。
 途中、『芸術的に爆発するバケツを出し操る』で、バケツの罠を点々と置いておこうと考えた華子かこだったが、中々できないでいた、怪しまれるからだ。
 だがある時、彼女は思い付いた。そしてやったのは――高い棚の上、最上に置かれた服の上にバケツを乗せておくことだった。視線は上に行き難い。彼女は彼女なりに考えていた。
 相手の視線は本当に上へは行かなかった。
 ほとんどの棚の上に置けたので、あとは相手を探すだけ。だが行き違いになっていた、まるで迷子とそれを探す親のように。
 そして、やっと、数分後。
「あ」
 華子はつい声を出した。
 そしてそれだけの間があったからか、先に攻撃された。相手は女性。奥の通路にいたその女性の武器は、辺りのほぼ全ての服だった! 大量の服が舞う! 急速に華子に襲い掛かる!
 華子は一瞬、自分が何をすればいいのか分からなくなった。何枚もの服に完全に覆われてしまった。
 そしてその幾つかは、引っ張り合ったり巻き付いたりして、華子の首を絞め始めた!
「ふぐえっ……!」
 一歩間違えば死ぬ。

華子かこ! 頑張れ!」
 別室では彼女の父と母が思いの丈を声にしていた。華子の弟も、声には出さないが応援していた。しないワケが無かった。周囲の者も。とはいえ目を逸らす者もいた。

 華子は死にたくない一心で相手へと手を伸ばした。触れはしない。距離はある。指も伸ばした。そして念じた。
「んぐ!」
 首から上の色が変わっていた。そんな華子の念じたバケツが相手の目の前へ。
「――!」
 急に、落下しただけのような速度で相手の前に現れたあと、それは一秒と経たずに彩を巻き散らしながら爆発した。
 相手は嫌な予感を覚えていた。腕を盾にした。顔と胴体だけは守った。
 致命傷とまではいかないダメージを受けながら――後方に転がりながらも、体勢を立て直した相手が、華子の首へと念じる。絡み付いた衣服はその首を絞め続けた。
 そもそも華子はバケツを高速で動かすこともできる。そして『もう一つ』もある。
「ん!」
 華子が念じると、相手の目の表面、他人から見える部分だけが、一瞬、水分を急激に失った。
「くっあぁっ!」
 相手が身をよじったその時、華子はまた上方を見て念じた。すると、ピッチャーが投げた野球ボール張りに、上からもう一つのバケツが飛んだ。そしてそれが相手の頭に当たった。すると相手は倒れた。
 華子の首元の服に掛かるエネルギーが無くなった。その辺にポイと捨て置くと。
 相手が消えた。華子の首からも首輪が消えた。

『次は15戦目(『羽』の気絶者数:7、『羽』の死者数:1)』

 相手の女性は死んではいないか。華子はそれを気にしながら部屋へ戻った。
 そのタイミングで晴己はジャンズーロに聞いた。
「治療室のものはちゃんと清けつなんだろうな。相手の治療室もだ」
「お前達の使い方にる」
「元々清潔にしていたかをいている」
「したさ、文句を言われるのもしゃくなのでね」
 次の十五人目としては、アスレアの用意した服を着た木江良きえらうるえが首輪をして出た。その場所は広いスーパーとなった。
「そもそも相手にちゃんと治療室はあるのか?」
 晴己の質問は続いていた。
「だからあると言っているだろう! あれ? あると言わなかったか?」ジャンズーロ自身も混乱した。「まあ言わなかったとしても、示はしただろう、気絶者と死者は治療室へ送るとは言ったはずだ、それは相手のこともだ」
「観戦している関係者はどこにいる」
「それは言えない、流石さすがに言わんよ」
「そこを何とか」
「お前はさっきから何なんだ!」
 ジャンズーロは晴己に激怒。晴己の口角こうかくは上がった。
「だって言ってもいいだろ、俺達には何もできないんだ、そうだろう?」
 晴己がそう言ったが、やはり明らかに晴己ではない。晴己なら『僕』だ。まあ同名の人格という可能性はあるが。
「何かされるかもと思っているのか」元の晴己ではない誰かの言葉は続いた。「たとえば結界を取りのぞくこともできるかもと、その場合のために言わないんだな?」
「どうだっていいだろう」
 別人格のことについて、ジャンズーロは触れなかった。仲間でさえ触れたくとも聞き辛いという者はいたが、ジャンズーロにとって、形快かたがい晴己はるきの今の人格は、よく知らない厄介やっかいな誰かに過ぎない。彼は元からそうで、それはこんなものなのだろうとジャンズーロは思っているのかもしれない――と、その場のほとんどの者は思った。思いもしない者も居はした。そして『本当に元からなのか?』と思う者もいた。
 方やフィールドのスーパーでは。
 双方が商品棚を背にして探し合っていた。
 うるえはとても堂々と一歩一歩を踏み出していた。
 だが、中央のレジ近くを歩いていた時、うるえの右足を包む靴が床に引っ付き、動かなくなった。
「え……!」
 うるえは靴から右足を抜き出すと、周囲にとにかく目をやった。それは、相手の視界に入っているから異能力を使われたという可能性がかなり高いからだった。
 控えの部屋では、晴己の中の誰かによる質問はまだ続いていた。
「なぜ気絶でも戦いが終わるようにした?」
「……? あ、確かに」
 そう口にして同じく答えを待ったのは、シャダだった。彼女もまた耳をます。
「言えない、か。なるほど。じゃああっちの方には何かこっちにしてない特別な指示でもしてるんじゃないのか?」
 周囲の何人かが、ごくりとのどを鳴らし、声を待った。
 だが、またジャンズーロは無言を通した。
 一方うるえは――
 靴は両方共が脱げていた。左足の靴下も脱げそうになり、その靴下の裏が床に引っ付いていた。
 バランスを崩したうるえは、手をき、それが床から離れなくなっていた。
「この辺り全部……!」
 直後うるえは相手の姿をとらえた。奥の棚からうるえを窺ううかがう顔。そこへ空気を弾丸のように向かわせた。
 相手も一溜ひとたまりもない。壁に後頭部から当たる。
「動ける……!」
 うるえは靴下と靴を整え、相手が盾にしていた棚の手前まで向かった。戦い始めてすぐとは思えないほど接近したが、うるえは意表をけそうな思い切りにけたのだった。
 そしてまた靴が床に引っ付いた。
 靴下で歩く。それもまた床に吸着して離れない。
 相手は左の棚を盾にする位置に移動していた。そこからの力。
 やりにくさにいきどおりを感じるうるえだったが、これほど近くから位置をつかめれば――と、うるえは、相手の周囲の空気を動かないようにした。以前、天獣てんじゅうにもやった方法。
「ん……? 何!」
 身を引けずに戸惑う相手の声――を耳にするとうるえは空気の弾を放った。
 だが直後、うるえの視界は真っ暗になった。
「え! 何! 目が!」
 相手が吸着させたのは、うるえの上目蓋まぶたと下目蓋だった。
 その瞬間に、届く攻撃を、相手はけられなかった。ヴォと激しい音を鳴らしてさっきも飛んできた空気の弾丸を、今度も、しかも今回は真正面からもろにらってまた後頭部を打ち付けた。
 だが、その相手はまだ気を失っていない。
 うるえの視界は真っ暗闇のまま。
 そこへ相手の声。
「まあまあ痛いが……失敗だったな、もっとうまくやれよ」
 その男は、そう言うと、何をするのかと恐怖したうるえの舌の根本をその喉の入口と接着させ離れなくさせた。
(い、息が……!)
 鼻で息をするしかなくなったうるえのその鼻を――相手の持っていた調理用のラップがおおった。そして引っ付いた。
「ごめんね。ぜひ生きてほしいけどね」
 わざと冷たくニヤリとしながら男がそう言った。
 うるえは怖さと苦しさにもがき、そして空気の弾を放った。
 男はそれを、念のためしゃがんでけていた。そして男は――
「生きて倒してみろよ」
 そう言って少しだけ離れ、うるえに願った。生きてほしいと。
 うるえは、もがくことさえやめ、自分だけの暗闇の中で、こう思っていた。
(もし千波さんの治療が失敗すれば、私、死ぬかも。私だって生きたい。相手も生かすためにこの方法を取ってる。でも、私だって。千波さん、お願い。でも!)
 そして、辺りに空気の弾を巻き散らした。
 それは偶然――うるえがあきらめたように見えて油断し、少し離れた位置にいるだけとなっていた相手のあごに、一つだけ当たった。数を撃てばというのは、うるえにとってあまり好きな論ではなかったが、とにかく相手が倒れた。
 だが、目蓋をひらくことは一瞬さえもできなかった。
 相手は気を失ってはいなかった。
 控えの部屋の者は見た。肉のちん列された冷たい棚と、向きの違う横の棚のあいだに、倒れた男の姿。そしてその男が立ち上がるところも。その手は常に彼女に向かって伸びていた。
 ……そして。
 うるえは気を失い、男が力を込めるのをめると、がっくりと床へと崩れ落ちた。

 別室にて、彼女の両親や兄、妹は、悲しんでいた。
「うるえ! そんな……」
 そしてその様を見て、次は誰の子が……と、同室の多くの者が恐怖した。

『次は16戦目(『羽』の気絶者数:8、『羽』の死者数:1)』

 治療室にて、うるえを前に、由絵が歌った、ギターを掻き鳴らして。身を起こすと信じながら。
 だが、数秒……数十秒経っても、うるえは目を覚まさなかった。
 由絵は演奏するのをやめたくなかった。癒しの演奏の能力を使い続けた。
 それから一分くらいが経ったあとで、うるえは目を覚ました。
「死んでない、よね」
 とは、うるえが言った。うるえは自分の手が動くことを、自分の心音を確かめることで確認した。
「うん、大丈夫、まだ続くけどね、この地ごくが」
「そうね……」
 由絵に優しく手を触れられ、つなげられ、その温かさを感じながら、うるえは、なぜ――と考えた。なぜ、ジャンズーロはこんな場を設けたのかと。
(本当の目的は? これは何の実験? 何をすれば止められる?)
 控えの部屋では。
 晴己の中の別人は、問いを投げ付け続けていた。
「本当になぜ気絶でもいいのか疑問だったが……関係者に観戦もさせてることだ、怖さを感じる人が多い方がいいってことなんじゃないか? 死人が出て大きく恐怖してもよし、ただ、気絶した者が起きて絶望する人数として再度加算される方が闇這やみはいの原動力の性質上いいと考えた……そしてこれ全体を見せ物として扱うことで……いや実際見せ物にした、そうしたことで、力の原動力としてもよく働くし、誤魔化ごまかしにもなった。ショーという別の意味があるように見えることで、気絶でもいいことへの疑問がにくくなっていた。どうだ」
 ジャンズーロは無言だったが、しばらくしてスピーカーから声を届けた。
「やるじゃないか、素直にめてやろう、素晴らしい洞察だ、興味深い、だが、正しいかどうかを……私は教えてはやらない」
 それは敵として至極当然。
「ふんっ、何となく分かってきたな」
「ほう? 何を分かったというのか。それも無駄となるだけだな」
 ジャンズーロは鼻で笑った。
 だが着実に謎は解けてきていた。
(その方向性、その段階だということは――。あとは確実な何か)
 と、晴己の中の別人は考えていた。
「次は俺だ」
 交苺こうまい官三郎かんざぶろうが十六人目として進み出た。
 爆発する可能性がある首輪をし、透明ドアを開け、向かうと、まずそのドアを閉める。ガチャリと施錠せじょう音が。
 官三郎が広場に出ると、そこはホームセンターへと姿を変えた。二度目だが微妙に違う。
 相手はどんな能力なのかと思うだけでハラハラする。そんな者も見守る中――友を失うかもと恐れる中――官三郎は、初めは、大きく歩を進めた。
 対して控えの部屋の晴己は、食事部屋へと入った。
 しばらくして出てきた晴己――の中の人格は、声にした。
「ジャンズーロが脅しているのは俺達だけじゃなくあちらの全員もだったな? その人達にも同じように見せているのか?」
「……一応な。そして誰にも連絡できないようにしてあるし、そのために……一つの場所に居させている。だが居場所は教えない」
 ジャンズーロは、頑なに一部の情報だけは隠したがった。
 そこへうるえは治療室から出て戻ってきた。椅子に座り、大画面に映される官三郎達の様子に視線をやる。
 ジャンズーロを満足させれば終わらせられる。それは戦って何を見せることなのか。うるえはそのことを考えた。
 ホームセンター化した戦場では――
 官三郎は一階を歩いていた。一階しかないフィールドではあった。それゆえに、ジャンズーロは成果を早く見たがっているように見える――と捉える者もいなくはなかった。
 日用品のあらゆる棚を横目に、どこかの陰に敵を探して歩く。
 ある時、官三郎は、遠くの棚の商品の向こうに動くモノを見た。官三郎にはそれが人に見えた。その動きの先を予測し、隠れながら近付く。
 顔だけを半分出して見やると、官三郎の方へと、半透明な白く薄い物が飛翔した。
「――っ?」
 驚きながらも、官三郎は、それを、左前方の商品とすり替えた。
「危な!」
 彼はそれをけた。避けねばならない。すり替えた物が猛烈なスピードで今度は彼へと動くからだ。
 どんなにこの類の攻撃をされても『物体を交換する』の力で遠くへやってしまえばいい。それを何度もやった。相手はどうやらレインコートを操る。
 官三郎は無敵感の真っ只中にいた。交換からの回避やガードで自分はほぼ無傷。
 ただ、ずるずるとどちらも気絶しなければ双方が死ぬ。それを双方が考えぬ訳がなかった。
(こちらから終わらせるならもっと積極的に……)
 官三郎はそう思うと、相手の攻撃の起点の方へと大きな歩幅で近付いた。
 しかしその時。
 横からやってきて官三郎の首を絞め始めた物が。
 それはアンプとスピーカーを繋げる類のケーブルだった。
(レインコートじゃないだと!)
 自分の首を助けながら、官三郎は思い、そしてそれを遠くのホースと交換した。
 締め付けられなくなり、そして一旦逃げた。
(どういうことだ、操るものが一つじゃないのか。それか関連している何か)
 考えた官三郎の脳内にある答えが閃いた。
 ケーブルの中の何かだけを操った可能性。レインコートの中の何かだけを操った可能性。
 分かればそれだけに注意すればいい。
 官三郎は、自分の『交換の力』では相手を気絶させるのには不向きだと考えていた。ただ、それは直接的にはというだけで、間接的にならやり様はあると思っていた。そして今こうも思っていた。
(何か物……いや表現もありなのか。雨合羽。合羽。待てよ。カッパ? ケーブル……電気伝導率が高い銅、英語ではカパ! 当てはまる! カッパだ! カッパの音に当てはまる物が操作対象!)
 と思ったその時、大きな通路と狭い通路両方から、ヤギの大群が彼目掛けてやってきた。
「え!」
 官三郎は驚き、一瞬遅れて念じた。自分を何かと交換することで瞬間移動しようと。
 そのための時間は短過ぎた。
 必死に念じた官三郎は発動前にヤギの大群に倒され集中を欠き、何度も踏み付けられた。
「う……! ぐっ……! なんで……!」
 そして、彼は気を失った。
 踏まれ所が悪ければ死ぬことさえありえた。
 治療室へと転移した。そこで大月おおづきナオと千波ちなみ由絵ゆえに癒され――起き上がることはできた。その時。
「なんでだよ。カッパじゃないのか?」
 命があることに感謝をしながらもそう言う官三郎に、告げ始めたのはナオだった。
「シャダちゃんが言ってたけど、相手の男の人の操作対象は、コート、またはコード、またはゴート、もしかしたらゴードも……ってことらしいよ」
「まじかよ、何だそれ。じゃあコードだったのか。で、ヤギ? しかも召喚みたいな」
 ゲームかよと官三郎は思った。ただ、これ全体はジャンズーロの実験ゲームではある、彼はそう思いもした。

 別室の官三郎の両親と兄は、ほっとしていた。さっきまでは生きてくれと願っているほどだったその顔は、もうほころんでいる。

 控えの部屋から広場へ向かう透明ドアの上の表示は、こう変わっていた。

『次は17戦目(『羽』の気絶者数:9、『羽』の死者数:1)』

 また食事室に入った晴己の別人格は、ビカクにあることを聞いた。ビカクは答えた。
「聴こえたよ。『恐怖心を与えればいいと言っているだろう』って相手の部屋にだけ言ってた」
 晴己の別人格は、晴己の口元をニヤリとゆるませた。
 彼らは、ジャンズーロをあざむくために、あることをしていた。


 ――少しさかのぼる。三戦ほど前の食事室。晴己の声で、いつもより低い声で、今の主導権をにぎる人格が言った。
「林田を選んだ理由だが……お前の、感覚か何かをます力が大事になるからだ」
「感覚を鋭くする力が?」
「そうだ。それで耳を澄ますことはできるか? どこかからの音がまったく無いように感じられる場所でさえも増幅させて感知するということは――」
「多分できなくは……」
「大事だ、やってくれ。ここを、さっきアスレアの話を聴く前にチェックしておいたが……天井にあるのは換気口……通風こうだ。どこに続いているか。あの穴はあちらにもある、そう思わないか?」
「じゃあ」
「ああ……あちらとの意思通だ。連絡を取れ」
「でも私はずっとここ? 怪しまれない?」
「バレやしないさ、三十二人もいるんだ。誰がここにいるのか、大画面の前にいないのか――を、実験のことにしか目が行っていないジャンズーロには見きわめられやしない」
「……分かった、やってみる」

 そうしてビカクはいたのだった。通風孔を通して人の声では聴こえないはずの声を。ジャンズーロの、
「恐怖心を与えればいいと言ってるだろう」
 を。
 晴己の別人格は、そもそも大量の質問をぶつけていた。それも作戦の一つだった。相手の連中も同じことをしてジャンズーロがこまるように仕向けているかもしれない。どちらからもそんなことをされれば、伝える相手をジャンズーロが間違える可能性があった。直接ジャンズーロの目的を聞ける可能性はあった。つまりは、晴己の別人格は、念のための作戦をいくつも同時実行していたのだった。しかも片方はもう一方の作戦のカモフラージュでさえある。
 これで確実なものとなった。恐怖心をこちらが抑えずに、より感じるように戦い、相手の能力が高まるように仕向ければ、その先の何かをジャンズーロが確認し、実験を途中でめてくれる――かもしれない。晴己の別人格はそのことを今後の出場者には話し、作戦変更に出たのだった。というのも、相手が『羽』側を気絶させるまたは自身が気絶する目的で戦っている――こちらと同じ意思を持っている――ということがすでに分かっているからでもあった。
 ビカクは本当にきもだった。
 死角の食事ルームから『部屋の外には能力は届かないが、部屋の中だけで完結する能力なら使える』からだ。ビカクは感覚を鋭くし、天井の穴からの無音でしかないような音さえも聴き分け、確かに耳にした。相手の部屋の音を聴いたのではなく、こちらの食事室に入ってきたほぼ無音でしかないような音を、異能力による鋭い聴覚で聴いた、だから『その部屋の中だけで完結する能力』となっているのだった。


 ――そして今。ビカクは晴己を前にして言った。
「相手にもいた。感覚を研ぎ澄ます人。連絡できた。これからやり取りできる」
 それ以降、彼らは相手と示し合わせた。どの能力者を出場させ、それがどんな能力で、それとどの能力者が戦えば自分たちがより恐怖を感じられるのかと。
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